ハローワールド
俺、田中 琢磨は、高校2年の夏に、居眠り運転の自動車に撥ねられて死んだ。
セダンタイプの自動車にぶつかった瞬間、衝撃は感じたが意外に痛みは感じなかった。
その後、地面に激突。
体が冷たくなり眠るように息を引き取った…と思う。
次に意識が覚醒すると目の前には一面の黄金色。
見たこともないような大きな麦畑だった。
~俺、確か車にはねられて死ななかったっけ?~
ぼんやりする頭を振る、いや、振ろうとした。
頭を動かせない。
それどころか、手、腕、膝、足、全身動かせなかった。
~どうなってる?~
声を発したつもりだったが、空気を震わせることが出来ない。
俺は若干のパニックを起こしつつも、現状を把握しようとあたりに意識を集中する。
どうやら水が流れているらしく、水のせせらぎが背後から聞こえる。
聴覚はあるようだ。
肌を撫でる風を感じる。
どうやら触覚もあるようだ。
匂いは…駄目だ感じない。
味覚は…わからん。
唾液は出ていないようだが。
…で?
俺は身じろぎすら許されず途方に暮れていると、ざわざわと黄金色の麦穂を強風が揺らす。
?視界がゆるゆると斜めになっていく。
~俺どんどん傾いてないか?!~
衝撃に供えぐっと力むが踏ん張ることも出来ずに、俺の体はうつ伏せに倒れてしまった。
そして目の前にはへのへのもへじ。
水面にはカカシが映っていた。
「ああ~カカシが倒れちゃった!!も~苦労して立てたのに」
女の子の声が聞こえ
「よいしょと♪」
俺の体を誰かが抱え上げる。
~うぉ!!~
俺は地面に突き立てられる。
目の前には村娘Aといった出で立ちの俺と同年代くらいの女の子。
健康的な魅力溢れる、可愛らしさもAランクの女の子が目の前にいた。
「これでカカシさんも大丈夫!さ、続き続きっと♪」
女の子は俺を立たせると農作業に戻っていった。
~おい!ちょっと待ってくれ!!~
当然、俺の声なき声に気づくことはない。
…俺はどうやらカカシになってしまったらしい。
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俺を構成する体は芯は木の棒、その回りに麦わらを巻いている。
装備品は頭には麦わらで編んだ帽子、ボロボロの布の服。
典型的なカカシだった。
チュンチュン
肩に雀か何かがとまる。
あんまり俺のカカシ力は強くないようだ
というか
チュンチュン、クッルポー、チュンチュン、チュチュン
~俺、鳥類に異常に好かれてない?~
肩やら頭やらポケットに小鳥達がとまる。
小鳥に懐かれるのは嬉しいが、このままではカカシとして役に立たず…カカシ失格に。
捨てられたらどうしよう?
~まあどうするも何も、何も出来ないのだがな、うはは…焼かれたり、細切れにされたりするのはいやだなあ…~
取り敢えずこの鳥たちを何とかしなければいけないような気がする。
~あのう…ここの麦畑を狙うのはやめてくれませんかねえ?~
「チュンチュン♪」
どうやら俺のポケットが気に入ったらしい、丸々と太った饅頭雀ちゃんは嬉しそうに跳ね回っている。
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夜
鳥たちは何処かに飛び去り、静寂があたりを支配している。
「zzz」
ポケットに入り込んだ饅頭雀ちゃんは寝入ってしまったようだ。。
~どうするかねえ?やることもないし何かをすることもできない。このまま風化するまでずっとこのまま?~
嫌すぎる。
ウォ~~~~ン!!!!
その時、遠吠えが夜の静寂を切り裂いた。
~犬?いや狼か?~
目の前にやたらと大きな灰色の狼が飛び出してきた。
~大きい?!いや縮尺おかしくないか?!~
体長3mはあろうかという巨体がじっとこちらを見ている。
~も○○○姫に出て来たあいつ位に大きい…って!、こっちに近づいてっ!!~
のそのそとこちらに近づいてくる大狼。
狙いは俺?いや雀ちゃんか?
