14 契約の儀・序
「其方が我に相応しいのかどうかを見極めよう」
「⁉︎」
「ん? どうかしたのか?」
その声は、小さい頃から聴き慣れた、最近は聴く事が出来なくなった声に似ていた。
「かあ、さん?」
クレスの口から出た弱々しい言葉は、目の前の人物をよく表していた。
「なるほど、この姿は其方の母親の姿か。なれば、其方は母親に罪深き事をしたのか」
「ちが、あれは」
目の前にいるのが母でないのがわかってはいても、クレスの声はその人物の姿に揺さぶられる。
「何が違う。其方は母親を裏切ったのではないのか? それとも、さらに深い事か? 何れにせよ、其方はこの者に罰を与えられる事を望んでいる」
「どうして、そんなこと」
「言えるのか、と? 言えるとも。なぜなら、我は其方の闇を写す鏡なのだから」
「そう、か。それが、見極める方法か」
クレスはその人物の言葉から、今の状況を理解し、平静を取り戻していく。
「ほう、人間は自分の闇を見ればそれが誰であろうと、精神が追い詰められる。そうなれば其奴は助からぬのだか、其方はなかなか骨がある。気に入ったぞ」
「お褒めいただき光栄だ。見極めるってのはもう終わりか? だったらとっとと」
「待て待て、誰が終わりと言うたか。最初の試練が終わっただけ。もう少し、遊んでいたかったのだが、致し方なし。これもまた規則よ」
言葉を遮られ、眉間に皺を寄せる。
「だったら次の試練とやらを始めてくれ」
「そう急がずとも、試練はあと二つ。其方ならすぐに終わるであろう」
「あと二つもあんのかよ」
「第2の試練は戦闘。とは言え、我とではなく彼奴等とだが」
そう言って、自分の背後を振り向く。すると、地面から正気を失っているとしか思えない人間が這い上がっている。
「彼奴等って、もしかして」
「もしかしても何も、彼奴等しか居らんよ。ひとつ忠告しといてやるが、彼奴等は普通の人間を遥かに凌駕する身体能力を有しておる。我は其方が勝つまで、出てこんのでな」
輪郭がぼやけてきたのと同時に霧散し始めた。
「おいおい、マジかよ。どうやって、そんな奴に勝つんだよ」
自分の死期を感じ、全身に冷や汗をかきながらつぶやく。
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「アリス君、少し休んだ方が良いよ? 君は心配が過ぎるよ。契約が終わるまでまだ時間があるんだし」
「だとしても、休むかどうかはワタシの勝手、アナタには関係ない」
「そうは言っても、クレス君が帰ってきたらすぐにここを出て行くんだろ? だったら休まないと体がもたないよ」
ユグドラシルの忠告も、される側が無視すれば、それはただの独り言になる。
「君がそこにいたいなら、そうすれば良いさ。クレス君の契約が終わるまではまだ時間があるし、僕は少し休んでおくよ」
壁際に歩いて行ったかと思えば、ユグドラシルの姿がうすくなってゆき、すぐにその影すらも掻き消えた。
アリスは、ユグドラシルが消え去ったことには関心が向いておらず、その目は先程から、ずっとクレスの方へと向けられていた。
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「ハァハァ、殴っても蹴っても効き目無しかよ」
第2の試練が始まった瞬間、一面闇世界だったのが、見渡す限りの荒野に変わり、地面から複数体の人形が現れた。荒野には、所々に身を隠しても余りある大きさの岩があり、試練が開始してからずっと、一体になった人形を攻撃しては隠れるという一連の動作を繰り返しているが、あまり効果があるようには見えない。
「くそっ、どうしたら良いだよ。こんなの勝てるわけってやば!」
考えに耽っていたことで、人形たちが近づいていることに気づいていなかった。
人形の動きは並の人間の能力を遥かに超えてはいるが、速度はクレスの方が速かった。
「よっと、あぶないあぶない。もうちょっとでやられるとこだった」
二体の剣を紙一重で避けるとすぐに次の岩のところへと全力で走る。
「この戦い方も危なくなってきた。あいつらも学習してるのか、それとも俺の集中力が切れてきたか。どちらせよ攻勢に出ないとやられる。どうしたら」
がしゃん。
「⁉︎ 何だ今の音。人形がぶつかったとか?」
音のした方を振り返ると、予想を良い意味で裏切っていた。
片方の人形の剣は岩に刺さった状態で、もう片方の人形の剣が、剣を岩に刺している人形の腕を両断していた。
「まじか、それは考えてなかった。武器ならあいつらが持ってたんじゃねぇか」
腕を両断したのが剣の性能なのか、人形の性能なのかは不明だが、剣が腕を両断したのは事実だ。ならば最悪、剣じゃなく人形の性能ゆえの結果であっても、お互いに斬り合わせれば良いだけのことだ。
「一旦あの剣を取る。距離をとるときに一度足を斬る、それでいければ良し。無理でも、次に繋げれる」
全力で離れた距離を全力で戻る。腕を両断された人形は両断された箇所から砂に変わっていっている。両断した人形はクレスに気付くと、攻撃体制へと入る。
「この試練、絶対に突破してやる」




