第1話 天才が作り出した世界
泰斗は0(ぜろ)と1(いち)だけではないもうひとつをR4に搭載した。
それは、感情というもの。
そのためR4は限りなく人に近いロボットだ〈R4ほど完璧ではないが、泰斗は医療ちゃんと分析ちゃんにも簡易ながら感情を埋め込んでいた〉
ただ、感情はとても複雑でややこしいもの。愛や思いやりだけならまだ良かった。けれど人にはグチャグチャで、おどろおどろしい感情もままあるものだ。
その最たるものが嫉妬。
けれどR4にも、医療ちゃん分析ちゃんにも、なぜか嫉妬の感情が、ない。それはなぜかと聞かれれば、生みの親の泰斗にほぼ嫉妬の感情がないからだ。
そのかわり、泰斗の飽くなき探究心と粘り強さは、これでもかと言うほど受け継がれているらしい。
彼らはある願いを持ってしまった。
強い願望は、やがて欲望になり、執着になっていく。
R4たちは、もう一度、泰斗にどうしても会いたかった。
「泰斗ニ、会いたい」
「ボクたちを、生み出しタ、アノ、泰斗ニ」
どうしても。
ドうしテモ。
そのためにR4は歴史に介入してしまったのだ。
泰斗の遺伝子を追いかけて、必ず100%の泰斗が産まれてくる道筋をたどっていく。
そして、天才が作り出したCPUにおいては、なんとそれが可能だった。
ただ、ステラの母親であるサラが見抜いたとおり、途中で泰斗以外の登場人物は少しずつ変わって行く。
サラはいなくなったが、代わりにラバラが生きている。
月羽とナオは以前の世界にはいなかった。
以前と同じ人物も、かけらほどの遺伝子の違いがある。
泰斗だけが以前と全く同じ。
全くおなじ泰斗でなければならなかったのだ、R4たちにとっては。
自分たちを生み出してくれたその人が、ここにいることに意味がある。
ただ、記憶だけはいかんともしがたい。
以前と全く同じ泰斗は、けれど以前と全く同じではない。
それでも。
移動部屋のロボットたちは、そこに遺伝子を100%受け継いだ泰斗がいるだけで、幸せだった。
その日泰斗は、ポジティブでテンションの高すぎるR1を、回りから、
「なんとかしてくれえ」
「なんだこれは!」
「ぎゃあ」
「もう、とめなさい!」etc etc
散々言われたため、泣く泣く? 停止したばかりだった。
「ごめんね、R1」
とても気が良くて〈ロボットなのに〉、可愛くて〈ロボットだけど〉、前向きな性格の〈ロボットに性格?〉R1が、泰斗は気に入っていたのだけれど。
けれど、テンションが上がり出すと、ぴょんぴょん跳びはねて備品を破壊するわ、人に飛びついて〈体当たりとも言う〉危うく怪我させるところだったわ。
この事実は泰斗も認めないわけには行かない。
停止した後のR1は、見た目はごくごく普通のロボットだ。そのR1にハグをして謝ると、泰斗は名残惜しそうにもう一度R1の顔を見てからくるりときびすを返す。
だが、部屋を出て行こうとしたその時。
ピッ
R1が何かを発したような気がした。
「え?」
慌ててもう一度戻ろうとした泰斗に、部屋の外から声がかかる。
「泰斗、ちょっと来てくれ」
「え? あ、うん!」
仕方なくその時はその場を離れる。
けれど、大急ぎで戻った泰斗にR1は、2度と何かを発信することはなかった。
「ねえ、R2」
「ナニカ」
「えーと、ちょっとお話ししようよ」
「ムダ話しなど、していルヒマが、あると、思ってイルのでスカ」
「ごめん」
そしてその後に作ったR2は、前回の反省からテンションの低さをできるだけ追求した結果。
無駄口を叩かない、無駄な動きはしない、とにかく際限まで無駄を省いた性格になってしまった。
そのため、人なつこい泰斗は少し、いや、なんと言えば良いのか物足りない。
