家路
「魔法使い様、本当にありがとうございました」
現在、俺はご主人様の背中に括り付けられており、頭には饅頭雀が乗っている。
「いえ、当然のことをしたまでです。では、これで失礼します」
俺のご主人様は背中にカカシという珍妙な格好でイシア魔法学園に向かっていた。
~なあご主人ちゃん、俺重くないか?~
短くなったとはいえ長時間背負って歩くには、ちびこいご主人様にはつらいだろう。
「い、いえ大丈…夫ですよ?」
「チュンチュン♪」
~なあご主人ちゃん、ご主人ちゃんかなり…避けられてないか?~
ご主人様は街道を歩いてイシア魔法学園に向かっているのだが、当然、街道を商人や冒険者も利用している。
先ほどから数組ご主人様とすれ違ったのだが、彼らはご主人様の姿を見つけると剣を構えたり、目を逸らして距離をとられたりと明らかにえんがちょされている。
「まあ…私もカカシを背負っている魔法使いがぜえぜえ言いながら一人街道を歩いていたら、距離をとるでしょうね…」
「チュンチュン」
ぺしぺしと饅頭雀が慰めるようにご主人様を羽で叩く。
というか、この雀ちゃん。何故に俺たちについて来ているのだろうか?俺は親友だと思っているが多分片思いだしなぁ。
~なあなあ、ご主人ちゃん。この饅頭ってなんでついてきてるんだろうな?~
「饅頭?…ああ、雷の霊鳥のこと?」
~そうそう、饅頭みたいにまん丸だから饅頭雀。で、雷の霊鳥ってのは?~
雷の霊鳥…霊鳥ねえ…大層な名前だな。
「霊鳥を饅頭呼ばわり…えっとね、霊鳥は神獣の使いって呼ばれているの」
またファンタジーな言葉が出て来た。神獣?白虎とか麒麟とかか?
「簡単に言うと神獣は人間より強く賢いモンスターのことで、例えば、火属性ならサラマンダーというように各属性にはその象徴となる神獣が存在しているのよ。まああまりも目撃証言が少ないから生態なんかは殆どわかっていないのだけれどもね。因みに雷の神獣はわかっていないわ」
~?神獣がわからないのに、その使いがこの饅頭雀だと何故わかる?~
「当然そう思うわよね。でも、雷の神獣は確かに存在して、その使いが白い雀だということはわかっているの。昔、勇者と呼ばれた人がそう言っていたらしいから。それでこの子はまだ大部分は茶色だけど、見て」
ご主人様は饅頭雀を優しく手に導き羽を広げると、くすぐったそうに饅頭雀がむずかっている。
「無数に白く輝く筋があるでしょう。これが雷の霊鳥の特徴らしいのよ」
確かに大部分は茶色だが、絹のように白い筋が走っているように見えなくもない。
ぴょんとご主人様の手から飛び降りた饅頭は砂遊びを始めて砂饅頭になっている。
「雷の霊鳥には名前はついてないわ。強いて言えば雷の霊鳥がその鳥の種族名ってところね」
この饅頭がねえ…ちょ、あっ!!砂だらけでこっちに飛んで来るなよ、…ああ~汚れちまった。饅頭雀はもはや定位置となった俺のマントに縫い付けられている外ポケットから頭だけをだして楽しそうにしていた。
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村を出発して半日、時々休憩をとりながら街道を歩いていると石造りの城壁?が見えてきた。
~ご主人ちゃんあれがイシア魔法学園?~
「違うわよ?あそこは…名前は忘れたけどただの町ね。イシア魔法学園へは、あと一日といったところかしらね」
簡素な門に兵士風の男が立っている。
守衛みたいなものかな?
「そこの怪しい!!…魔法使い…様?えっと…止まってください!?」
さっきの村の村長様もこんなちんちくりんな女の子に様付けで呼んでいたが、魔法使いっていうのは貴族みたいに上の階級なのだろうか?
