1-6 彼の本心。彼の思い。
転移部屋から出ると、その先にいたのは一人のメイド。
「お帰りなさいませ、ユート様」
「ただいま、メディ」
メディ──メディシャンが著しく頭を下げ、笑顔で出迎えてくれる。
彼女もエルフだ。
「メディはずっとここに?中には入らなかったの?」
俺が何気なく聞いた言葉に、メディシャンが頬を膨らませ、不満顔で抗議してきた。
「それが聞いて下さいませ、ユート様。ディノフスったら、自分が先にユート様をお迎えするの一点張りで!私にも、メイド長としてその権利があるって言うのに!」
「なっメディシャン!」
それにディノフスが慌てたように、メディシャンの口を塞ごうとする。が、メディシャンはそれをひらりと躱す。
ははーん、とそれを聞いた俺は、なるほどと頷いた。
俺はニヤニヤした顔を隠しもせず、メディシャンに告げ口してやった。
「それはね、メディ。きっとメディに泣き顔を見られたくなかったからさ」
「ちょっ!ユート様?!」
「まあ!ディノフスったら泣いたんですの?」
「それはもう。涙は流さなかったけど、目はうるうるだし、声は震えてたしで」
「ゆゆゆゆゆゆユート様!もうその辺で!」
ディノフスが、眉を下げ、真っ赤な顔で懇願してきたので、虐めるのはこのくらいにしておいてあげた。
普段隙もなく、堅物で真面目な相手を虐めるのは存外面白い。
··········別に俺は性格は悪くないぞ?多分(笑)
メディシャンがクスクス可笑しそうに笑っている。
「では、そのお話はまた後程」
「·····メディシャン」
まだ諦めてないのかと、恨めしそうな顔でディノフスがメディシャンを見るが、メディシャンは気付かないフリをした。
「取り敢えずお部屋に御案内致しますね」
「ん、お願い」
ここは勝手知ったる我が家。
当然、案内なんて必要ないが、これも彼女達の仕事の一つでもあるから、最早慣れたものだ。
慣れ親しんだ部屋に案内され、ソファーに座ろうとして······オルカの膝の上へ。
もういつもの事です。はい。
今回のように俺が子供の姿で現れれば、従魔達が挙って俺を膝の上に乗せようとするのは、別に今に始まったことじゃない。
特に今回は、転生するまで長い期間が空いたとは言え、こういった事はこれが初めてでは無いので、ディノフスもメディシャンも慣れたもの。
寧ろ、微笑ましい目で見てくるから、反ってそっちの方が恥ずかしいよ。
それを誤魔化すように、咳払いを一つ。
「ええ、と。さっきディーにも聞いたけど、馬鹿息子がこの家にいついてるんだって?」
メディシャンが、淹れてくれた紅茶を俺の前に置きながら、神妙な面持ちで「はい」と首肯した。
「あの子達の様子は?私情を挟まず、率直な意見が聞きたい」
「畏まりました。
では·····御子息様は、此方にいらっしゃった当初は、真面目に働こうとはしていらっしゃいました。その時は、恐らく居着こうとは思っていなかったのではと思っています。ですが、奥様は我が物顔で好き放題。物を強請ったり金銭を要求したり。我々は、過分な程お給料を頂いておりますので、全てがそちらで賄わせて頂きました」
「その金額って·····」
「此方に」
流石万能執事。
俺が言い終わらぬ内に、数枚の紙を手渡してきた。
しかも、誰々が何時何処で、幾らのお金を出したか。その用途と何て言われたのかまで、事細かに書かれていた。
助かる。
それに軽く目を通してから、俺はその紙をヤタに手渡す。
「ヤタ、後でディーと一緒に『金庫室』に行ってあげて。ここに書かれている金額に迷惑料をプラスして、各自に渡してあげて」
「ユート様、それは·····」
ディノフスが何か言いそうになったのを手で制して止める。
「それと、ここに書かれていない使用人達にも迷惑料を用意してあげてね。お願い」
「分かった」
伝える事だけ伝え、ヤタが頷くのを確認してから、俺はディノフスを見る。
「これは俺のケジメだ。我が子とはいえ、今世では俺とは何の関わりも無い。それでも、前世では可愛がっていた子供だからね。勿論、だからと言って甘い顔をするつもりは無いけど。だけど、これは俺の気持ちの問題だ。
金を貰い過ぎだと感じるなら、いつものように何処かに寄付したり、何処かに投資してみたり·····ああ、何なら今度の休みに、二人のデート資金にでもすればいいんじゃないか?」
