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エンドレス・ロード  作者: かに/西山りょう
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第24話 対峙

挿絵(By みてみん)

-第24話-



 セントラルタワーの屋上で対峙するアイオミと西園寺。

 西園寺の隣で不安そうな表情の女性がその様子を見つめる。


「アイオミ。いよいよ、この北堵市も終わりだな。20年……街にとどまりすぎた。ツケを払う時が来たのだよ。今までの施政のツケをな。マハは結果に過ぎん」

「当てつけのつもりか? 息子を亡くしたから……」

「私がそんな些末なことを気にかけるような小さい男だと思うかね? ヒステリックに騒ぎ立ててたのは妻だけだ。まったく度し難い馬鹿女と馬鹿息子だ。私には両方とも必要ないものだよ」

「お前に……人の心はないのかっ!」

「ふん、人の心だと? そんなものがなにになると言うんだ? とうの昔に捨て去った。だからこそ、今の地位まで上り詰めて来れた。私は自分以外の何も信用しない」


 夜のとばりに包まれたヴェールの風が、二人の間を吹き抜ける。


「ただの施政者風情のお前も、もう為政者気分を楽しんだだろう。どうだね? 今からでも私の派閥に入る気はないか? お前なら私の役に立ってくれそうだ」

「……断る!」

 アイオミの拳は怒りで震えている。

「……残念だよ。もう少し賢い選択をすると思っていたのだがな」

 西園寺は上着の内ポケットからハンドガンを取り出し、アイオミに向けた。


「やめろ、西園寺っ!!」


 屋上の非常扉から、銃を構えた中年の男が姿を現した。

 西園寺がそのままの体勢で顔だけ振り返る。

「木皿儀か……!!」


 飛行船の上から状況を見ていた藍が唯の腕を揺さぶった。

「ねぇ、あれ……唯のパパじゃない?」

「え……?」

「それに、西園寺のおっさんの横にいる女の人、なんか唯のママに似ているような……」

 唯はゴンドラから身を乗り出して目を凝らした。

「お父さん……お母さん……!!」


 西園寺は眉をひそめて非常扉の男を見やった。

「木皿儀、なんのつもりだ。銃をおろせ」

「妻を人質にとっておいて、何を言うかっ!」

 ちらりと横の女性に西園寺が視線を投げた。

「人聞きの悪いことを言うな。私はお前の妻を人質として扱った覚えはないぞ。自ら私に頼ってきたのだからな。頼りない亭主の代わりにな!」

「貴様ぁ……っ!」

 木皿儀秀一は銃口を西園寺に定めたまま一歩一歩西園寺に近づく。


「木皿儀よ。自分の身や家族の保身を第一に考え、娘の将来のことも計算に入れた良き妻じゃないか。実に欲望に素直だ。お前もそのくらいしたたかであれば苦しまずに済んだ」

「私はこんなことをするために、都市計画に携わったわけではない……っ!」

「思いはすれ違うものだよ、木皿儀。悲しいかな、それが人間というものだ。なぁ……敦子」

 西園寺が馴れ馴れしく木皿儀の妻、敦子の名前を呼ぶ。


「あなた、やめて……」

 敦子が夫、秀一の銃口の前に立ちふさがる。

「敦子……おまえ……」

「こんな世界だから……強い指導者が必要なのよ」

 敦子の声は淡々としている。

 西園寺は援軍を得たりとばかりに途端強気に出た。

「そうさ。これからの時代に求められるのは人気取りの指導者ではない、圧倒的な力を持つ独裁者だ!」

「そんなものは、力ではない……っ!」


 膠着こうちゃく状態に陥る面々。

 そこに傍観することができなかった唯が飛行船から降り立った。

「唯!」

 秀一と敦子の声が重なる。

「お父さん、お母さん……!」

 近づく唯を見て西園寺が鼻を膨らませた。

「ほう、お前はいつぞやの娘ではないか。そうか、木皿儀の娘だったとは。道理でさかしいわけだ」

「…………」

 唯が西園寺を睨みつける。

「あの時はまんまとしてやられたが、今回は私の勝ちのようだな。残念だったな」


 敦子が一歩唯へと足を進める。

「唯はわかってくれるわよね? 私とともに来てくれるわよね?」

「お母さんわからないよ……。その人は信用できない!」

 強風の中、唯が言い放つ。


 やれやれと西園寺が首を振った。

「上流層だけの社会がお気に召さないのかね? お前もこちら側に来るはずの人間だ」

「お母さん。この人は状況が悪くなると、簡単に人を切り捨てる。それに同じ人種だけで形成されたグループが維持できるとも思えない。色んな人がいて、多様性を保つのが人間の強みだから。そうじゃなければ、今までの進化の過程でとっくに淘汰されていた」

