現状把握と決意
「カカシに宿った精霊の様な思念体だと思っていたわ」
どうやらレーナは俺の扱いに困っているようだ。
~似たようなものだろう。ご主人ちゃん、とりあえず俺の体を作ってくれないか?~
今の俺は布切れなので、非常に心許ない。
「そうね…あっ、あなたの下半身がまだ焼き場に残ってるみたいね」
狼にちぎりとられた半身が、ゴミの山に立て掛けられるように捨られてあった。
レーナは俺の半身を炎から救ってくれる。
「ええと、後、最低限必要なのは頭ね。頭は私の古着を使って作りましょう。ここでは作業しにくいからひとまず村に」
レーナは俺をローブの内側のポケットに収納すると、俺の下半身を肩に抱え村に引き返した…ようだ。
「ぴぴ!」
饅頭雀ちゃんはもぞもぞと、俺が収納されているレーナの胸ポケットに潜り込み。
「zz」
疲れたのか俺を布団がわりにして眠ってしまった。
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「魔法使い様、本当にそれだけでいいのですか?」
場所は村長宅、ご主人様と村長が報酬について話し合っていた。
テーブルの上には今回の魔物討伐の報酬。
5万ベル、布切れ(俺)、布、カカシの下半身、裁縫道具が置かれていた。
「はい。キャロルさんに軽傷とはいえ、怪我を負わせてしまいましたし、後から来る討伐隊の方にも違約金を払わないといけないでしょう?」
どうやら俺のご主人様は「いい人」みたいだ。
「はいその通りで。この村は豊かではありますが、それほど蓄えがないので助かります。代わりと言っては何ですが、好きなだけこちらに滞在していってください。食事と寝るところは用意させていただきます」
「助かります。明日まで滞在させて下さい。場所は…集会所を貸していただけますか?」
「どうぞどうぞ使ってやってください。寝具やらを運びいれますので、その間食事でも食べて待っていてください」
いかにも人のいいおばあちゃんといった顔立ちの女性がサンドイッチを持って居間に入ってきた。
謎の肉とレタスのような野菜を挟んだ分厚いサンドイッチ。
実に旨そうだ。
しかし俺は、消化器官がないので食べることができない。
~美味しそうなのに食べられない~
思った以上に悲しそうな声をだしてしまった。
「確かに美味しいけど、これ食べたいの?」
~お腹は減ってないけどなー。今はカカシの身、我慢するよ~
レーナは顎に手をあて考え込む。
「感覚共有してみる?」
はて?なんだそれは?
その瞬間、彼女と五感がリンクした。
口に広がる小麦の風味とレタスのしゃきしゃき感、謎の肉のたんぱくな味。
視界には俺が映っている。
視覚も共有されているようだ。
「これが感覚共有」
~うん…美味しい…けど何か違う。こう、何て言うかな…流動食を口に流し込まれてる感じがする。単なるカカシには贅沢な悩みだとは思うが~
一生味覚が刺激されないよりはマシだな。
そうこうしている内にレーナが食事を終える。
「さてと、じゃあ君の頭を作り始めようか?縫い合わせるけど…痛かったら言ってね」
~OK~
「オーケー?了承したということ?まあ、始めるわよ」
白い布に俺が宿る布きれを本返し縫いで縫い合わせていく。
痛みは…多少感じるが…何だろう、痛気持ちいい。
2分程で俺を新しい布に縫い付けてしまった。
ご主人様は裁縫が得意らしいな。
レーナが道具袋から破けてしまった黒ローブを取り出したち鋏で切り刻み、できた布きれをひとまとめにして俺にぶち込み、俺の下半身に紐で何重にも結びつけた。
「完成。どう?変なところはない?」
~3頭身になった以外に特に異常は…ん?反対の目が見えない~
「???目、書かないといけないのかな?」
レーナはインク壺を取り出し、俺の顔に目を書いた。
おっ!!見えるようになった。
~見えるようになったぞご主人ちゃん。ありがとう~
「どういたしまして。本当に君って不思議な存在ね」
…何か下半身がスースーする。
あ、俺今裸じゃないか。
~あのご主人ちゃん。カカシの分際で何をとおっしゃるかもしれませんが、古着でいいので服をいただけませんか?~
「気が付かなくてごめんなさい。君、元々人間って言ってたよね」
ご主人様は道具袋からマントを取り出し俺の体に結わえつけてくれた。
これ、見方によっては裸にマントつけているよな?
