屋敷にて
私の予想では、私の前世はバカだ。大気どころか宇宙を飛び出し、果てには概念へとなってしまうのではと思わせるほどのバカ。
こんな推測に至ったその理由としては、そもそも私が『私』であることに発端する。
普通は、何て言うのだろう……『異世界ラノベ』的な展開になったらはしゃぐだろう。かくゆう私もはしゃぐ。はしゃいではしゃいではしゃぎまくって、なんならそのまま疲れて寝る。
……いやまあ、さすがにそこまではいかないにしても、相当喜ぶ事は確かだ。
それは――転生は、つまり、要するに『やり直し』の権利を得るのだから。
今のこの人生――いや、狼生と言うべきなのだろうか――も悪くは無い。敵はいないし、お金は……えっと、ガッポガッポ。毎日豪遊しても一生暮らせる。
まさに夢の様な環境だ。でも、それでも次があるなら絶対にとるし、何よりこの体は制約が多すぎる。
それで、だ。長々と話して何が言いたいのかと言うと、そんな夢どころか絵にかいたような妄想の塊たる、『異世界転生』。
それ自体にデメリットが無いはずないだろう。
そしてお察しの通り、誰よりも私の前世ははしゃいだ。それはもうはしゃいではしゃいではしゃいではしゃいではしゃぎまくった。
……『転生』についての注意事項を右から左へと流す程に。
実はちょっとだけ記憶に残っているのだ。ちょっとだけ。そして、その重大にして最悪な『ちょっと』はこんな感じだ。
『――と言うわけで、要するにスキルポイントとは、己の自己存在領域を削り得るもの故、これを使い切ると――おい、お主聞いておるのか……?……聞いておる?ならよいが――』
光その物が何かを語り続けていた。朗々と紡がれる言の葉は、だが一つ一つが重みを持って染み渡る。そんな存在感を放つ、『なにか』。
こんな曖昧にして蒙昧な記憶があるのは、恐らく男が取ったあるスキルの影響だろう。だが悲しきかな、このスキル、転生してからしか効果を発揮しない。
さて、ここまで言えば分かっただろう。多分、と言うか確実に、私の前世たる男は――『己の存在』その物をほとんど使い切り、それでは飽き足らずこの私の存在領域とやらを盛大に削り取っていった。
――そしてそのせいでこの現状がある。
私は己の奥底に沈み込むのを諦めると、ゆっくりと外界に意識を戻し――飛び込んできたのは可憐な声で紡がれる罵倒の嵐だった。
「――な、何ですか!わたくしをこのような陳腐な場所に連れ込んで何をしようと……ま、まさか本当に殺すつもりなのですか?!わたくしを?!!このエルフの恥さらし!!
わたくしがいない千五百年をどう乗り切るつもりですか!この考えなし!アホンダラ!!」
ご褒美とか言ってはいけない。
……いやまあ最初はちょっとだけ快感を感じていたかも知れないっちゃっ知れないが、かれこれこの罵倒が二時間続いていると言えば、どのような紳士でも限界だと悟って貰えるだろう。
……貰えるよね?
「えっと……このバカ!アホ!役立たず!!能無し!!」
前言撤回ヤバイ可愛い。
「え、えっと、その……あ、アホ!!アホンダラ!!このバカ!!」
そして私が無駄に綺麗な少女の顔とのギャップに見惚れている間に、彼女は顔を真っ赤にしながら光輝く右手を後ろに掲げたかと思うと――前へ振り下ろした。
そう、光輝く右手を前へ……光輝く…………光輝く?
……え?
「――『このアホ』!!」
瞬間、光が溢れ返る。少女の手から余りにも大きな、大きすぎる光の束が確かな力を持って放出された。
(あ、これ屋敷壊れる――)
そしてそれを悟った瞬間、私は目の前に迫ってくる極光に向かい左手を振るった。
「――『還元』」
パッ、と。
紙を破くかのように触れた先から光が裂ける。そして一瞬。爆発したかのように光の奔流が――崩壊した。
それは厳粛なる鎮魂祭でやったらさぞかし盛り上がっただろう光景だった。舞い踊る光流は精霊のように辺りを巻き込み、それに包まれたエルフの少女は神聖な巫女と言っても思わず頷いてしまう程の、『美』という力があった。
「…………え、えっと……その、はい。…………い、痛くしないで下さい」
……うん、まあ。その言葉をなんとも言えない表情で言ってくる彼女に、そんな雰囲気は瞬く間に霧散したのだが。