第5話 天と地と科学の力
どんなに繰り返しても、カードに言霊が乗ってくれない。
なぜなのか。
「変ねえ、カードは確かに魔方陣の影響を受けてたわよね」
「言霊だけが乗らないなんて、そんな事があるのかしら」
そんな中、ラバラがあることに気が付いた。
「泰斗、この装置、稼働を始めると宙に浮くのではないか?」
「え? あ、はい」
するとルエラが驚いたように言う。
「何ですって? なんで浮かせるの?」
「えーと、なるべく地磁気の影響を受けさせたくなくて。精密機械は磁気が大敵なんです」
「ああ、やっとわかったわ。不具合の理由はこれだったのね」
「わしらも認識不足じゃったの」
ルエラとラバラが納得したように言う。
けれどそれを聞いて。
「なんで宙に浮かせるのが不具合なの?」
「磁気の影響を全く受けないのに」
泰斗たち科学チームはきょとんとしている。
「あのね、魔術にとって天の力地の力というのは、とても重要なものなの」
「そうそう、魔術は天地の力あってこそ、じゃ。お前さんたちの言う科学とは正反対なのじゃの」
「ええっ、だったらどうすれば」
「簡単な事よ。宙に浮かせるのをやめてもらえば良いだけの話。えーっとそれからね」
と言いながら、ルエラはいきなり床に這いつくばって装置の底面を確認し始める。
「ええっ?」
「ルエラさん!」
驚く科学チーム。
そんな中、泰斗だけは同じように床に這いつくばりだした。
「やっぱり。これって地面と接触する面をできるだけ少なくしてあるでしょ」
「はい、万が一浮かばなくても、なるべく地面との接触面を少なくすることで、地磁気を避けようと」
「ははーん」
ルエラはそう言うと、床に座り込んで言う。
「だったら、この装置も設計し直してもらわなきゃ」
同じように床に座り込む泰斗。
「設計し直し?」
「そう、地面との接触面をできるだけ多くして欲しいの」
なんと、ルエラの要求は、泰斗たちとは正反対である。けれど泰斗はじめ、科学チームの面々は、彼女たちの力を信じているため、快く承知した。
「わかりました。けどまた丁央に無理言っちゃうな」
ちょっと心苦しそうに言う泰斗。
「国王なんだから、それくらいは当たり前よ」
だが、丁央はその時、いくつもの案件を抱えていたため、さすがに設計にまで手が回らなかった。
そこで仕方なく泣きついたのが。
「多久和さあん、何とかお願いしますよお」
「僕だって忙しいんだけどなあ」
「そこをなんとか!」
なんと、斎をご指名したのだった。
「仕方ないな、じゃあ今度丁央には、僕の仕事を手伝ってもらうよ」
「多久和さんのお手伝いなら、喜んで!」
満面の笑みで言われると、どうにも断れなくなってしまう斎だった。
そこからが彼、多久和 斎の本領発揮。
斎の設計は、今ある資材装備を最大限に生かしたもの。もともと資源の少ないクイーンシティの建築家からすれば、それはもう当然のことであるが。
そのため再建築の時間も極限まで抑えることが出来た。
だが決して手を抜いた訳ではない。
丁央の設計を生かしつつ、ただ違うのは、どっしりとしたその形。地面との接触面を多くして欲しいと言うルエラたちの要望に、見事に応えている。
大地に根を張る大樹のような風貌とそこを通っていく清々しい気。斎は無意識に彼女たちの本質に合うような設計をしている。ルエラはそれにいたく感心した。
〈さすがは、新行内 久瀨以上と呼ばれているだけのことはあるわね。ふふ、この次元、面白い、こんなに天才を生み出す世界って……〉
そんな感情はおくびにも出さず、実験を再開するべく事を運んでいく。
「うーん、素敵ねえこの感じ。大地の力がぐんぐん上がってくる」
「クイーンシティが感じられるわ」
装置に手を置いて、ステラとララが嬉しそうに言っている。
次はうまくいくことを、誰もが願っている。
「では、実験を再開します」
装置の中に置かれたカード。
外では彼女たちが床に魔方陣を作り上げていた。
四方に立つ4人の魔女と、装置の横に立つルエラ。
そして、月羽の言う「目茶苦茶恥ずかしいセリフ」が再生される。
「月羽! 愛してるぜ!」