~おい雀ちゃん起きろ!!逃げろって!!~
こんな小動物を狙うほど腹がすいているのだろうか?
~おい!雀ちゃん!!~
俺の思いが通じたのか、野生の本能か。
「チチチ!!」
雀ちゃんが狼に気づき、俺から飛び立った。
~良かった…雀ちゃんが気づいて…!!!~
ぐぉぉぉぉぉ!!
とるに足らない獲物に逃げられたせいか、狼が俺に八つ当たり、前足で俺を殴り飛ばした。
~うぉああ!!~
痛みは…無い。
無いが、俺の下半身が吹き飛び、上半身のみになってしまった。
妙な喪失感が俺を襲う。
大狼は俺を一瞥すると何処かに歩き去った。
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夜が明けてきた。
俺は倒れたままどうすることも出来ずに、うつ伏せで地面を見ていた。
~おうい、誰かー村娘Aさーん助けてー~
「ちょっとカカシさん!!どうしたの?!」
俺の祈りが通じたのか村娘Aが出現し、昨夜ボロボロになってしまった俺を抱き起してくれた。
~大丈夫ベイベー、俺はタダのカカシだからな~
ちょっとハードでボイルドなことを言ったつもりになってみる。
勿論伝わらないが。
「何か大きな足跡が…お父さんに伝えなきゃ!!あっ!カカシさんは家で直してあげる」
~おおありがたい!こんなボロボロのカカシに情けをかけてくださるとは~
女の子は俺を持ち上げ、とてとてと走る。
しばらくすると、一軒の煙突つきの家が見えて来た。
「お父さん、お母さん大変大変~!」
村娘Aは扉をバタンと乱暴に開き、俺ごと家に飛び込んだ。
「ん?どうしたキャロル?そのカカシは一体?」
30歳後半位の筋骨隆々の親父さんが村娘A、キャロルさんを目を丸くして見つめる。
「お父さんこの子、麦畑の子なんだけど何かに襲われたみたいなの」
キャロルさんは俺を優しくテーブルに横たえてくれた。
「こりゃあ…大型の魔物に襲われたみたいな傷跡だな。ちょっくら村長のところに行ってくる!!キャロル、お前は母さんと一緒に家から出るなよ!!」
親父さんは大急ぎで家から飛び出していった。
にしても魔物?魔物ってRPGとかで出てくるあれか?
確かにどう考えても大きすぎる狼だったが…
「あららキャロル、どうしちゃったのその子?」
誰かが部屋に入って来た様だ。
人の良さそうな女性が俺の視界に入ってくる。
「この子モンスターに襲われたみたいなの…それでお父さんが村長さんに伝えてくるって」
「モンスター?あらあら大変ね…キャロル、私と一緒に家の戸締りと補強をしながらお父さんを待ちましょう」
大変ね、とか言いながらもご婦人は微笑を崩さず冷静な様子だな。
「うん。お母さん。後でこの子を直してあげたいの、いい?」
「家の補強が終わったらいいわよ。さ、手伝って」
キャロルとその母親は部屋から出て行ってしまった。
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部屋の明るさからいって昼頃か、親父さんが老人を連れて帰ってきた。
恐らくこのよぼよぼの爺さんが村長だろう。
「村長!これが襲われたカカシです。見てくださいこの爪痕…」
親父さんは俺の傷口をなぞる。
ちょっとくすぐったい。
「ふむ…熊か何かの大型の魔獣の爪痕じゃな…」
~熊じゃなくて大狼~
「これはワシらには手におえないのう…すぐに魔法具で連絡して、討伐隊を送ってもらわないと」
マホーグ?魔法具?モンスターに続いてファンタジーな単語が会話に出てくる。
魔法ってあれだよなぁ…ファイアーボール!!とかそういうの。
「わかりました村長!!魔法具がある村長の家まで送ります!!」
親父さんは村長を急かしながら家から出て行った。
「あれ?お父さんの声がしたと思ったんだけど」
この声は、キャロルさんか?
