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エンドレス・ロード  作者: かに/西山りょう
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第10話 大切なもの

挿絵(By みてみん)

-第10話-



「なんだお前は! 止まれ!」

 突如視界に入った唯を見て見張りの男が叫ぶ。

唯は気にする風でもなく男に声が届くところまで近づいた。

「何しに来た! とっとと去れ!」

男が身構える。

唯は表情を隠して口を開く。

「あなた達の『ボス』に話があるの」

「なんだと……?」


 そのやり取りは倉庫内にも微かに聴こえていた。

 不審に思ったリーダー格の男が眼鏡の男に視線を移す。

「様子を見てこい」

「わかりました」

眼鏡の男が鉄の扉を半開きにして外をうかがう。

「どうした?」

「この女が……ボスに話があると……」

 見張りの男の説明に眼鏡の男はじろじろと唯の全身を眺めた。

 どう見ても手ぶらの高校生らしき女子が一人。

何か出来るとも思えない。


 おかしい。

 妙だ。

 市長の差し金か、それとも罠か。

「人質の知り合いか……」

「どうします?」

「……とりあえず西園寺様にきいてみる」


 眼鏡の男は扉を閉めて引き返し、デスクの携帯端末越しに西園寺に呼びかけた。

「西園寺様、妙な小娘が訪ねてきました。話がしたいとのことです……」

「ほう……」

眼鏡の男が事細かく唯の特徴を西園寺に伝える。

「いかが致しますか?」

「他に人影はないんだな?」

「はい」


 西園寺は二重顎を引っ張りながら考えた。

 ここの場所を知っているということは、市長と繋がっている可能性がある。

しかし、それなら即応部隊なりなんなりを寄越すはずだ。

こんな小娘一人を送るはずがない。

 なら、どうやってここにたどり着いた?


『私の知らない別の派閥の間諜か? それとも誰かからの伝言か?』


 業が深く、思い当たる節が多い西園寺は必要以上に深読みをする。


 もし、本当に何もなければそれはそれで人質としての使い道がある。

 うるさいようなら始末してしまえばいい。

 どうせただの子供だ。


「よし、私の前へ連れてこい」

 西園寺は唯を連れてくるように命じた。



 唯が眼鏡の男と倉庫内を歩く。

「んーーー! んーーー!」

藍が驚いてもがいた。

「大人しくしないか!」

銃口がまだ藍に向いていることを確認して、唯は携帯端末の西園寺と向き合った。


「人質の知り合いか? 私に話があるそうだな」

 西園寺が椅子にふんぞり返る。

 唯は言葉を選びながら話し出す。

「一応ききますが……藍を開放する気はないのですか?」

「ははは。まさか本当にそんなことを言いに来たのか?」

「どうします? 拘束しますか?」

背後に立つ眼鏡の男が唯の腕をつかむ。

「やめたほうがいいですよ。これは警告です。私が20分以内に戻らないと『あること』が起こります」

「ふん。交渉のつもりか? いったい何が起こるというのだ」

西園寺が余裕の笑みを浮かべる。

 唯は一呼吸置いて言い放った。

「北ブロックへのヴェールの供給が停止します」

「……なに?」

 唯の渾身のハッタリに手下の男達がざわつく。

「ヴェール……?」

「自然区で作られた酸素をドームシティ内に循環するシステムだ」

眼鏡の男が説明する。

「停止すると……どうなるんだ……?」

 淡々と唯が答える。

「空気が徐々に薄くなり、高山病のような症状に苦しみます。やがて呼吸ができなくなり、酸素ボンベが必要になります」

 西園寺は膨れた顔の眉をひそめた。

「冗談はよせ。そんなことが出来るはずがない」

「それはどうでしょう。私はゲートの抜け方も熟知しているし、仲間が管理棟で待機しています」

「出鱈目だ!」

唯はすまして携帯端末の西園寺を見た。

「西園寺さん。自然区で起きた事件の真相も知っていますよ。あなたの息子さんが凶暴な生き物に殺された」

 聞いた瞬間、西園寺の顔色が変わりプルプルと震える。

「なぜそんなことまで知っている! 市長の指示かっ!」

「違います。私自身の意思です」

「友人一人を救うために、北ブロックの富裕層を敵に回すつもりか!」

「あなたの後ろ盾が彼らなら、みんな共犯ということになりますね。引き下がるつもりはありません。でも、今ならまだ間に合います。お互い無かったことにすることも。あなたの権益も守られたまま」

