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超掌編短編集  作者: 秋月
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海色のハンカチーフ

 海色のハンカチーフを愛していた。その海色というのは、本当に透き通るような、色。イルカ型のビーズの見る白昼夢のような色。布きれなのに、まるで生きているかのような、さざめくような美しいもので、私は恐ろしくそれの虜になった。

 なぜ、そのハンカチーフを私が持っていたのかはわからない。気が付けば衣装を入れるクローゼットの、小さな引き出しの中にしまわれていた。家族の誰に聞いても、いつ買ったものなのかは分からなかった。私も買った覚えはない。そして人から盗んだ覚えもないので、きっと誰かが買って、そのまま買ったことを忘れてしまっていたのだろう。そんなことはまあどうでもよくて、私はその美しい海色のハンカチーフの虜。

 風に揺らすと、はたはたとハンカチーフがはためく。海が風に乗っている。私の心は怪しくときめく。なぜだが分からないけど、私はとてもこのハンカチーフに惹かれつくしている。

 ハンカチーフにも、私のそんな気持ちが伝わったのかもしれない。私は、生まれてからこれまで、海を実際に見たことがなかった。だから、海への憧れをたくしていたのかもしれない。

 私は、布団の上に寝転がり、ハンカチーフをそっと、自らの瞼の上に置いた。目の前の視界を覆い隠すように。

 すると、世界が閉じて、世界が開けた。


 「いらっしゃい」

 「よく来なさった」

 と竜宮城の姫たちは私に笑いかけながら踊った。竜宮城の姫というのは決して一人ではないのだということを私は初めて知った。私たちの知っているあれはただの人間が人間の常識に物事を当てはめたオトギバナシ。

 「私たちは、現実よ。あなたたちにはオトギバナシかもしれないけど。オトギバナシにとってのオトギバナシは、あなたたちなのよ」

 そう言って、さみしく思う乙姫様たちを私は心からいつくしみたいと思い、心の底から優しい言葉を辺りに振りまいた。その言葉が口から洩れ出ところから、珊瑚が光り輝き、わかめが楽しげに舞い、鯛は鱗を光らせた。

 そんな楽しい日々がもう三年も過ぎた。

 「〈例のオトギバナシ〉から考えるに、一日は、あちらでいう、一年なんでしょう。ならこちらの三年は、向こうの世界ではいったいどれほどの月日が経っていることかしら」

 私はそのとき、偶然そばにいた、乙姫R―38号に語りかけた。

 「大丈夫ですよ、ループ式に設定していますから。」

 素敵な返答。

 「ありがとう」

 「このハンカチをお使いなさい」

 そう言って渡された白いハンカチ。この中に、あの向こうのオトギバナシがあるのね。

 ・・・と思っていたのだけど。

 その日、夕飯に食べた鯛のお刺身にかけるための醤油のビンをこぼしてしまった私は、あわてて例の白いハンカチでテーブルをふいちゃった。

 そのせいで、もう私はあちらのオトギバナシに帰りたいという気持ちはすっかりなくなって、今ではこの最高の現実に生きているってわけ。


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