1-5 本邸へ
「じゃ、皆準備はいい?」
後ろを振り向くと、全員が頷く。
それを確認してから、俺は『丸石』の上に手を置いた。
俺が手を置いた『丸石』が何度か明滅したかと思うと。ここに来る時に使用した掌サイズの石と同様に、ぶわりと表面に刻まれた紋様が浮き彫りになり、そして弾けて部屋いっぱいに広がった。
これから向かう先は【本邸】。
便宜上、あちらを本邸と呼び、こちらにある邸を別邸と呼び分けているが、俺自身の率直な気持ちとしては、こちらの方が本邸なもの。
俺の場合は、少々特殊な立場であるので、表向きはあちらが本邸と呼ぶ必要があったからそう呼んでいるに過ぎない。
目を瞑り、僅かな浮遊感の後目を開ける。
そこは、転移する前と殆ど変わらない部屋に見えるが、カーテンの色が違ったり、床が大理石になってたりと僅かに違いがある。
そして、目の前には、昔と寸分違わずな姿で、執事服をビシッと着こなしたエルフの姿があった。
「·····ただいま、ディー」
ディー──ディノフスは、僅かに目を潤ませながら、震えた声で帰還の言葉を口にする。
「おか、えりなさい、ませ、ユート様。我ら使用人、一同、ご帰還を心待ちに、しており、ました」
「ん。今回はどうやら、予想外に長かったみたいだね。でも、その間もずっとここを守っててくれたんでしょ?ありがとう」
「ッいえ、ユート様にお仕えする事が、生涯の望外の極み。それは延いては、我らエルフの大望なれば」
「あいっかわらずかったいなー」
俺は本当に変わらないディノフスを見て、可笑しそうに笑った。
すると、漸く肩の力が抜けたのか、ディノフスも僅かに目元を緩ます。
しかし、次の瞬間、キリッと顔を引き締めて、珍しく言い淀むように口を開いた。
「それと、帰ってきて早々申し訳ありませんが、一つお耳に入れておきたい事が·····」
「ん?何?」
俺が小首を傾げて続きを促すと、ディノフスは一度視線をさ迷わせてから、意を決したように再度口を開いた。
「四年ほど前から、三男御夫婦とその御息女がこの本館に住まわれました」
「追い出して」
俺は間髪入れず、その一言だけを告げる。
三男と言えば、俺の前世の時の子供だ。
そんな我が子を追い出すなど、鬼畜の所業だと思われるかもしれないが、俺がこの体質(?)だ。仕方無い。
転生を繰り返す俺は、その時代毎に家族を持ったり持たなかったりしている。
家族を持ったその時は、ちゃんと家族を大事にするが、俺としては、死んで転生した時点で一度リセットされたようなもの。
この邸も、あくまで俺個人のものであって、この土地だけは相続財産に含まれていない。
それは、どの時代の子供達にも伝えてある。
流石に転生の事は話してはいないが。
俺が生きてる間は問題ないが、死んだ後はこの邸に住まう事は禁じている。
なので、大抵の子供達は、成人ないし仕事が見つかり次第家を出る事になっていた。
それが、この邸の幾つかある『特殊なルール』の一つ。
「そもそも、何で戻ってきてんの?あの子もちゃんと仕事見つけて、所帯持って、外で生活してたでしょ?」
「はい。ですが、どうやら最初の職場が借金の末倒産。暫くは仕事を転々としながらも何とか食い繋いでいたみたいですが、その間に不倫。相手側の女性に金銭を騙し取られた挙句逃げられ、それが奥方様にバレ、最終的に奥方様に押し切られるような形で此方にいらっしゃったみたいです」
「うっわー·····」
ティグレが、そのあまりにも絵に書いたような不幸っぷりにドン引いていた。
俺もドン引きだよ。
あの子は、元々気も弱いし要領も悪かった。
そもそも、仕事が真面に無かったのに何故不倫したのか。
あの子の性格上、不倫なんて大それた事しそうにないんだけど。
あれか?ちょっと弱気になってた所に優しくされたとかか?