ご主人様は立ち止まる。
「身分証を出すからその物騒なものをしまってくれない?」
守衛は反射的に構えてしまった剣を慌てておろした。
「すすすすす、すみませんでしたぁ!!」
「いえ、職務に熱心なのはいいことだわ。これが身分証ね」
懐からカードみたいなものを取り出すと守衛に渡した。
「イシア魔法学園の生徒様であらせられましたか。申し訳ありませんでした。どうぞお通りください」
ご主人様は街の入口近くの宿屋っぽい2階立ての建物に入り、カウンター越しに年のいった女性に話しかけた。
「御上さん、部屋は空いている?」
「!!??(カカシ?)…これはこれは魔法使い様空いておりますよ。一晩、朝ご飯付きで6000ベルに御座います」
「一部屋貸してください」
ご主人様は巾着を取り出すといくらか硬貨をカウンターに置いた。
「ひのふの…はい確かに6000ベル頂戴しました。こちらがカギになっております。部屋は2階の一番奥です。どうぞごゆっくり」
ご主人様はえっちらおっちら重そうに階段を上がり、一番奥の部屋へカギを開けて入る。部屋はシングルタイプのベッドとクローゼット、小さいテーブルの上にはランプ、一脚の椅子が置かれてあった。
ご主人様は俺を背中からおろすと大きく伸びをした。
「ふう、ちょっとお湯をもらってくるわね」
そう言いご主人様は部屋を出て行った。
…魔法使いっていうのは貴族的な扱いを受けているのだろうか?でもご主人ちゃんの立ち居振る舞いは一般人のそれとそう変わらないと思うのだが…
ご主人様が戻ってきたようだ。手には白く湯気を上げる桶が握られている。
~ご主人ちゃん、お湯なんかもらってきて何をするんだ?~
「?汗をかいたから体を拭くためよ?」
なんでそんな事を?と首をかしげながらローブを脱いでシャツとパンツ姿になってしまった。続いてそれらも脱ごうとしている。
~あのうご主人ちゃん俺一応男なんですけど?~
別に今更女性の裸の一つや二つでどうこうするような人生経験をしている訳ではないが、マナーとしてご主人様を気遣って進言した。
「あ、ごめんね。見苦しいものを見せてしまって」
半分ボタンを外し下着が見えている状態のご主人様が俺を抱きかかえ壁に向けて立てかけなおした。
しゅるしゅると衣擦れの音がした後
「んっ」
ちろちろと時折水音が鳴る中タオルで体を拭いているご主人様。安定してなかったのか俺の体がグリンと回転し、ちょうどご主人様を見渡せる絶好のポジションへ。下着姿のご主人様が目の前に現れるが、瞼がないので目を閉じることもできない。まあ別に、女性に興味がないわけではないのでじっくりと鑑賞する。
ご主人様はシルクの様に白く肌理の細かい肌、細い体つきで筋肉は…女性にしてはついている方か?運動をたまにするという感じ。胸は…A位、腰は少々くびれて、足はすらっとしている。
正に芸術品といったところか…グッドだ。
「あ!まあいいわ」
ご主人様は俺に一瞬気を取られたが、まあいいかといった感じで体を拭く作業に戻る。
女としてそれでいいのか?ご主人ちゃん。
まあ俺はカカシだからいまいち漢としてカウントされてないような気もするが。
体をふき終わり、再びローブ姿に戻ったご主人様は買い物に出かけるそうだ。
「あなたはどうする?」
~出来れば護衛として、この世界について常識をつけるためについて行きたいが、町中でモンスターに襲われる心配も無いだろうし、ご主人ちゃんは戦えるしで、ご主人ちゃんの風聞を守るために留守番しているよ~
町でリラックスするはずが、重い俺を引きずり好奇の目線に晒されるご主人様を思うとついていくとは
言えなかった。
「そう?感覚の共有はしておくから情報の収集はそれでできると思う」
ご主人様は一旦目を閉じ集中すると俺と感覚がリンクした。
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ご主人様はどうやら大通りを散策されているらしい。
