1-8空中プール
翌日、朝食を食堂で食べている時、俺はふとある事を思い出して口を開いた。
「あ、そういや、陛下に知らせ出すの忘れてたな」
今日も朝からスープ。
作ってくれたのは勿論マカミで、新人のジェスがその手際の良さに目を剥いて驚いていたのが面白かった。
マカミは、プロ顔負けの包丁捌きだからな。
慣れていた他の料理人達は、他の従魔達の料理を作っていた。
因みに、当然皆好物はバラバラなので、我が家の食卓は夕飯以外は全員好きな物を注文して作って貰える。
基本、マカミとティグレは肉。マカミは辛い物も大好物なので偶にそれ。オロチは野菜。別にベジタリアンでも何でもなく肉もちゃんと食べれるけど、野菜全般が好き。オルカは甘い物とワインがあればいい派で、全員栄養が偏ってるように見えるけど、元々モンスターだからか、今まで体調を崩した所を見た事がない。しかも全員朝からそれでも全く問題ないのだから凄い。オルカに至っては、良くそれだけ甘い物食べててそのプロポーションを維持出来るなと、常々不思議でならないけど。
そして最後にヤタだが、こちらはあまり好き嫌いは無いので、大体はいつも俺と同じ者を頼む。
今回は、俺の体調面もあってスープやお腹に優しい物を頼むしかないので、ヤタも他の物を頼めば良いと勧めたが、結局いつも通り俺と同じ物を頼んで食べていた。
そんな訳で、我が家ではそれぞれの担当料理人?が居て、全員が同時進行で作れるように広めに作り、四方に六つのキッチンを用意してあったりと、ちょっとした拘りを持って作られていた。
あと、夕飯だけはシェフのお任せ。この時だけは、皆一緒の料理を食べる。
俺の呟きにディノフスが苦笑しながら近付いてきた。
「それでしたら、一昨日──ユート様の帰還の知らせを聞いたその日に、国王陛下に文をしたためさせて頂いておりますのでご心配なく。既に御返事も頂いておりますが、昨日は色々ごたごたしておりましたので、後程お渡ししようと思っておりました」
「さっすがディー。仕事が早いね」
俺が褒めると、ディノフスは目元を緩ませ、軽く礼をしてから再び壁際に下がって行った。
「したら、今日は何しよっか?陛下との謁見は、恐らく早くても一週間後だろうから、仕事諸々とか片付けてからだろうし·····」
んー、と俺が考えてると、次々と案が出されて行った。
「·····僕はユートと一緒がいい」
「がはは!ヤタ~、そりゃ大前提の話だろ?俺は久しぶりに、ユートと森を駆け巡りてぇーな!」
「それは却下ですね。ユートはまだ体力が戻っておりません。暫くは激しい運動は控えるべきだと。大体、体力バカのティグレと一緒に居たら、ユートが死にます」
「んだと!ヤンのか!オロチ!」
「やりません。食事中に席を立たないで下さい」
相変わらず賑やかだ。
ティグレも本気で言ってる訳じゃないので、大人しく席に座った。
使用人は慣れてるので、皆平然としているが、新人はオロオロしていた。
じゃれてるだけだから心配ないよ~。
後でフォローしておくかな。
「·····ユートと一緒に、日向ぼっこ。で、お昼寝、がいいです、わ」
オルカは犬じゃなくて猫なんだろうか?
てか、元はシャチだよね?!
海の生物だよね?!
それってどうなの?
