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<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

少女の大きすぎた願いが叶ってしまった時

作者: 大川雅臣

 私は小柄だった。正確にはとても小柄だった。

 高校1年生、15歳にして身長は僅か145センチ。ここから爆発的に背が伸びることはないだろう。


 だからって――


「神様、なんでもしますから私の背を10倍にしてください!」


 なんって願うんじゃなかった!!


 だって、本当に願いが叶うなんって誰も思わないよね?

 私なにも悪くないよね?


 しかも10センチ|(高く)と10倍を間違えた。

 この差は少しだけ大きいと思う、日本語的に。


「さっきからなによ!

 落ち込んでいるんだから邪魔しないで!」


 頭を抱え、両膝を着いてわかりやすく落ち込んでいた私。

 そのかよわい乙女の生足に体当たりをかましてくる、ウリ坊みたいな生き物をがしっと鷲掴みし「ていっ!」っと投げ捨てる。


 それは思ったよりも可愛らしい鳴き声を上げながら、丘を越えて消えていった。

 その後どうなったかは知らない。


 動物虐待?


 違う! これは魔物虐待だ!

 この世界ではむしろ推奨されているから!


「あぁ、もぉ!

 どうしてこうなった!」


 あの時、頭の中に聞こえてきた謎の声が言った。


『望みを叶える代わりに、少しばかり増えすぎた魔物を退治してくれ』


 速攻でオッケーを出したのは私だぁ!


 だって、本当にそうなるなんって思わないじゃん。

 軽く了承しちゃうよね?


「謀ったな神様。

 ぐぬぬぬぬっ……よし、後悔は終わり。反省もした」


 幸いにして、やることをやったら元の世界の元の時間に戻してくれると言うのだから、前向きに行こう……むしろ後はない。


 取り敢えず今日は、身長が爆発的に伸びて、14.5メートルになった記念日!


 ◇


 大樹のように寄り添える人――物理――それが私だ。


 周りの大木? すら腰の辺りまでしかない森の中を、がすがすと進んでいく。

 乙女の柔肌が枝で傷付いてしまう! と思ったけれど、重い体を支える為か体も頑丈になっていた。

 だから、特にひっかき傷が出来る様なことはない。そこは安心して良い。


 自分で触ってみるにはプニプニお肌なんだけれどね!


 あと、重いとは言ったけれど、それは絶対的な重さであって、比率で言えば大きくなる前と変わっていないからね、ここ大切よ? 間違えると寿命が縮まるから気を付けて。


「森、森、森……そば」


 辺り一面が森ばかりで、随分と視点が高いのに見えるのは森ばかりだ。

 思わずそばを食べたくなるくらいには見飽きたのだけれど、歩くのを止めたところで解決はしない。


 目指しているのは南……多分。

 遠くに雪山の見えない方を目指している。理由は寒いのが嫌いだから。


「幾つか丘を越えてから寒さは和らいだけれど」


 今の私に必要な物は3つある。


 1つ、食事。

 2つ、宿。

 3つ、昼寝の時間。


 とにかく、ひとつ目が切実。


「お腹すいた……」


 おやつを食べた後だったのに、これはどういうことか。まるで食いしん坊みたい。


 兎にも角にもこれらを満たす為には、まずは人に会うことが重要。

 だけれど、ここで問題がある。


 食事の為に支払うお金が無い……


 無ければ、労働の対価として得ることになるのかな。

 まだバイトもしたことがない体なのに。

 どうせ働くならば最低でも時給850円は希望。むしろ熱望。

 なにはともあれ、まずは人がいるところへ向かわなければならない。


「うへっ!」


 先程から鬱陶しいほど絡んでくる、蜥蜴に翼が生えたような生き物を手で払いつつ突き進んでいたら、今度はボスと思われる様な奴が現れた。

 そのボスは他の羽根付き蜥蜴と違ってそこそこ大きく、私の顔――約3メートル――ほどの大きさがあった。


 いま私が何頭身か考えたやつ、後でお仕置き。


「ちょっと! まっ!」


 そのボスは驚くことに口から炎を吐いてきた。

 びっくりしつつも条件反射で躱したけれど、乙女の髪がちょっと焦げた。


 怒髪天を衝く。


「人の髪をなんだと思っているのよ!」


 怒りの右ストレートがボスを打ち付ける。爽快!!

 視界の端まで吹っ飛んでいったボスは、石造りの建物をぶち壊して止まった。


「あ、町だ」


 一部壊しちゃったけれど……怒られたら逃げよう……そうしよう。

 でも、私がボスをぶつけたところ以外にも結構壊れている。


 むしろ初めから壊れていたのかもしれない!

 そう言い続けていれば、いずれ真実になるとお隣の国から学んだよ?


 私はルンルン気分で森を抜けていく。

 心なしか足取りが軽いね!


 そんな私を迎えるようにして町からは人がゴ――溢れるように出て来た。

 手には剣やら槍やら弓やら杖やらと、色々な武器を持った人々だ。


 騒がしくてなにを言っているのかわからないけれど、余り歓迎されている様子はない。


 なにゆえか?


 やはり建物、と言うか石壁? を壊したのは問題だったかな。反省しよう。


 と言うか――


「ちょっと、エッチ! 下に廻らないでよ!」


 スカートの中を覗かれた。


 ◇


 足下に群がる人々を避けるよに2歩後ずさる。


「スカートの中を覗いた奴等には死を!!」

「まっ、待ってくれ!」


 拳を振り上げたところで待ったが掛かった。

 振り下ろす前に声が掛かって本当に良かったよ。

 さすがに魔物と違って人をプチッ! っとはできないし。


「レディを下から覗くとか、紳士的じゃないよね?」

「あ、いや、しかし……すまなかった」


 私が大きすぎるのが悪い、などと言う話は聞きたくない。

 特に今は聞きたくない。


 町から出て来た兵士らしき人々の、その中でもちょっと豪華な装備を身に付けた男性が、代表して謝ってくれたので許すことにした。

 私は寛容さと寛大さを兼ね備えた、今時のハイブリッド個体だし。


 と言うか、言葉が通じるのね。

 いつの間に私はバイリンガルになったのか。

 それともこの世界では日本語が標準語なの?


「お前、いや、あなたは何者だ? 人間なのか?」

「人間止めたつもりはないけれど?」


 失礼だな。


「い、いやしかしその姿は……」

「神様にお願いしたら大きくなった」

「え?」

「神様にお願いしたら大きくなった」

「は?」


 むむむ、ご機嫌が急下降だよ。


「おちょくっているの?」

「そ、そうじゃない! ただ、にわかには信じがたく――」


「神に願った結果だというのか!?」


 兵士代表の後ろに隠れ潜んでいた、ローマ法王みたいなローブを着込んだおじさんが、錫杖を振り回しながら興奮した様子で前に出て来た。


 また覗こうというのか!?


「その様なつもりではない! そもそも子供に色気は感じぬ!」

「あ”?」


 私がスカートを押さえたところで無礼なことを言われた。

 言っていなかったけれど、今の私はセーラー服姿だ。

 そして美脚自慢なので、それなりにスカートも短い。


 それなのに色気が感じられないとは、よくも言ってくれたな。


「まってくれ、今の暴言は謝罪する!

 バーナード殿もレディに失礼のないように!」

「うむぅ、すまぬ。そなた……名前はなんという?

 わしはこの町の神官戦士団を率いるバーナード。隣の者が兵士長のベンデルと申す」


 私は寛容だから許すことにしよう。次はないけれど。

 と言うか、お腹が空いて気が立っているのかもしれない。


「カエデ・ニノミヤよ」

「ではカエデ殿、神に願いを叶えてもらったというのは本当であろうか?」


 異世界らしく姓と名を逆にしたけれど、普通に反応されてしまった。

 でも、ちょっと格好いいかも?

