1-3 今までと違う?
「へ?俺が死んでからもう二十年も経ってるのか?」
て事は、今俺が五歳だから、俺が死んで十五年経ってから転生したって事か?
今までで最長じゃね?
俺の驚きに、皆は神妙な面持ちで頷いた。
聞く所によると、正直俺はもう転生しないのではないかと不安になっていたそうだ。
それでも、自分達はまだ生きている。
例え契約により、色々変わってしまったとしても、従魔である限りそこは変わらないだろう。
ついでに補足しておくと、普通の従魔なら、契約主が死ねば従魔も一緒に死ぬが、彼らはその枠から外れている。
それは偏に、俺が転生するからだろうと考えられる。
それを希望に、何とかやってこれたらしい。
ここ最近は、こちらの屋敷で、誰が言った訳でもないが、皆過ごす事が多くなっていたのだとか。
あー、それで全員珍しく集まっていたのか。
基本的に皆マイペースと言うか、好き勝手にやるタチだからな。
俺が死んだ後は、定期的にここに戻っては来るが、殆どはあちこちに散らばっていたりする事が多かった。
別に、従魔同士の仲が悪いわけじゃない。
それでも、皆それぞれ性格もバラバラだし、やりたい事も考え方も違う。
それなのに、態々一緒にいる意味がわからない。ある意味、そこら辺は満場一致の考えをしている。
そんな個性派揃いの協調性の欠片も無いように見える面々だが、根本的な部分が一緒だから問題は無い。
その最たる理由が、自分で言うのもなんだが、それは俺の存在あってこそ。
『俺』と言う目的が一緒であるが故に、全員纏まっていると言っても過言では無いだろう。
そんな中、今まで最長十年で転生していた俺が、それから更に一年経っても二年経っても現れない。
日に日に不安が募る一方。
そして、漸く五年前に俺の気配を察知して、会いに行きたいのを必死で我慢していたそうな。
因みに、従魔として繋がっているからか、皆には俺が生まれれば何となく分かるようになっているらしい。
但し、俺は分からない。
や、流石に近くにいれば、気配とかは分かるが、離れすぎると無理。
さっきも言ったが、契約主が死ねば従魔も一緒に死ぬ。
そして、従魔が死ねば、契約主には分かると聞いたこともある。
試したこともないし、皆が死ぬ所が想像出来ないので、そこは置いとくが。
そして、俺と従魔達とで、約束を一つしていた。
それが、俺が転生しても、無闇に会いに来るなと言う事。
少なくとも、俺が呼ぶか会いに行くかするまでは、皆から会いに来ることを禁じていたのだ。
何故なら、記憶が無い状態で会ったとしても、皆のことは覚えてないし、そんな俺が皆に心無い言葉を言って傷付ける可能性があったからだ。
そんなのは、俺自身が嫌だった。
なので、皆はそれを律儀に守り、会いに行きたくても、ずっと我慢してくれていたのである。
だから、文句は無い。
寂しさの余り、帰ってきてからずっと皆が俺に引っ付いていようが、今はオロチからマカミにバトンタッチして、マカミの膝の上に座らされていようが、マカミの大きな二つの膨らみが、俺の頭にのしかかりいくら重かろうが、皆が事ある事に俺に触れようとしてこようが、そう、文句は無いさ。
取り敢えず、暫くは好きにさせようと思います。
「次!次は、ユートの事聞かせてよ!」
上の方から、そう問い掛けられた。
胸のせいで顔をあげられないが、マカミが「早く早く」と急かしてくる。
それに答えようと口を開いたが、しかし代わりに出たのは大きな欠伸。
「·····眠い?」
「んー·····」
ヤタの問いに、生返事で返す。
忘れてるかもしれないが、今は深夜だ。
「まだ体はちっこいからな!仕方ないんじゃね?」
「·····寝ますか?」
「の、前に·····明日、てかもう今日だけど、本邸に知らせないと·····今日はもう流石に無理だけど、明日には戻るって·····それから·····」
うつらうつらしながらも、用件を伝える。
何度も経験してる事とはいえ、自分の体だと言うのに言う事を聞かないこの子供の体が恨めしい。
「·····大丈夫。僕が行ってくるから」
「ユートは何も心配せず寝なさい」
その落ち着いた声に導かれるように、俺の意識は闇に沈んで行った。
◆❖◇◇❖◆
ここは帝都のとある邸宅。
場所は中心街。貴族街と市民街の丁度真ん中。市民でも頑張ればギリギリ手が届く範囲のお店が並ぶ場所。
そんな邸の一室で、今だ日も登らない内から動く気配があった。
この邸の全てを管理し、取り仕切る執事長。
彼は、誰よりも早く起き、朝からビシッと服を着こなし、髪を撫で、しっかりと身だしなみを整えてから、音も立てずに部屋を出た。
見た目はかなり若い。
だが、それもその筈。
彼はエルフだ──。
彼の朝一の仕事は、邸の周辺を歩き、異常がないかを確認する事。
滅多に無いが、ごく稀にあるので余念が無い。
ここは少々特殊な邸なので気は抜けないのだ。
夜番の者に、軽く報告を受けてから労いの言葉をかけ、庭をゆっくり時間をかけて歩く。
彼らの仕事は、執事長が目覚めるまで邸を守る事。
しかし、その後はしっかりと寝る。
日中は守る必要も無いと言うのもあるが、この邸の主が、無理な労働を決して好まないからだ。
休める時は十分に休む事。
それがこの邸のルール。
