1-4 火山温泉
翌日目を覚ますと、そこは知らない天井·····なんて、お約束な台詞は吐かない。
寧ろ、今までも何度も見てきた天井だ。
俺にとっては、何処よりも馴染み深いもの。
壁に掛けてある時計を見ると、もうすぐお昼に差し掛かるみたいだ。
昨夜は遅かったから仕方ない。
久し振りにぐっすり眠れたし。
そろそろ起きるかと思ったが、違和感に気付く。
あれ?と不思議に思い首だけを動かそうとすると、頬にファサリと何かが当たり、視線を上げてみた。
そこには、違和感の正体の一つ──フサフサの真っ白い毛並みが、視界いっぱいに広がっていた。
他の方向にも視線を巡らせて、俺は起き上がるのを諦める事にした。
今の俺の現状。マカミが狼姿で俺の頭上·····と言うより、自信を枕代わりにして、俺の頭の下で横になっており、右手側には虎姿のティグレ、左手側に鯱姿のオルカ、胸には鴉姿のヤタに、お腹にはとぐろを巻いて寝ている蛇姿のオロチがいて、皆が俺をガッチリと囲って寝ていたからだ。
因みに、皆のサイズは自由自在に変えられる。
最高は、大山程の大きさにまでなれる。が、よっぽどの事がない限り、そんな大きさにはならない。
基本的には、子犬サイズが大型犬くらいまで。
それは兎も角、もう少しすれば、ヤタかオロチ辺りが目を覚ますだろう。
それまでの辛抱だ。
思った通り、それから程なくして、ヤタがパチリと目を覚ました。
相変わらず寝起きがいい。
一瞬にして覚醒出来る所は、羨ましい限りだ。
「お早う、ヤタ」
俺は、皆をなるべく起こさないよう配慮して、ヤタの頭を撫でながら小声で挨拶をした。
しかし、そんな努力も虚しく、皆が続々と目を覚ましてしまい、次々と朝の挨拶をしてくれる。
·····若干一名、半分まだ寝てる感じではあったが。
俺は、いつの間にか寝巻きに着替えさせられたのを、普段着に着替える。
ここには、こういった時の為に、子供の服もちゃんと用意されているから安心だ。
それでも、今の栄養失調気味の体では、多少余裕が空いてしまうが、仕方ない。
着替え終わると、また寝そうな雰囲気の鯱姿のオルカを両腕で抱えて持ち上げる。
置いていくと拗ねそうだし。
他の皆は、既に人型に変身していた。
オルカは寝ながらでも、鼻先をするりと俺の首筋に擦り寄らせてきた。
偶に思うが、鯱のくせに行動が犬っぽい。
本物の(?)鯱と触れ合った事がないので、これが鯱の正しい行動かは疑問だが。
それを見たマカミが、「あー!ずるいずるい!」と騒ぎ出したので、俺は苦笑して宥めるように言った。
「これからは暫く一緒にいるんだから、いつでも抱っこしてあげるよ。それに、ブラッシングも、ね」
それを聞いたマカミが一変。満面の笑顔になる。
他の面々も、口では何も言わなかったが、多少不満はあったようで、マカミ同様にそれが解消されたようだ。
良かった良かった。
朝から少々騒がしくなってしまったが、漸く俺の日常が戻ってきた事に、酷く安堵する。
俺達は階段をおり、食堂に向かった。
マカミとオロチがキッチンに向かい、他は思い思いに寛ぐ。
ヤタも料理は作れるが、一言で言うなら、マカミは感覚派でヤタが理論派なのだ。
つまり、ヤタは料理本通りの分量を逐一測ったりしてしまう為、どうしても作るのに時間がかかってしまう。
反面、マカミはほぼ目分量でやってしまう。これが適当に見えて、意外と正確で美味しかったりするから不思議だ。
俺でも、最初は測ったりするのに。その後は舌で感じて調整したりするけど。
マカミが言うには、『舌』と『匂い』と『勘(感覚)』らしい。よう分からん(笑)
オロチは·····どちらとも言えないかな?ただ、ヤタに比べれば一般的なスピードなので、そんなにマカミの邪魔にはならない。
一応フォローしとくと、正確な分、ヤタの料理も普通に美味い。
マカミと比べる方が悪いのだ。
後の二人、オルカとティグレは言わずもがな。
ティグレは、焼くくらいは出来るが、オルカはちょっと·····何故そうなる!と叫びたくなる程の腕前だ。それだけで察して欲しい。
ちゃんと料理本通りに作ってる筈なのに、おかしい·····。
俺は大人しく、オルカを撫でながら料理が出来るのを待っていた。
この子供の姿では、真面に料理が出来ないと言うのもあるが、俺は最初に比べれば、大分料理をする機会も減ってきた。
俺の代わりに料理を作ってくれる人達がいるからね。