 バイリンガルになったことだし、元の世界に戻ってもこれでいい気がしてきた。


「神様以外にそんな事が出来るなら、それはそれでびっくりだけれど?」

「確かにびっくりだな」


 兵士長のベンデルさんは素直なのに、神官戦士団の長たるバーナードさんは信じてくれない様子だ。

 別に信じようが信じまいが、どうでも良いけれど。


「カエデ殿。気分を悪くしないで聞いて頂きたいのだが、この町には何用でいらっしゃった?」


 うっ……もしかして脅しすぎただろうか。

 年配のベンデルさんに、随分とへりくだった態度を取らせてしまった。

 これは私も反省しないといけない。素直に答えよう。


「お腹が空いたから、ごはんを食べに来た」

「我々を喰らうというのか!?」

「人間を食べるかぁ!!」


 バーナードお前は駄目だ!


「おい、バーナード司祭に下がってもらえ!」

「はっ!」

「ま、まてわしは真意を知らねばならぬ立場にあ――」


 だだを捏ねる子供を引き摺るようにしてバーナードが連れられていく。

 残り僅かな余生は静かに過ごしてもらいたい。


「たびたびすまない、カエデ殿」

「ベンデルさんも苦労するね」

「同情、痛み入る。

 それで食事と言うことがだ、生憎とカエデ殿を満足させるだけの食料を用意する余裕がないのが現状だ」

「ですよねぇ……」


 知ってた。だって私、体と共に胃も大きくなっているし。

 けっして大食らいになった訳じゃないからね?

 私は小食、エコのカエデと言われて有名なんだから。


 ただ、こんなファンタジーな世界だし、魔法的な何かでなんとかなってしまうんじゃないかって、ちょっと期待していたのよ。


「しかし、提案がある。

 もし良ければ、カエデ殿が討伐したあのドラゴンを使って食材を提供できるが?」

「のった!」


 と言うか、あれドラゴンなの?

 ファンタジー物には欠かせないドラゴンを、渾身の右ストレートで撃退してしまった。


「はやっ? いいのか? 売ればそれなりに金になるぞ」

「お金じゃお腹は満たされないよ!」


 あれ。お金があれば食事が買えるのだから、お腹は満たされるのかな?

 お金の方が便利?

 まぁ、どちらにせよ提供できるほどの食材がないなら意味がないか。


「確かにそうだな……わかった。解体するには人手が掛かる。

 余った素材で構わないから、報酬として配りたいのだが……」

「いいよ、いいよ。食べられるところ以外はみんなあげる。もうお腹がペコペコだよ」


 なんでこんなにお腹が空いているんだろ。

 急に巨大化したからかな。

 きっと食べた物まで大きくならなかったのだろう。


 なんにせよ、取り敢えず衣・食・住のうち、食は確保した。

 これで課題のひとつはクリアだね。


 ◇


 ベンデルさんが気を回してくれて、今夜のごはんにありつけることとなった。


 町は森を抜けたところにある。

 今は町から少し離れ、地面にぺたんと女の子座りをして、行儀良くお肉が焼け上がるのを待っていた。


 焼いてくれているのは兵士さんたちだ。

 初めこそ森から出て来た私を見て、すわ! 女神の登場か! と驚いて恐縮していた兵士さんたちだったけれど、気さくで可愛い女の子だとわかるやいなや、打ち解けてくれた――と思っている。


 決して最初に、ゴキブリを潰すがごとく手を振り上げたからではないと思いたい。


 お肉を焼く為の廃材を町から運び出す時に、町の人々がパニッ――歓迎してくれたし、塩も提供してくれた。

 どうやら私が味付けは塩が良いとこぼしたのを、聞き拾ってくれたらしい。

 塩を届けてくれた人たちは、ささっといなくなってしまったので、お礼を言う暇もなかったのが残念だ。


 ちょっと平均的な人よりは大きいけれど、そんな私に対してでも町の人々がとても好意的ですごく嬉しい。とても優しさを感じた。

 みんなプルプルと震えていたのも、きっと出会えた奇跡に感動していたのだと思う。


「うわぁ、良い匂い……」


 お肉はジュウジュウと、なかなか良い感じに焼けている。

 甘味の乗った匂いが空いたお腹をなお刺激した。


 最初は蜥蜴――語弊――のお肉を食べるのかと、若干抵抗を感じていたけれど、お肉になってしまえばそんな抵抗もなくなった。

 タコやナマコに比べれば、お肉という点で同じカテゴリーだからに違いない。

 これが虫だったらさすがに食べるのは無理。


 ちなみに私は昆虫が平気だけれど、駄目だったら羽の生えた蜥蜴が出て来た時点で気を失っていたかもしれない。

 少しだけ女子力が低いのは認めざるをえないかな。


「カエデ殿は、ドラゴンの肉を食するのは初めてだろうか?」

「もちろん初めて。私の故郷では牛・豚・鳥がメインだし」


 と言うか、ドラゴンとかいないし……大昔はそれらしいのがいたけれど。

 はっ! まさかここは恐竜が生き延びた方の平行世界!?

 機械文明が発達する前に、恐竜に対処する必要のあった人類が、間違えて魔法を生み出した世界の可能性――のわけないでしょ。


「手間は掛かるが、それだけの味は保証しよう」

「ドラゴン、丈夫だったよねぇ」


 普通の人間にとっては、巨大な象と言った感じの大きさになるドラゴンを、どうやって解体するのかと思ったら、人間は逞しい。

 外皮こそ手間取っていたものの、なんとか傷を付けてしまえば、そこから徐々に傷を広げ、剥くようにしてお肉と切り離していった。

 途中、外皮を剥くのに数十人掛かりで綱引きみたいなことを始めたので、私がサクッと手を貸したら、ぷりっと向けてしまったので、ちょっとだけなんとも言えない空気になったけれど。


「カエデ殿はそのドラゴンを一撃でしたね」

「あの時は思いっきり殴ったから」


 ドラゴンの吐く炎で、お気に入りの髪が少し縮れてしまい残念だ。

 めずらしく綺麗って言ってもらえたのになぁ……


「廃材の撤去、感謝する」

「いいよ、自分の食事を作る為だし」


 倒壊した家屋の木材を使って作り上げた巨大な焚き火の作り出す炎が、日が沈み暗くなり始めた辺りを照らし出している。

 なんとなく巨大なキャンプファイアーみたいな感じだけれど、火のもっとも強いところにドラゴンの肉が置いてあるのが新鮮だ。


「なんであちこち壊れていたの?」

「カエデ殿の食事となるドラゴンに襲われていた」

「えぇ……敵は討ったよ?」


 偶然だけれど。


「ははは。幸いにして怪我人程度ですんだが、あのままカエデ殿が来てくれなければ、どうなっていたことか」

「私も町があって良かったよ」


 食事もできることになったし。


「この町は北に見える山脈を越えてやって来る魔物から、国を守る為の砦になる。

 結構荒事には慣れているつもりだが、ドラゴンは魔物の中でも別格だ」

「へぇ。北の山脈の向こう側には何があるの?」

「良くわかっていないが、山脈を越えると魔物の住む世界があると言われているな」


 そんな世界があるから、増えすぎた魔物を倒してくれ、とか言われたのか。

 ……世界を相手に戦えとか、初めから無理ゲーじゃん!


 ベンデルさんとは打ち解けてきた気がするけれど、ドラゴンの解体を手伝ってくれた町の人々はまだプルプルと震え、女神のような私に会えたことに感動しているようだ。

 それでも気丈に、焼き加減も良い頃合いだと教えてくれたので、早速いただくことにした。


「あ、以外と美味しい」


 ドラゴンのお肉は見た感じ霜降りというわけでもなく筋張った肉かと思いきや、なかなかどうして旨みのにじみ出る柔らかいお肉だった。


「意外と? いやいやいや、これ以上ない贅沢品なのだが……」

「胡椒も欲しいなぁ」


 残念ながら町中の胡椒を集めても、ドラゴンの丸焼きには足りないらしい。

 でも良い情報も得られた。対価があるなら胡椒を仕入れることも可能だと。

 塩と比べればはるかに高いけれど、対価は魔物の食べられない部位で良いらしく、私にとっては万々歳だ。


「はぁ……満たされた。なんって穏やかなんだろう。

 今なら慈愛の女神と言っても過言ではないかも」


 いくつか突き刺さるような視線を感じないでもないけれど、今の私は女神。小さなことは気にしないのだ。


「では女神のカエデ殿に、折り入って相談がある」

「いいよ、いいよぉ。言うだけ言ってみて」

「共存体制を築きたい。

 カエデ殿にはこの辺りの魔物を退治していただき、我々は代わりに食事を提供するというのはどうだろう?」


 女神カエデであっても、安易に了承はできない案件だ。

 だってあのドラゴンが吐いた炎で髪が少し焦げたし。と言うことは、普通に火傷するでしょ?