天井を見ている俺の視界に入って来た。
長い木の棒と、麦わらの束を持っている。
「すぐに出て行っちゃたのかなぁ?まあいいや、カカシさん直してあげるね?」
キャロルさんは俺の中心部の木の棒をむんずと掴むと
「よいしょ」
~!!?ひゃん!!~
俺の背骨?をぶっこ抜いた。
思わず女の子みたいな声を出しているつもりになってしまった。
~おお?体がクネクネに、軟体動物にでもなった気分だ~
「カカシさんちょっと力を抜いてくださいねー」
お医者さんごっこされているような気分になってきた。
やっぱり触られるなら親父さんみたいな男性より、女性の方がいいよね。
そして、かわりの木の棒が俺に差し込まれた。
~ひぃん?!~
何か変な感じが…おっ!体がピンとまっすぐになったぞ。
「後はお肉をっと」
わらで俺をデコレーションしていく。
~うひゃあ、くすぐったいヤメテヤメテ~
「よしこれで直ったっと、納屋に置いてこよっと」
俺は家の外にドナドナされた。
っまカカシだからね。
捨てられないだけましだろう。
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暇
激しく暇だ。
時刻は夕方
変わり映えしない壁を見続ける俺。
精神が病んでしまいそうだ。
次第にイライラしてきた。
~うううこれは辛い…ストレスがマッハなのだが~
「チュンチュン」
ん?あっ!昨日の饅頭雀ちゃんだな。
どうやってかわからないが(帰巣本能?)俺の居場所を見つけたらしい。
天井のわずかな隙間から雀ちゃんが納屋に入ってくると、俺のポケットに潜り込んできた。
いや、無事で良かった。
「z…zz…z」
雀ちゃんはうとうとしている様だ。
ぴくぴく胸ポケットが動いている。
荒みかけていた俺の心が少し平静を取り戻した。
~落ち着け俺、そうだ寝てみよう昨日から一度も寝てないしな~
寝られるかどうかはわからないが…
意識を閉じようと思うと、すっと電池が切れるように視界がブラックアウトした。
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3日目、朝
僅かに差し込む日の光で目を覚ました。
雀ちゃんは…ポケットにいないようだ。
俺は寝ることにした。
3日目、夕方
雀ちゃんがポケットに入ってくるのを感じて目を覚ます。
時間の感覚が曖昧になってきている。
本格的に精神が病んできているのを感じる。
「チュンチュン♪」
雀ちゃんの存在と、すぐに眠りに入れる体質のおかげで何とか狂っていないが、このままではもたないだろう。
4日目?、朝
「カカシさんちょっと来てくれる?」
キャロルさんの声で目を覚ました。
雀ちゃんは…いないようだ。
変わり映えしない光景から解放され、母屋に戻された。
「魔法使いさん。この子が襲われたカカシです」
部屋には、キャロルとその両親、それに村長さんと、知らない女の子がいた。
壁に立てかけられた俺を覗き込むのは、いかにも魔法使いといった格好の女の子。
ローブを着こみ、とんがり帽子といったオーソドックスな魔法使いだ。
背は低いが、顔立ちは整っていてクールな感じ。
多分俺と同じ年齢位だろう。
「?このカカシ…気のせい?まあいい、とにかく依頼は引き受けた」
「ありがとうございます魔法使い様!!村に宿はないのでこの家に泊まっていってください。私達は村の集会所で寝ますから、あっ娘は残していきますので、何かご用があれば申し付けてやってください」
話の流れ的にこの女の子がモンスターを討伐しに来た様だ。
にしても一人?
村長さんは討伐隊を派遣してもらうと言っていた様な気がするが…
ま、カカシの俺にはどうでもいいか。
寝ることにした。
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4日目?、夜
強烈な破砕音で目を覚ます。
何だ?!どうした?!