それでも、流石に我が子ながら呆れてものも言えないな。
「はぁー·····分かった。俺が出るよ」
「·····宜しいので?」
「うん。君の事だからきっと、最初は追い出そうとしてくれたんでしょ?だけど、使用人の何人かが、俺の子供だからって引き止めたってとこかな?もしくは、新しく職場が決まるまでとか何とか言って」
ディノフスを初め、殆どの使用人が赤ん坊の時から世話してたんだから、あの子にも少なからず情はあるだろうし。人の感情だけはままならない。
「申し訳ありません·····」
「いや、別に責めてるわけじゃないよ?君達は良くやってくれてると思うから。
ああでも·····今後こんな事がないよう、ちゃんとした対策を考えないとね。だってさ、今後も俺は転生するんだし。勿論転生しないかもしれないけど、今の所そんな傾向は無いから今は考えない事にして取り敢えず置いておく。
んで、転生する度、俺はここに最終的に戻ってくる訳でしょ?別に別邸があるからそこはいいんだけどね。そして、ディーのように生涯かけて尽くしてもらおうと思ってるわけじゃないけど、それでも俺が戻ってきた時、俺か相手か、一体どっちに仕えるんだ?って話になるわけよ。
両方·····なんて都合の良い事は出来ない。例えば俺と相手の意見が分かれた時なんかどうするの?どっちに付けばいい?
使用人同士がギスギスするなど論外。いざと言う時連携取れなくなると困るし。
他の家なんかだと、ちゃんと当主の入れ替えがなされてるけどこの家は違う。ここはあくまで俺の所有物であって、それ以外は有り得ないんだから。仮に俺の転生が止まった場合は、王家預りになるよう、手筈は整えているし。当主は二人も要らないんだよ。そこら辺はハッキリさせておくべきだ」
「おっしゃる通りです」
「だから、今回はもう起こってしまった事だから仕方ないけど、これからの事は考える必要はあるよねって話」
「幾つか案を考え、後程提出したいと思います」
「ん、よろしく~」
そんじゃ、ま。久し振りに我が子に会いに行きますか。
◆❖◇◇❖◆
彼が実家に戻って来てから、もう既に四年が経過していた。
初めの頃は、彼自身もちゃんと働き口を探そうと奔走していた。
しかし、今ではどうだ。
ここに居れば、何不自由無い暮らしが出来る。
食いっぱぐれる心配も無いし、何時も掃除も行き届いており、身の回りの世話もしてくれる。
それを味わえば、真面目に働くのも馬鹿らしく思ってくるもの。
そもそも、ここは自分の実家だ。
自分の父だった男は言った。
この家から出たら戻って来るな、と──。
当時は、父がそう言うならと、何の疑問も無くそれを受け入れた。
父は、家族に関心が薄い訳じゃないし、寧ろ、家族思いの良い父だったと思う。
だからこそ、父がそう言うなら、子供ながら何か理由があるのだろうとそう思ったのだ。
だが、結局彼は戻ってきてしまった。
最初は、父に逆らった罪悪感やら何やらが複雑にあったが、今ではそれも薄まっていた。
反って開き直ったとも言えよう。
一年位してから、久し振りに長男と顔を合わせた。
長男は言った。「この家から即刻出ていけ」と。
三男は言い返した。「何故出て行かなければいけないのか」と。
長男は何か理由を知ってるっぽかったが、その理由までは教えて貰えなかった。
話し合いは何時までも平行線。
最終的に長男の方が折れた。
別れ際の長男の言葉が今でも忘れられない。
『お前は何れ後悔する事になる』
しかし、その時の三男は、ただの負け惜しみだと思った。
それよりも、初めて長男に反抗した高揚感に酔いしれていたから。
けれども、今思えばそれは忠告。
今三男は、長男の言う通り、今までに無いくらい後悔していた。
「··········」