 でも、実際のところ降り掛かってきた火の粉を払うのは必要なことだし、だとすれば――


「私にできる範囲で良ければね。

 でも、私がするのは気ままに魔物を退治するだけで、町を守るわけじゃないからね?」

「町を守るのは我々の仕事だと心得ている」

「なら、女神カエデが少しだけ力を貸すよぉ」

「ははは。では女神カエデ殿、よろしく頼む」


 かくして私は女神になった――訳ではなく、食事の目処を付けることができたのであった。


 ◇


 ひがのぼる~、あさひがのぼる~、きらきらかがやいて~♪


 おはようございます、美声麗しい女神カエデです。

 実は私、か弱い乙女にもかかわらず野宿と相成りました。


「難題ですな」

「ですよねぇ」


 私が泊まれる宿がなかった。ベンデルさんもお悩みだ。


 晴れているならまだしも、これで雨に降られたら惨めすぎる。

 想像してみて。雨の中で、膝を抱えて座り込む美少女。どうにかしてあげたくなるでしょ?

 町の人々は、今の私を見てそんな風に思っているはず。


「今日は寝床を作ってくるね」

「何か案が?」

「現代知識チートを使います」

「さて?『現代知識チート』とは?」

「えっと……(この世界で)誰も思い付かなかったような凄いことをしちゃう?」

「なるほど。寝床ができると良いですな」

「まぁ、なんとかするよ。それじゃ行ってくる。

 あ、その前に、ちょっと待ってて」


 私は昨日投げ捨てたウリ坊を拾ってくる。

 ピクピクしながらもまだ生きていた。さすが魔物。


 これをベンデルさんに預け、明日の食材にしてもらうのだ。

 ドラゴンのお肉は腹持ちが良いのか、今のところまだお腹は空いていない。

 ベンデルさんの話では、なんでも丸一日は持つらしい。どんな原理よ……

 まぁ、ウリ坊を明日の食材にできるならば、今日一日は食事以外のことを考えられる。


 まだ生きているウリ坊を目にした町の人たちは、キングバッファロー!! と驚いていた。

 なんでもこいつの体当たりを受ければ、石壁程度では何の役にも立たず、町が壊滅するほどだったとか。


 ドラゴンと言いキングバッファローと言い、随分と物騒な魔物が闊歩している世の中である。

 やはり安眠の為にも寝床は必須よね。睡眠不足とか美容の敵だし。


「じゃあ行ってくるね」

「あぁ。気を付けてな、と言うのもどうかとは思うが」

「あはは。気持ちだけ頂いておくよぉ」


 私は昨日、南に進んでいる時に町が現れた。

 その道中、右手に山が見えたのでそこへ向かうつもりだ。

 北の山脈は魔物の世界へと近付くことになるので、初めから選択肢にはない。


「お肉だけだと困るなぁ」


 果物や野菜も食べたい。

 でも、私の胃を満たすだけの量となると……リンゴとかビー玉サイズだしねぇ――って、良い物見付けた!


「さすが山の幸!」


 恐らく20センチくらいの巨大な蜂が群がる先には、大量の蜜を滴らせた蜂の巣があった。

 巨大とはいえ今の私からすれば蚊のような存在で、鬱陶しくはあるものの、実害はない。

 刺されても恐らく外皮で止ると思う。


 昨日遭遇した羽根付き蜥蜴の牙が刺さらなかったので、この程度の蜂ならば問題ない。

 まぁ、薄皮で軽く止っていたね。私、最強!


 そんなわけで、特に障害もなく甘味が確保できたことに早速ご満悦だよ。

 そして、蜂がいるなら――


「ほら、あった!」


 幾つか山を越えた先には、湖を取り巻くように花園が広がっていた。

 広大ではなく、巨大な花園だけれど。


 あの大きさの蜂が蜜を集めるのだから、大きな花が咲いているだろうことは想像していたけれど、いい感じにメルヘンチックな場所だ。


「なにここ、凄く良いんだけれど!」


 水は綺麗だし、色とりどりの花は可愛いし、蜂が沢山いる為か魔物も人の気配もない。

 若干蜂がうるさい気もするけれど、花園から少し離れれば良いだけだし。


 ただ、雨風を凌げそうな物が無いなぁ。

 サクッと思い付くのは木を使って家を建てるとか、穴を掘るとか……


 絶対に家を建てた方が良いに決まっているけれど、もっと大きな木がないと私がおさまるサイズの家を建てるのは無理だと思う。

 それに家ってどうやって建てるの?


 となれば、穴を掘るしかない。

 でも、土を掘って虫が出てくるとか最悪だし、掘るなら岩山かなぁ。


「爪が剥がれるって!!」


 指で砕ける程度の岩山だけれど、さすがに私が身を隠せるほどの大きな穴を掘るには、道具が必要だ。

 ここがファンタジーな世界だというならば、剣とかで斬り付ければ訳のわからない法則で岩が斬れるのだろうか。

 それとも、魔法でなんとかできるのだろうか? まぁ、魔法とか使えないけれど。


 残されるのは神頼み……


 神様ぁ。かーみーさーまー!

 魔物退治はするから、私に今必要な力を与えてください(切実)!


 神様は存在する。その結果が私だし。

 だからお願いもかなり心神の籠もったもので、敬虔な信徒もかくやといった感じだ。


「おっ? おおおぉ!!」


 まるで大気中から光が集まるようにして、私の右手に長細い物が現れてくる。

 その輝きは神々しく、手にするそれは聖剣かと期待に胸が膨らむ。

 あ、膨らんだら縮まなくていい。むしろ縮むな!


 そして、それはついに実体化した――バールのような物? として。


 光の粒子から現れた物は柄の長いL字型をしていて、持ちやすく、ほどよい重さだった。

 きっと凄く丈夫なのだろう。武器として使えばなかなかの破壊力だと思う。


「うわぁ!」


 速攻で叩き付けたね。

 そしたら岩があっけなく粉砕できた……確かに、今必要な物が出て来たのは確かだ。


「み、見目に拘っている場合じゃないからね。

 これはこれで良いのかもしれない……」


 今の状況で役に立つ物が手に入ったのであれば、悲観することはない。

 そして私は気付いた。


「神様。寝床と食事と着替えをお願いします!!」


 初めからそう願えば良かった!!

 私の希望に満ちた目が太陽の光を受けてキラキラと輝き、とても素敵見えるだろう。

 特に天上からならば。


 結果。何も起きなかった。解せぬ。


 ◇


「ぷはぁ~♪」


 いいわぁ。

 お湯じゃないのが不満だけれど、日を十分に浴びたおかげか冷たくもない。


 そう、女神カエデはいま、湖に漬かっています。違う、浸かっています。

 水浴びをする女神って、凄くいい絵面だと思わない?

