13 契約の開始
「じゃあ早速始めようか。気を失わないことを祈ってるよ」
「縁起でもない。そんなこと絶対にならねぇよ」
自分の掌にある不気味な色の果実を見て、少々不安になる。
やっぱり無理だな、これ。うん、絶対生きてける気がしない。どうしよ今更辞めれねぇし、とりあえずアリスに励ましてもらってーー
「••••••頑張れ? 死なないと思うけど、生きて帰ってきてね?」
「なんでお前は疑問系なのかなぁ! もう嫌になってくる。••••••うだうだやってても仕方ないか」
果実を口の方に持って行き、口に入れようとする。が、口を閉じもう一度果実をまじまじと見つめる。
「とっとと食べなよ。そろそろ食べないと、無理やり口に入れるよ?」
ユグドラシルの催促に渋々目を閉じ、果実を持つ掌をワナワナと震わせながら口に持って行き、今度はしっかりと口に入れる。クレスの反応を見るために誰もが口を閉ざし、そこにはむしゃむしゃと果実を食べる音しかない。
「••••••」
「••••••」
「••••••」
果実を食べる音が消えると、静寂に包まれる。その静寂を破ったのはクレスであった。
「••••••これ、変な色してるけど意外と美味いな!」
そう言って次々と口の中へと運び込み、むしゃむしゃと咀嚼する。他の2人はそれを1人は驚きながら、もう1人は面白いといったように見つめている。
「ていうか、何も起きないんだけど、いつになったら••••••?」
変化はあまりに遅く、あまりに突然であった。
「なんだ、これ。急に鼻血がーーっ⁉︎」
全身を内外関係なしに強烈な痛みが襲い、所々で出血し始める。
「いよいよ始まったか、『13人目の王』が誕生する」
ユグドラシルのそんな言葉が聞こえた気がした。
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「クレス‼︎」
目の前で急に倒れたクレスに駆け寄る。
「っ⁉︎」
クレスの体は至る所から出血しており、客観的に見れば死に瀕しているのは間違いない。
実際は、異能に耐え得る体を作るために体内で組織の崩壊と再構築が行われているのであって、あまりのショックで精神が崩壊しない限り死ぬことはない。
しかし、クレスは変化が起き始めてすぐに気を失ってしまった。果実に適正が無ければ崩壊と再構築の工程の中で崩壊だけで留まり、その体は死んでしまう。たとえ果実に対する適正があったとしてもそれは肉体が大丈夫なのであって、精神がショックに耐えられなければ同じことだ。このままでは精神が崩壊し、クレスが死んでしまうかもしれない。
「クレス、死なないでよ」
アリスの弱々しい祈りの声が響く。
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痛い痛い痛い痛い痛い。苦しい苦しい苦しい苦しい。怖い恐い怖い恐い。
痛みが怖い。苦しみが怖い。
中身がかき混ぜられてる、気持ち悪い。
手足の感覚が無くなっていく。手足がくっついているかさえわからなくなってきた。
苦痛と恐怖による不安で頭の中が訳がわからないほどこんがらがってきた。
わからない、何がどうなっているのか。
自分がどうなっていくのかさえも。
体が蝕まれていく感覚に、クレスは耐え難い苦痛と恐怖を感じる。
次第に、自分が今何をしているのかすらもわからなくなっていく。
わかるのは苦痛と恐怖と、それらからくる不安のようなものだけ。
ふと目の前に闇が現れる。
今の状況から逃げ出すように、その闇の中へと入っていく。
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「アリス君、そんなに心配しないでも大丈夫だよ。彼は必ず帰ってくるさ」
「••••••ユグドラシル。アナタの言葉には信憑性がない。そう言えば、さっきクレスの事を『13人目の王』って言ってたけど、それってどういう意味?」
ユグドラシルを半分睨みつけながら問いかけると、少し驚いたような顔をした。
「君には話す必要はないと思うんだけど、彼の契約が終わるまではヒマだし王についてだけ答えてあげよう。王とは、『王の力』を持つ者の事を呼ぶ」
「王の力? それってどういうもの?」
重ねて質問するが、それには首を横に振って答える。
「そんなに慌てなくてもちゃんと教えてあげるよ」
「ワタシ慌ててないけど」
「まあまあ、彼が契約を終わらせたら、教えてあげるよ。二度手間は嫌いだからね」
そう言って、アリスとはクレスを挟んで反対側に行き、今を心底楽しんでいるような笑みを浮かべる。
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闇の中は今まで感じていた不快な感覚や恐怖などの感情も、全てが消え去っていた。
そればかりかむしろ気分が良くなっていくのがわかった。体が少しずつ感覚を取り戻していく。
「体は動くようになったか? とっとと済ませよう。其方を待つのもそろそろ飽きてきた。とっとと始めよう、契約の儀を。其方が我に相応しいのかどうかを見極めよう」
感覚が戻った耳に声が届く。




