第15話 突入②
-第15話-
身を引き締めながら注意深く南ブロック地下階段を下りる。
異常がないか目視し、同時に毒ガス検知器を作動させ慎重に進む。
犬養は天井に張り巡らされた様々なケーブル類を見上げた。
「下はこんなふうになってるんだな」
ドームシティの地下を初めて見る犬養が興味深く観察する。
「電線は埋め込み式で、都市部に電柱は殆どありませんから」
隣に立つ小西が説明する。
「なるほどな。で、検知器はどうだ?」
「静かなもんです。反応は全くありません」
「そうか……」
犬養達は確認地点へ向かって作業通路を進んで行く。
ふと犬養が足を止めた。
「この辺りか……藤原が消えたってぇ場所は」
藤原が消失したと思しき現場は鑑識の調査の形跡が残っていた。
チョークで囲まれた中には遺留品のベールペンとクリップボードが置かれている。
作業着のベルトの金具があった地点には目印が書かれていた。
念のため、用心深く周囲を見回したが異常はない。
「奥へ行くぞ」
毒ガス検知器を持つ小西を先頭に犬養、バーン、クローゼが続く。
しばらく進むと小西が声を上げた。
「血痕があります! 銃痕も!」
「今朝の発砲事件のやつか……」
犬養が屈んで確認する。
薬莢はあちらこちらに六個落ちていた。
拳銃に装填された銃弾を全て撃ち尽くしたようだ。
即応部隊の全員で周辺を隈なく調べたが特に異変は感じられない。
おびただしい血痕が痛々しい惨劇の跡を残すのみ。
「検知器は?」
「反応なしです」
「……どうもおかしい。わからないことだらけだ」
現場を荒らさないよう慎重に犬養が立ち上がる。
「一体何があったんですかね……」
バーンの言葉に小西は微動だにしない検知器の針を見つめた。
犬養達は疑問を持ちながら通路をチェックしていく。
やがて4人は支柱の吹き抜けに到達した。
「吸い込まれそうだな……」
80階層もある巨大な支柱の内部。
その深淵を犬養は不気味に感じた。
「ここはかなり薄暗い。作業灯を点けるか」
犬養は腰にぶら下げていた作業灯の電源を入れ、支柱の点検用通路を照らす。
「吹き抜け周辺にはあの螺旋階段しかねぇのか? エレベーターは?」
「さぁ、ちょっとわからないですね。ここにはないみたいですけども」
小西が検知器を動かしながら答える。
「そいつは変な話だなぁ。外部探査用の車両やら物資とかはどうやって下ろしたんだ?」
「確か、最初の外部探査の時は東ブロックから出たとか聞いたような……」
「……なるほど」
つまり、外見上が似通っていても場所によって支柱の内部構造が異なるらしい。
このドームシティには、まだまだ自分の知らない秘密がありそうだと犬養は認識する。
「少し下に降りてみるか……」
犬養の指示で小西とクローゼ、バーンは螺旋階段へと集まった。
その時だった。
「あ、あれっ!」
驚いたクローゼが指差した方向に、7メートルはありそうな黒いシミが螺旋階段の地下5階部分の壁面に張り付いていた。
「さっき見下ろした時には角度的に見えなかったが……何だ、あれは?」
「わ、わかりません……」
妙だと思った犬養が市長に無線を飛ばす。
「犬養です。支柱地下5階部分に7メートルほどの不審なシミのようなものを発見しました。引き続き調査します」
『了解した。十分に注意するように』
作業灯を掲げた犬養が隊員に注意を怠ること無く行動するよう命令する。
4人が地下5階へ着く。
通路に現れたシミの場所を皆で黙認してうなづき合う。
20メートル付近まで接近し、作業灯を頼りに正面からシミをまじまじと見つめた。
「カビ……ですか?」
検知器を手にした小西が訊く。
相変わらず検知器には何の反応もない。
カビに見えるようなものが有毒ガスを発生させている訳では無さそうである。
だが。
「……似ているが違うな。こいつは……何かもっと別なヤツだ。嫌な予感がしやがる」
犬養の直感が虫の知らせを呼び起こし、首の後ろ辺りがピリピリしていた。
「私が様子を見てきます」
名乗り出たバーンがシミに一歩、二歩と近付く。
