蔦、絡みゆくアイビー
主人公ちゃんお名前初公開です
笑顔を知らなかった思春期の頃。
冗談を許せず、いつもイライラしていて、周りとも家族ともうまくいかなかったあの頃。
当時働いていたバイト先に、いつも笑顔の同い年の先輩がいた。
いつも態度の悪い私にも話しかけてくれる。
内には負の感情をため込んでいたのだろう。私には気付けなかった。とてもそうは見えなかったように思う。
柔らかい、優しい笑顔だった。
こんな私に頻繁に声をかけてくるものだから、次第に目が彼女を追うようになって、気付いた。
彼女は本当にいつでも笑顔だった。
嫌味を言われても、怒られても、くだらない話題でも、様々な笑顔で対応していた。
(そうか、笑顔というのはそういう風に使うのか。)
笑顔で接することを、その使い方を彼女から学んだ。
そうしたら、少しずつ周りからの反応が変わってきた。
まず、同い年くらいの子が話しかけてくれるようになり、先輩たちは仕事のワンポイントを伝授してくれるようになった。
ゆっくりと、ゆっくりと、居場所ができて居心地のいい世界が広がったのを覚えている。
彼女のおかげだった。
周りとうまく話せるようになったことが、何より落ち着ける空間を作ることができ嬉しい。
仕事はなかなか上達しなかったけど、以前とは怒り方が変わり素直に聞けて解決していくので楽しかった。
世界が輝いて見えていた。
ある日、彼女はバイトに来なかった。
ロッカーで揺れるセーラー服は、その日を境に二度とかけられることはなくなてしまった。
彼女が死んだのだ。
絞殺による窒息死だったといわれた。彼女は殺されたのだ。
私と彼女は学校が違って、お互いの学校での話はしたことがなかった。
彼女はいじめられていたらしい。らしいというのは、やはりあの笑顔を思い出すと彼女にいじめというワードは似合わなく思い、頭の中で繋がらない。はてなマークが浮かんだ。
彼女が初めて話しかけてきた日をよく覚えている。
『眉間のしわはいつか取れなくなって可愛くなくなるよ?』
そんなことを初対面で言われたっけな。青空に向かって咲く向日葵のような笑顔で。
あの日と同じ笑顔の写真が、遺影として飾られている。
バイトで一番仲が良かったこともあり、お葬式に出ることができた。
顔を見るために棺桶の前へ行くと、綺麗な顔の彼女が学校のセーラー服を着て目を閉じて横たわっている。何故か笑っているように見えた。
首には赤い絞め痕。もう少し下には制服の赤いスカーフ。
(綺麗だわ)
そう思った。
赤い絞め痕は、まるで首に赤いアクセサリーをつけているように見えた。
もう一度遺影を見る。…何故、気付けなかったのだろう。
世界が崩れる音がした気がして、初めて彼女の笑顔を恐ろしいと思った。
揺れる世界に気を取られ、気が付いていたら火葬までが終わっていて、次に見た彼女は骨だけになっていた。
恐ろしいと感じた笑顔を、今では癖になってしまっていてどうにもやめられない。
辛いことも苦しいことも、笑顔の下に隠すようになった。
そして一人になった時などは反動で表情が作れなくなってしまっていた。
万人が感動的だという映画を見ても、誰もが面白いと笑う話も、感情がぽっかり穴をあけていてするすると落ちていく。
穴はあまりに大きく心が死んでいるようだった。
(仕方がない)
(生きるだけなら心を必要としない)
(あっても踏みにじられるだけだ)
彼女がそうされたように。
「仕方ないんだ」
なのに、苛立ちややるせなさは消えてくれなかった。
「…………くそったれ」
ゆらゆら、世界が揺れる感覚に、自身が眠っていたことを知った。
「よる、よる、起きて!…夜涙!ああ、良かった!」
目が開いたことに気づいた彼は思わず彼女をぎゅうっと抱きしめていた。
「コーヒーのおかわりに立った後倒れてしまったんだよ。覚えてる?」
「…そうだったの。ごめんなさい、驚かせてしまったみたいね」
急に倒れてしまうなんて、こんなこと初めてである。
なんの前触れもなく睡魔がきたようだ。寝起きのけだるさはいつも感じなれているものだった。
「眠ってただけみたい、大丈夫よ。さあ、片付けるから離してちょうだい」
柔らかい色の髪が揺れて鼻先がくすぐったい。
周りを見るとベッドでもソファでもなく床。そんなに長い時間眠っていなかったのか、彼が慌てすぎてこのままだったのか…。
「あっ、ごめんね。もう大丈夫?」
さすがにあれだけ寝ていれば大丈夫だと思うが…。
「ええ、たぶ……ん…」
「…え、夜涙?………ねて、る?」
夜涙とかいて「よる」と読みます。きっとキラキラネームじゃないはず…