なので、日中この邸を守るのは、執事長である自分と、その他の使用人。
ここで戦えない者はほんの一握り。
大抵の者が、ちゃんとした戦闘訓練を受けている。
その為、全員がちゃんと役割を割り振られ、『昼』と『夜』で分けられているので、全員が寝不足で仕事が疎かになるという事も無い。
それに加え、ここには『有給』なるものがあり、日数は決まっているが、働かなくても給料がちゃんと支払われる。
今では、このシステムが徐々に他の所にも浸透しつつあり、働く者達にとっては、まさに有難いシステムとなっている。
これもあれもそれも、全てがこの邸の真の主のお陰である事を知る者は、意外と多い。
執事長は、庭園に目を走らせた。
ここの庭園は広い。
寧ろ、邸よりも庭園の方が広く土地を占めているだろう。
帝都の中ではあるが、この土地だけは自然豊かだ。
それだと、よからぬ者達にとっては絶好の場所──隠れる場所が多いのではと危惧するかもしれないが、ここでそんな気配を気づけぬ者は少ない。
それだけの自負はある。
ここが自然豊かなのは、ここの主が自然が好きだからと言うのもあるが、ある方達が本来の姿に戻っても、伸び伸びと遊べるようにと言う配慮がされて作られた場所でもあるからだ。
しかし、最初はその為だったが、最近では別の用途にも用いられるようにもなった。
この邸は二重構造で、二つの塀で区切られている。
一つは言わずもがな。我らが主が住まう中央の邸。
そして外側には、今では自然を壊さないように、寧ろ自然を有効活用して作られた『プレイグラウンド』が。
木から太く長いロープを吊るしてあったり、木と木の間を梯子で繋げたり──勿論下にはネットが敷かれてある──、大きな洞を利用して秘密基地のようにしてみたり、小山から滑り台を作り、その先には砂場が用意されたり、と。
このお陰で、今では一般公開され、朝九時から日が暮れるまでと時間制限はあるが、子供達のいい遊び場になっている。
この世界は自然豊かだ。
けれど、街を一歩外に出れば、野生の動物達があちこちに闊歩してるので、そう易々と子供達が街の外に出る事は無い。
街の中にも広間はあるが、大抵は屋台とか行商人が店を出したりしているので、どちらにせよ、子供が遊べるような場所でも無いが。
それ故に、子供が遊べる場所と言えば、家の中か家の前でのちょっとしたスペースだったりと、どうしても限られてくる。
余談だが、とある国が領土を増やそうと森に火を放ったそうだ。
けれど、森は僅かな焦げ跡を残し、すぐ様鎮火し、代わりと言ってはなんだが、王都が火の海に包まれたのだとか。
これが史実かどうかは分からないが、今でも後世に語り継がれているので、全てでは無いにしろ全くの事実無根と言う事でもないだろう。
そんな話があるからか、この世界の住人にとって、森は神々の管轄であり、我々人類は、許可された土地で生かされているのだと言う思いが強いのだ。
だから、無闇矢鱈に土地を増やす事も出来ない。しない。
閑話休題。
それに、ここ程安全に遊べる場所はそうそうないだろう。
凶暴な野生動物はいない──小鳥や小動物は別──だけでなく、この森には、この森を管理する者達がいた。
それが、執事長の同族のエルフ達だった。
エルフは、ここの主に強い恩義を感じている。
それこそ、末代まで──エルフが滅びるその瞬間までお仕えしようと思える程に。
例え、そこに主が居らずとも。例え、御方が今後転生することがなかろうとも。
エルフは義理堅く、受けた恩は一生かけて尽くすものだから。それがエルフの誇り。
なので、安心して子供達は伸び伸びと遊べているし、親も目を離しても安心していられる。
もしくは、ここに預けて仕事に出かける親だっている始末。
執事長は庭を見回り、今日も異常はなさそうだと一つ頷く。
彼は、今日も今日とて、何も変わらない日常が始まると、この時まで思っていた。
執事長の頭の中では、既に今日一日のスケジュールが組まれている。
ただ、少々頭を悩ませる厄介事があるが、それも瑣末な事。自分達が我慢をすればいいだけ。
それ以外では、概ね平和と言えた。
そう思う事にして、執事長が邸に戻ろうと踵を返したその先に、人影があるのに気付き、彼はビクッと足を止めた。
何時からそこにいたのか。全く気配が掴めなかった。
執事長が戦闘態勢に入らなかったのは、偏に、彼がここ数年姿を見せなかった、見慣れた、我が主が大事にしている家族だから。
その彼が、執事長の様子を気にした風もなく、静かに口を開いた。
「主、帰還。明日戻る」
それだけを言い残して、彼はほんの瞬きの間に姿を消した。
執事長は、メイド長が探しに来るまで、その場に固まる事しか出来なかった。
メイド長の何度目かの呼び掛けに、漸く我に返った執事長が、瞬時に今日一日のスケジュールをキャンセルし、練り直す。
彼の心に沸き起こるのは、歓喜。
身を震わすほどの、悦楽。
久しく忘れていた、高揚感。
普段は冷静沈着で、声を張り上げる事も無い彼が、邸中に響き渡るほどに声を発した。
「さあ、主の帰還だ!皆の者!出迎えの準備を!」
本日を持って、退屈で平凡な毎日に幕を閉じる。
彼らの使命は、生涯の主をもてなし、主に快適な毎日を送って貰う事なのだから。