俺は変態じゃないぞ断じて。
というか、その道具袋の体積以上のものが出てきている気がするが魔道具とやらか?
~ご主人ちゃん。その袋って魔道具…なのか?~
「当たり前でしょう。普通の袋には体積以上の物は入らないわよ」
さも当然の如く言った。
そういえば、異世界出身って伝えてなかった気がする。
そのことを伝えようとしたちょうどその時、村長さんが戻ってきた。
なんてタイミングの悪い。
何故かカカシを作っているご主人様に疑問を感じたようだが、無礼があってはいけないと思ったのか俺から目を放し要件を伝える。
「宿泊の準備が出来ました。すぐに向かわれますか?」
レーナは顎に手を当て考え込んだ。
どうもご主人様は顎に手をあて考え込む癖があるようだな。
「はい。案内していただいて構わないですか?」
「もちろんですとも、ささこちらへ」
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集会場に急ごしらえで整えられた簡素な寝室。
俺はベッドサイドに立てかけられていた。
饅頭雀は未だに眠りこけており、俺の代わりにハンカチの布団を被ってサイドテーブルで熟睡中だ。
「君のこと教えてくれる?」
~ま、当然だよな。自己紹介っていっても名前ぐらいしか教えあっていないしな~
「ええ初めからやり直しましょう。私はイシア魔法学園高等部所属レーナ=ヘルグレーン。名前からして東方出身みたいだけど、イシア魔法学園の名くらいは知っているでしょう?」
普通に知らないが。
~いや知らない…何から言えばいいかな…そうだな、俺は異世界から転生してきた異世界人?…カカシだ~
レーナはこいつ何を言っているんだ?といった顔をしている。
「言っている意味が良く分からない…異世界?こことは違う世界ということ?」
~そうだ。こことは違って魔法が存在しない世界だ。俺はそこで死んだ。死んだら転生してカカシになっていたというわけだ~
「魔法がない世界…その割には魔法が得意みたいだけど?それにあなたの属性の雷は相当珍しい…いや、それはある種限られた人にしか扱えないと言われている力よ」
~限られた人にしか使えない?勇者とかか?~
「かつてはそういう人も雷魔法を使ったみたいね。間違ってはいないけどそうではないわ。その力はある種、時代の変革期に現れる力で、英雄、王、大賢者、芸術家、はたまた殺人鬼、大盗賊まで、その力を持つ者は何かの変革をこの世にもたらすと言われているのよ」
~自分がそんなに大層な存在とは思えないが?~
俺はいっちゃなんだが落ちこぼれ、そう言われる人種だ。
上流階級、といってもいいような家に生まれつつも、家の方針についていけずに放逐された。
ただの出来損ないだ。
「いきなり理論も知らずに雷の中級魔法を成功するような人は大層な存在と言えると思うわよ。とにかく、明日魔法学園に帰ります。準備…は、特に何もないわよね。取り敢えずそのつもりで心構えだけしておいてね」
それだけ俺に伝えるとベッドに入り込み、すぐに静かに寝息を立て始めた。
ご主人様は昨晩の戦いで疲れているのか、まだ昼なのにも拘わらずお休みになられるようだ。
魔法学園
それは一体どのような場所なのだろうか?
俺は無気力で怠惰な前世の学園生活を思い出す。
魂が緩やかに腐っていく感覚。
口調は荒くなり、性格も変わってしまったかのように思う。
最早俺をスペアのスペアぐらいにしか思っていなかった本家は、何もしてくれるなと俺を縛り付けていた。
そんな俺を引き上げてくれようとしてくれた人もいるにはいたが、その手を取るわけにもいかなかった。
只の一般人が本家の圧力にさらされれば、極めて危険、としかいいようがない。
それでもやりようはあった…ように思える。
だが、何もしなかった。
~この世界では少し頑張ってみるかな…何を頑張ればいいかは見えていないが、俺は変革をもたらすものらしいし、それに恐らく巻き込まれ体質でお節介なご主人様についていけば何か目標が見つかる…気がする~
本家の意向が届かないこの土地でなら、俺は俺として生きていける気がした。
それはある種の逃げだと自分で理解していたが、逃げだとしても初めの一歩は一歩だ。
燻っているより万倍はマシだろう。