第2章4 古の血の覚醒・序
大変長らくお待たせして申し訳ないです。
「ふっ‼︎」
硬質化した刀が標的へと迫るが局所的に現れた氷の塊によって阻まれる。
微振動をする刀身であるため、砕ききるまでにそれほど時間はかからないだろう。しかし、相手がその様なことを許すはずもないのも事実。
「ちっ」
刃が氷を少し砕いたのを確認するや否や後ろへと飛び退く。
風による補助を受けたクレスの体は人の倍以上の距離を退がる。
剣士にしては致命的なまでの距離。
しかし、次の瞬間にはその十分過ぎる距離はむしろ間違いでは無いことがわかる。
「へぇ。少年、よく避けれたものだ、褒めてやろう」
クレスが数瞬前まで居た場所に氷柱が降り注ぎ、地面を穿つ。
先程からずっと繰り返されている光景だ。
「褒められても嬉しかねぇよ。…というか、お前は何だ?」
不審なものを見る目のクレスに、首を傾げてキョトンとする。
やんわりとしていながら、高貴な雰囲気が漂っていることから、恐らく位の高い者なのだろう。流れるような黒髪と黒いドレスと、一見凶悪な見た目だが、整った顔立ちとその雰囲気が、むしろ女としての魅力を前面に出している。そして、クレスが感じている只ならぬ雰囲気はもう1つあり。
「少年よ、何が言いたのかわからぬのだが? それともただのハッタリか? であるなら私にはーー」
「お前のその気配、もしや悪魔の類か?」
クレスの一言に女の身に纏う雰囲気が劇的に変化する。
まるで全身を剣で突き刺されているようなプレッシャー。以前バルバトスとの一戦で感じた、いや、それ以上の覇気が感じられる。
「…ただの小僧ってわけじゃ無いのか。まさか、気配が嗅ぎ分けられるとは思わなんだ。いいさ、教えてやろう。…魔族序列は49位、クラシール・プロ・デューク。といっても本当の名前では無いけれど」
「ッ‼︎」
(やはり、悪魔。いやでも、バルバトスよりは序列が低い。1人でも何とかなるか?)
クレスの考えに答えるものがいた。もちろん、心の中で。
(“ふむ、序列が低いとはいえ侮るでないぞ、我が主よ”)
「⁉︎」
クレスはその声にビクッと反応し、キョロキョロと視線を彷徨わせる。
それこそ、目の前にいるのが魔族であるとわかった時以上に。
そして、クラシールもその姿が不可解だったのか訝しげにクレスを見る。
(“我が主よ、我を忘れたのか? カルマじゃよ”)
「カル、マ?」
その名前を聞いてようやく声の主とその出どころを理解する。
(お前、会話出来たのか?)
(“言うておらんかったか? まあ、最近出てこられる様になったばかしじゃからのう。そんなことより、あやつを侮るでないぞ”)
幾許か落ち着きを取り戻したクレスは、自分の内に潜む擬似人格に問いかける。
(さっきも言ってたけどそれってどういう意味だ? 序列的にはこいつの方がだいぶ下のはずだけど)
(“我が主よ、浅慮というものじゃ。あやつから溢れ出る闘気とも取れる魔力。あれは雑魚のそれではない。それこそバルバトスと同等以上じゃ”)
「おいおい、マジかよ」
カルマの言葉に冷や汗を数滴流す。
バルバトスと同等以上、それは言い換えると、少なくとも自力で勝てなかったバルバトスと同等、最悪の場合それよりも強力であるということだ。
「どうかしたのか? さっきから忙しそうにしておるが? …まあ、そろそろ待つのも疲れた。こちらからいかしてもらおう」
クラシールの手に氷が集まり、一振りの剣が形作られる。
「ッ⁉︎」
クラシールの剣を見た瞬間、全身を怖気が迸る。次の瞬間、自分が腐り堕ちるのを幻視した。
(“むっ、今のはもしや。……やはり、面白い主じゃ”)
クレスにはカルマの言葉が耳に入っていない。完全に意識が氷の剣へとむけられていた。
「この剣には触れないほうが良いだろう。まあ、少年には無理だろうがな」
剣を正面に構えると本職の剣士もかくやという速度で距離を詰める。
「くっ! 揺れろ!」
そのあまりの速度に咄嗟に空気を揺らすことで攻撃を阻む。
「ふむ、やはり異能の類か。それもなかなか高位の。…あの方の邪魔にならぬよう消すのみ」
クラシールの顔からやんわりとした表情が抜け落ち、無表情のまま再度剣を構える。
(“主よ、今すぐに逃げよ。剣聖のところまで行けばどうとでもなる。じゃが、単騎でとなると、主には荷が重い。最悪一瞬で死ぬじゃろう”)
「…だろうなぁ。さっきまでと魔力の出方が桁違いだ」
すぐに逃亡の準備に入るクレスだったが、判断が半瞬程遅かった。
ブシゥゥ。
クラシールの先ほどと同様の踏み込み。そして、恐るべき速度から放たれる氷の刃は判断の遅れたクレスの首筋へと、吸い込まれるようにして突き刺さる。
「ーーッ‼︎」
驚異的な速度の刺突。それを逃亡に転じていた体が防げるはずも無く、声も出せぬまま血を撒き散らして吹き飛び、燃えて半壊した家屋へと突っ込み、さらに崩壊させる。
(“クレスっ‼︎”)
カルマの叫びには答えない。
否、答えるための器官が既に機能していない。そして気力も同様に。
「…死にはしたのだろうが、なんとも後味の悪い。よもや最後に逃亡を図ろうとは。それまでの存在だったということか」
クラシールの言葉はクレスへと届くことはない。
そんなクレスから目を離すと、今度は遠くで人形を相手取っている少女を見やる。
「あっちの子は噛み応えが有るだろうか」
クラシールはゆったりとしていながら、さながら猛禽類のような瞳で少女の方へ歩き出す。
が、すぐにその歩みが止まる。そして背後を振り返る。
「なんだ、この魔力の放出は! 自爆魔法の類か? いや、そんなはずはない、だったら何だというのだ⁉︎」
焦ったようなクラシールの見つめる先にはクレスの死体と爆発物のような魔力の塊。
クラシールが緊張の面持ちで魔力の塊を見つめていると、不意に魔力の放出が止み、塊が真球状へと形を変えていく。
塊が真球状になったと同時にクレスの体へと溶け込んでいく。そして、完全にクレスの中に入った瞬間、小さな爆風が起きた。
「なっ⁉︎」
まず、魔力が塊を成して空気中に存在するところなど見たはずも無く、同時に形状を変えて体へと溶け込んでいくなど誰が想像出来ようか。
まして、その先になにが起こるかなどわかるわけがなかった。
爆風で目を閉じたクラシールが再び目を開けた先、吹き飛ばされた瓦礫のちょうど中心地点ーーそこには朱髪の鬼が立っていた。
読んでくださっている方には申し訳ないですが、
次回の更新も早めに出来ると良いですが、遅れると思います。