「気のせいか……? あのシミ、さっき発見して見下ろした時と微妙に位置と形が違う……気がするんだが」
「え……?」
小西とクローゼがシミを凝視する。
その瞬間だった。
黒いカーテンが覆いか被さるようにシミがバーンを包み込む。
「うわあーーーーーっ!」
ほんの数秒の間に叫び声を響かせバーンの肉体がシミに溶けて消え去った。
残された装備品が『ガコンッ』と音を立てて虚しく通路に落下する。
「バーーーーン!」
クローゼが咆哮し、ライフルの安全装置を外してシミに突撃する。
「待て! クローゼっ!」
引き止める犬養の目の前で、シミは生きているかのように直径二メートル程の球体のような集合体に変化した。
「な、なんだ!?」
怯まず進むクローゼにシミの球体が長い触手のようなものを伸ばす。
「うお!」
触手がクローゼの脇腹を貫いた。
しかし、致命傷にはならずクローゼが触手部分を掴んで引きちぎる。
「こんなもんか! バケモノめっ!」
クローゼは負傷した脇腹を片手で押さえて、すかさずライフルで反撃した。
パンパンパンッ。
球体に銃弾が撃ち込まれると弾けるように黒いシミが周囲に散らばった。
だが、数える間もなくまた合体して球体へと戻る。
「みんな逃げろ! こいつはヤバイ! 引き返すぞっ!」
犬養が大声で指示を出し、全員螺旋階段まで駆け戻る。
遅れて走っていたクローゼが荒い呼吸を吐き、よろめいた。
「おい、どうした! 早く来い、クローゼ!」
「うう……ぐ、ぐわあああーーー!」
突然クローゼは口から泡を吹き、発狂したように通路の天井に向かってライフルを乱射した。
「おい、やめろ! 何をやっているっ!」
とっさに犬養と小西が通路に伏せる。
カチカチと弾切れを起こしたライフルがクローゼの手から滑り落ちた。
「クローゼ!」
仰向けに通路へ倒れ込んだクローゼが喉を掻きむしり後頭部を自ら打ち付ける。
「がが、がああああーーーーっ!」
「やめろーーーー!」
犬養と小西は暴れるクローゼの元に走り、二人がかりで自傷行為を抑え込んだ。
「はあっ、はあっ」
目の焦点が合わないクローゼの額に小西が手を当てる。
「すごい熱です!」
「くそっ、あいつの仕業だったのかっ!」
これまで起きていた一連の不審死。
点と点が今はっきりと犬養の脳裏で線となって繋がった。
3人に黒い球体がじりじりと迫って来る。
球体には無数の触手が生え、まるで刺皮動物のウニのような形態へ変わった。
「ぐっ、がああああーーーっ!」
クローゼが苦しみの雄叫びを上げる。
謎の敵に気を取られた犬養達の手を振りほどき、クローゼが立ち上がった。
「ああああああーーーーーっ!」
声を上げながら中央の手すりへ走り、身を乗り出してそのまま空に飛ぶ。
クローゼの体は深い闇の中へ落ちて消えた。
「クローゼぇええええええーーーー!」
犬養の絶叫の数秒後。
何かが潰れたような音が支柱の空洞部分に木霊した。
「小西……こいつは正真正銘バケモンだ。キメラとは全く方向性が違うタイプのだ!」
手に汗を滲ませて小西がごくりと喉を鳴らす。
「こいつは、こいつだけは……絶対地上に出しちゃならねぇ! 大惨事になるっ!」
「は、はいっ!」
二人はライフルの安全装置を外し、『ウニ』に向かって発砲した。
『ウニ』はクローゼの時と同様に弾けて散逸した。
すぐさま黒いシミは2個の球体に集合して触手が生え『ウニ』に変化する。
「ふ、増えた……!?」
驚きに小西の声が震える。
「いや、さっきより1つ1つは小さくなってる! 総量は変わってねぇっ!」
銃撃を受ける前は直径2メートル程だったが、今は直径1メートルの大きさになっている。
「ど、どうします、犬養さん! ライフルは効いているとは思えません!」
「あいつは触れるだけでもやばい。半端な物理攻撃も逆効果か……っ」
じわじわとにじり寄る二体の『ウニ』を犬養が睨みつけた。
「小西! 幸いヤツは動きはトロい。逃げるだけなら難しくねぇ! 早急に撤退して市長に報告! 対応策を練るしかねぇ!」
「は、はいっ! わかりました!」
犬養と小西は地上に向けて全速力で螺旋階段を駆け上がった。
 




