ガムテープとぬいぐるみ
ガムテープは地味な存在だ。色合いも地味だ。物を補強したり、くっつけたり、大体そんなことに使う。ガムテープを主役にした使用法というのがこの世にいくつあるだろうか。ほとんどないだろう。
それに比べて、ぬいぐるみはもう少しばかりは目立つ存在と言えるだろう。持ち主はそれにひとしきりの愛情を抱いているというケースも少なくない。見た目も可愛い。愛されるためだけに存在しているようなものだ。
だから、ガムテープとぬいぐるみの相性は非常に良くなかった。彼らは、当然物であるから、動くことはできない。万が一にでもできたとしたら、持ち主が驚いて不気味がるか、人々の見世物にでもしようとしただろう。しかしながら、彼らは会話ができた。それは言わば、人間には決して聞き取ることのできない声なのであった。人間の作ったいかなる機械によっても観測出来ない声で彼らは会話していた。
「今日も何もしてない」
低くこもった、卑屈な中年男性のような声が、ガムテープ。
「私は、髪を解かされ、あの人と同じベッドで眠ったわ。今日あったいろいろな話をしてくれたの」
夢見る甘い少女のような声が、ぬいぐるみ。
「素敵だなあ」
テレビのリモコンが言う。彼は、ガムテープと同じく、ただ使われるだけの存在であり、愛されるためだけのぬいぐるみがうらやましくて仕方ない。
「リモコンはいいさ、毎日必要とされて。俺なんて悲しいじゃないか。こんなに便利なのに、今じゃすっかり埃にまみれているだろ」
「そんな悲しい話をされても、ねえ」
リモコンとぬいぐるみは眉を顰める。生きている環境が違うので、ガムテープの気持ちは基本的に分かりっこないのだ。
「俺はさみしいんだ」
やけっぱちのように言うガムテープを、ひたと見据えたぬいぐるみは、急に思いついたように、呟いた。
「私への愛はいつまで続くか分からないわ。私は愛情だけが頼りだもの」
「どうせお前は、いつまでも愛されるよ」
「愛情なんて、当てにならないわ。ほんのちょっとのきっかけで」
そして、それは本当にその通りだった。
あっという間にその時は来た。
ぬいぐるみはぼろくなってしまったのだ。持ち主の飼い犬に何度も噛まれてしまって、全身の布は裂け、綿は飛び出た、おまけに涎塗れ。
持ち主の母は、「捨てなさい」と持ち主の女の子に言った。
「嫌だ」と抵抗していた女の子だったが、「代わりに新しい、もっと可愛いのを買ってあげるから」の一言で、ころりと駄々をこねるのを止めた。
持ち主の女の子と同じくらいのサイズのぬいぐるみだった。結構大きいぬいぐるみを、ゴミ袋の節約のために、女の子のお母さんはガムテープでぬいぐるみを縛ろうとしていた。
「さようなら、皆さん」
ガムテープの、悲しいミイラになりながらぬいぐるみは言った。
「俺も、こうしたいわけじゃないよ、でも俺は動けないで勝手に使われてるだけだから、本当に悪いんだけど」
いつものようなふてくされたような声で、ガムテープは言った。しかし、その声はどこか寂しげだった。
「あら、あなたもいつか炎になるわ。でも、あなたはまだまだ必要とされ続けるのよ。あなたは愛情なんてはかないもののためにいるわけじゃないもの。あなたは立派よ」
ぬいぐるみは、聖女の笑みとでもいうべきものを含んだ声で言った。
その時、ガムテープの粘度が変化した。
「いやあねえ、このガムテープなんか気持ち悪い。指にすごくくっつく」
持ち主のお母さんが言った。
「やっぱり、長年、買い替えていなかったのが良くなかったのかしら。よく見たら、埃まみれで不潔。」
ぬいぐるみを縛って入れたゴミ袋の中に、ガムテープも投げ入れられた。
そして、それからは彼らは例のお決まりのルートを辿っていった。
だが、彼らは幸福であった。それからの彼ら自身は、その燃えるような愛情を、はかなくないものとして語り合えたのだから。