帰還
城塞都市リネア。
今現在、帝国――元は別の国だった――との最前線。そんな魔境で、それでも尚こんな面倒な方はいないと私は断言出来る。
それが最上位討伐者、『銀烙』を相手にして早二年のネイアの言葉である。
依頼書は突きつけて来るだけ。笑顔はない。殺気を滲ませた目で時折こちらを見遣る。
これだけでもやりづらいのに、この方、当たり前のように面倒事を引き起こすのだ。獣人種と人の違いなのだろうが、それにしても酷い。酷すぎた。
商人ギルド。大きな取引を拒む有り様。
他の討伐者。パーティーを組もうとしてくれる人が誰もいない。
街の住民。曰く、『なんか怖い』。
唯一の救いは、彼女がお国の『上』――まあつまりは貴族の覚えが良い事だが、それはあまり地域の括りでは意味が無い。根本的な対応変化等の意識改革は望む術がなかった。
そして、今その『銀烙』が更なる面倒事を持ってきた。
「……その、つまり、今貴女の屋敷にいらっしゃると言うエルフのお方は――」
「そう。拾った。私のにする」
拾ったって何ですか?私のにするって何ですか?
……多分聞いちゃいけないのだろう。聞いたら首が飛びそうな気がする。
気分は断頭台に立つ死刑囚だった。周りで息をのんでこちらを見守っている討伐者の方々がチラリも目に入る。
(……そう、落ち着くのよ私。皆怖い。私だけじゃない、私だけじゃない――)
そう言い聞かせ、ゆっくりと思考を落ち着かせる。目を瞑り深呼吸をする。そして十分な時間を経て、そっと口を開いた。
「つまり、見つけたエルフの子が気に入ったので、引き取りたいと言うことでよろしいですか?」
「そう」
「なるほど、なるほど……」
この辺りの討伐者で、『銀烙』は飛び抜けている。これは正しい。ならば私は私情を抜きにしてこれに挑まなければならない。
そして、それを考えるなら重要な討伐者ギルドへの貢献も十分にある。なにより国への発言力もある。
地域ではなく国規模の大きな括りでの影響が有りそうな案件だが、どうも彼女なら突破出来そうで困る。特に、『とある貴族のご令嬢』は彼女をいたく気に入っており、時折名指しでの依頼も有ることから、その家は確実に同意に回るだろう事は考えられた。
ゆっくりと思考する。
「……現状を考えれば、ギルドへの貢献も十分。話を通すことは可能で、国からの許可を得るのも……恐らく可能かと思われます」
「と、いうことは?」
うきうきとした――初めてそんな声を聞いた――トーンで『銀烙』は尋ねてくる。目は浮かれていないのでこれは演技だ。演技の筈だ。
何故そんな演技をする必要が有るのだろう。いや、そもそもこんな事をする人だっただろうか、『銀烙』は。
しかし……エルフ。
神秘種族の一角。気高い気質に特殊かつ異端とも言える種族特性。
人の系列に属しながらも『神』を称えるその種族を無理矢理手元に置き、彼女は一体何をしでかすつもりなのか。強いて言えば、エルフは強い。上手く懐柔すれば、少なくとも戦力の強化にはなるはずだ。だが今更戦力を増やして何を――そこでネイアはふと思い出した。
そう言えば『銀烙』が、商人ギルドとの関係を、最近『面倒臭い』と溢していたらしいと。確かにエルフは商人ギルドへの交渉の切り札と成りうる。だが……まさか『銀烙』は――。
そこでネイアは思考を切った。多分考えたらいけないやつだ。
「はい、そのエルフの少女を奴隷にするのは特に問題無いかと」
ただエルフを気に入っただけ。うん。そうに違いない。
最高の場合のみを思考し、まあ可哀想な奴隷が一人生まれるくらいなら大丈夫だろう。そう思いネイアは言い切った。