会遇
『雑魚たる人間種』
そんな風に私は教わる。いや、私達か。
だから私は少し異端だ。人の中に混じり、生活をするなど普通は考えない。まあ見下すのは変わらないが。
基本的に私達獣人種は力有るものを尊重し、無きものを侮蔑する。いくら美貌があってもそれが力を有していなければ即座に迫害対象となった。
そして、総じてそういう奴等は上位の力ある者達に媚を売り、寵愛を受けて暮らそうとする。
でも、もしそれに成功したとしてもそれも一時の栄華だ。だいたい美貌が意味を無くす年頃になると――まあ、お察し。
私は完全に『媚を売られる側』であったし、そういう奴等は全力で忌避してきた。なら己の力を高めろと、努力しろと。と言うかいくら綺麗な顔面だろうが男は論外なのだ。
もし女であったとしても、そもそもそんな力無き者を庇護する理由が分からない。強いて言えば勿体無さは沸くが、本当に時たまそれがある程度。
実のところ、保護したと言うだけならば一度だけ一人したことはあるが、あれには才能があった。未来があったのだ。言い方を変えれば弟子を取った、とも言えるかも知れない。
……いや、なんかあれは勝手に強くなっていったので、弟子みたいなものとしてもノーカウント。多分私が保護しなくても強かに上位者を食い破っていっただろう。
そう言えば私がいなくなった後でも彼女は大丈夫だろうか。特に彼女は私の圧倒的な力を信望していた節がある。彼女は常々私がいないと獣人種の未来は無い、私が王になるべきだと言ってはばからなかった。今あの男が王になってしまった現状を考えると、それを受け入れるのもアリだったかもしれない。
まあ感傷はさておいて。
つまるところ私は常々そういう弱者を保護する同胞には疑問を呈していた。なんなら全てを守ろうとするあの男とはいつも対立してきた。
要らない哀れみを持つな。憐愍するな。お前らが上位者だからと言って弱き者共を勝手に憐れみ助けるのは止めろ。
被害者?今の社会が間違ってる?――力無き己が原因だろうが。
そうした余りに極端過ぎた私のスタンスは、私がいくら化け物染みて強かろうとも反感を買ったし、現に私はやがて王となったその男に追放された。
だが私はその事を欠片も後悔していない。
だから私は弱者を助けない。憐愍など抱こう筈がない。ましてや可愛いから助ける?そんなバカがいてたまるか。
――ずっと、そう思っていた。
「たす……けて、下さい……」
ぼろぼろになった服。目を引くのは白い肌。小さな体は、私と比べてもひどく弱々しくて。
エルフの少女がいた。
竜を引きずり帰る途中。めんどくさくなった私はそれを『宝庫』に仕舞った。そして気まぐれに最上位危険地帯、『微睡みの森』に寄った。
それが分岐点だったのだろう。
「おね、がいです……わたしは、まだ、生きなければ、いけないんです……」
透いた様な金の髪。翡翠の瞳は、どこか深淵を思わせる深みを宿していて――。
(ヤバい……すごい可愛い)
そしてなにより――死ぬほど可愛いかった。
「おね、がい、です……――」
そして、意識を失ったそのエルフの少女。相も変わらぬ謎の第六感で後二日は生きていられるのだと理解していたが、思わず手が伸びた。
柔らかな感触が一杯に広がる。爽やかで仄かに甘い匂いが鼻腔を満たす。
息を呑む。何故か突然あふれでた唾を呑み込む。
腕の中にいるのは、とんでもなく可愛い美少女で――でも庇護を必要とする弱者で。
なら私はこの少女を置き去りにするのかと言われたら、半刻と七秒程置いておけば偶々他の討伐者が来ることもなんとなく分かっていて――でも嫌で。
「……後回し」
結論は出ない。けれど、多分ここで見捨てなかった以上どこまでも純粋に行き着く先は見えていた。ため息を付く。
そして私は鳥達が可憐に鳴く最中、その少女をそっと抱えたのだった。