俺がニヤニヤしてそう言うと、ディノフスは顔色を変えなかったが耳の先がほんのり赤くなり、メディシャンは隠さず嬉しそうに喜んでいた。
この二人は夫婦だ。
因みに、『金庫室』と言うのは俺の私財が眠っている場所。
そこには、いくら執事長であるディノフスやメイド長であるメディシャンでも、勝手に入る事は許されない。
別に信頼してない訳じゃなく、それでも何かあっては問題だと、本人達たっての希望なのでそうしてるに過ぎないだけだ。
なら、使用人の給料や、邸や森の維持費諸々をどうやって工面しているかと言えば、そこはほら、俺の特殊な状況が関係してると言うわけで·····今はそこは置いておこう。
俺はメディシャンに話の続きを促す。
「御二方の御息女も、奥方様同様に散財が激しいですね。寧ろ、更に酷いかもしれません。使用人を自分の所有物だとでも思ってるのかのようなあの態度。
·····我々は、ユート様の所有物だと言うのに」
ボソリと、メディシャンが呟くよえに言う。
それもどうかと思うけど、と俺は苦笑するしかない。
最後は思わず本音が漏れたらしく、俺の『私情を挟まず』の部分を気にしてか、「失礼しました」と一言告げてから更に続けた。
「ですが、我々にも責任がなかったとは思いません。私やディノフス、あの方達が此方に住まうのを反対していた面々は、極力彼らに関わろうとはしませんでした。必要最低限の接触はしていましたが、それだけです。そして、彼らが何をしようと興味が無く、注意もしませんでした。
逆に、彼らを住まわせてあげて欲しいと願い出た者達は、彼らに良くしてあげています。ですが、どちらかと言えば、強い責任感から、と言った感じですかね。自分達が引き止めたからこうなったのだと。我々も、彼らを責めはしませんでしたが、否定もしませんでしたし·····。
最後に、ユート様の御子息様ですが、今では全く就職活動を為さられてはおりません。奥方様と御息女に感化されたと言うのもありますが、偏に、お世話をされる事に慣れ、楽な方向に気持ちを傾けられたようです。
以上が御報告になります」
「そっか、ありがと。それにしても、前世の時も勿論そうだったけど、基本俺の教育方針は、『極力自分の事は自分でする』って言うものだったと思うけど·····世話されるのに慣れるって何?怠惰以外の何物でもないよね?」
俺はニッコリと答える。
いくら使用人が居ようと、例えば服の着替えだって自分達でするようにしているし、貴族とかだと子供が生まれれば乳母を雇って母親は必要な時だけ子供の面倒を見ればいいのを、自分達でちゃんと子育てはするし、風呂に入るのだって、使用人の手を煩わせたりしない。
そりゃ、掃除や料理、庭の手入れなどなど任せる所は任せるけど、外に出ても一人でやってけるように、常日頃からそうあるべきだと教えてきたつもりだ。
俺がそう言うと、何故かディノフスとメディシャンが、二人揃って微妙な顔をした。
「反って、その反動もあるかと。本来なら、私共はもっと皆様の身の回りの世話をしたいのですが·····」
「えー?だって俺は別に貴族でもなんでもないんだよ?」
「いえ、寧ろ貴族よりももっと上で·····」
「それはそれ。これはこれ。さて、取り敢えずこの後どうしようか」
話を無理に打ち切る。
二人は仕方なさそうな顔をしていたが気にしない。
俺は、んーと天井を仰いで思考してから、笑顔で二人を見て言った。
「まず、あの子達が住むことに賛成した人達、全員ここに呼んでもらえる?」
お菓子を摘んだり、紅茶や珈琲を飲んだり、従魔達と楽しく談笑したりしながら、まったりのんびり時間を潰していると、ディノフスが十数人の使用人を引き連れて戻ってきた。
皆一様に、この世の終わりのような顔をしていた。
そんな様子に俺は苦笑しながら、皆の顔を見渡す。
「おや?何人か見慣れない顔がいるね」
「後程、顔写真の載ったリストをお渡しします」
「ん、分かった」
人事などに関しては、全てディノフスに任せている。
ディノフスが選んだ人選なら間違いはないと、それ程にはディノフスを信じているから。
だから、特に文句は無い。
事後報告でも、ちゃんと報告してもらえればそれでいい。
「さて、新人もいるみたいだし、改めて挨拶しておこうか。一応この邸の主を務めさせてもらっているユートだ。よろしく~」
