僕は毎日カレーを欠かしません
僕は毎日、カレーを欠かしません。
そんなに高いカレーは、食べません。町での通りすがりや、駅の構内のお店が主流です。
ゴーゴーカレー。
C&Cカレー。
富士そばのカレー。
町の蕎麦屋で、ラーメン屋で、僕はカレーを頼みます。
どうしてか、カレーを食べたいのです。
松屋のオリジナルカレー、スパイシーカレー。
すき家のトッピングカレー。
喫茶店のカレー。
タイのカレー。
インドネシアのカレー。
もう何年になるでしょう、こんなにカレーを食べるようになって。
今日もカレーを食べています。
ライスに染み込んでしまうサラサラのカレーは、好みではありません。
福神漬けは、食べません。らっきょうも要りません。
あまり辛いカレーも、苦手です。
そんなにトッピングは要りません。ライスにカレー、それだけで充分です。
どこのカレーも、僕の好みを100%満たすことができるカレーは、ありません。そりゃそうです。当然です。わざわざ僕に合わせてカレーを作るお店が、ある訳がありません。
でも、少しでも近いカレーを求めて、電車を乗り継いでカレーを食べに行く事もあります。
得てして微妙な顔で、帰りの電車に揺られます。
僕のカレー、僕の求めるカレーは、一体どんなカレーなのでしょうか?
実は僕にも表現できないのです。でも確かに「求めるカレー」は、あるのです。
カレーが、食べたいなあ。
カレーと言えば、代表的な子供の好物。でも、還暦近いこんな年齢になっても、僕はカレーが食べたいのです。こんなに習慣的にカレーを求めるようになって、そう、かれこれ8年位になりましょうか。
8年間、僕は理想の一口を求めています。大宮に住んでいますが過日大阪に行き、カレーを食べました。美味しかった。いえ、これに限らずどれも皆、それぞれに美味しいカレーです。
でも、僕が8年間探しているカレーではないのです。
そうか、8年前か。
8年前、僕には妻がおりました。美人ではありません。傍目に、これと言った取り柄も無かったように、思います。
でも25歳の時に結婚してから、ずっと一緒でした。
一度だけ、まだ若い頃に浮気をして、それが妻にばれてしまいました。
専業主婦の妻とまだ小さい娘を家に残して、僕が大怪我をして長期入院しました。
原因不明の高熱を出した娘を抱いて、幾つもの病院を夫婦で渡り歩きました。
僕が身内の保証人になってしまい、僕らにとっては高額な借金を背負いました。
みんな、二人で乗り越えて来ました。
娘が良縁に恵まれて嫁に行き、年齢を重ねた私たちは、再び二人になりました。
少し、病弱な妻でした。家事は得意でしたが、元々料理だけは苦手でした。身体が弱いので、無理に作らなくてもいいよ、と言い続けました。
二人になって、どうしようか。
温泉に行きたいね。
飛行機に乗ると体調が悪くなるから、電車で行ける所にしようね。カシオペア号とか、乗ってみたくない?なんか、いいよね。来年は、乗りたいね。
妻が唯一得意だったカレーライスを頬張りながら、そんな会話をしました。
8年前、妻が僕を残して二度と帰らない事になった日、全ての事を終えてウチに帰った僕は、何となく冷蔵庫を開けました。
ラップをした片手鍋に、あの日食べきれなかったカレーがありました。
僕は冷蔵庫の前に膝を着いて、暗くなっても、また明るくなっても、動きませんでした。涙が出なくなっても、何も、変わりませんでした。苦労ばかりかけた、身体の弱かった、素敵に美味いカレーしか作れなかった妻は、やはりもういませんでした。
あれから8年、僕は毎日カレーを探しています。
そうなんだ、僕は、妻のカレーを探しているんです。
妻の、カレーが食べたい。
妻の、カレーが、食べたい。
あのカレーが、食べたいんです。
温泉には、行きません。
カシオペア号にも、乗りません。
二人じゃあないと、嫌なんです。
僕は、僕がいなくなるまで探し続けます。
僕の食べたいカレーを。
僕と一緒に生きた彼女を。