それでも、気分転換に偶に作ったりするけど。
それ程時間も掛からず、食卓に料理が並ぶ。
俺のだけは、昨晩と同じくスープ系だったが·····。
今日はたまごスープだ。
きっとこれから、暫くはスープはスープでも、日替わりで色々アレンジしてくれるんだろうな、と思いながらも、相変わらず美味しいスープを飲んだのだった。
その後リビングに移動して、食後のコーヒーを飲みながら、昨晩の話の続きをした。
と言っても、それ程話す事も多くないし、ほぼ皆が想像している通りなので、簡潔に答える。
「俺が今回生まれたのは、【アルディシア聖国】。これだけで分かると思うけど、あの国では『黒』は不吉な象徴とされているから、俺が生まれた家では俺は使用人以下の扱いを受けていたって訳。以上」
「いやいやいや!簡単すぎるだろ!」
「えー?じゃ、他に何が聞きたいんだよ」
「家名。ユートに酷い事した奴らの名前。その順位。それから·····」
「待て待て。ヤタ、一応聞くけど、何でそんな事聞きたいんだ?」
「?地獄に落とすから」
おーい!いきなり物騒だな!
何?その、逆に『何でそんな事聞くの?』みたいな顔は!
俺の顔が引き攣る。
「ま、まあ、取り敢えず落ち着こうか?な?てか、そんな事しなくても、彼らは報いを受けるだろうし。今までだってそうだったじゃん?」
尤も、これ程酷い扱いは今までも無かったけども。
これには、精霊が深く関係している。
精霊がどうしてそこまで?と想わずにはいられないが、俺に良くしてくれた国、俺が幸せを感じた場所などには、俺が例えその土地から離れたとしても、暫くは精霊の恩恵が受けれるらしく、飢饉や災害が極端に減るらしい。
逆に、今回のように俺が虐げられた環境にあれば、俺がいる間はその恩恵に与れるが、俺がその土地を離れると、その恩恵も無くなる。
寧ろ、悪化してしまう。
殆どの精霊が、その土地から離れるから。
だからつまり、間違いなくあの国、或いは、少なくとも俺が生まれたあの領地だけは確実に衰退の一途を辿るのは目に見えてると言う訳だ。
「んー·····でもな、それじゃ俺様達の気が収まらんわけよ」
それでも、ティグレはまだ納得しないみたいだ。
不敵に笑う。全員目が笑ってない。本気だ。
因みに、今回の膝の上はティグレ。
しょうがない。奥の手を使うか。
「んじゃ、皆は俺との時間よりも、報復の方が大事なんだ?皆の事だから、きっと時間をかけてじっくりと嬲り殺しにしようとするんだろうけど、そうすると折角再会出来たのに、俺との時間が減っちゃうよねー?」
ちょっとわざとらしかったか?とも思うけど、どうやら効果は覿面だったようだ。
まさに青天の霹靂!と言った感じで、全員が目を見開いて固まっていた。
「·····ん。わたくしは、ユートとの時間が、一番大事です、わ」
最初に動き出したのはオルカだった。
すぐ様手のひらを返して意見を覆す。
「あ!ずるい!勿論アタイもだよ!ユートと一緒がいい!」
すると、他の面々も、「私もです」「俺様も!」「僕も·····」と言ってきたので、取り敢えずこの件はこの場では方が着いたと、ホッと胸を撫で下ろす。
「良かった。俺も、少しでも長い時間皆と一緒に居たかったから、煩わしい事に時間を割いて欲しくなかったんだよ」
俺は、別にあの国がどうなろうと、どうも思わない。
そこまで思い入れはないし、博愛主義でもない。
俺にとっては、しっかりとした優劣があり、その最たるものが、ここにいる従魔達だ。
だからこそ、あんな連中の為に、皆が手を汚す必要なんてない。
ある国では、この子達は【守護獣】として崇められていたりもする。
それは、ある理由があって、俺がそう頼んだのだけど·····ほぼ名前だけを貸してる状態だ。勿論、必要だと判断すれば力も貸すけど。
しかし、そこには明確なルールが定められており、それは、私欲や私怨でその力を使わない事。
でなければ、人は貪欲に、彼らの力を当てにし、堕落してしまうから。
それなのに、俺が(例え本人達がそれを望んでいたとしても)その力を行使してしまえば周りに示しがつかないだろう。
バレなければいいかもせれないが、これは俺の気持ちの問題だ。
俺がそう本心を口にすると、
「うわーん!ユートー!」
感極まったマカミに、ティグレ事思いっきし抱きしめられた。
胸に押し潰された。死ぬかと思った。
そして、今俺達は山の頂上に来ている。
ん?話が飛びすぎてるって?