なるべく怖がらせないよう、殊更明るく言ったのだが、どうやらあまり芳しくないようだ。
どうしたものかと頬を掻いてると、メディシャンが笑顔で使用人達に注意をする。
「皆さん、我らが主のお言葉ですよ?しっかりなさい」
瞬間、ブリザードが吹いた気がした。否、実際吹いた。寒い。
反射的に、全員が一斉に背筋を伸ばす。
『氷の魔女』は健在だな~などと、他人事のようにその様子を眺めながら、俺はもう一度皆を見回した。
「いきなりこんな所に呼び出して緊張するなってのも無理もないかもしれないけど、何も怒る為に呼んだわけじゃないから安心して。
俺はただ、元息子をここに置いておこうと決めた、君達のその心情と、今の考えを聞きたいだけだから。正直に答えてくれると有難い」
それから、緊張はまだ拭えない中、一人一人何とか答えてくれた。
「ワシは、その·····子供の頃から坊を見てきたんで·····旦那様も子供達を大層可愛がっておりましたので、そのー·····あと、今の考えは、正直あの時引き止めるべきではなかったと後悔しとります。坊だけならまだマシだったかもしれやせんが、あの女と子供、あれは行けません。花達を食らう害虫共よりタチ悪いっすわ」
犬獣人である、庭師のヴァン爺が言う。
「私も、ヴァン爺と同じ気持ちです。ですが私は、坊ちゃんも彼女達と同じ穴の狢だと、今では思っています。坊ちゃんは意志が弱い所もありましたが、お優しく思いやりのある方でした。だけど、お二人に流されたとは言え、正直今の坊ちゃんは見るに耐えません」
メイドの一人が言う。
それから何人かの話を聞き、新人の番が回って来た。
「あ、あの·····えっと、お初にお目にかかります。料理人として、四年と少し前から雇っていただきました、ジェスと言います。俺は、ぶっちゃけお坊ちゃんの事も良く知りませんし、旦那様がお子さんとどう接して来たかも自分は知りません。ですが、子供を心配しない親はいないだろうし、普通なら、自分の子供が困ってたら手を差し伸べるだろうと·····。
今は·····正直な所、あの時お坊ちゃんがこちらに住まう事に賛成したのが正しかったのかは分かりません。だけど、同じ事があればきっと、俺はまた同じように賛成派に回ると思います」
他二人の新人も、ジェスと似たり寄ったりの意見だった。
一通り皆の話を聞いて、俺は口を開いた。
「そっか。正直に話してくれてありがとう。じゃ、俺の話を聞いてもらおうか。
ジェスが言ってたけど、『子供を心配しない親はいない』って部分はあまり賛同しかねるな。現実問題、実の子を捨てる親だっているし。まあ、人の揚げ足を取るのもどうかと思うから、そこは今はいいや。
問題は次の『普通』って言葉だね。ここにいる何人かは実際に前にも体験して知ってた筈だし、新人だって、ここで働く上でちゃんと説明されて、その上で【魔法契約書】にもサインしてるよね?」
俺がチラリとディノフスを見ると、ディノフスは頷いた。
魔法契約書。それは、特殊な紙に記された事柄に反すれば、魔法により罰が執行されると言う代物。
これは、教会が管理しているもので、しっかりした身分証とその用途を明確にする必要がある。
それに加え、ディノフスが用いたのは『最上級』の魔法契約書になるので、その場合は身元保証人も必須となる。
俺の身元保証人は、国王と正教会の主教であるので、なんら問題は無い。
当然、俺の執事であるディノフスも問題は無い。
そして、その契約には、たった一文が記されているだけだ。
『この土地で見聞きした事は他言無用。秘密を厳守する事』と──。
それを破れば、待っているのは『死』あるのみ。
厳しいって?俺はそうは思はない。
俺の場合は、存在自体が異質だ。本来記憶を持って何度も転生する事など有り得ないのだから。
そう言った噂が流れてるのは知っているが、だけど、噂は所詮噂。
証拠がなければ、何もないのと同じ。
それでも、この国の人達を初め、幾つかの国は、俺の存在を知っても好意的に受け止めてくれるから良いが、そうじゃない国だって確かにある。
例えばアルディシア聖国とか·····。
「きっと、最初は半信半疑だっただろうね。【神々の愛し子】の住まいなんて言われてるけど、英雄と呼ばれた男が住んでた場所だから、今でもちゃんと管理されてるだけだーとでも思ってたんじゃない?