「えー?アタイは、久し振りに“空中プール”で遊びたいな!今日はちょっと暑いし」
全員がそれだ!とマカミを見る。
「確かに、今日は暑いよな」
「それに、プールならリハビリにももってこいでしょうし」
「同意」
「え?でも、それだとオルカが大変じゃない?」
「·····だいじょう、ぶ。その程度なら、力使った、内には、入りません、わ」
どうやら、今日の予定は“空中プール”で決まりらしい。
そんな中、誰かの呟くような声が聞こえた。
「くうちゅうプール?」
そちらを見ると、新人の子が慌てたように口に手を当てていた。
それを見て、俺は少し考えてからニヤリと笑った。
「よしっ!決めた!今日は皆も仕事お休みね?強制じゃないけど。一時間後に水着を持って、裏庭に集合!水着持ってない人は、誰かに借りるか、透けない服で来る事!ちょっといつもより大きめになっちゃうけど大丈夫?オルカ」
オルカが親指を立てて、問題無いと示してくれた。
「ありがと。あ、高所恐怖症の子がいたら言ってね。結構高くに飛ぶから」
俺のいきなりの宣言に戸惑うのは新人だけ。
他は仕方ないと苦笑したり、またかと呆れていたりしていた。
俺が突拍子もない事を言い出すのはいつもの事。
新人もその内慣れるだろうと他人事のように思いつつ、俺は最後の一口をスプーンで掬って口に運んだ。
◆❖◇◇❖◆
所変わって裏庭。
皆思い思い、水着だったり服──薄手だけど透けない物──を着て集まっていた。
不安そうにしてるのは、新人三人のみ。
他はリラックスしたように、各々談笑したりしている。
「よしっ!これで全員かな?」
ディノフスを見る。
「はい。来れる者達はこれで全員になります」
「じゃ、全員なるべく一箇所に集まって。オルカ、お願い。水の精霊達も、出来るだけオルカに力を貸してあげてね」
俺は皆に指示を出しつつ、オルカと、空に向かって水の精霊にも念の為頼んでおく。
精霊達が了承するように、上から光に反射した飛沫が、キラキラと舞う。
それに何人かの女性陣が、綺麗だと見蕩れていた。
オルカが一歩前に出て、皆と向き直ると、徐に両手を持ち上げて、恰も指揮者のようにタクトを振る感じで腕をゆったりと動かした。
すると、地面から水が湧き上がり、まるで生き物のようにうねったり、俺達を中心にして水が蠢いた。
それが徐々に足元に集まったかと思うと、水がふわりと浮き出す。
「きゃっ」と誰かが悲鳴を上げた。
水魔法は、他の従魔達は勿論、俺でも使えるが、海の生き物だからか、事水に関してはオルカの右に出る者は居ないだろう。
それだけこの魔法は、とても繊細で難しく、そして美しい。
段々と高度が増していき、とうとう邸の屋根を飛び越え、空高くに俺達を運んで舞い上がった。
その後、俺達の足元から水は四角く形を作っていく。
「皆、溺れないように、今からバタ足の体制作っててね。今はまだ魔法で補助してるけど、形が出来あがったら補助が無くなって、そのままだと水にドボンって落ちて溺れるよ?まあ俺達がいるから、早々溺れる事は無いと思うけど。後、上部分以外は結界を張ってるから、透明で分かりずらいかもしれないけど、ここから落ちる事は絶対に無いから安心して大丈夫」
俺がそう言えば、全員が水を掻き出すように足をバタつかせ始めた。
それを見計らい、そろそろ良いかなと思った所で、俺は四角く作られた水を取り囲むように結界を張って、安全面を確保した。
オルカも、一仕事終えたとばかりに足元から勢い良く水を間欠泉宜しく噴出させ、俺達の頭上より高く飛び上がると、俺に向かって飛び込んできた。
あわや溺れるかと思った。
それからは、不安がっていた子達も慣れてきて、俺達は楽しくプールで楽しんだ。
オルカはラウンジフロートに横になり、最初に言ってた通り日向ぼっこをしながら水に揺蕩い、俺は俺で、当初の目的通りリハビリ──自分の足元だけに足場を作って、水を掻き分ける感じで歩く──をして、オロチとヤタはそんな俺の付き添い。
ティグレとマカミは、端の方で水球という名の格闘技(笑)をしていた。
あそこだけは危険地帯なので、別で結界を張って誰も近付けないようにした。
ついでに言えば、この地は精霊達の協力の元、外界からこちら側を見る事は出来ない仕組みとなっているので、こんな規格外の事をしていても誰にも知られる事は無いし、咎められる事も無いので安心だ。
こうして俺達は、今日一日昼休憩やトイレの時間以外の殆どを、空の上で過ごす事となった。
流石に一日が終わる頃は、従魔達以外はクタクタで何もする気が起きず、夕飯も作り置きで適当に済ませた。
料理人達がしきりに謝ってきたが、気にするなと言っておいた。
元はと言えば、俺が言い出しっぺなんだし。
その後、陛下からの手紙をディノフスが持って来た時に聞かされた事だが、最初陛下は今日辺りにでも俺に会いたがっていたらしく、俺が「仕事は?」と思ったのと同様、ディノフスも同じく思ったので、やんわりと断りの返事を送って謁見は一週間後に決まったそうだ。
流石万能執事。分かってるね。
此方と次話が短めなので、もう1話投稿します。