 多分高く売れると思うんだ。でも残念ながら美術は2なので諦めよう。

 ちなみに作品を提出さえすれば1を付けられることはまずないので、2が最低評価だったと言っても過言ではない。


 私が入ってなお広々としたこの湖は、所々に孤島があり、雰囲気的にはバカンス先のリゾートと言った感じだ。

 これでビーチパラソルと冷えたドリンクがあれば、完璧なんだけれどねぇ。

 私の水着(下着)姿に一目惚れした誰かが差し入れしてくれないかな。


 昨日はお風呂に入れなかったから、体がベト付いて嫌な感じだった。

 その上、寝床を作る為とは言え、穴を掘ったから汗も掻いたし埃まみれだし。


 もう辛抱堪らんといった感じで湖にダイブインしちゃった♪


 町からは山陰になっていて見えないし、蜂のおかげで人も近寄って来ることができないここは、私のプライベート空間だ。認定だ。公式だ。

 さすがに下着は着けたままだけれど、このまま洗って町へ行く前に乾かしておこう。


 衣食住のうち、残す問題は衣料。

 あの巨大な綿花みたいな木を持っていけば作ってくれるかな。

 まぁ、今日のところは蜂の巣と綿花擬きをもって町に行こう。


 ◇


「私は帰ってきた!」

「カエデ殿、『現代知識チート』とやらで寝床は作れたのだろうか?」

「まぁねぇ……」


 ただ穴を掘っただけのあれを現代知識チートとは言い難く、少しだけ目が泳いでしまったとしても仕方がない。


「それよりベンデルさん。この蜂の巣から蜂蜜を取って欲しいんだけれど?」

「キラービーの巣か!?」

「物騒な名前だね。でも、蜂蜜には違いないと思うんだ!」

「幻の食材のひとつに数えられているんだがな。さすがと言うか、なんと言うか……」


 幻とまで言うなら期待しよう。


「おい、商人共に連絡して大きめの空樽を集めさせろ!」

「は、はい! 直ぐに!」


 あ。なにか対価を支払わないと、脅して動いてもらっている感じになってしまうな。


「幻と言うくらいなら高く売れる?」

「あぁ。贅沢なお貴族様相手にいくらでも売れるな」

「それじゃ取り敢えず樽1個分もらったら後は好きにしていいよ」

「良いのか? 随分とおつりが出るぞ」


 ならば、ついでに頼みたいことがある。


「もうひとつお願いがあるんだ」

「そっちの神老樹だな……」

「名前はどうでも良いけれど、これで服を作って欲しいんだよね。

 特に下着が最優先なんだけれど……」


 乙女らしく、少しもじもじしながら伝える。

 実際、作って欲しいとはなかなか言いにくかったけれど、自分では作れないし、仕方がないよね。

 背に腹は代えられぬ、と言うやつだ。


「あ、あぁ……すまん、少しだけ混乱している」

「ん?」

「それは老いた神老樹が土に帰る前に、枝が繊維状になった物だ。

 霊力の高い一級品の素材なんだが、それをパンツに使うのかと思ったら――」

「下着!」


 例え同じ物を指していたとしても、言い方というものがある。

 折角、部位限定をせずオブラートに包んだのに。

 ベンデルさんには、その辺をちょっとわかって欲しい。


「ナトリ、外層で手の余っている者に仕事を振ってくれ。正直助かる案件だ」

「はい。これでしばらくは食いつなげる者もいるでしょう」


 ナトリと呼ばれた女性の兵士が町へと駆けていく。

 一応、女性を手配してくれたことには感謝しておこう。


「食べ物がないの?」

「昨年は国土全体で不作となり、こちらへの配給も随分減っているし、食品の値上げも大きい」


 魔物から国を守る為の最前線なのに、困ったものだね。


「だったら、昨日のウリ坊をみんなで食べな――」

「おおっ! 久しぶりのバッファロー肉だ!」

「やった。みんな大きいお嬢ちゃんに感謝だ!」

「女神かよ!?」


 女神だよ?


 と言うか、ベンデルさんより周りの兵士さんの方が先に声を上げているよ。

 まぁ、そんなに飢えているというのなら――


「ちょっと辺りをまわって、食べられそうな物を集めてくるよ」

「それはありがたい話だが……」

「先払いしておくから、服と食事、それから調味料はお願いね」

「そう言うことであれば承ろう」


 約束を取り付けたので、早速森に入る。

 ベンデルさんの話では町の東、私の楽園とは反対方向に、ビックベアの狩り場があるらしく、その辺りには大人がひと抱えはある様な果実も実っているとか。


 早速向かってみると、30分ほど雑木林を進んだ先で、足下にチクリと痛みを感じた。とは言え、アマガミ程度の痛みだ。相手は熊だけれど。


「おお、小さな巨大熊だ」


 魔物っていちいち攻撃的だよね。

 相手がどんなに巨大でも怯むことなく向かってくるのだから、その点はたいしたものだと思う。

 私が逆の立場なら、速攻で逃げるね。

 取り敢えず巨大熊の方は手荷物になるので後回し。まずは果物が優先だ。


 その果物も直ぐに見付かった。

 私の腰ほどの木に、不釣り合いなほど大きい赤々とした実がなっている。見た目の雰囲気はリンゴに近いね。

 試しに1個取ってみたけれど、リンゴよりは柔らかい感じの手応えで、なかなか瑞々しそうな一品だ。

 私が持つに丁度良い大きさのリンゴは、ひとつの木に20個ほどの実を持ち、その木が点在しているので、飽きるほど食べられる。


「お、美味しすぎる! こっちが楽園だったか!?」


 試しに齧り付いてみると、蜜のたっぷり詰まったリンゴの甘味と酸味が、瑞々しいまでに溢れ出てとても美味しい!


「ご満悦だよ♪」


 良い物を紹介してもらったお礼に、5つほどを抱えて町へと戻る。

 もし私がナイスバディだったならば、3個しか持って帰れなかったね。


 複雑な気分だよ!


 悶々とした気分で町に戻ったら、緊急警報が鳴り響いた。もちろん電子音的な物じゃない。

 魔法なのかな? あれ? そういえばこの世界なら私も魔法が使えたりするかも?

 バイリンガルな慈愛の女神である私が、魔法まで使えちゃったら無敵では?


 それにしても、歓迎の挨拶と言うには物々しい。

 町からは剣やら槍やら弓を持った兵士がいつぞやのように、わらわらと沸いて出てくるし。


 すわ! 裏切りか!?

 ウリ坊と蜂蜜だけでは飽き足らず、リンゴを奪い取る計略か!?


「カエデ殿! いま救援に向かう!」

「救援!?」


 見知ったベンデルさんの言葉に身の危険を感じ、振り返る。


「くわっ!?」


 って、なにもいないじゃない!


「囲め! 絶対に固まるな、狙われるぞ!」

「はい!!」

「魔法隊はまだ離れていろ!」

「了解!」

「槍は側面から狙える時に狙え!」」

「やるぞ!!」


 おうおうおう。


 いったい何物と戦うのかと思ったら、足に噛み付いていた巨大熊だった。

 じゃれ合う子犬よろしく、そのままにしていたんだった。

 それを見て、襲われて逃げてきたように思えたのかもしれない。


 なんかみんなが助けにきてくれて、少しだけジーンときたよ。

 だけど――


「上を向いたらプチッと行くからね! ほら上向かない!」

「お、おう!」


 私の声に反応して上を向きそうになった兵士に、畳み掛けるように言葉をあげて制止する。

 昨日までの私だったら問答無用だったかもしれないけれど、今は少なくても悪意があってのことではないし、原因を作ったのは私だ。

 ここは女神カエデとして慈愛に満ちた態度を取ろう。


 戦いはなかなかの激戦だった。

 巨大熊の動きは意外と速く、その腕の一振りは盾を構えた兵士を軽く弾き飛ばす。

 兵士の突き出す槍は致命傷には至らず、魔法は動きの速さに狙いを付けられないようだ。

 出て来た兵士は30人ほどだが、人数が多ければ良いというものでもないのかな。

 味方が邪魔にならず、長期戦も想定したバランスの良い人数なのかもしれない。


 それでも、凄く大変そうだ。


「私がやろうか?」

「いや、甘えが出ては戦えなくなる。ここは任せて欲しい!」


 ベンデルさんにそう言われては、大人しくしていた方が良いかな。

 一応いつでも助けられるように控えてはいるけれど、タイミングが難しいかも。

 死んでも魔法で生き返ったりする世界なのだろうか。


 私は少し離れたところでペタンと座り込み、戦いの様子を見守っていた。

 映画とかゲームを見ているみたいな感覚だね。

 戦いは白熱し、怪我人も出ている。

 それでも少しずつ巨大熊に対してダメージを蓄積し、動きが鈍くなったところで火を噴く魔法が炸裂した。


「おおっ! 凄い! 魔法凄い!」

「そうであろう、魔法は凄いであろう!」


 魔法師団の年配のおじさんが調子に乗っている。

 しかし、私も心底凄いと思ったので褒め続けた。

 私に褒められまくったおじさんは、天にまで昇るような勢いだ、魂が。


 って、死んじゃうよ!