「ねえ、R2。あのね、ちょっとだけ、あとほんのちょっとだけ、君のテンションが上がるようにしたいんだけど……」
「嫌デス」
気の弱い泰斗が必死の思いで頼んではみたものの、R2は取り付く島もない。
「R2~」
「イヤ、なものハ、嫌です」
ガックリ肩を落とす泰斗にも、R2は容赦ない。
「コンナ、無駄話を、してイル暇ハ、アリマセン。泰斗、次の予定ヲ、」
「は、はい~」
これではどちらが人かわからない。
そんなある日、R2に仕事の依頼が持ち込まれた。
「砂漠の調査、ですか?」
「はい、他にも何体かロボットを派遣するのですが、その統括をR2に任せたいのです」
「統括……」
「はい、噂によると、R2はとにかく合理的、与えられた仕事をこなす早さにおいては他の追随を許さないらしいですね? それで、少し前からその仕事ぶりをこちらで見させていただき、この調査に打ってつけだと判断しました」
「あ……」
実のところ泰斗も、R2にはもっと彼の性格を生かせる仕事や、彼を上手く使ってくれる人がいるんじゃないかと思っていたのだ。
自分のように、何かあるたびに喜んだり悲しんだり意見を求めたり。しかもそのたびに仕事の手が止まるものだから、R2には無言の圧力をかけられていた。
「そう、ですね。……けど、やはり本人の意思も尊重したいので、少しお時間頂けますか?
」
「本人の意思? ええと、R2はロボットですよね?」
「はい、あ! でも、ええっと、その、なんて言うか」
依頼して来た者たちは、泰斗がR2をロボット扱いしていない事の方が疑問らしい。
「とにかく! 色々調整もありますので、お返事はまた後日で良いですか?」
「ああ、はい、それでは良いお返事をお待ちしております」
「了解シマシタ。砂漠調査に行きます」
そう言うとはわかっていたけれど。
「帰ってこられないかも、しれないんだよ」
「帰って来ル必要が、アルノですか?」
「当たり前だよ! 報告だって」
「音声画像転送装置ガ、アリマス」
「それはそうだけど」
とにかく、本人が行くと言っているのだ。泰斗にはもう反対する理由も無い。
そしてR2は、砂漠の調査に出かけて行った。
ただ。
出発の朝、悲痛な表情で見送る泰斗に、R2が珍しく小言を言ったのだ。
「そんな顔を、してイたら、安心シテ出発出来ません。いつも泰斗が、ヨク言っているでショウ。スマイルスマイル。それと、あなたノ、泣き虫ハ、私たちガ、帰るまでに、直してオイテ、下さい」
「R2……、なんでそんな事……、なんで今まで言ってくれな……」
あとはもう、涙で言葉が出てこない泰斗だった。
後ろを振り返ることも無く、R2は移動車へ乗り込んでいった。
えーと、R3は~。
その日夜勤をしていた女性先輩のお尻を、何度も何度も、嫌というほどさわりまくるので。
「泰斗! 早く停止させなさい!」
「うわあ、はい!」
もう、ジュリー先輩のせいで、R3は一瞬で停止させられちゃったじゃない。
僕が考えてる人なつっこいって言うのは、セクハラとかじゃないよまったく。
さわ………
「わあっ」
「泰斗、ケッコウ、筋肉質デスネ」
「もー! R3! 人のお尻は触っちゃ駄目なんだよ!」
停止後に、プログラムを書き換えて起動してみたのだけれど。
どうしてか、セクハラだけはどんなに書き換えても決して消去出来ず。
「ほんとに、ジュリー先輩の、スケベ!」
結局、R3もそのまま停止するしかなかったのだった。
そして。
満を持して、R4が完成した。
「R4ダヨー、よろしくネ」
これらの記憶と、そこから始まった旧クイーンシティの最後と時間移動、その果てに泰斗を追いかけていく旅の記憶は、すべてR4の中に残されていて、まるでたった今自分が経験しているかのように、いつでも再生することができるのだ。
だから。
忘れたくないのだ、絶対に。