第3話
第3話でございます。前話で翠人と詩織の間にあった事について触れたのですが、その内容をヒロインの回想として出してみました。まだまだ色々と拙い部分がありますが、生暖かい目で見てください。
もはや見慣れた青空は、夕暮れ色に染まっていた。周りを見てみれば、大小の雲があちこちに漂っている。何も知らない人々が見れば、純粋に綺麗だと思うだろう光景。
だが、A146小隊にとってーーー特に詩織にとっては、この光景は何とも言えない感情と記憶を呼び起こすものだった。
(あの時も、こんな空だったなぁ・・・。)
彼女の脳裏に甦るのは、1年と少し前の事。A146小隊が全員揃って出撃出来た、最後の任務の時の事だ。
あの時、天照に襲来した黒呪生物を迎撃するために翠人達は出撃した。だが、予想を超えた敵の数に押されていき、苦戦を強いられーーーその最中、隙を突かれて敵の司令塔と思しき黒呪生物にやられかけた詩織を翠人がかばって重傷を負った。その黒呪生物は翠人が死力を尽くして討伐したが、彼自身も無事とはいかず、2週間以上も眠り込むほどだった。
だが、詩織にとっての問題はその後だった。意識を取り戻した翠人は、体内に黒呪生物の毒素に対する免疫が極端に落ちた危険な状態だと知らされたにも関わらず、すぐさま小隊に復帰しようとしたのだ。詩織が彼の行動の真意を知ったのも、それを彼女が落ち着かせて二人きりで話をした時だった。
『もう、嫌なんだよ・・・!目の前で誰かがいなくなるのを見るのは・・・!』
振り絞ったような、切羽詰まったような声でそう言う翠人の顔は今でも鮮明に覚えている。それを聞いた時、詩織が感じたのは、複雑な感情だった。一人で何もかもを抱え込もうとしていた翠人への怒りや彼の思いに気付いてあげられなかった事への申し訳なさ・・・そしてずっと面に出せずにいた、彼への思い。
気付けば、翠人を抱き締めていた。そして、こう告げる。
『翠人が私を守ってくれるなら、私も翠人を守る。翠人は、一人じゃない。一人になんてさせないから。』
それを聞いた翠人は、泣いていた。
「・・・織、詩織?どうかした?」
隣を飛んでいる舞と時雨が詩織の顔を覗き込んでいた。飛行しながら、随分と回想に耽っていたらしく、夕日が沈みかけていた。後ろからはレオとアイナもついてきている。
「ううん、何でもない。ちょっと考え事していただけ。」
「そっか。ならいいんだ。」
そう言うと、二人はまた顔を前に向ける。なにも言わずにいてくれるのが、詩織にはありがたかった。
「・・・前方12キロに黒蟲種6体を確認。様子見をしている模様。」
時雨の固い声に、気を引き締め直す。時雨が示す方向に、黒呪生物の姿が見えた。
『A146小隊、光原詩織です。黒蟲種を確認。数6。状況判断を。』
「・・・みたいですね。どうしましょう?」
「まぁ、斥候隊だろうな。とはいえ放っておくわけにもいかんし・・・。困ったな。」
統括司令室では、詩織の通信を受けて奈津原と、翠人との鍛練試合を終わらせて戻ってきた雲河が対応を検討していた。今までの事例からして、ちょうど詩織たちが見つけた一団は間違いなく斥候隊。故に、簡単に手出しが出来ない状態にある。
『はいはい、ちょーっと失礼しますよっと。詩織、回りの状況確認できるか?場合によっては充分対処可能かもしれない。』
唐突に、聞き慣れた少年の声で通信が入ってくる。1年前からオペレータに回っているため、こういった事はもはや日常茶飯事だった。
「・・ま、あいつに任せましょうか。正直、対黒呪生物の戦闘戦略を一番理解してるのはあいつくらいですし。」