「カエデ殿。魔法が効果を発揮したのは、足止めの為に動いてくれた兵士がいてこそではないかと思うのだが?」

「ベンデルさんの言うことも確かだね。みんな凄いよ、私にはそこまで頑張れない」

「はっはっは。

 大きくてもカエデはレディだからな。我々もカエデにだけ任せるわけにはいかない」

「カエデちゃんが頑張ってくださるのですから、我々も負けてはいられないさ」


 おうおう。みんな男前だね!


「それに、ビックベアの素材も今は助かる」


 巨大熊だと思ったらビックベアだった――って、同じだよ!


 タンパク質だけでなく炭水化物もどうにかしたいところだけれど、私に農耕の知識はない。

 普通はこういう時に現代知識チートが炸裂するはずなのに。


 まぁ、それでもお肉は手に入ったわけだし、となれば――


「今日は美味しい果物も取ってきたし、お祝いだね!」

「カエデ殿に掛かれば、毎日がお祝いですな」

「ベンデルさん良いことを言うね。毎日がお祭りで悪くないよ!」

「いや、お祝い――」

「それじゃ、ぱーっと食べちゃおう!」

「おぉ!!」


 ベンデルさんがなにか言い掛けた気がするけれど、それは他の兵士さんの声にかき消されていった。


 狙ってないよ? お祭りがしたかっただけだし。

 だって、騒いでないと直ぐに寂しくなるから……


 それに、みんな喜んでくれているし、こういうのも悪くない。

 キングバッファローの肉とビックベアの肉それに大きなリンゴもどきは、兵士さんだけでなく、調理を手伝ってくれた人たちや、私の下着を作ってくれている人たちなど、およそ100人に配っても余ったので、残りを燻製にして保存食とした。


 ちなみにこの町には、入れ替わる旅商人を含めて1万人ほどが暮らしているらしい。

 初めは私の心の(・・)大きさに、恐る恐るといった感じの町の人々だったけれど、感覚が麻痺してきたのか、宴もたけなわ、と言った頃にはお友達感覚になっていた。

 まだ口調こそ気を使った感じは受けるものの、直に馴染めると思う。


 一番最初に馴染んだのは兵士さんたちで、地面に座った私の周りに集まり、昨日と同じ様に大きな焚き火を囲っている。


 警戒されているわけじゃないよ?

 ほんとだよ?

 むしろ女神を敬う感じだね。


 そんな兵士さんたちの1人が、大きいのだからいけるだろう、と私の為にお酒を用意してくれた。

 どれどれと興味津々にひと舐めしたら、速攻でクラクラしたので、もう飲むことはない。

 ふらついた時に、危うくお酒を勧めてきた兵士さんを潰してしまいそうになったけれど、自業自得だ。


 特別頑張ったわけでもないけれど、みんなに感謝されて、なんだかちょっと照れくさい夜だった。


 ◇


 この世界に来て2週間が過ぎた。

 なんだか普通に暮らしている私の適応力が凄い。


 わざわざ町まで来なくても生きてはいけそうだけれど、それじゃ寂しいので毎日散歩がてらに魔物を狩りつつ、町まで来ていた。

 狩った魔物を町の人に提供すると、代わりに色々と世話をしてくれるので助かるというのもある。


 それと、もうひとつ興味津々な魔法について学んでいるのだ。

 魔法は誰にでも使えるというものではないらしいのだけれど、幸いにして私には素質があるとか。

 それはもう教えてとお願いしたよ。具体的にはビックベアを積み上げてみた。


 心地よく了承してくれた魔法師団の、なんと団長様直々に魔法を教わる機会を得たのは幸いだろう。

 ちなみに団長様はビックベア討伐の際に、派手な炎の魔法で私の心を奪ったおじさんだ。


 最初に教わっているのは乙女魔法。

 私が名付けたこの魔法セットは、エチケット系の魔法で、おもに汗を落としたり、服の汚れを払ったり、その他……まぁ、いろいろと乙女に便利な魔法セット。


 初級コースとは言え直ぐに使えるようにはならなかった。

 残念だけれど継続は力なりという言葉を信じて頑張る。


 あと、残念ながら下着はだめだった。

 いや……正確には作ってもらえたのだけれど、なんって言うのこれ、ドロワーズ?

 スカートから出ている時点であり得ないよね。

 もっと正確に欲しいものを伝えないと駄目だとわかったよ。

 とは言え、こちらの服も着てみたいので、いつか上に着るローブとかドレスを手に入れた時の為に、大切に取っておく。


 いつか出会う王子様がプレゼントしてくれるはずよね?


 下着は用意出来なかったけれど、代わりに奇跡が起きた。

 辛抱堪らんと神様にお願いしたら、いつぞやのバールのような物と同じように、光の粒子が集まって下着になった!


 どういう理屈よ!?


 でも、正直助かったので今回はありがたく使わせてもらう。

 これで衣・食・住が最低限にしても揃った。

 心なしかゆとりも出て来た気がする。

 やっぱり文明人には、最低限の文化的な生活が必要だよね。


 そんなある日の、午後の優雅な一時にその馬車はやって来た。

 雲ひとつない陽気の良い日。

 樽に入ったミルクを飲みながらのんびりとしていたのに、空気の読めない人だ。


 その馬車は、10人ほどの馬に乗った兵士さん――よりは豪奢な装備なぁ――に囲われるようにしてやって来た。

 若干灰色混じりではあるが、白馬と言っても良いだろう馬が2頭で引いてきた馬車には、町の門に刻まれた紋章と同じ物が描かれた旗が掲げられていた。


 馬車は私から20メートルほど離れた位置に止り、兵士さんによる守りが厳重な中、30代と思われる男性が降りてくる。

 身に纏っているのはローブと言えば良いのかな。

 そんな感じの服は多くの町の人たちと同じ様に見えるけれど、質が全く違うと素人でもわかるよな上質な物だ。

 そこに金糸を使った刺繍やちょっとした宝石がちりばめられているところを見るに、もしかして偉い人だろうか?

 少なくてもお金持ちの部類だと思う。


 私、もしかして玉の輿?


 見慣れたベンデルさんや兵士さんたちとは違って、初めて私と対面する彼らは、若干顔色が悪い。

 変な物を拾って食べたのならば、早めに休んだほうが良いのに。

 でも、偉そうな人が我が儘を言う物だから、仕方なく仕事に勤しんでるのかもしれない。


 少しだけ同情した。


「こちらの方は、この辺りを納めているライバッハ辺境伯爵様にあられます」


 立派な装備だし、騎士様になるのかな。

 その中でも、更にきめ細かい意匠の施された鎧を着た騎士様が、声を掛けてくる。

 どうやら見た目通り、偉い人のようだ。どれくらい偉いかは不明。

 地方のトップだとするなら県議会議長くらい?


 偉い人に会ったらお辞儀? 土下座?

 私は女の子座りのまま土下座という、訳のわからないポーズを取った。


「な、なんの真似だ?」

「服従のポーズなのか?」

「犬がするのを見たことがあるな」


 酷い言われようだよ!

 なにもみんなで言わなくても良いじゃん!

 確かに酷い絵面だったけれどさ!


 気を取り直して体を起こす。

 続けてコホンと軽く息を吐き、ニコッと笑えば、全てはなかったことにできる便利な技だ。


「そなたが神の恩恵を受けたというカエデか?」

「神の恩恵と言えるかどうかはわからないけれど、女神カエデだよ?」


 間違いじゃないよね?

 私の美しさ、可愛さ、愛らしさは女神だよね?


「これはご無礼を! 女神様であられましたか」

「自称だけれどね」


 一瞬、ひざまずこうとした男性が、よろめくように踏み止まる。

 結構足腰にくる角度だね。がんばれ30代!