 無論全てが事実ではないが、唯は本気で怒り鬼気迫る表情だ。

「……小娘め……っ」

 西園寺がぎりりと歯ぎしりをする。

 しかし、それ以上に手下の男達の方が動揺していた。


 もしも本当にヴェールの供給が止まるのであれば酸素ボンベに頼らなくてはならない。

 酸素ボンベの生産拠点は東ブロックであり、保管されているのもここ、東ブロックの倉庫群だ。

すぐに大量の酸素ボンベを運び出すのは不可能だ。


 富裕層の邸宅は各家庭に非常時の酸素ボンベが備わっているとはいえ、長引けば苦しくなる。

 普段、北ブロックの富裕層地域は囲いを作って往来を禁止していた。

逆に言えば他のブロックに閉め出されれば窮地に陥る。

 資本の力が絶対的なのではない。

 その事実に衝撃を受けていた。



「あなた達は偉そうにしていますが、結局なにも出来ないのです。この狭い世界でみなが助け合って生きていくしかないのに」

「……この女を殺せ」

 地獄の底から唸るように西園寺が指示を出す。

「い、いや、しかし……いいのですか!?」

「今までこいつが喋ったこと……例えそれが本当だったとしてもだ」

西園寺は大仰に椅子の背にもたれた。

「もし急にヴェールが停止してもいきなり酸素が無くなるわけじゃない。私達が管理棟に踏み込み、制御を取り戻せばいいだけのことだ」

 冷静に考えれば最初から取引にもなっていなかったのかもしれない。

 だが。


「わかりました。……始末します」

 藍に銃口を突きつけていた男の体が唯に向く。

すかさず唯は軽く鼻をすすった。

男は銃口を唯に向け一歩一歩近づく。

 唯が歯をカチカチ鳴らすと同時に『ドンッ』という音が外でした。

見張りの男が犬養の麻酔弾に倒れ、搬入口に当たる音だ。

「な、なんだ!?」

 拳銃を持つ男が僅かに怯む。

唯はいち早くそれを察知し、倉庫のコンテナの陰へ前転で飛び込んだ。

「こ、こいつっ!」


 パアンッ。


 銃声が響くと同時に小西が出入り口の扉を開け催涙弾を打ち込む。


バシュウウウーーッ。


「うわぁぁぁっ! め、目がーっ!」

 慌てふためく倉庫内へガスマスク姿の犬養が猛ダッシュで踏み込んだ。

「おらぁっ!」

 藍を掴んでいた男に犬養の拳打が炸裂する。

急いでナイフで縄を切り犬養が藍を抱きかかえた。

「人質確保っ!」

小西も催涙弾で倒れた二人の男を縛り上げた。

「犯人、確保しましたっ!」


 その後、誘拐実行犯の4人は取り調べを受けたが、西園寺に繋がる証拠は抹消されていた。

 警察や行政内部にも西園寺の派閥の息がかかっているため検挙は難しいとの結論に至った。

 この事件の捜査はここで打ち切りとなる。



 即応部隊の応急医療施設内。

 催涙弾を少しだけ浴びた唯がベッドで薄っすらと目を開けた。

「唯ーーーーっ!」

 藍は起き上がる唯に思い切り抱きつく。

「危ないことして! 心配したよっ!」

「藍……無事でよかった。……本当によかった……」

 唯は笑顔を浮かべようとしたがうまくいかなかった。

「唯、無理してない……?」

「そんな、ことは……」

 藍は家庭が厳しく、唯が母親の言われるがままの人生を送ってきたことを知っている。

「唯。いいんだよ。無理しなくても……」

優しく頭をなでながら藍が唯に語りかける。

「唯は唯なんだ。私の大切な友達だよ……」


 藍は気づく。

 唯は母親の思い通りの人形なんかではない。

それ以外の価値を自分に見いだそうと必死になっていることに。

自分の力で得た掛け替えのないもの。

瑞穗であり、藍であり、エリーという友達。

その大切なものを守り抜く強い意思と力を持つことに。


「唯、ありがとね……」

 うつむく唯の瞳から一筋の透明なしずくが滴った。

堪らえようとする唯の背中を藍が両腕で優しく包み込む。

「我慢しなくていいんだよ、唯……」

「あい……」

藍の腕をつかむ唯の指に力がこもる。

「あい……あい……わたし……」

「うん……わかってる。……大丈夫だよ、唯……」

穏やかで優しい言葉に唯の瞳が潤んだ。

「……わた、し……」

大粒のしずくがポタポタと滴り落ちる。

「いいんだよ、唯。……もう我慢しなくても……」


 唯は生まれて初めて泣いた。

 素直になり感情をあらわにして号泣した。


 その姿は普通の16歳の少女だった。

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