第22話 道②
-第22話-
「いいだぁああああーーーー!!!」
飯田の同期、尾場の叫びが北堵連山に木霊する。
地面から突如現れた口に飯田が丸ごと飲み込まれたのだ。
わずかな差で難を逃れた唯に藍が飛びつく。
「なに、なんなの!?」
「わからない! 地面からなにか出てくる……!!」
隆起した根っこが土を掘り返し、本体が伸びて姿を現す。
全長12メートルはありそうな巨大な怪物が唯達の前に立ち塞がった。
「食中植物……!?」
「枯れ木に擬態してやがったのか……!」
唯の声に犬養の言葉が被る。
「ね、ねぇ、唯! 頭のような口が……みっつある!」
「トライヘッド、か……」
アイオミはそうつぶやいて離れるよう唯達の腕を引っ張る。
トライヘッド、そう呼ばれた植物型の大型怪物は、頭のような3つの口を持っていた。
すかさず犬養と小西がライフルで銃撃する。
相手は大きいとは言え植物。
弾丸は簡単に命中する。
だが……。
「弾が、弾が通らねぇっ!!」
「なんなんですか、犬養さん! こいつ堅すぎますっ!!」
ライフルから放たれた弾丸はトライヘッドの堅い表皮に弾かれ、パラパラと地面へ落下する。
トライヘッドは3つのうちの1つの口を伸ばし、千々岩を捕食しようと襲いかかった。
「くっ!」
すんでのところで千々岩は後方へ飛び回避する。
「千々岩君、大丈夫かっ!」
「動きはそこまで速くはありません! 避けるだけならなんとか!」
その刹那、残りの2つの口が大きく振りかぶり、謎の液体を撒き散らした。
「なにあれっ!?」
「藍!」
それぞれ散開し、独自の反射神経で回避行動をとる。
「ぐあああああああーーーー!!」
「尾場ーーーーー!!」
叫ぶアイオミの目の前で、液体をかけられた尾場の身体はドロドロに溶けていった。
「酸……!!」
「え、唯、あいつ酸を吐き出したの!?」
距離を取り、にらみ合うトライヘッドとアイオミ達。
「市長! どうします? 自走能力はありそうですが、動きは速く無さそうです。迂回すれば無視することも……」
「いや、ここで処理する」
「心情的にはわかりますが、ドームシティ内の問題解決が優先では……」
「だが、これを野放しには出来ない。未来のためにも……」
確かにここで無視するという選択もある。
ただ、それは問題の先送りにすぎない。
今はまだ突然変異しただけの個体かも知れないが、いずれ数を増やし将来的に人類を脅かす可能性がある。
そんなことがあってはならない。
ならば会敵した今こそ絶好の機会だ。
叩けるなら、いまここで叩くべきだ。
犬養はアイオミの主張が正しいと判断した。
「しかし、市長、銃が通じません。弾も無駄には出来ません。どうすれば?」
「犬養さん、手榴弾を使いますか?」
「小西、それもセントラルタワーの奇襲に使うヤツだ。効かなかったらどうする? 一発で倒せるならともかく……」
犬養は意見を求めるように唯を見る。
唯は珍しく地面に座り、視線を落として虚ろな目をしていた。
「私が……私が外へ行くルートを提示したから……」
自分の提案が原因で、飯田と尾場が亡くなったことに唯は責任を感じていた。
「やめろ、お前は何も悪くねぇ! 前を向け、木皿儀!」
「犬養さん……」
「あの時、あのままじゃどうしようもなかった。ただ市内で呆然と立ちつくすしか無かった。道を示したのはお前だ! お前がいたから可能性が繋がったんだ! 今までも、そしてこれからも……!」
ゆらりと唯は立ち上がる。
「俺に……俺達に道を示してくれ! 木皿儀……お前はそれができる人間なんだ!」
犬養の言葉に唯がトライヘッドをじっと見つめる。
なにか弱点はないか唯は必死で突破口を探る。
「たぶん……外側の表皮は堅いけど、内側は柔らかいと思う。そうでなければ、あんなに動けるわけがない」
「なに……!?」
「あいつは、獲物を捕食するときだけ口を開く。それ以外は無駄なエネルギーをつかわないように固く閉じたまま」
「つまり、ギリギリまで攻撃を惹きつけ口を開かせて、中に手榴弾をぶち込めばいいわけか!」
犬養の瞳に希望の炎が宿る。
「こっちだ! 化け物!」
囮になるように犬養がトライヘッドの前へ出た。
トライヘッドの口頭の1つがにょろよろと犬養の頭上に迫る。
犬養は手榴弾を構え、栓を抜く機会をうかがう。
「ち、違う……!? 犬養さん、危ないっ!!」
全力の体当たりで唯が横から犬養を突き飛ばす。
その瞬間、振りかぶった口頭から酸が放出された。
ジューゥゥゥゥゥ。
地面の土が煙を上げる。
「クソッ、そっちのほうかよ!」
トライヘッドにフェイントという概念はないだろうが、2種類の攻撃手段があるのは把握できた。
そして、もうひとつの口頭が唯と犬養に襲いかかる。
「唯!!!!」
藍の悲鳴が上がる。
唯は持ち前の反射神経で素早く避けると同時に、とっさに落ちていた倒木の太枝を縦にして迫る口頭にがっしと差し込んだ。
トライヘッドの口が開きっぱなしになる。
グ、ググググ……!
思うように動けずトライヘッドがあがく。
「犬養さん、今です……っ!」
「いくら投てきが下手でもこんな距離では外さねぇっ!」
犬養は手榴弾の栓を外すと、トライヘッドの口頭の中に向かって思い切り投げ込んだ。
唯と犬養が前転とローリングで即座にトライヘッドから距離をとる。
約3秒後。
トライヘッドの根本から破裂し、残りの口頭も破裂して辺りに飛び散った。
「ごめん……」
粉々になるトライヘッドに唯は謝罪した。
「犬養君、よくやってくれた!
「いえ、木皿儀のおかげです」
アイオミは唯がただの娘の友人というだけでなく、街の未来のため、強いては人類の未来のために必要な人間だという印象を抱き始めていた。
午後6時半を過ぎ辺りが暗くなった頃、アイオミ達は東ブロックの支柱出入り口に到着した。
アイオミが端末を操作し、ゲートを開ける。
中には外部探査用のガソリン車が3台ほど駐車してあった。
「唯、これ……旧式の車だ。化石燃料で走るやつ……」
「うん、市内は電気自動車だけど、外の世界では充電できないからガソリン車が必要になるね」
周囲のコンテナにも大量のガソリンが保管されていた。
「みなさん、エレベーターへ」
千々岩がエレベーターへ皆を案内すると、最後にアイオミを乗せ東ブロックの地上に向けて上昇を始めた。




