1話
「お前で最後か」
荒れ果てた岩山で、二つの影が向き合っている。
一つは人間の青年、もう一つは明らかに人間ではないものだ。
「ゴアアァァァァァ……」
人間ではない怪物が、その容姿に違わず恐ろしい唸り声を上げる。
だが青年は、まるで何も聞こえていないかの様に平然としていた。
よく見れば、辺りには怪物と同じ姿形をした死体がいくつも転がっている。
「さてデカブツ。僕はさっさとお前を倒して報酬を貰いたいんだ。悪いが殺されて貰うぞ」
青年は、手にしていた漆黒の刀を改めて構え直す。
刃渡りが通常の刀よりも長いそれを、青年は重さを感じさせない動きを見せる。
「……疾ッ!!」
直後、勢い良く飛び出した青年が、怪物の脚に向けて刀身を走らせる。
対して怪物の方は、巌の様な体躯に見合った太い腕でそれを受け止めようとする。
「その程度で防げるものか!」
だが怪物の思惑とは裏腹に、青年の刀は怪物の腕ごと脚を斬り飛ばしてみせた。
ヒュンヒュンと情けない音を立てながら、怪物の腕が何処かへ飛んで行く。
「ゴガアアァァァァァァアア!?」
怪物が残った腕で傷口を抑えようとするが、それが最期の仇となった。
「……ッ!!」
無音のまま振るわれた刀が、怪物の首を綺麗に断つ。
ゴトリと落ちたその首は、最早何の生気も感じられない。
「今回の任務は簡単だったな。前回のゴブリンの大群に比べたら、このサイクロプスの方がマシだ」
そう言いながら刀身に着いた怪物━サイクロプス━の血を振り払う。
「さて、帰るか」
自分以外誰の影も無くなった岩山で、少年はポツリとそう言った。
「はい、お疲れ様です。サイクロプス20体の討伐、問題無く滞りなくクリアですね」
サイクロプスとの戦闘から数時間後、青年の姿は白亜の建物の中にあった。
ここはギルドと言って、青年と同じ様な者達に依頼を斡旋する場所だ。
建物内には買い物が出来る所などもあり、かなりの人間が絶えることなく行き来している。
「それにしてもさすがアデルさんですね。結構な数だったと思いますが……全然余裕そうですねっ!」
受付嬢に太陽の如き笑顔を向けられ、しかしアデルと呼ばれた青年の顔は、まるで苦虫を潰したかの様だ。
元々人と……いや、ヒトと話すのが苦手なアデルとしては、早々に立ち去りたいという気持ちしかない。
「……また明日も来る」
「はい!お待ちしておりますね!」
背中に声を受けながら足早にその場を去った。
自宅の扉の前に立ち、網膜認証や声紋認証を終わらせると、そのままスルリと自宅の中へ入っていく。
そこそこ広い部屋には、しかし鏡や備品収納のための四次元ボックス、寝るためのベッドしかない。
着けていた防具などを外すし、ベッドに腰を下ろす。
それからふと鏡を見やると、そこには自分が写されていた。
短く切り揃えられた髪に、白とも黒とも言えない奇妙な髪色に。切れ長の赤い瞳。
十人が見れば九人が震え上がる様なそんな雰囲気を纏っている。
「今日の予定はもう無いし寝るか」
自分以外誰も静かな部屋でそう独りごち、ベッドに寝転がると、間もなく規則的な寝息だけが響いた。