執着
本編(アメリーヌ視点)を読んだ前提での描写です。
エルマー王子の教育課程が修了した祝いとして、二日間の舞踏会を開催する運びとなった。
表向きは、である。
少々出来過ぎた王子。その伴侶である将来の王子妃を自身で見極める――要は、花嫁選びのための場を設けたのだ。
裏での思惑とはいえ、貴族たちはもちろんそんな事は重々承知であって、令嬢たちは――むしろその親たちの方が張り切っているようだ。
俺のところも例にもれず。
「ついでにお前もいい加減誰か連れてこい。俺が勝手に選んでしまうぞ」
半ば諦めの色を宿して父がそんな事を言う。
正直それでも構わないと思っていた。特にこれといって誰かひとりを選ぶ、という行為がどうにも実感を持たない。
最低限の教養・常識と言いなりにならないくらいの意思があり、体が健康であれば美醜も特に問わない。
右大臣である父にそう言えば、酷く残念なものを見る目を送られ解せない。
「俺がお前なら今頃三人は子供が出来てるだろうに……勿体ない」
「もげろ糞親父」
上の四人の兄姉は俺に後継を丸投げして好き勝手に飛び回っている。
別段羨ましいとも思わないが、末の三男が家督を継ぐとはどういう事かと呆れて今に至る。どいつもこいつも勝手なものだ。
舞踏会とはまた別件で、今王城をにわかに騒がせている侍女がいる。
それが引き起こしている問題の解決のために、俺は噂の森へと足を運んだ。
魔法を巧みに操ると言われる美貌の仙女に協力を仰ぐための使者として、俺に白羽の矢が立った。いや、突き立てられたのだ。女受けするという見目と、侍女の『魅了』に耐性なくも引っかからなかったという事で。
果たして簡単に辿り着けるとは思えないのだが、まあ仕事なのだからやるしかない。
そう思い森へ踏み入ろうとした時。
現れたのだ。
未だかつて感じたことのない他人への興味、執着とも言える感情を持った女に。
絶対に逃がすわけにはいかないと手を拘束して追い詰める。
気の強そうなどこか浮世離れした美女だったが、まるで怯えるように上目でこちらを伺うその様子に腹の中で何かが灯った。
泣かせたい。歓喜でも羞恥でもその涙はさぞかし滾ることだろう。もちろん俺を見てという事が前提だ。
女の涙など面倒以外の何物でもないと思っていたのに。……こんな加虐性が自分の中にあったのにも驚いた。
しかし女は魔法を使ったのか、いつの間にか俺の手から逃れてその姿を消していた。畜生。
「絶対に捜し出してやる」
そう呟いた時、強烈に視界が歪んだ。
目が慣れてしっかりと前を向けるようになった時、俺は先程まで立っていた場所ではないところにいた。
どこかの屋敷の中のようだ。
そこには浮世離れした女がひとり。
ソファに座る女は気怠さを隠そうともせずに、顎だけで俺に向かいのソファを指した。座れと言う事だろう。
俺は何の感慨もなく指定された通りに座る。
「あたしに会ってそんな態度を取った男は珍しいわね。で? 王城の件? それとも」
あの子の事?
女はそう囁き、笑っていない目を細めた。
「今王城で次々と男を堕落させている侍女の法を打ち消す事は可能だろうか」
女――おそらく噂の仙女だろう。彼女は細い顎を少し上げ、鼻を鳴らした。
「やってあげる。たかが下級の魅了を振りまいて調子に乗ってる小娘をしっかり罰してちょうだいよ」
そう言って真っ赤に塗られた爪が乗った指を小気味よく鳴らした。
「さ、終わったわ。さっさと帰りなさいな」
これだけで本当に状況が変わったのだと思わせる何かがあった。
だから、一礼して無言で立ち去ろうとした。そんな俺の背中にかかる声。
「ひとつだけ教えてあげる。森で張っていてもあの子には会えないわよ」
だからもうここには来てくれるな。そんな思惑が込められた声だった。
その足で登城すると、内部は大分慌ただしくなっていた。
急に我に返った者たちも様々な感情が表れていたようで、しかしあの侍女を庇う者はいなかった。
そもそもが目触りの良い娘の外面に騙された事から、魅了などにかかるのだ。先入観とも言える。まんまと魅了されていた同僚にそう言ってやると。
「お前は本気で女性を好きになった事がないからわからないんだ」
落ち込みながらもそんな不遜極まりない事を返されたものだから。
「惚れてる女くらいいる」
俺の言葉に奴はしばらく固まっていた。
そしていつの間にかその事がエルマー王子の知るところとなっていたから、俺は後で同僚の眼鏡を割っておいた。
俺は秘密裡に森で出会った女の特徴を持つ令嬢を捜索した。
しかしこの国にはいない色を持っていたために、あれは仮初の姿なのではないかとも思い始めている。
仙女が『あの子』と呼ぶ女。
その素性を、何故か詳細に聞こうとは思わなかった。
沸々と湧き上がる感情は執着であり、そこに一般的な恋慕が伴っているのかは、まだよくわからない。
しかし、あれは必ず俺が捜し出し、追い詰めて、捕まえてやる。
そう思ったのだ。