 それにしても、神様が現れるとか前までの私だったら信じないけれど、この世界の人は普通に受け入れているよね……もしかしてそういう世界なの?

 全てとは言わなくても、祈れば願いが届くような世界だし、神様の存在は信じたくなるね。


 もしかしたら、私みたいな女神が他にもいるのかもしれない……


「……一部の者たちが騒ぐ故に自称しない方が良いだろう」

「えぇ。そうすると一緒に慈愛も失うよ?」

「失うとどうなるのだ?」

「傍若無人になるかも?」


 騎士様たちの顔色が更に悪くなっているよ!


 早く話を終えて休ませてあげないと可哀想。

 あれはきっとお腹に来ている感じ。

 今頃、早く終われと神様に祈っているはずだ。


 でもいまいち目的がわからないんだよね。


「それは困るな」

「それじゃ女神の看板は下ろせないよねぇ」

「……」

「……」


 この空気は、最初に破ってやいけないやつ。


「しかし司祭が――」

「自称辞めます。慈愛は頑張って維持します」

「そ、そうか。それは無駄な悶着が起きずにすみそうだ」


 バーナード司祭に付きまとわれるとか、心安まらないよ。

 初日にちょっと相手しただけで、どんなに疲れたことか。


 領主様からはお礼を言われた。

 本当はもっと早く来るつもりだったけれど、私の人物像がわかるまでは危険だと止められていたらしい。


 わからないでもない。いや、わかる。美人さんに会うとか緊張するよね。


 改めてお礼を言われるとちょっと恥ずかしい。

 私としては必要なことをしていただけでも、町は大いに助かり、ついでに潤っているとか。


 魔物の素材は食材だけではなく魔物を倒す為や、治療の為の回復薬にも使われるらしい。

 私が日々魔物を狩ってくる為、それを外販することで得た資金で、食料や必需品を買う余裕が生まれ、市場が安定。

 同時に町の人々にも生活のゆとりが出てきて、とても助かっていると言うことだ。


 この辺りは魔物との戦いの最前線でもあり強力な魔物が多く、最近は魔物の間引きの方も追い付かなくなっていた事もあり、色々な意味で貢献していたらしい。


「それは良かったね」

「カエデ殿のおかげであるな。

 可能であれば褒美を、と言いたいところであるが、何を望むか」


 うーん。


 私は腕を組み、目を瞑って唸る。

 神様にお願いして駄目だった物はさすがに無理だろう。


 そうなると……特にないかも?


 食事は自給できるし、住む場所は日々改良を重ね、今ではテーブルやベッドまである。

 全部岩の削り出しだけれど、幸いにして寝ていても体が痛くならないので助かっている。

 着る物は取り敢えず魔法で清潔に保てる予定だ。


 けれど――


「やっぱり服が欲しいかなぁ」


 いくら清潔だと言っても、着替えくらいは欲しいところ。


「服であるか。確かに年頃の女性であれば褒美になるか」

「素材は教えてくれれば自分で用意するよ。

 どうせみんなと同じサイズの服は着られないしね」

「では仕立て職人をこちらへ呼ぶので相談すると言い」


 オーダーメイド!

 なんかお金持ちっぽくない?


「ありがとう領主様」

「礼はこちらが述べるところだ。

 このまま良き関係を気付いていきたいと思っている」

「私もすごく助かるね」


 玉の輿ではなかったけれど、新しい協力者が得られて満足。

 騎士様たちの表情からも険しさが幾分減り、青ざめていた顔にも徐々に赤みが戻りつつある。

 話の終わりが見えて、非常に安堵していることだろう。

 だが、お腹の痛みは一時的に消え失せても、直ぐに第2波、第3波が襲ってくるからね。

 無事、トイレに帰るまでが遠足だ。


 ◇


 夜は満天の星空を見ながら寝る為に、洞窟――げふんげふん、我が家から顔だけを外に出している。

 見ようによっては生首が転がっているようだけれど、私だけの楽園なので問題はない。


 乙女チックな気分で眠れるのは嬉しいし、朝露で濡れるのも、水も滴るいい女としては必要な条件かもしれない。

 でも、寝ている乙女の頬を舐めてくる駄犬が住み着いてしまったのは計算外。


「うがーっ!! 私は陽が昇りきるまで起きないと、何度言えばわかるの!」


 犬だし、わかるわけないよね!


「いっそうのこと、食べてしまおうか……」


 寒気でも感じたのか、駄犬が僅かに身じろぎした。

 言葉は通じなくても感情的な物は通じるのだろうか?


 見た目が犬なので、どうしても食用という感じがせず放置しているけれど、毎朝毎朝、顔を舐めて起こすのは辞めて欲しい。

 おかげで最近は日の出と共に起きる日ばかりだ。


 まぁ、おかげで涙の跡も消えているから良いけれど……早く帰りたいよ。


 滅茶苦茶ホームシックなんですが、視界の端で尻尾を振り回す駄犬がうざい。

 真っ白な毛並みの綺麗なこの駄犬は、両手で持てるくらいの大きさだ。

 この世界の人からすれば身の丈もあるほどの犬だろうけれど、私からすれば子犬でしかないので、野良犬といえど脅威は感じなかった。


 と言うか、妙に人なつっこいな!


 私の楽園の近くで3日3晩にわたって巨大な蛇と格闘を続けていたので、いい加減にウザくなり、苦情を申しつけにいったら蛇が逆ギレしてきたので踏みつけてやった。

 それ以来、ずっと付きまとってくる様になってしまった。


 ちなみに蛇は後で駄犬が美味しく頂きました。


「どうせ懐いてくれるなら、私を乗せられるくらいの大きさだったら良いのに」

「くぅ~ん」

「可愛く鳴いても駄目。私を懐柔したいなら食べ物を持ってくるべき」


 そんな悲しげな表情をしても無駄だ。

 食べ物も用意せずに仲良くしてもらおうとか、言語道断。


 私は燻製にしてもらった肉を駄犬に与える。これで朝ご飯がなくなったよ。

 でも、これは先行投資。


「良い? この肉の味だからね。

 もしここに置いて欲しいなら、毎日1匹は捕まえてくるように。

 ほら食べ終わったなら狩りに行ってきなさい」

「わふん!」


 何度か振り返りながら駄犬が走り去っていく。

 小さい頃に飼っていた犬をちょっと思い出してしんみりだよ、まったく。


 顔を洗って気分一新。

 道中で蜂の巣を回収しながらラッセンの町へと向かう。

 ちなみにラッセンの町とは、私が初めて見付けた町の名前で、この間、町の一番偉い人に教えてもらった。


 私が朝に蜂蜜を届けることは日課となっているので、町から少し離れたいつもの場所には、荷台に大きな木箱を積んだ馬車が既に来ていた。


「カエデちゃん、いつも助かるよ」

「ポールおじいちゃんの蜂蜜牛乳、美味しくて好きだよ」

「ほっほっほ。それはなによりも嬉しいね。

 今日もいっぱい作ってあるからの。空箱と入れ替えてくれると良い」

「ありがとう、さっそく頂くよ」


 これこれ! 牛乳に溶け込んだ蜂蜜の甘味が凄く良い!

 はぁ、満足♪


「そんなに美味しそうに飲んでもらえたなら、酪農家冥利(みょうり)に尽きるの」

「毎日飲みたいから健康で長生きしてね」

「お迎えさんには待っていてもらおうかの」

「それがいいね」


 ポールおじいちゃんと別れた後は、町の散歩だ。

 朝起きて花咲き誇る湖で顔を洗い、搾りたての牛乳を飲んで、まったりと散策。

 なんか私、優雅すぎる毎日を送っていない? もしかしてセレブっぽい?


 周りが騒がしいことを除けばね……


「なんで今日はこんなにうるさいかな、もぉ」


 って、私のせいだよ!


 南側の門は商人が多く利用するから、できれば避けて欲しいと言われていたんだった。

 なにせ可愛い美少女の登場に、パニックが起こるからね。


 元々町にいる人は慣れてきたけれど、外から来る人にはまだインパクトが強いようで、今も何人かがひっくり返るような勢いで帰っていったよ……可哀想に。

 美少女に慣れていないと大変だよね。


「カエデ殿……」

「ベンデルさん、おっはよー!」


 挨拶は元気よく!