彼は、目の前の現実を受け入れられないでいた。
おかしいと思ったのだ。
今まで極力自分に関わって来なかった執事長が、突然自分達家族を呼びに来た。
確かに、昨日から全員が何処かよそよそしく、忙しそうにはしていたが·····。
昨日の今日で、余計に不審に思ってもおかしくは無い。
向かう先は執務室。
その執務室は、許可された者しか入れない。
執事長とメイド長と──そして当主のみ。
故に困惑した。
妻は、漸く三男が当主に認められたのだと喜んでいたが、そんな筈は無い。
生まれた時からずっと見てきたのだ。
この執事長を筆頭にメイド長を初め、この邸の殆どの人間達が、父に強い崇敬の念を抱いている事を。
それは、ここの住人に限らず──。
それが、例え父の実の子供と言えども、そんな簡単に自分を認めるわけはないと、三男は意外にもそこだけはハッキリ理解していた。確信していた。
それが分かっていて、それなのに何故この家に寄生してるかと言えば、偏に、それでも父の子供だから邪険には扱われないだろうと言う甘い思いがあったから。
三男は、それだけで良かった。
この家に住まわせて貰えるなら、別に当主になろうとも思っていなかった。そんな大それた事まで思はない。
分不相応なのは、自分でも重々承知してたから。
だから、妻の言う『当主に認められた』など絶対に有り得ないと思った。
三男はこの時、長男の言葉を思い出していた。
執務室に近付く度、言いようのない不安が押し寄せてくる。
自分は何かやらかしただろうか?叱られる?執事長は、父以外にはとても厳しかったし。それとも、とうとう追い出されるだろうか?だけど今更?なんだかんだ言っても、四年も住まわせてくれたんだし。それに、今追い出されても困るんだけど。
などと取り留めのない事をグルグル考えていると、とうとう執務室に到着した。
執事長が足を止め、執務室の扉をノックする。
その行動に、三男は更に怪訝な顔をした。
父が亡くなってからというもの、ノックなどして来なかった執事長。
それもその筈だろう。主のいない部屋にノックなどする意味が分からない。
現に、自分が見た限りでは、今まで執務室に入る際、執事長はノックなどしなかった。
そんな執事長がノックをしたのだ。
それの意味する所は──。
そこまで思考して、三男の顔がサッと青くなった。
有り得ない。有り得ない。有り得ない!
そう自分に、暗示のように繰り返し言い聞かせる。
父は死んだ。葬儀にも出た。ちゃんと遺体も確認した。だからそんな筈は無い。それとも、新しい当主でも現れたのか?長男か次男か。しかし、この執事長がそれを認めたのか?自分でも引くくらい父を崇拝していたこの男が?それこそ有り得ない。
そう思い込もうとしてみても現実は無常で·····。
執務室からメイド長が顔を出し、三男達をチラリと一瞥するだけで、静かに扉を開け放して彼らを招いた。
瞬間。空気が一変する。
この空気には覚えがある。
三男は、知らず体の震えが止まらなかった。
執務机の後ろに立つのは、昔と変わらぬ姿の、父に従っていた従者が。
そして、その執務机の椅子に腰掛けるは、まだ年端も行かぬ少年ただ一人。
『お前は何れ後悔する事になる』
──ああ、兄さん。僕が間違っていた。いくら妻に押し切られたとは言え、父さんの言いつけを守らず、兄さんの言葉にも耳を貸さなかった僕を、どうかお許し下さい。
父は優しかった。けれど反面、とても厳しかった。
三男は、考え無しではあるが、馬鹿ではなかった。
瞬時に悟る。
噂はあったのだ。
ここは、【神々の愛し子】の住まい。
故に、ここの当主に選ばれるのは、その愛し子のみ、と。
その時は一笑に付した。
