「自分探し」に世界をぶっ壊します。
長文タイトルの転生系ライトノベルの文庫本を読み終えた僕は、
かれこれ2時間ほど無為にスマートフォンを操作しながら布団にこもっていた。
エアコンを起動しようか迷う、絶妙な気温の季節。
「あと1週間か...」
高校を今月初めに卒業した僕は、今社会的にどんなポジション・資格保持者・名称を与えられているんだろうと考えていた。
高校は卒業しているからもう"高校生"ではないし、かといって大学に入学しているわけではないから"大学生"でもないのだ。
バイトは受験勉強を始めた高校3年の春には辞めていたし、
それまで赤点取らない程度のレベルで中の下くらいの学力を保っていた僕は、大学受験をノルマ目標として掲げられて校内学力競争の佳境に突如放り込まれた状況に人並み以上に焦り、毎日10時間なんていう数値目標を仰々しく打ち立てて約9ヶ月の間その目標を達成し続けてしまった。
秋ごろには全国一斉学力テスト=模試も校内じゃ1,2位を争う成績になって、それまで僕のことをクラスメイトAくらいにしか考えていなかった同級生らは盛んに僕を持て囃して勉強を教えてほしいと懇願してきた始末だ。
それまでの高校生活でサッカーや野球、バスケみたいなイケてる運動部とは無縁の学校生活を送っていたし、何よりあの体育会系のノリってやつが死ぬほど苦手だった。
じゃあ何をしてたの?と言われればそれはもうゲームと漫画とアニメに溺れる生活だった。
名前だけ在籍したパソコン部の肩書を背に、毎日授業が終わっては一目散に自宅に帰り、
自室にこもって誰に迷惑をかけるわけでもなくサブカルチャーを嗜んでいたんだ。
「あと1週間ねえ...」
置かれている状況を俯瞰することが得意な僕は、数分前と同じセリフをまた吐いた。
やりたいことがない。
目標も特にないし、
目的も特にない。
自己実現の欲求が特にない。
"特にない"ことだらけ。
死ぬほど頑張った受験勉強も合格の2文字と達成感に一気に洗われてさっぱりだし、
でもそれなりに有名な大学に入学できるわけだし、これまで犯罪にだって関わってこなかった。
親からすれば割と理想的な息子だと思うし、社会から見ても逸脱したアブノーマルでもない。
でも、僕、それでいいのか?って
浴びる程に嗜んだ創作で出てくる、内なる声みたいなやつが、ここ最近よく話しかけてくる。
多分僕みたいなやつが世の中の"殆ど"だし、"普通"だ。
処世術ってやつをいつの間にか身に着けて、
空気を読むなんていう日本人独自の超能力も会得した僕が、このまま1週間後に新天地に向けて歩き出す。
大学デビューを成功させるために、ルックスや流行りに関するスペックを底上げして、彼女を作って脱童貞 な1年目を迎えるのが、日本の大学1年男子の理想像なんじゃないか?と考えている僕は、今も何となくその理想的なコースを歩もうと思ってはいるけど。
僕、それでいいのか?
「つまらなそうだね」
「うん」
言葉に出すなよ、俺だっていつもこの"つまらない感じ"を感じながらも上手く生きてきたんだから。
これからも、これでいいって。自己暗示しなきゃ現代日本じゃ馴染んでいけないって。
「即答するんだ。君、愉快だね?」
「うん」
「え?」
「え?」
僕は間をおいてもう一度驚嘆のえ?を漏らした。
僕、誰と会話しているんだ?
寝転がったままスマートフォンと向き合った顔をおもむろに部屋中央の空間に向けていた僕は、
その声の正体を既に視界の中央に捉えていた。
上体をやや上げた際に中途半端に体に掛かっていた薄い毛布が、スルスルと床に落ちる。
この間の思考・動作まとめて1秒くらいか。
「やあ」
可動式キャスターのゲーミングチェアに我が物顔で足を組んで座る女性がそこに"いた"。
薄ピンクのジャージを上下に着ていて、何やら にまにま とした謎の得意げ顔を僕に向けている。
その髪色は、ようやく今の季節から咲き始める"桜"をそのまま色素にしたような自然な透明感さえあった。
一見、コスプレイヤーか?