「おはよう。まぁ、なんとなく騒ぎの原因はわかっていたのだが」

「今日は南門でみんなをお出迎えするお仕事に就くよ!」

「なっ、それは――」

「折角だからみんなと仲良くなりたいし、だったら挨拶から始めないとね」

「正論故に遠慮してくれとは言い難い」


 私は南門の横にペタンと座り込み、笑顔で逃げ出した商人たちが戻ってくるのを待つ。


「兵士長。こうなりましたらカエデお嬢ちゃんに害意はないと、私たちでアピールしていきましょう」

「害意はないよぉ。むしろお友達だよ」


 天使の微笑みで友達100人できるかな。

 女神カエデは名乗れなくなってしまったけれど、天使カエデなら問題ないしね。


「では我々も協力させて頂きましょう」

「ニールさんありがとう♪」


 ニールさんは私の夕食を用意してくれる人たちの1人で、5人のお子さんがいる良い感じのお父さん。

 景気が悪くなる前は食堂を営んでいたらしく、少ない調味料で毎日飽きない味に仕上げてくれる私の大切な協力者だ。


 ちなみに私の夕食はニールさんを中心に10人掛かりで作ってくれている。

 お礼は余ったお肉と、足りなければ毛皮や牙などの素材だけれど、十分喜んでくれているので頼りっきりではないはず。


「なぁに、恩人ですからな。

 カエデさんが食料を分けてくれるようになり、子供たちも栄養が付いたのか病気になりにくくなりました。

 この程度で恩が返せるとは思いませんが、是非協力させてください」

「とても心強いかも」


 とても良い人と知り合えて幸せ。主に私の食欲的に。


 ニールさんたちと和気藹々(わきあいあい)とお茶などを嗜んでいると、兵士さんたちに先導されながらも恐る恐るといった感じで商人さんたちがやって来た。


 恐る恐る? なんで!?


 私が愕然としている間に、目の前を通り過ぎている商人の方々。

 目を合わせないように視線を下げて歩いている人、暴れそうになる馬を窘めることに忙しい人、逆に恐い物見たさで見つめてくる人。


 思わず、うわっ! ってやりたくなるね。

 やったらきっと蜘蛛の子を散らすようにいなくなりそうだ……少し傷付いたよ。


「すぐに少し大きいだけの可愛い女の子だってみんなわかってくれるよ」

「うん……」


 そんな私の活動は1週間続いたけれど、一向に慣れてくれる気配がない。

 まぁ、毎日行き交う商人さんが同じという訳ではないので、一巡するまでは仕方がないのかも。

 でも中には2,3度顔を合わせている商人さんもいるんだけれどなぁ。


 この町の人とは大分仲良くなれたと思ったけれど、それでも全員というわけじゃないのはわかっていた。

 食事や素材で協力関係にある人たちとは比較的良好な関係を築いていると思うけれど、余り関わり合いにならない人たちはこの商人さんたちと同じで、遠巻きに様子を窺っているのを感じていた。


 時間が解決してくれると良いのだけれど……


 それからさらに1週間。

 私がこの世界に来て1ヶ月も過ぎた頃、いつものように南門の横にペタンと座って商人さんたちを笑顔で迎えていたところ、一頭の早駆けの馬がやって来た。


「ベンデル兵士長に、大至急連絡を!!」


 突然の慌ただしさと共にもたらされた連絡は、魔物の大群が押し寄せてくるという話だった。

 その魔物はキングバッファローの群れで、隣の領が魔物の住む森を焼き討ちした事が発端となり、火に追われた魔物が街道を北上しているという。

 街道には隣の領からの商人さんたちも大勢いて、既に被害が出始めているとか。


 南からの商人って――私の香辛料!?

 あぁ……投資が……先払いで買っていたのに……


 商人さん、死なないでね。

 これからも元気に私の香辛料を運んできて欲しいから。


 そう言えば――


「キングバッファローって、この町の石壁も平気で突破してくるって言っていたよね……」

「あぁ!!

 あれが群れで襲ってくるとなれば町は壊滅する。直ぐに家族に知らせないと!」


 ニールさんが一刻も早くといった感じで町の中へと駆けだしていく。

 もちろん魔物の来襲を聞いた他の人たちも同じだ。


「領主様へ至急連絡を!」

「商人たちには街道から逸れるように指示を出せ!」

「住民には東か西へ、町から離れるように警告して廻れ! 衛兵に誘導させろ!」

「魔法師団を緊急召集しろ!」

「怪我人に備えて神官戦士団も忘れるな!」」


 ベンデル兵士長を中心に緊迫した空気の中、指示がどんどんと伝えられていく。

 なんとなく、あのウリ坊が来るのかと思っていた私も、緊張してきた。


 町の防衛はベンデルさんたちがすると言っていた。

 でも、話を聞いた限りだと町が壊滅するような危機じゃない?

 町の外には他の魔物もいるのに、それでも退去させるってことは、とても守り切れないって思っているんだよね。


 少しずつとは言え、折角私に慣れてもらっているのに、この町が無くなっちゃうの?


 嫌だよ……また仲良くしてもらえるとは限らないし、ポールおじさんやニールさんもきっと困るよね。

 ベンデルさんだって危険なのに戦おうとしているし。


「私も戦うからね?」

「カエデ殿……町の防衛は私たちの仕事だ」


 ベンデルさんが、頭に手をやり迷いを払うように首を振る。


「この町を守るのは私たちの仕事だが……くだらない私のプライドか。

 無理のない範囲で町を守ってもらえるだろうか」

「うん。無理のない範囲で戦うから気にしないで」

「感謝する、カエデ殿」

「兵士長お堅いですよ。お嬢ちゃんがいれば心強いぜ」

「俺たちもカエデちゃんの前でかっこ悪いところは見せられないぞ!」

「おおっ!」


 なんとなく暗い雰囲気だった兵士さんたちの空気が明るくなってきた。

 震えている兵士さんもいたけれど、大人なのにとは思わない。


 私は聖剣――バールの様な物を抜き放つ。

 岩をも砕く一撃ならばウリ坊の10匹や20匹、どうと言うことはない!


 あ、フラグっぽいこと言ってしまった……


「ベンデルさん、少し先行するから漏れたのをお願いします」

「本当に無理するなよ!」

「はーい!」


 なんかお父さんみたいだ。生きていたらこんな感じだったのかな。


 私は逃げてくる商人さんたちを怖がらせないように、街道を迂回して南へと向かう。

 しばらくして街道の先に土煙が上がっているのが見えてきた。


 この辺で止められれば町には被害が出ないと思うけれど……なんか多くない?

 30匹くらいいるよね!? ちょっとフラグ回収早くない!?


 それに、大きいのかな……


「えっ、ちょっと。あんなの聞いてない!?」


 キングバッファローの集団の先頭に、ひときわ巨大で獰猛そうなのがいた。

 ウリ坊とか可愛く言っていたけれど、あれは違う。王のなかの王キング・オブ・キングスとか?


 今の私から見ても膝上まであるのだから、体長5メートルはあるよね!?


 それが土埃をあげながら猛然と迫ってくるし、正直びびる。

 いや、だってあれ、雰囲気は狂犬だよ?

 かよわい乙女が相手して良い相手じゃないと思う。

 どちらかと言えば王子様の登場待ちじゃない?


 足も竦むよ!!


「どうする?」


 でも、尚更後には引けないかも。


 あれが町に向かって行ったら、正直なところ兵士さんたちに止められるとは思えない。

 兵士さんたちからしたら、巨大な列車が飛び込んでくるようなものだよ。

 むしろ止められたら凄い。と言うか、私がこの世界に呼ばれる必要がないよね。


 よし。ここは運命の力に頼ろう!

 私が大きくなったのも、この世界のこの場所に来たのも、運命だ。

 運命なら負けるはずない――多分。


 神様も魔物を倒して欲しいと言って私を連れてきたのは、戦えると思ったからのはず。

 幸いにして親分以外は今までのウリ坊と同じ大きさなので、なんとかなるかな?