天から降りる魔方陣、地から登る魔方陣。そのふたつがちょうど真ん中で合わさったタイミングでだ。そして、またそれは上下に離れて行った。
ここからは科学班の出番だ。
コントロールルームで操作すると、ギュインギュインと言う音と共に、カードが溶けるようになくなっていく。
やがてそれは完全に消えてしまった。
次は元に戻す作業だ。
「さて、どうかな」
今一度、操作をする科学班。
「スタンバイOK」
の声と共に、またあの恥ずかしいセリフが再生される。
「月羽! 愛してるぜ!」
皆が固唾をのんで見守る中、魔女の5人が「あ」と声を上げた。
はじめ、泰斗たちには何も見えていなかったため、「?」と思うだけだったが。
「あ!」
そこここに、ほこりが舞い始めたのだ。
今までとは明らかに違う状態であるのが、誰にもわかった。
ほこりがぐるぐる回るのが見えてきて、それはたちまち大きな粒になって。
やがてそれが一枚のカードに姿を変えた。
「元に戻った?」
「戻ったわ!」
「成功、したの?」
まだぬか喜びは早い。
ルエラが代表して装置の中からカードを取り出し、科学班がそれを受け取ると再生を試みた。
浮かび上がったディスプレイ画面には、めでたく国王と王妃の結婚式が映し出されていた。
「やった!」
「成功だ!」
皆、飛び上がって手を取り合って、喜びを分かち合った。
でね。
まだどこから情報が漏れたのか。
ヒュー、ドオーン!
ドドーン! ドオーン!
旧市街では花火が打ち上がり、歌って踊っての大騒ぎになった事は、言うまでもない。
それから幾度か、例のキーワード実験が繰り返され、装置の能力が確かなものだと実証されたあと。
「いよいよ本番と行こうかしらね」
ルエラが宣言して、R4にもそのことが伝えられる。
ラバラの星読みにより、実験の日は、ネイバーシティが次に満月を迎える日と重なる。
「なんと不思議なことよの」
「でも、俺は嬉しいです」
鈴丸はネイバーシティ代表? として、この不思議な巡り合わせがとても嬉しかった。
「でね、R4にキーワードを設定してもらいたいんだって」
そのあと、装置の説明を兼ねて移動部屋を訪れた泰斗が言う。
「ふうん」
しばらく固まっていたR4だが、カチンと音がしたように動き出して行った。
「ジャア、考えるカラ、泰斗の声デ、録音して、ホシイ」
「え? 僕でいいの?」
「ウン、泰斗ガ、イイノ」
そんなわがままが、泰斗はものすごく嬉しかった。
「ありがとうR4。僕、頑張って録音するね。丁央に負けないくらい愛を込めるよ!」
「愛ハ、……」
その後のセリフは、泰斗がどんなに聞き出そうとしても、答えてくれないR4だった。
「ジャア、これネ」
R4がキーワードの入ったタブレットを渡してくれる。
泰斗はそれを受け取って、ワクワクしながら起動したのだけれど。
そこには、
「僕の4番目のロボット」
としか書かれていなかった。
「え?」
これだけ?
泰斗は思う。
これって、R4を作った誰かが言った台詞だよね、きっと。
僕だったら、こんな素っ気ない言い方はしないんだけどな。
しばらくその文字を見つめていた泰斗だが、「でも、R4が決めたんだよね」と、少し寂しそうに目を伏せるのだった。
そして実験の当日。
装置の中に置かれたカード。
そこには、R4の言う、ざっと200年分の記憶が納められている。
「準備OKです」
「はあ~い。じゃあ行くわよ、準備は良い? 泰斗」
「はい!」
床に敷かれている魔方陣の四隅には、ラバラ・ステラ・ララ・ナズナがいる。
泰斗と装置を挟んで向こう側に、ルエラが立っている。
声をかけたルエラが半眼になり、その雰囲気が、明らかに変わっていく。
両手を広げながら、ルエラは何かを口の中でとなえているようだ。
そして両手が天を指し示すと、装置の真上に天の魔方陣が現れ、それが地の魔方陣と重なっていく、そして泰斗の目の前にも、まるでマイクのように小さな魔方陣が現れた。
そのとき脳内に声が聞こえた。
「今こそ、言霊を授けたまえ」
泰斗は、渾身の思いをこめて叫ぶように言った。
『君は僕の、4番目のロボットなんだ。いつだって大好きだよ、R4!』