尤も、【神々の愛し子】ってのも、俺自身としては色々物申したい気持ちではあるけど·····そこは置いておこうか」
一体誰が言い出したんだか。今更だけど気になる。
「で?実際に目にしてどう思った?今はこんな形をしてるけど、ちゃんと今までの記憶を持っているよ?信じられない?なら·····皆」
俺は従魔達を振り返る。
すると、従魔達の色合いが変わった。
実は、今まで全員髪の色や目の色などを、魔法で変えていたのだ。
それが瞬時に元の『白』一色に変じ、続いて本来の姿──純白の魔物へと変わる。
それを見た新人三人は、「ひっ?!」と小さく悲鳴を零すと、その場に腰を抜かしてしまった。
他の者達は勿論慣れているので、顔色を変えず平然としている。
「安心して。この子達は俺の従魔だから。まあ、純白の従魔だとか、人に変身する従魔なんか聞いたことないから驚くのも無理はないよね。俺も何故そうなったか分からないから、そこは聞かないで欲しいんだけど。
で、聞いた事ない?『英雄には、神々から与えられた五体の純白の従魔が付き従っていた』とか何とか」
自分で英雄って言うのも恥ずかしいな。
これは、色々脚色されて作られた物語の、俺自身の話。それの一文だ。
「君達は、契約書の内容を見て、これだけの為に最上級の魔法契約書はやり過ぎだと思ったり、もしかしたらやばい所に就職したのでは?と不安になったりしたんじゃない?
まあ、ある意味ヤバいかもね。君達も聞いた事があるだろう、大抵の『英雄』や『勇者』の話が、実は『同一人物』の話だって知ったら」
俺は苦笑した。
新人三人が、ポカンと口を開けて信じられないような目で俺を見る。
「でも、英雄って言われてても、俺自身はただ戦争に出ただけなんだけどね。けど、あれはあっちから理不尽に戦争吹っかけてきたから、こっちもそれに応じただけだし。逆に、こちらから理不尽に戦争を吹っかけるなら話は別だ。いくら頼まれても、俺は戦争には出ないし、寧ろこの国を出るつもりだ。俺としては、一応この国の住人ではあるけど、中立の立場のつもりなんだよ。それは、代々の国王達にも告げてある。
何故かって?俺の存在自体が畏怖の対象だからだ。俺自身、時々自分の力が怖くなるよ。やろうと思えば、確実に国の一つや二つ手に入れる事だって出来るだろうし。ま、やらないけどね。面倒臭いってのもあるけど、これは俺自身の戒め。
ここだけの話、実は俺が私欲で力を振るわないって言う魔法契約書を、正教会のとある場所に保管してあるんだ。勿論最上級のもの」
あまりに曖昧な契約に聞こえるかもしれないが、案外魔法契約書は応用が聞く。
どんな原理かは流石の俺にも分からないが、契約書が発動したと言う時点で、それは俺が私欲で力を奮ったと言う確たる証拠となる。
「それにね、人間ってのは、目の前に強大な力があれば使いたくなるものだ。だって、理不尽だろうがなんだろうが、それさえあれば大抵の物は手に入るんだし。
だから俺は中立の立場を崩すつもりは無いし、何処の国にも利用されるつもりは無い。俺の記憶一つ取っても、きっと何処の国も、喉から手が出る程欲しい情報を山程持ってるから。俺の存在を秘密にするのは、俺を利用しようとする者達に知られたくないから。俺自身を捕らえる事は出来なくても、他に方法はいくらでもある。例えば、百人の子供を攫ってどこぞに監禁するとか、ね?」
まあ、簡単には言う事を聞くつもりは無いけど、迷いはするだろうねと付け加えておく。
今じゃ、皆が皆俺の話に耳を傾けている。
ここまでの話をするのは、多分初めてじゃないかな?
ディノフスもメディシャンも、俺がそうすると決めたら、何の疑問も抱かず実行してしまうから、俺がこんな事を考えていたなんて気付いていなかったんじゃないかと思う。
「だからこそなんだよ。皆の言う通り、俺は家族を確かに愛していた。前世の生きてた時ならきっと、手を差し伸べていたと思う。
けどこうも思う。俺としては、この家に──俺の事情に縛り付けたくないし、外で伸び伸びと暮らして欲しい、と。
それに、俺はもう家族の死をまじかで何度も見たくない。その時代で生きている時は仕方ないとも思うけど。
そんな訳で、俺は家族にも俺の事は話さないし、薄情と思われるかもしれないけど、一度死んだ以上は、そこで区切りとしているんだ。確かに俺と言う存在は、その時代では一度死んでるわけだし、次の時代でもそれを引っ張るつもりは無い。
以上が、俺の偽らざる気持ちだよ。何か質問はある?」
シンと、辺りが静まり返る。
一様に深刻そうに何かを考えてるみたいだが、そろそろ切り上げた方が良いだろうか。
長々と話してしまったお陰で、もう昼はとっくに過ぎているし。
「無いみたいだから、今日の所はこれで終わりにしよう。また何か聞きたくなったらいつでも気兼ねなく聞いてね?
改めて、これからまた暫くよろしく。初めての子達は、これから様々な非日常を体験するだろうけど、まあ慣れてくれると有難い。頑張って」
それを締めとして、彼らは散り散りに解散して行った。