~字が読めないから良く分からないけど、魔法関係の店を探しているのか?~
そういえば何で皆、日本語を話しているのだろうか?俺の知る範囲でだが字は明らかに前の世界のどの言語にも見たことがない形の字が使われているが…まあいい。ご主人様の目線は看板に杖や魔法陣が描かれているところを時折注視していることがわかる。
~あなたが自分の意志で歩いたりできるような機構を組み込もうと思っているのだけど…駄目ね。王都にでもいけば何か見つかるかも知れないけれど~
~うーん魔法関係では俺は役立たずだからなあ…魔法具がなければ自分で作るのも手じゃないかな?~
~そうね、じゃあ、あそこの魔法素材が売ってある店にいってみましょうか~
ご主人様は視界の左手側に見えている店に入っていった。
「いらっしゃい魔法使い様」
老婆はそれだけ言うとカウンターに引っこんでいった。
ご主人様は店内を見渡す。
なにかの干物や金属など、訳の分からないものが大量に並んでいる。
~すまんご主人ちゃん俺には力になれそうもない~
書いてあるラベルすら読めない俺は戦力外だった。
~別に構わないわ。何か気づいたことがあったら言って頂戴~
ご主人様が店内を見回る。
~そういえば俺、ご主人ちゃんが作ってくれたスペアの体を使っているわけだけど、鈍いけど体の感覚はあるんだよね。俺の意識が他の物質を乗っ取った…ってことかな?~
~それは…わからないけれど、そう考えるのが妥当…かしら?とにかく色々試してみましょうか~
ご主人様は何かの触手やら大きな蝙蝠の翼、金属のインゴットやら色々買い込んだ。荷物は全部アイテム袋に突っ込んだ。
しかし便利な袋だなあ。これがあれば前の世界だったら輸送やら流通関係の事業に革命が起きているぞ。
だが、ご主人様以外にこの魔法の袋を使っている人はいないようだ。相当レアなものなのか?
~そろそろ食事にするわ。何か食べたいものはある?~
どうやら俺が食べたいものをチョイスしてくれるらしい。本当に使い魔思いのいいご主人様だ。
~あっさり系がいいかな?~
ご主人様は大通りから一本道を外れ、屋台が立ち並ぶ通りに入っていく。
~なあご主人ちゃん、この感覚共有ってやつは、かなり深いところでご主人ちゃんの存在と結びついている感覚があるけど、互いの体を操ることってできるのか?~
~できるわよ。一応私があなたのマスターだから私が許可しないと出来ないし、すぐに体の制御を私の意志で取り返すことも出来るようになっているけどね。やってみる?~
~ああ、自分の手で飯を食べてみたい~
ご主人様はラーメンの様な麺料理を出している店に入った。
「へいらっしゃい、魔法使い様何にしますか?」
「ろ~ぱ~麺をあっさりで」
店主の親父に硬貨を幾ばくか渡す。
ローパー?前の世界でモンスターとしてRPGに出て来たあの触手のうねうねか?
「ここは麺をその場で作るのが売りでして」
うねうねしている茹でた触手、(さっき魔法素材の店にもあったやつでご主人様も買っていた)をところてんを作る時と同じように天突きで押し出す。
びゅるびぃゆるるにゅるり。
出て来た触手を軽くゆがき、鳥と野菜のブイヨンのスープに投入。
にゅるんぽちゃん…。
仕上げに刻んだネギとゴマでドレスアップされ、ろ~ぱ~麺が完成したようだ。
「へいお待ち!!熱いから気をつけてな」
~あなたに体の操作を明け渡すわ~
「ちょっ待っ!!」
少女の様な声が俺の口から漏れる。
手を動かすとちっちゃな手が木製のフォークを握っていた。
そしてほかほかと湯気を上げながらさあ俺を食べろと鎮座しているろ~ぱ~麺。
~食べ方はそのフォークでくるくる巻き取って食べればいいのよ?~
謎の麺料理の食べ方をご主人様が教えてくれた。
言われた通りにフォークに巻きつける。
本当にこれ食べられるのか?
ええい!!ままよ!!