それなら、自分達はその【神々の愛し子】の子供ではないか。なら、自分達もその恩恵に与れる筈だ。なのに、今の自分はどうだ?【神々の愛し子】の子供である筈なのに、やっと見つかった就職先が倒産。そして、やっと結婚した女は、着飾る事しか脳の無い馬鹿女。新しい就職先を探そうも、何処も上手く行かず、転々と職場を変える始末。そんな自分に寄り添ってくれたとある女性は、金を渡したら連絡が取れなくなった。それなのに、【神々の愛し子】?ハッ!笑わせる。
確かに父は、何処と無く不思議な雰囲気を持っていた。
何の仕事をしているか分からなかったが、金に困る心配も無かった。だからと言って、あの父に限って、悪事に手を染めるとも思っていなかった。
そう言った情操教育は、大いに厳しかったのが、他でもない父だったからだ。
けれど、時たまフラリと姿が見えなくなる時もあった。
母は笑いながら、「何も心配はいらない」と言っていたが、果たしてあの時どこへ行っていたのか。今となっては分からない。
まあそんな訳で、【神々の愛し子】などと言う根も葉もない噂など信じる気も起きなかった。
しかし、今なら信じられる。
三男の目には、少年が写ってなかった。
そこに居たのは、大きくて偉大な父の姿──。
一番怒らせてはいけない相手。別に父に怒鳴られた記憶は無い。何かを口にする訳でもない。
なのに、恐怖だけを抱かせる。
目は笑っていないけど、ただただ微笑むだけ。
その姿だけ見れば、常と変わらない姿に見えるかもしれない。
されど、それを向けられた相手は、半端ない威圧感を感じるのだ。
だから、冷や汗が止まらない。
見た目は違うのに、あの頃と同じ·····否。もしくはあの頃よりも強い圧迫感が部屋中を満たしていた。
どうしよう。そう考えた時、隣に立って、目の前に控える美男美女に惚けていた妻が金切り声を上げた。
「ちょっと!そこのあんた!そこは当主である私の夫が座る場所よ!さっさとどきなさい!」
あ、死んだ。
三男は、気が遠くなるのを感じた。
【補足?】
モブ三男坊(笑)
ぶっちゃけ、彼の年齢は不明です。
モブ三男坊は、三兄弟の末っ子ですが、作者としましては、この前世の時は、主人公は晩婚でした。なので、子供が生まれるのも遅かった。
この世界では、成人が18歳ですが、就職自体は15歳から可能と言う設定です。それより下は、アルバイトも出来ます。
そして、王侯貴族は当然?結婚は早いですが、市民はそれ程気にしていません。現代社会と同じ?感じです(笑)
でもそうなると、逆算してみると何だか色々おかしな点が·····。
主人公が死んで15年。そして+5歳で、実質20年の年月が過ぎてるわけですよね?
となると、三男坊が早く就職したとしても、15歳位だとして·····今35歳位になるか?
でも、そもそも主人公何歳で子供作って、何歳で亡くなったんだ?
結婚の事知ってたんだから、それより遅くに亡くなったって事だし、三男坊君意外と早く結婚してたのか?
あんま、三男坊の年齢も増やしたくないし、出来れば働き盛り(?)の40歳前後でって考えてもいるんですけど?
····················
すみません。これ以上考えると、墓穴掘りそうなのでやめておきます。
書いてる時はノリノリで書いてたんですが、書き終わったあとに読み返してみると、あれ?ってなって、矛盾に気付きました。
けど、まあいいや!って思って投稿しました(๑>•̀๑)テヘペロ
きっと、これをお読みになった方も、疑問に思われるのではないかと思ったので、指摘される前に自分から補足と言う名の言い訳を、この場を持ってさせて頂いた所存です。
これからも、こう言った事が多々あるかもしれませんが、今後も『神々の愛し子』を宜しくお願い致しますm(_ _)m