きにしなーい。
てか、ちゃんと理由があるから。
「はぁ~·····生き返る~」
「その姿でそんなジジ臭い言葉吐くと、違和感しかないぞ?」
「仕方ないだろ?こんなんでも、一応精神年齢はウン千歳なんだから。それに、こんなにゆったりとお湯に浸かるのも久し振りだしさー」
ここは、見た目は火山。
しかしてその実態は、なななな何と!温泉である!
この土地は、少々訳ありで、ここでは詳しく説明しないが、この土地に住んでいるのは俺達だけと言う、何とも贅沢な環境だ。
大半が森で覆われているが、この温泉のように、不思議なものも沢山ある。
しかもこの温泉、湯面と外の景色が繋がって見える、所謂『インフィニティ風呂』と呼ばれるもの!
日本でも味わった事の無い、絶景の露天風呂なのだ!
勿論、火山が噴火する心配もないので安心だ。
常に、新鮮なお湯にも浸かれるし。
ふぅー、極楽極楽。
あの家では、真面に風呂も入れてくれなかったしな。
一応臭いは気になるらしく、定期的には入れてくれたが、カラスの行水のように、本当にさっと流すだけ。
しかも一人で。
少しでも遅れると、最悪暴力を振るわれていたので、おちおち風呂に浸かる事も出来なかった。
風呂もぬるかたったし。使用人よりも最後に入らされていたから当然か。
だからこそ、今日はちゃんと風呂に入りたかったんだ。
明日本邸にも行くしね。
この細っこい、骨と皮だけの体はもうどうしようも無いけど、せめて身嗜みくらいは整えていきたい。
「ほんと、みんなでこうして風呂に入るの久しぶりだね~」
ついでに、ここにはマカミもオルカも一緒だ。
体にタオルを巻いてるとは言え、全裸。
でも、俺達の中でそんな邪な考えを持つ者はいない。
·····や、一人居るか?
ティグレが、態とらしく明後日の方を向いてるのを、俺はニヤニヤしながら見ていた。
「·····んだよ」
すると、ティグレに不機嫌そうに睨まれてしまった。
「べっつにー」
それでもニヤニヤを止めない俺。
人が悪いって?なんとでも言え。
これが俺達の関係性でもあるのだから。
「こ、の!」
流石にからかい過ぎたか、我慢の限界を迎えたティグレが襲って来た。
「うっわ!」
ティグレに頭を押さえられ、そのまま湯船に沈められる。
ブクブク。バシャバシャ。
一応手加減はされているみたいだが、それでも大人と子供。体格の差は覆しようも無い。
本人も本気で俺に害をなそうとも思ってないし、俺もこの程度で溺死したりする訳もない。
言わばフリ。お互いじゃれ合ってるようなもの。
「こらー!お風呂で暴れるなー!」
晴れやかな日差しの中、マカミの怒鳴り声が響き、久方ぶりに皆の笑い声に包まれたのだった。