目に入ってくるのはあの灰色の大狼。
どうやら家の壁をぶち破って狼が侵入したようだ。
「きゃあああ~~!!」
隣でキャロルが悲鳴を上げている。
~おい!座ってないで逃げろ!!~
恐怖のせいか、立ち上がれないキャロル。
くっ、動ければ!おい、動けって!俺の体!!
涎をぼたぼたと垂れ流しながら、キャロルににじり寄る大狼。
~まずい!キャロル!!~
「吹き飛ばせ!!エアバースト!!」
謎の爆発が狼の巨体を吹き飛ばし、部屋の壁に叩き付けた。
今のは…魔法?
「貴方、大丈夫?」
キャロルを助け起こす、小さな魔法使い。
「逃げて」
キャロルはこくこくと頷き、裏口から出て行った。
良かった…キャロルは助かったみたいだ。
キッと女の子の眼光が鋭さを増す。
「切り刻め風よっ!」
魔法使いは不可視のかまいたちで追撃をかけた。
狼は立ち上がり、回避…いや!!被弾覚悟で女の子に突っ込んだ!!
「!!きゃあ!!」
体当たりで魔法使いは吹き飛ばされ壁に叩き付けられて、地面に転がる。
脳震盪を起こしているのか、立ち上がれない女の子。
狼はかまいたちのダメージでふらついているが態勢を整えつつある。
おいおいおいおい!まずいぞ。
~おい!誰かいないのか?!小さいの、立ち上がれ!!~
くそ!無理か?!
何か、何か無いか?!
俺は打開策がないか必死で考える。
俺は動くことができないので、物理的に助けることができない。
ひたひたと狼は魔法使いに歩み寄る、後3m。
~おら!動けよ俺の体!!くっ無理かやっぱり!!~
狼の口から流れ出る唾液の量が増える、あと2m。
ぐ、奇跡でも起こらん限り駄目か?!
奇跡?そうだ、魔法ならどうだ?
魔法なら動けなくても使える…のか?
ええい!駄目で元々!!
さっき魔法使いが使った魔法を行使しようとする。
~吹き飛ばせ!エアバースト!!~
…何も起こらない。
やっぱり、無理か?!いや、何か…俺の体、お腹のあたりに熱?の様なものを感じる。
魔力とかそういうのか?これは?
後、1m。
何が悪かった?属性か?
火、水、土、風
しかしどれもこれもこの魔力?に当てはまる気がしない。
ゲームとかでは後どんな属性があった?!
氷、闇、光…光に近い気がするが…感覚がかすった程度、本質ではない。
0m、狼が口を大きく開き。
「駄目ぇ!!」
逃げた筈のキャロルが狼に向かって渾身の体当りを仕掛けた。
駄目だ。
狼がぐるうと煩そうにキャロルを振り払う。
「きゃっ…」
キャロルは殴られた衝撃で床に倒れ込んでしまった。
どくどくと血がこぼれ出る。
その結果に満足した狼は魔法使いの方に向き直った。
このまま俺は何も出来ないのか?
狼は魔法使いにその鋭い牙を突き立てようとする。
俺は!!
熱だ、腹の辺りにに魔力の熱を感じる。
火以外で熱、光の属性に掠っているとすれば…
雷!!
カチリと歯車がかみ合ったような感覚。
~サンダーアロー!!~
雷の矢が一筋、狼に向けて発射された。
「gruaaagaa!!」
雷の矢が直撃。
家の壁をぶち破って外に叩き出した。
狼は怒りに燃える真っ赤な目で俺を見ている。
なんてタフさだ!!
もう一発!!
~サンダー?!ぐがっ!~
狼が恐るべき瞬足で俺に詰め寄り、その巨大な前足で俺を打ち据えた。
また俺の下半身が千切れとんだ。
だが
俺はカカシだ。
カカシだからこそ!!
死ぬようなダメージを受けながらでも!!
~閃光と共に来たりて顕現せよ、轟雷!!サンダーボルト!!~
轟音を轟かせ、虚空から雷が一条、まばゆい閃光とともに狼をうつ。
閃光が消えた後には、白い煙を上げ体の一部が炭化した狼がその骸を地面に晒していた。