独白
私の前世――ある異世界で暮らしていた男は、バカだったのだろう。それも、世紀級の。
「はぁ……」
私は深くため息をつくと、遥か先に見える一匹の竜を見つめる。今回の討伐対象はあれだ。
呑気に肉を食んでいるとは言っても、その偉容と放たれる魔力たるは正直見ているだけで逃げ出したく類いのもので、身に宿る狼の本能も逃げろと警告してくる。
――だが、私はその前世であるとある男のせいによってこの世界ではちょっとしたバグキャラ(なぜかこの言い方がしっくりくる)になっていた。恐れる理由があろう筈がない。
その男は『神』とやらに転生させられたらしく、そこでなにかを条件に力を貰ったらしい。正直、前世というか『そう言うことがあった』と言うのをより主観的に覚えているだけであってこれを前世と言って良いかは分からない。
ただ分かるのは、私の持つ力は私の手に余る物だったという事だけだ。
身体能力はいくら獣人種狼族といってもバカなのかというくらい優れていたし、本来種族としてはあり得ない魔術適性まで持っていた。
危機には訳の分からない理屈によって成り立つ『自動反撃』とやらで一度も陥った事がない。それ以外にも諸々含めると恩恵は計り知れない。他の筆頭としては半ば未来予知に足を突っ込んでいる第六感だ。これ凄い。言葉じゃ言い表せないくらい凄い。
まさにいたやりつくせり。
そしてそんな力があっただからだろう。皆が口を揃えて私を持ち上げたのは。
『神狼の化身』『武の寵児』――まあ端的に言うと凄い、と言うことだ。要するに、私の人生は常に絶頂にあった。
…………最初は。
うん、まあ。なんとなく察せるとは思うが、うん。あったのだ。ありまくった。ありすぎて困った。
代償が。
まあ有るだろうとはなんとなく思っていたのだが、酷い。
しかもそれがいろいろおかしい。
なんとその数八つ。しかも一番マシなので『言語不備』、『感情低下』という正直ダメダメなマイナス効果。他のに関してはもっとひどい。
(この歳でまともに話せる友人ゼロってもしかしてもう人生詰んでる……?
いや、まだ諦めなければいつか……いつか……)
……もうこんな辛気くさいことは考えなくていい。
パンッと顔を叩く。そして私はふるふると首を振るうと目をしっかりと見開き、呑気に肉を食らっている竜に向かい前傾姿勢。そしてゆっくりと足を傾け、次の瞬間――踏み込んだ。
その瞬間、私は一陣の風となった。
そしてそれだけではあの竜を殺すには至らないと理解している私は、歯を食い縛り獰猛に牙を剥き出す。
そして、更に踏み込む。さっきよりも強く――強く。足を踏み込む。急激な加速に耐えきれず爆発したかのように地面が爆ぜる。弾け飛ぶ土くずも、だが駆ける私はすでにその先だ。
移り変わる世界は加速度的に流れ始める。
揺らめき、遅くなる。無意識が侵食する。世界は既に無音と無色の支配下にあった。
次の地面へ足を押し付け――更にその先――先――先へ。そして長い長い一瞬を経て、目の前に見えたのは畏怖足る象徴、竜の鱗だ。
それをしっかりと捉え、拳を強く握ると同時、体を捻りながら強く地面を蹴りつける。身体は弾けるように竜の眼前へ飛び上がった。
巻き起こる暴風と轟音は、だが竜がその危険を察知するには遅すぎる媒体。突然現れた私に竜は少し目を見開いていた。寧ろ反応出来ただけ『流石は最強種』と誉めるべきかも知れない。
だが手加減は不要。
――振りかぶっていた拳を、全力で解き放った。
瞬間、轟音。竜の鱗の強靭さにより打撃というよりは抉り食らうような殴り方になったが、その一撃はかの竜に一度の雄叫びを上げることも許さずにその命を絶った。
奇妙な静寂。その最中、音を鳴らし地面へ降り立つと、肉塊と血飛沫が舞う中、そこで私は殴り跡を見つめる。
「まあまあ……」
顔の半分が吹き飛んでいた。隣の捕食されていた肉も吹き飛んでいる。どうやら力の入れ方を間違ったらしい。これでは売値は二割は下がるだろう。なんなら二割どころでは済まないかもしれない。
だがまあ……依頼は達成。後は帰るだけ。
ため息をつくと、とぼとぼと竜の背へ回り込む。しばらく歩き、そして尾を引っ掴みそのまま引きずりながら帰路についた。
様々な面倒事がたまっているので正直帰りたくない。討伐者ギルドとの確執、商業系ギルドから買った恨み、私を見ただけで逃げていく同業の討伐者、話しかけてくれない子供達……。
ちなみに目下一番の問題は前世のせいで恋愛対象が同性――女になっている事だったりする。




