眠り姫はどこだい?
いばらの森の奥には、眠り姫様がいる。
眠り姫様にキスをすると、姫は目覚め、その者は姫と城を手に入れる。
そんな森、存在するはずもない。他愛もない、オトギバナシだと思っていた。実際に見るまでは。
いばらの森を、旅の男はひたすらに持っていたナイフで薙ぎ払うようにしながら進んでいた。男には分かっていたのだ。この先に、彼の求める者がいる、幸せがあるということを。
「待っててくれ・・・」
彼は荒々しい野性的な力でナイフをふるっていた。
彼はもう若くない。旅の無精ひげはむさ苦しく、旅装は土煙に汚れきっている。
だが、そんな彼が物語のヒーローとなるであろうことは、いばらの森を一目見たときに気付いたことだった。彼は、このいばらの森と隠された城を理解した時にはもう、年甲斐もなくはらはらと落涙していたのである。
「眠り姫は、どこだい?さあ、さあ!」
彼の興奮に見開かれた目を見る者はいなかった。なにしろ、彼の前にあったのは、ひたすらにいばら、いばら、いばら。
ついには城にたどり着き、その門を力任せに押し開いた。ぎしぎしと悠久とも思える時を隔てた扉が重々しく開いた。
その中を男は、駆けた。城の中にまで土があるわけではないため、いばらの量はそれほどでもなかった。ただ、ひたすらに薄暗い城で男はできるだけ物や人にぶつからないように進むのに苦労した。
男は、本能的に、上へ上へと進んでいった。
そして、とうとうたどり着いた。螺旋階段を蟻のように這いつくばりながら登った先に。
眠り姫様は、その金髪の髪を太陽に照らして、指の先にはオトギバナシ通りの糸車があった。
男は歓喜に胸を震わせた。
恭しく、彼の両手で、優しくお姫様の頭を持ち上げる。
「その可愛い顔を見せておくれ」
甘い声で囁いた男の正面に飛び込んできたのは、男と全く同じ顔をしたお姫様だった。
思わず、頭を落としそうになった。
「むにゃむにゃ・・・キスをしてくださらないの?」
その声は、全く男と同じ声だった。しかも、タヌキ寝入りをしていたらしい!
ひたすらに恐ろしくなった。これまでのときめいていた気持ちも忘れ、お姫様を投げだした。
「待てぇ・・・キスをしろぉ・・・」
後ろから、まるでゾンビのように、自分の顔をした金髪のお姫様が折ってくる。
男はもう何も考えられず、
「助けてくれぇ」
螺旋階段を涙と涎交じりに、降りて行った。その途中で足をもつれさせてしまい、転がって行った。これまでの、物語のヒーローにでもなったかのような甘い夢見るような気持ちはとうに消え失せていた。そして、ダンゴ虫のように転がる中で、男の意識は掠れていった。
気が付くと、男は森の前の切り株に腰かけて眠っていた。
あれは夢だったのだろうかと男は疑ったが、目の前の森にはいばらがあるのが分かるし、城らしきものが隠されているのが、良く見ればわかった。
「そうか、俺は俺の求めているものだけ、見たがっていたのだな」
男は、いばらの森の秘密を明かそうとは思わなかった。そのままあさっての方向へと、ぷらぷら歩いて行った。