口に放り込みもくもくと咀嚼する。
触感は…柔らかいのに弾力があり食べ応えがある。
スープも鳥と野菜のうまみがよく溶けだしており…
「お、おいしい…だと…」
半分食べたところで体のコントロールをご主人様に返した。くるくるとフォークをうまく回転させ手早くお腹に収め店を出た。
そうこうしている内に時刻は夕方、店もちらほらと閉まり始めている。
~あと干し肉やらポーションも補給しておきたいから冒険者ギルドが経営している道具屋に寄るわよ~
やはりあったか冒険者ギルド。
~ご主人ちゃんは学生なのに冒険者なのか?~
~まあ…そうね。ランクは上から特級、上級、中級、初級、見習いとあって、私は初級ね。戦闘能力だけなら中級の腕前があると客観的な評価を貰っているわ~
ご主人様はギルドに併設されている道具屋に入り、干し肉やらフラスコや試験管に入った液体、これがポーションだろうを買い込んだ。
~ご主人ちゃんは何で冒険者をしているんだ?~
~お金の為よ~
…その割にはあの村では正当な額の報酬を貰っていなかったみたいだが…
どうやらギルドにも寄るみたいだ。
カウンターの美人受付嬢にギルドカード?を提出した。
「レーナ=ヘルグレーンさんですね…どうやら依頼を直接受けたようですね…時と場合によりますが、依頼の直接受注はトラブルのもとになりますから気を付けて下さい。報酬は受け取っているご様子。ギルドポイントは通常通り加算されます。それにしてもダイアウルフですか…特別指定モンスターなので追加で報酬がでます。お納めください」
どうやらあの大狼はダイアウルフというモンスターだったらしい。特別に報酬が出るということは高ランクのモンスターだったのだろう。にしてもギルドカードとやらは便利なものだな。依頼状況やらなんやらの情報がすべて記憶されているようだ。
「牙や毛皮、魔石などは剥ぎ取っていませんか?任意ではありますが、もし素材をお売りいただけるなら隣の買取りカウンターにお願いします」
「素材は損傷が激しくて、燃やしてしまったのでありません」
受付嬢は何かに驚いたご様子。
「?えっと…ダイアウルフですよね?あのモンスターをそこまで痛めつけたのですか?本当に?」
「はい」
「…そうでしたか。ギルドカードの更新が終わりましたのでお返しします。高ランクのモンスターに挑む際はお気を付けください」
「はい、ご忠告ありがとうございます。失礼します」
ご主人様はカウンターから離れて紙が貼ってある掲示板に向かう。
~ここに依頼が貼っているのよ~
俺には読めないが、簡単に草やモンスターの絵が描かれており、依頼内容が俺にも大体分かる。緑色の手のマークは採取、赤い髑髏マークは討伐、オレンジの盾は護衛…か?紫の羽根マークは…わからん、その他任務か?
「レーナー!!」
突然後ろからどどどどと走り寄ってくる音が聞こえる。
~ご主人様後ろだ!!!~
声をかけた時には既に遅く何者かにご主人様は抱えあげられてしまった。
ふにょん、不意に背中に感じる柔らかな感覚。
「もう、ソフィいつもいつも…やめてって言ってるでしょう?」
迷惑そうだが、言葉の端々に親しみが籠っている。
「ごめんごめん。かわいーレーナちゃんを見たらいても立ってもいられなくなるのよぉ許してね♪」
すとんと地面におろされたご主人様は振り返ると、視界にダイナマイトバディーが映し出された。
大きく胸元に切り込みが入った白いシャツに、パンツといった出で立ちで腰には剣を佩いている。
170cmはあろうかという身長ですらっとしているが、かなり体が鍛えられている。
~彼女は冒険者仲間で騎士学園高等部所属のソフィ=ルンヴィクよ~
騎士学園?また知らない単語だな。
~騎士学園はイシア魔法学園に併設されている学園で横の繋がりがあるのよ~
「どうしたの?そんなに難しい顔しちゃて…何か悩みごと?悩み事ならお姉さんが解決しちゃうわよ?」
「ちょっと使い魔とね。後で紹介するわ」
「使い魔?レーナちゃん使役する使い魔を見つけたのね…お姉さんは感無量です」
うりうりとソフィの胸に顔を押し付けられる。正直言おう役得です。
「ちょっと!もう」
視界の端には見目麗しい女性の交わりを見ている鼻の下を伸ばしたおっさん共の姿が。
女性から見るとこんなに情けない顔を晒していたんだな男は。
「さて、じゃあその使い魔ちゃんを見せてもらおうかしら?鴉?猫?精霊?もしかして虫?…えっと…どこにいるの?」
「宿に置いているの一緒に来る?」
「置いて?まあ、今日はレーナちゃんと一緒に寝るからどちらにしろ一緒に行くわ」