「ふん、弱者など社会に必要なかろう。劣った人間にまで富を享受できるシステムなど非合理にも程がある。切り捨てて何が悪い」

 唯は右手を強く握りしめた。

「人間同士が助け合い、福祉を維持するために存在する社会を『非合理』と言い切るあなたは根本的に間違っています!」


 勉強ができて育ちが良い人間だけの街。

 該当者には理想的に見えても、それだけではインフラの整備もままならない。

 西園寺が弱者と切り捨てた人々の中に、人類に革新的な未来をもたらす人間や未知のウイルスに耐性のある人間もいるのかも知れない。

そういった多様性を内包する社会こそ、人間の本当の武器なのだと唯は主張する。


「小娘が……何もわかっていないようだ。正しいか間違いか、それが重要ではないのだ!!」

 左手を上着のポケットに突っ込み、西園寺は小型爆弾を取り出した。


「私の答えは……これだ!」

 西園寺が前に立つ敦子を秀一のほうに突き飛ばし、爆弾を二人の方に向かって投げつけた。

「あなた……!」

「敦子ーーーーーっ!!」


 ドーーーーーンッ。


 爆発が二人を包み込む。


「お父さん! お母さんっ!!」

 悲痛な声を上げて唯が両親の元へ駆け寄る。

むせ返るような熱波に阻まれながら唯は秀一と敦子の元へ進んだ。


「お父さん、お母さん……」

 秀一の手が敦子を庇うように伸ばされていた。

 敦子の腕は唯の方へと向けられている。


 唯は絶命した両親の傍で膝をついた。

その瞳から大粒の涙がボロボロと流れ落ちる。


 敦子は口うるさい母親だった。

 自分の保身しか考えていないのだと思っていた。

 敦子の言葉が蘇る。

『ともに来い』と。

最後まで一緒に生きるつもりだったのだ。

「……おかあ、さん……」

 唯の顎ががくがくと震える。


 秀一は西園寺に身を寄せた妻を人質にされ、政治家という立場とドームシティ建設計画責任者の1人として西園寺の利権のために利用された。

 最後の言葉からそれが本意でなかったことは明白だ。

 どんなに辛かったのか計り知れない。

死の間際にあっても妻を守ろうとした、素晴らしい人間だった。

「……おとう、さん……」


 わずかに届かなかった両親の手を重ね合わせ、唯は強く目を閉じた。

 交差する様々な思い。

 今となって改めて両親の有り難さを思い知る。

「……おとう、さん、おかあ、さん……ありが、とう……。なにも……でき、なくて、……ごめん、ね……」



 すすり泣く唯の横をアイオミが駆け抜ける。

「西園寺ぃぃぃぃぃぃ!!」

 アイオミが西園寺目がけて突っ込む。

「アイオミィイイイイイーーーーー!!」


 パン、パンッ!


 西園寺の銃から放たれた弾丸が2発アイオミの身体を貫いた。

 だが、アイオミは止まらない。

「うおおおおお!」

 雄叫びを上げて西園寺に体当りし、掴んだまま屋上のフェンスまで押しやる。

「き、貴様ぁあああああーーー!」

「これ以上業を重ねさせたりはせん!!」

アイオミが渾身の力で西園寺を押し上げる。

「アイオミ! 貴様、貴様達にっ! これからの新世界を生き抜ける器量があるというのかっ!?」

「人はお前が思っているより、ずっと逞しい存在だ! 人間をなめるなぁぁっ!」


 ふわっと西園寺の身体が浮く。

「ぐわあああああーーーーーー!」

 断末魔を響かせながら、西園寺はセントラルタワーの屋上260メートルから落下した。



「ぐっ……!」

 アイオミが撃たれた腹部を手で押さえながら血を滴らせてふらふらと歩く。

「パパーーー!」

 藍が悲鳴を上げながら飛行船から飛び降り、走ってくる。

「パパー! パパーーー! うわーーーん!!!」

 泣きじゃくりながら藍はかろうじて立つアイオミの身体にしがみついた。

「藍、しっかりしなさい! 木皿儀君は大丈夫か!?」


 涙を腕でこすってアイオミに返事をしようとした矢先、唯の携帯が鳴った。

 瑞穗からのダイレクトメッセージだった。

 放心状態でメッセージを眺めると、信じられないことが書かれてあった。

「え……!? 自然区にキメラが……?」


 瑞穗のメッセージによると、突如別荘地帯の辺りからオオカミのような口とライオンのような胴体、そして爬虫類のような尻尾をもつキメラの特徴と一致する生物が出現したらしい。

 しかも、一匹ではないらしく大混乱を起こしているとのことだった。


「な、なんだと……どうしてそんなことが……」

 アイオミは痛みに耐えながらも驚きを隠せない。

「マハとキメラが同時に……。もはや……これまでかもしれん……」

 悔しそうにアイオミがつぶやく。


 タワー内を巡回していた犬養が非常扉から現れた。

「こ、これは……!? 一体なにがあった……?」

 犬養は唖然として周囲を見回し、血を流すアイオミに気づいて走り寄った。

「市長! 大丈夫ですか!!!」

「犬養君、肩をかしてくれ……私を制御室に連れて行って欲しい」

「しかし、こちらが優勢とはいえ、タワー内はまだ散発的な戦闘が続いています。危険ですよ!」

「最後に、どうしてもやらなければならないことがある……」

「市長……」

 アイオミが唯を振り返る。

「木皿儀君。娘を……藍を頼んだぞ」

 そう言うとアイオミは犬養の肩を借りながら非常扉の向こうへ消えて行った。

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