「まぁ、そうですね。任せましょうか。にしても、随分と弱気な発言ですね。仮にも第一線で活躍していた魔法士でしょうに。」
雲河の発言にそう優衣が返すと、彼は肩をすくめて「無茶言わんでくださいよ」と言った。
一方、通信を送った主ーーー翠人もグラウンドから戻り、発着場に設けられたアシスタントルームで戦況モニタを凝視していた。
「お前の特技で周囲20キロ内を確認するんだ。その範囲なら近くの雲塊に隠れてる可能性のある奴らも炙り出せるだろ?」
『分かった。けど、あまり期待はしないでよ。20キロ内なんていったら、魔力消費だってそれなりにあるしだいぶ大雑把になるから。』
そんな彼女の言葉に苦笑しながら、翠人は「分かってるよ。それで十分だ」と返した。
「・・・と、いうことだから、少し集中させてね。出来れば周りの警戒お願いできる?」
詩織がそう言うと、小隊仲間達は何も言わずに従ってくれた。それに感謝しつつ、目を閉じて魔力を高める事に集中する。
まずは魔力を粒子に変えるイメージを浮かべ、魔力を圧縮し、練り上げる。さらに、その練り上げた魔力をイメージ通りに粒子へと変質させていく。魔力保容量が多く、肉体を通しての魔力圧縮を得意とする彼女にしか出来ない芸当。そうして変質した魔力粒子は、魔導攻装のスラスターから空気中へと散っていく。こうする事で、彼女は周囲の状況を完璧に把握出来るのだ。
「・・・おっけ、確認できたよ。天照の北東15キロの雲塊に大型の反応があった。ちょうど黒蟲種が見える位地。」
『・・・よし、分かった。その雲塊の近くに別の雲塊が見えるな?それに全員隠れろ。』
普通に考えれば、何を言っているのか疑問に思うだろう指示。だが、146小隊の面々は何も言わずに指示通りに動く。彼らが翠人に信頼を寄せているからこそ出来る行動だった。
「オッケーだよ。次はどうしたらいい?」
『舞にスポッターをやってもらって、黒蟲種を狙撃する。ただし、弾は当てるなよ。』
「・・・へ?」
と。次の翠人の言葉には、流石の詩織も呆けた声を上げた。狙撃しろと言っておきながら当てるなと言っているのだから、まぁ無理もない。
『いや、今当てたら確実にその大型が襲撃して来るだろ。あくまでも牽制として撃てって事だ。少なくとも姿を隠してれば狙撃地点はほぼ特定不可能だし、牽制弾だけでも奴らに警戒心を抱かせる事は出来るから奴らがこっちに気付いてないと思って素通りされるのも防げる。』
「・・・あぁ、そういう事。紛らわしい言い方しないでよ、もう。」
『悪い悪い。明日、詫びに何か奢るから勘弁してくれ。』
(調子いい事言って・・・戻ったらたっぷり説教してあげよう、うん。翠人が紛らわしい言い方するのが悪いんだから。私は悪くない。)
そんな事を思いつつ、手にした機砲魔杖を腰だめに構える。舞が教えてくれる座標に向けて魔杖の砲口を向け、息を整えて集中しーーー引き金を引く。放たれた魔弾は光の尾を引きながら黒蟲種へと向かい、その鼻先を掠めていった。
「・・・おっけ、ばっちり。黒蟲種の撤退も確認出来たよ。」
舞の報告を聞きつつ、深い息を吐く。後ろでは、ずっと、手持ちぶさただったレオたちが揃って拍手を送ってくれていた。
「じゃあ、そろそろ時間だし戻ろっか。翠人にも色々言いたいし。」
「「「「了解」」」」と、小隊仲間たちがそう唱和するのを聞きながら、詩織は先程大型の反応があった雲塊の方を見る。彼女の中に、得体の知れない不安感が落ち込んでいた。
読んでくださった方、ありがとうございます。まだまだ改善の余地があるこの小説ですが、かなり投稿ペースに間が発生すると思います。私なりに頑張るつもりなので、よろしくお願い申し上げます。