母のマフラー (ショートショート44)
風が冷たくなるにつれ、外出時には厚手の上着が欲しくなってきた。
そんな日曜日。
タンスの中身を整理しようと、高校生の娘の手を借りて冬物へと移し替える。
「ねえ、見て。これ、おばあちゃんのよね」
あさぎ色のマフラーを手に、娘が言う。
「そうよ。うちに泊まったとき、おばあちゃん、うっかり忘れて帰ったの」
それは母の形見だった。
母は田舎で、父を十年ほど前に亡くして以来、ずっと独り暮らしをしていた。そしてときどき、遠く離れた我が家にも遊びに来ていた。
それが今年の春。
突然、この世を去った。路上で倒れ、病院に運ばれたもののそれきりとなった。
――あんなに元気だったのに……。
母の顔が思い出される。
不幸は重なるものだ。
母が死んで間もなく――四十九日を待って、母の遺品の整理をと……そう考えていた矢先。今度は実家が火事で焼失した。
ほぼ全焼だった。
残った土地は田舎にいる兄にゆずった。だから私に残されたのは、このマフラー一枚だけである。
私はマフラーを手に取った。
母をなつかしみ頬に押し当てると、ぬくもりがじんわり伝わってくる。
「おばあちゃんが残したの、これだけになったわ」
「ううん。おばあちゃんね、あたしにも残してくれたのよ」
娘がほほえんで言う。
「あら、なにをもらったの?」
「とっても大事なもの」
「なあに?」
「お母さんよ」
「あら、大事なものって私のこと? おばあちゃんにしては、できが悪いわね」
「ちょっとだけ」
娘が私を見てにっこりする。
「ありがとね」
涙がどっとあふれてきた。
娘がマフラーを首に巻いてくれる。
母のなつかしい匂いがした。