「覚悟を決めろ私!」


 私は聖剣を振りかぶる。

 どちらかと言えば、野球じゃなくてゴルフのように。

 相手は地面を走り込んでくるのだから多分これが正解だと思う。


 ちなみにゴルフをやったことはない……普通よね?

 別に小さなゴルフボールを叩くわけじゃないのだから、見よう見まねでなんとかなると思う。


「的は大きいし、馬鹿正直に真っ直ぐ来るんだから、後はタイミングだけ!」


 5……4……321!! って、加速するな!!


 タイミングもなにもない。

 今振らないと間に合わないと思って振り回した聖剣が、一際大きい親分の下顎を捕らえ、そのまま打ち抜く。


 すごい衝撃だった。

 あるはずのない白いボールが、青い空に一本の線を描くように飛んでいくのが見えたくらいだ。


 わたしプロゴルファーになる!!


 将来の目標を決めた私の前には、口から血を流し、怒りの形相で睨み付けてくる親分がいた。

 良く見れば左側の牙が折れてなくなっている。


「あれ?」


 あの白いのは幻じゃなかったのか!


 思わぬ反撃を受けて警戒しているのか、親分が後ろ足で地を蹴るようにして唸っている横を、ウリ坊たちが抜けてくる。

 親の敵討ちという感じではない。

 単にひたすら走り抜ける、そういう性質なのだろう。


 でも、無視はできない。だって30匹くらいいるんだよ。

 これを止めないと、絶対に町が大変なことになる!


 わたしは必死に聖剣を振るった。でも数が多すぎた。

 白いボールの代わりにウリ坊が青空を飛んでいくけれど、それでも半分ほどは逃している。


「ま、まって! ぐへっ!!」


 追い掛けようと振り返った瞬間、背中に凄い衝撃を受けて乙女らしからぬ声が出てしまう。

 しかも衝撃が止らない。


「い、いだだだっ!」


 転んでなお、容赦なく突進を受け続ける私は、地面を転がるようにして進んでいた。


 不味い!! 目が回る!

 でも、立とうとするそばから体当たりを受けて転がる~!


 時たま町の様子が垣間見えた。

 石壁が壊れ、そこから続くように町の奥の建物が壊れている。

 それでも中心付近は、ベンデルさんたち兵士と魔術師団で守り切ったように見えた。

 ウリ坊たちは町に留まらず、そのまま走り抜けていったようで、それだけは幸いだったかもしれない。

 とは言え、このままの勢いだと、町を守るどころか、むしろ私が町を破壊してしまうんですけれど!


「痛いってば!」


 七転び八起きどころじゃない。歪なボールのようにグルグルだよ!

 絶対にあちこち擦りむいて青あざになってる!


 おのれ、乙女の柔肌を傷付けた罪は重いぞ。


 抵抗して突かれるから中途半端な距離が空いてしまうのなら、むしろ派手に転がって、勢いで起き上がれば良い。


「ぐへっ!」


 に、2度も言わせたな!

 今のは絶対に町の人にも聞かれたよ!


 それでも恥ずかしい思いをしただけあり、なんとか立ち上がれた。

 思いっきりフラフラだけれどね。


 事態が好転していないことに焦りを覚えたタイミングで、体がほんのりと温かみを感じ、目眩がおさまっていく。

 心なしか体の痛みも大分引いてきたような。


「これが神のご加護である!」


 石壁の上で錫杖を手に両手を広げ、得意顔で豪語しているのはバーナード司祭だった。

 その両脇に並び立つのは恐らく神官戦士団なのだろう。ローブの上に鎖帷子を身に纏い、盾と戦鎚をもった人たちが並んでいた。


 目眩が回復したのがご加護と言われる効果かな。

 迷惑なおじいちゃんだけれど、今は素直に感謝した。


 とは言え―


「言葉にするほど素直になれないから、態度で示す!」


 なんとなく女子力が下がった気がするのは気のせい。


 右手には聖剣がまだしっかりと握られていた。

 あれだけ突っつき回されて、それでも手放さなかった自分を褒める。


 親分は50メートルほど先で、鼻息も荒く地面を掻いていた。

 どうやら全力で向かってくるらしい。


 私にとって幸いなのは、この魔物がひたすら猪突猛進を繰り返すだけで、フェイントすら使わないことだ。

 正直なところ私に戦いのセンスはないと思う。

 だから、真っ直ぐ来てくれるのは凄く助かる。


 私は親分と向き合い、クラウチングスタートの姿勢を取とった。

 この時に聞こえた「白!」という言葉の意味に気付くのはずっと後。

 そして全神官戦士が震え上がる事件が起きたのもずっと後。


「100メートル12秒前半。

 全国レベルのスピードを見せてあげる!」


 オン・ユア・マーク、セット――


 刹那。親分の目が赤く光った!


「ゴォ!!」


 ほぼ同時にスタートを切った私と親分。

 その距離はあっという間に詰まっていく!


 さっきは怯ませるだけしかできなかったけれど、今度は質量掛ける速度の2乗の半分。

 全部ぶつけてあげるから!!


「タックルのようなキッーーーク!!」


 直前で体当たりは止めました。


 だって、あんな牙が生えた猪みたいなのに、かよわい乙女が体当たりとか無理だから!


 かと言って聖剣はダッシュする時においてきたし、後はもう蹴るしかないと、直感が働いた。

 でも、後悔はしていない。

 足に折れた牙が刺さっているし……こんなの体で受けたら死んじゃうよ。


 親分の本体? なんか物凄い勢いで太陽に向かって飛んでいった。


 背後で歓声が上がる。

 その中には聞き慣れた兵士さんたちの声があり、少しだけ安心した。


 安心したらアドレナリンが下がってきたのか、代わりに全身の痛みが激しくなり、意識が遠くなって、そのまま視界が青空で埋まって――


 ◇


 神様。私頑張ったよね。

 大きな魔物とか小さい魔物とか、いっぱい倒したよ。


 約束、叶えてくれるよね……あ、黄金色の光り……やっと帰れる。


 みんな、もう一緒に過ごせないけれど元気で生きてね。

 最初に声を掛けてくれたベンデルさん、兵士たちや食事を作ってくれたみんな、ポールおじいちゃんにニールさん、好きにはなれなかったけれどバーナードさんにも助けられたし、魔法師団の団長様の名前は聞き忘れたなぁ。

 思い起こせば短い間だったけれど、沢山の人と出会えたのは良かったよ。


 しんみりとしていた私の耳に、バリバリッといった音やガラスの割れるような音が届いた。

 あぁもぉ、涙無しには語れない瞬間だったのに台無しだよ!


「ぐへっ!!」


 一際大きな音と共に、体に衝撃が伝わった。


「いたたた……」


 一体何事!?


 埃の晴れた視界の先には、懐かしくも見慣れた風景が現れていた。

 私の育った小さな田舎町だ。

 田園広がる長閑な町は、今時の女の子としては退屈だけれど、嫌いにはなれなかった。

 田舎らしく緑の強い空気は少しだけあの世界に似ていたけれど、やっぱりここが落ち着く。


「あれ……なんか見晴らしが良すぎない?」


 見晴らしは良いのは当たり前だ。


「ああああ!!!」


 元の世界の元の時間――


「元の姿が抜けているよ神様!! 欠品が発生していますよ!!」


 自室に戻った私は、その巨体の余り家を破壊していた。

 幸いにして別宅なので家族に影響はないけれど、念願のマイホームがぁ!!


 そこかよ! とか言わない!

 乙女にとってプライベート空間はなによりも大切なんだから!


「アフターサービスが酷すぎです、神様!」


 絶望しかけたところで周りが再び黄金の光に包まれ――巨大なマイホームが現れた。

 大きくなった私でも余裕で住めるほどの大きなマイホームだ。

 うん、田舎で庭が無駄に広くて良かったね。


「って、違うよ!!」


 斜め上だよ神様!


 教訓。

 神様にお願いする時は、具体的かつ詳細にお願いすること。





カエデちゃん、家に帰れて良かった良かった。

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