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エンドレス・ロード  作者: かに/西山りょう
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第19話 マハ②

挿絵(By みてみん)

-第19話-



「動きたしたよ!」

 藍が急迫した声で叫ぶ。

 瑞穗の家の客間でマハの中継を4人がじっと見ていた。

 いきなり状況が動き出し、みんなの動揺が隠せない。


「どうしよ~!? このままだと私達の住む西ブロックに行くんじゃない~!?」

「でもエリーちゃん、10メートルの閉鎖隔壁があるから……」

 藍が瑞穗の言葉をさえぎった。

「マハは地下から来たんだよ! だったらあんな壁、あってないようなもんじゃん」

唯が藍にうなづく。

「うん……マハは登坂能力があると思う。シミ形態になれば壁をすり抜けることもできる」

「じゃあ~、壁の意味って……?」

「多少の時間稼ぎと、誤って市民が危険地帯に入り込まないための安全装置。その程度の効果しか期待できないかも」

思案顔の唯は尋ねるエリーに現実を伝えた。


 いてもたってもいられないという衝動で藍が立ち上がる。

「避難準備をしないと! この速度だとあと4時間くらいで壁までくるよ!」

「藍ちゃん、逃げるといっても一体どこに……?」

静かな瑞穗の問いかけに藍がつまる。

「唯、どこに逃げればいいと思う?」

 唯はしばし黙して考える。


「マハは……光に反応する性質があると思う。だから、夜は積極的に動き回る活動形態『ウニ』にはならない。そう仮説するとする」

「今の所は日没までやり過ごすってこと? なら逃げ込む先は自然区か北ブロックかどっちかっだね」

「マハがどういう原理や法則で動いているのか確証が持てない。ただいえることは、地上に出てからのマハは動きにまったく迷いがない」

「うん……まっすぐこっちに来てるね」

 心配そうに瑞穗がテレビを見る。

「それに、あんなにたくさん増えても、みんなそろってこっちに来るのも変だよ~! もっとバラバラに動いてもよさそうなのに。それはそれで困っちゃいそうだけど~」

「確かに……」

エリーの意見に藍が相槌を打つ。


 エリーのいうことは実に興味深い事象だった。


 唯は思索しながら考えをまとめる。

「あれはたぶん、群体なんだと思う。どこまで増えても、ひとつの存在」

「唯ちゃん、あれ……ぜんぶ同じ個体なの……?」

「私達も大型の多細胞生物で群体ともいえるから」

「脳みそもないのに、どうやって統制をとっているのさ?」

「藍、私にもわからない……。私達には感知できない未知の感覚が備わっているのかも。それぞれがホストでもあり、ハブでもあるようなネットワークの構築……」

「そんな……」

瑞穗が胸に手を当てて唯を見た。

「これからの状況次第だけど……最悪の場合、私達ドームシティに住む人々にとって、もっとも過酷な選択を強いられるかもしれない……」


 4人は『最悪の事態』を思い浮かべた。

 言葉が出ない。


「……とにかく、荷物を纏めて北西桜台公園駅前に集合するよ! 急ごう!」

 立ち上がったままの藍がダッシュで瑞穗の家から飛び出す。

「ま、まってよ~~~!」

藍を追うようにエリーも和室から走り去る。

「私も準備しないと……」

瑞穗も立ち上がり、自室で必要なものをかき集め鞄に入れて客間へ戻って来た。

ついで、水や食料を台所へ取りに行き鞄へ詰め込む。


 唯は座ったまま動かず、じっと考え事をしていた。

「唯ちゃん、準備しなくていいの?」

瑞穗に訊かれて唯はハッと我に返った。

「ん、そうだね、しないと……」

 立ち上がった唯に瑞穗がついて玄関へ向かう。

 ガラガラと引き戸を開けると、入れ違いで帰宅した瑞穗の祖母が立っていた。

「おばあちゃん」

「瑞穗、逃げるのかい? 『水の伝書』はもったかえ?」

「うん」


 『水の伝書』は瑞穗の家で先祖代々引き継がれたいにしえの書らしい。

 古い家柄だと一般には出回っていない家系図や絵巻、資料などが保存されている。

瑞穗の家に伝わる書物もその一つだろう。


「まさか、生きているうちにマハに相見まえるとは……。世も末じゃの」

 唯はマハを語る言葉のニュアンスが気になって瑞穗の祖母に訊く。

「マハを……ご存知なんですか?」

「おお、唯ちゃん、こんにちは」

瑞穗の祖母は幼い頃から顔なじみの唯に軽く頭を下げた。

「そうじゃのう、正しくは『魔を払う』と書いて魔払マハと言うんじゃよ」

「魔を……払う……?」

 現状起こっている出来事とは正反対の意味合いの名前に唯は戸惑う。