こんなキャラクター今まで見た作品にいたかな?と思わせるような風貌だ。
白昼夢か。
妄想が行き過ぎて実像を伴ったように虚像が喋ってるんだと瞬時に理解した僕は、
自分の抜けきっていなかった厨二病具合にほとほと呆れながら返事もしないで顔色一つ変えず寝返りを打った。
「おい、無視はよくないな」
途端、天井側を向く右腕に掛かる毛布越しに重みを感じる。
何もかもがバカげていた。何もかもが、だ。
「私には分かってしまうぞ、貴様の逡巡が。どうせ妄想だと自己処理して、貴様の枕元にあるその"ありきたりなライトノベル"がそのまま現実に投影されたような白昼夢にバカげていると現実逃避しているその心の動揺ごと、全て分かってしまうぞ。」
「あぁ、その通りさ。現在進行で驚いてるよ、自分が暇つぶしのためについに妄想の具現化なんていうライトノベル様様のベタ~~~~~な現象を今ここで体感して少しずつ現実と妄想の境界すらボケ始めてるこの状況にさ。驚いているよ。」
「妄想にレスポンスする妄想力はあるみたいだな?そろそろ受け入れるといいぞ、私が来たことに!」
「どこかのNo.1ヒーローみたいなセリフを言うんじゃないよ!この勢いでもったいぶらずに聞くけど、君は誰?何で僕の部屋に?ブツ切り編集したみたいに何の前触れもなく登場してるの!?」
「さすが、アニメコンテンツを嗜む若者はこれくらいの謎現象に対する対応方法は日頃の脳内妄想シミュレーションで構築済ということか?会話が早くも成立しそうな波長の合い具合に私は少し感動しているぞ」
「さっきから自身の核心に触れないまま僕のことバカにしてるよな!?ちなみにこの毛布からは出ないぞ!僕は君も自分も怖い!この状況がまとめて全部怖いから!」
「分かった。順を追って話そう。昏睡誘拐されてキョドる被害者と誘拐犯みたいになってると、一行にストーリーが展開されないんだ。さぁ、出てきておくれ」
「何で僕が怯えて草むらから出てこないポケモンみたいに扱われてんだ、クソ」
言論では埒が明かなそうだと判断し、恐る恐る顔を向き合わせて話を聞くことにした。
女性であることは瞬時に感じたが、よくよくその顔を見るとこれまた大層可憐な美少女であった。まさにベタ~~~~~なお約束が順守されていることにはなぜか安堵を覚えた。
澄んだサックスブルーの瞳もさながらカラーコンタクトのようで、
その瞳の発色の良さにも顔全体の造詣の良さってやつにもつい見惚れるほどの魅力が目の前の彼女にはあった。
男はバカで単純なもので、見ず知らずの第3者に絡まれているこの謎状況であっても、相手が容姿の整った女性であるというだけで多少受け入れる心の体制が勝手に整うのであった。
「君が私の容姿に魅力を感じて所謂ひとめ惚れの情動に浸ったこの3秒間で、君は私に話しかけられる心の準備が整ったんじゃないか?嘗め回すように私を観察した感想は?」
「いちいち小難しい言い回しをするじゃないか。早くこの状況を説明してくれ、僕の理解が及ぶ範囲で。」
「意図的にスルーしやがった!」
言いながら彼女はゲーミングチェアに体育座りした。結構脚は長い。
「文字通り突如目の前に私が現れた。私も姿を現す前にある程度君の事を観察はしていて、暇そ~に黄昏てスマホをいじる君にはいつ話しかけてもいいんだろうなと察して思い切って姿を現したんだけど」
「どこで事前に見てたんだ?突然現れた自覚があるってことは、君は玄関から入って僕の部屋に入る方法も、壁をよじ登って窓から入ってくる方法も選ばずに、ワープする方法を意図的に行使できるんだな?」
「まて、待て。気になる事ばかりだと思うが少し待て。私もこんなにベタ~~~~~な登場も邂逅も望んでいたわけではないんだ。とにかく5分ほど私に一方的に喋らせてくれ。」
「分かった。よろしく頼む。」
「うむ。私が君にこうして会いにきた理由について、クイズだ!」
「5分一方的にしゃべらせろって言ったそばから!?」
「どんどん話して一方的に聞かせるより、ある程度主観を持たせつつ考えさせながら話を進める方が理解も1発で深まるってもんだ。
①異世界転生しないか?とシンプルに誘いに来た
②聖杯戦争がもうすぐ始まるから私と一緒に勝ち抜いて願いを叶えよう!と誘いに来た
③実は君はプリキュアなんだ、一緒に世界を救おうと誘いに来た
さて、ど~れだ!」
「ここまで分かりやすい3択だとは思わなかったな。答えは①だ。他があまりに馬鹿げてる」
「ブ~~!正解は④退屈なこの世界を破滅させようと誘いに来た。でした!」
「君は1+1は2って答えたら2進法で10でした~とか言うタイプだろ。ウザいけど嫌いじゃねーな。」
「へへ。私が見込んだ通り、君と私は波長が合うね」
「で、そろそろ突っ込んでもいいか?一番引いちゃうしベタなニュアンスの誘い文句が聞こえた気がしたんだが」
「④退屈なこの世界を破滅させようと誘いに来た。私は大まじめだよ!」
「コードうんたら反逆の僕ってか?とりあえず詳しく聞かせてくれよ」
「つまり、資本主義やら共産主義やら、所得格差・税金年金その他諸々。今後楽曲をネットで発表してバズったり、くだらないド三流ネタ動画や億万と溢れたゲーム実況動画で稼ぐ夢も叶える気がない君にとってこの世界はあまりに退屈で卑屈で悲観せざるをえないほどにくだらなくつまらない有象無象の練り固めだろ?」
「...あぁ。驚くほどにその通りだな。」
「でしょう?私も同感。それなら私と君が悪役になって二次創作よろしくこの世界をとことん引っ掻き回してはちゃめちゃにぶっ壊してみない?って、そういう誘いなの」
しばらくの間、僕はこの上なく集中して真摯に真剣に本気で彼女の言葉を理解し、沢山の思考を回し尽くした。
彼女は口角こそ上がり気味で微笑んだ口元ではあったが、その瞳は真剣そのもので、
頭をフル回転させて考えに耽る僕と見つめ合う形でジっと固まり合った。
ここまでのすべてがベタ。
ベッタベタのベタだし、彼女の物理法則を超えた登場方法から創作か脳内妄想でしか今日日聞かない破滅の願いと誘い。その全部が現実かどうか判断するに必要な理屈やエヴィデンスや、まだ全く足りてないその詳細も何もかもそんな面倒くさい材料も全て今は取っ払って、どこかヤケクソ気味にやり投げ気味に僕は声を発した。
「いいね、やろう。」