第12話 侵食①
-第12話-
北堵ドームシティは4本の支柱によって支えられている。
東西南北のブロックにそれぞれ各1本ずつ存在する。
支柱の中は点検用の通路と螺旋階段が設置されていた。
地上の生活基盤に関係する地下階層は60以上。
最下層の地下80階はドームシティの基盤である北堵連山に直結しており、外部へ出るゲートも存在する。
南ブロックの支柱の上層階。
天井には地上で使用するための電気ケーブルが張り巡らされていた。
日曜日。
唯達がセントラルタワーでお茶をしていた頃。
定期点検を行っていた作業員、茂木は手すりからそっと下層を覗き込んだ。
そこには引きずり込まれそうな闇が広がっている。
「あんまり覗き込むな、落ちるぞ?」
同期の杉田が離れた場所から注意をする。
茂木は入社のあと研修で見た録画で、点検中に落下死した事例があったのを思い出した。
「そう言えば市長からの通達で、しばらくは中層と下層のチェックも毎回するように言われたんだっけか」
まったく代わり映えのしない支柱の中は、いつも簡単な見回りで終わる。
だが、地震があったり何か影響が起こり得る時には全ての階層のチェックが行われる。
通常は1回か2回見て終了する。
しかし、今回は定期的に全階層を見回るようにとのことだった。
「外部探査の予定でもあるのかなぁ」
急にチェックが厳しくなったことに茂木は疑念を持つ。
上からの通達なので、仕方なく螺旋階段を下りてゆく。
1階ごとにぐるりと壁沿いに一周歩く。
異常がないか確認する、の繰り返しだ。
一周が2000メートル以上もあるので作業員二人で半周ずつ担当する。
上層でも照明がまばらで薄暗いが、中層になるとより暗い。
茂木は手にした懐中電灯のスイッチを入れた。
地下54階までチェックが終わり、55階に差し掛かった時だった。
壁の一部に異変が見られた。
「ん……? なんだこれ?」
茂木が懐中電灯で気になる部分を照らす。
そこには30センチから40センチほどの大きさの黒い『シミ』のようなものが浮き出ていた。
「カビか……」
茂木は腰に吊るした道具入れから洗剤を取り出して吹きかける。
シミの上に洗剤の泡がモコモコと沸き立つ。
しかしながら汚れが落ちる気配は一向に無かった。
「仕方ないなぁ」
茂木は5階ごとに設置されている道具入れに向かい、厚手の雑巾を手にしてシミの場所へ戻った。
「これでどうだ」
ゴシゴシと雑巾でシミをこする。
「ッ!?」
瞬間、体中に電撃が走ったような衝撃を受けて思わず仰け反る。
雑巾に付着した黒いシミが茂木の指に接触したのだ。
「な、なんだ……これ、……ただのカビじゃないぞ……っ!」
めまいが起こり、体がふらついてその場に倒れ込む。
反対側のチェックが終わった杉田が倒れる茂木を見て駆け寄った。
「おい、どうした!?」
ぐったりとした茂木の額に手を当てる。
「すごい熱だ……!」
杉田は腰のホルダーから無線機を取り出し、上層にいる同僚に連絡をした。
「茂木が倒れた! タンカを持ってきてくれ。地上の病院へ運ぶ!」
「いったいなにがあった?」
「わかりません。茂木はすごい高熱ですっ」
「待ってろ。今行く」
無線を切ると杉田は茂木の横に座って同僚の到着を待つ。
20分後、タンカを持った二人の同僚によって茂木は地上に運ばれた。
救急車が支柱の点検用出入り口の横に待機していた。
茂木は意識がもうろうとしたまま、南ブロックの北堵南病院へ搬送された。
その日の深夜。
静まり返った北堵南病院で突如茂木が目覚めた。
「があああああああああああっ!!」
不自然なほどに体をこわばらせた茂木は獣のような叫び声を上げた。
「ああっ、あああああああああっ!」
茂木は発狂したように自分の爪で顔を掻きむしる。
声は病室内に木霊し、異常を感じた同室の患者が目を覚ました。
ただ事ではないと同室の患者が急いでナースコールボタンを押す。
「ああああああああっ!」
茂木の行動は収まるどころか更に酷くなり、壁に頭を何度も打ち付けた。
「どうしましたか!?」
茂木の叫び声を聞き、看護師が慌てて病室へとやって来る。
「がああ、ああああああああっ!」
すでに茂木の頭部と顔は血だらけだ。
「茂木さん! 止めましょう! 茂木さん!」
看護師がなんとか茂木を抑えようとする。
やっとの体で暴れる茂木の腕を掴んだが、一振りで弾き飛ばされた。
リミッターが外れた人間の筋力は並大抵ではないのだ。
騒ぎを聞きつけた他の看護師達が病室へ駆けつけたが、茂木はすごい勢いで彼らを払い除け廊下へ出た。
廊下を走りながら奇声を上げる。
「うがぁぁああああっ! ああああああああっ!」
廊下の突き当りは非常階段だ。
茂木は鍵の掛かった『非常口』と書かれたドアに何度も頭突きと体当たりをする。
「茂木さん、危ないです! 戻ってっ!」
男性の看護師が叫び声を上げて茂木に飛びつく。
それと同時に鍵が壊されたドアが勢いよく外側に開いた。
看護師や入院患者達が見る中、二人は5階の非常階段から落下した。
「うわああああああああっ」
「がああああああーーー!」
「茂木さん! 増井さん! いやぁぁぁぁぁぁっ!」
女性の看護師の悲鳴が響く。
ドスンッ。
鈍い音がして、非常階段から身を乗り出していた看護師が叫ぶ。
「患者と増井が落ちたっ! 救急班へ連絡っ!」
「は、はいっ」
1階の非常階段付近に救急医が飛んできた。
「大丈夫かっ!?」
「……う、うう……」
声を発したのは看護師だけだった。
落下中、茂木が暴れて増井を突き飛ばしたのだ。
「患者は軽骸骨骨折で即死……」
救急医は全身打撲と足を骨折した増井をタンカに乗せて、茂木の検死を開始した。
 