 瑞穗は驚いて声を上げた。

「おばあちゃん、マハって……もしかして伝書の記述にある『魔払』のことだったの?」

「よこしまなるもの、実を貪りつくし世にはびこるとき、地の怒りが全てを覆う」

「憂いた水神が、怒りを洪水で流し込み地の底に封じ込める……」

思い出したように瑞穗が一説の続きを語る。

唯は神妙な顔つきで聞き入っていた。


「あ、そろそろ行かないと。唯ちゃん、詳しい話は歩きながらするから!」

「うん」

 荷物を詰めた鞄を肩にかけ、瑞穗が歩き出す。

 後を歩く唯は、その場から動かない瑞穗の祖母を振り返った。

「あの、避難しなくていいんですか?」

「なぁに、死ぬときはどこにいたって死ぬもんさ。それに、お迎えは畳の上でと昔からきめとった」

 サバサバと言う言葉に悟りを感じた唯は、それ以上何も言わず一礼をして瑞穗を追った。



「ね、さっきの伝書の話、詳しく教えて」

 瑞穗に追いついた唯が切り出す。

 瑞穗はうなづいて伝書の内容を語り始めた。

「太古の昔、森や自然と共存する原住民の村があったの。でもある日、その村の近くに獣を狩る大きな体をした狩猟の民が別の大陸から大勢押し寄せてきた」

唯はじっと耳を傾ける。

「狩猟の民は貪欲で森に住む全ての動物を狩りつくし、植物の実も根こそぎ食らいつくした。豊かだった森や大地があっという間に荒れ果てた」

「じゃあ、マハは……」

「あまりにも底なしの欲望に怒った大地が、狩猟の民を薙ぎ払うために呼び出した現象がマハ……つまり『魔払』なの」

「そうなんだね。でも、その『魔払』が強力すぎた……?」

「そう。狩猟の民は罰を受けて全て魔払に飲み込まれた。けど、その勢いはとても強く、静かに暮らしていた原住民にも襲いかかった。このままではなにもかもが飲み込まれてしまうと憂いた水神が大洪水を呼んで、魔払を地の底に封じ込めた」

「なんだか効きすぎた抗生物質が正常な免疫機能にまで悪さをする……みたいな話だね」

「そうねぇ」


 すべり落ちてきた長い髪を肩へ流して瑞穗が続ける。

「その後、話が伝承となり一族の間で世代を超えて語り継がれ、治水を司る地域に社を構え、水上家は二度と過ちや厄災を繰り返さぬよう見守ってきたといわれてる……」

「瑞穗はどう思っているの? そのお話」

数歩歩いて横顔の瑞穗が口を開く。

「私は遠い先祖の人が考えた『創作』だと思っていたけど……」

 唯は静かな横顔に視線を向けた。

「確かに伝書には過剰な表現やあいまいな部分があると思う。けど、全部が作り話だとは思わない」

「どうして?」

「こういった伝承で語られる物語にはたいてい元となる、実際に似たような出来事があったはず」

「そうかしら……? 大洪水で魔払を地の底に封じ込めたってあるけど、あのマハが水に弱いようには見えないんだけど」

 頬に手を当てて唯は考える。

「例えば、その時に偶然地殻変動か異常気象が起こったんだと思う。その結果、魔払は地層の奥深くや永久凍土の下に封印された。それを水神の仕業だと思い込んだとか」

「じゃあ、あのマハは……地震の影響で掘り起こされた深い地層の中から出てきてしまった……ってこと?」

振り返る瑞穗と視線を交わす。

「十分ありえると思う」


 二人は唯の家の近くまでやってきていた。

「瑞穗、ここで待ってて。荷物をまとめてすぐ戻るから」

「うん」

 唯は駆け足で自宅へ向かった。

 玄関を開けようとして鍵がかかっていることに気づく。

スカートのポケットから鍵を取り出し急いで扉を開いた。

「おかあさーん、いないのー?」

 返事はない。

先に避難したのだろうか?


 唯は自室に向かい、鞄に必要なものを詰める。

ついで台所へ行き、持ち運べる分の水と食料を詰め込んで家を出た。



「おまたせー!」

 言いながら唯が瑞穗のほうへ走る。

「唯ちゃん、急ごう。駅前に集合だよね?」

「うん」

 二人が駅へ向かって体を反転させた瞬間だった。


 ゴオオオオオオー


 すざまじい地響きが唯達の背後で鳴った。

 振動が唯の足に伝わってくる。


「な、なに?」


 振り返ると、唯の家のわずか30メートルくらい手前に地面から巨大な隔壁がせり上がっていた。

「え、唯ちゃん……なんで? なんでこんなところに壁が……」

 その壁はブロックごとに閉鎖される10メートル隔壁とは違い、倍の20メートルはありそうだった。

「どういうこと……?」


 二人は戸惑いながら、突如西ブロック北西エリアに出現した壁を見つめていた。

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