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crimson cage 【side:KING】 百舌鳥   作者: 蜜熊
第1章:百舌鳥
6/40

数日前③

- goes back slightly -


--------------------------


-----------------


暗闇にぼんやりと現れた鴉であるかのように、部屋に音もなく現れた人影は漆黒に身を包み、ただその場に存在した。


そして相手がいまだに自分がこの場所にいることを理解していない事を知ると、合図を送った。


こつこつとかかとを鳴らす音に、そこでやっと部屋の主はいつの間にか部屋に待ち望んだ侵入者が来訪していたことを知らされるが、驚きを声に出すことはしない。


「…来たか」


相手からは部屋にテーブルランプ以外の明かりをつけるなという指定があった。だからこうして光の届かない場所は月明かりに頼ることしか許されていないが、もし仮に部屋に明かりがついていたとして、目の前の鴉を捕捉出来たか、おそらく否であろう。


男はすぐにその結論に達し、相手の要求を無下に跳ね除けなかったことが正しかったことを理解する。


目の前の漆黒に塗り固められた衣装は、黒いパーカーで頭をすっぽりと覆い、下は黒いパンツを着ている『人』であることは間違いないが、肝心の表情は鴉を模したペストマスクにより完全に塞がれている。


今日が満月の夜でよかったと思うべきなのか、だがシルエットとして細身で男である可能性が高いというだけで、それが真実なのかどうかの確証までは至らない。


考えを張り巡らせたのはそれほどの時間ではなかったはずだが、見定めるような視線はとうに筒抜けだったのだろう。黒いシルエットがわずかに首を傾げ、指を振る。


『無粋な真似はやめろ』と。


そしてわずかに手首を動かし、首を撥ねるような仕草。


『さもないと殺すぞ』と。


「……」


メガネをかけた部屋の主が無表情に相手を見れば、くつくつと笑う声がくぐもって聞こえる。しかし、ずいぶんと若いような気がする。


「それで、返事はどうなんだ?」


『……』


「君らの飼い主は伺いを立てると言っていたが……っ!?」


首元に風を感じた瞬間、皮膚の薄皮一枚が剥がれるような痛みを感じ、思わず後ずさる。


手を当てればぬめり気を感じ、そこでやっと男は自分の首元に数秒前までなかったはずの傷があることを理解し、これ以上の被害を受けないよう相手を自らの視野に留めるべく目を凝らす。


視覚に捉えた先にある暗闇は動こうとせず、ただ今まで我慢していたものを吐き出すように、沈黙だけが支配していた空間に音を落とす。


『あいつはオレ達の飼い主じゃねぇよ、勘違いすんな』


「……」


『オレ達の“王”は『KING』だけだ…っ』


若い男の声、だが場を支配している殺気は年齢や性別、果ては人であるかどうかもわからなくさせる程濃密で、まるで立ち入ったことがない未知の世界に引きずり込まれた、ただの矮小な存在であることを強く認識させようとする。


味わったことがない殺気と恐怖に、男が初めて表情を崩すが、それでもペストマスクの男は面白くないのか、舌打ちを1つし、先程と同じように今度はやや荒々しく首元を撥ねる仕草をする。


「…わかった」


それでもなお零れ続ける殺気からさらに遠ざかろうとすると、そこでやっと自らの感情で相手が距離を取ろうとしていることに気が付いたのか、マスク越しに小さく「やべ…しゃべっちゃった」という声が聞こえる。


「……」


程なくして薄くなっていく死の気配に、じっとりと汗をかきながらも、男は勤めていつもの口調で今度は間違えないようにと続きを促す。


「それで、KINGへ伺いを立てた結果はどうだった?」


『……』


ペストマスクの男はすっと指を2本伸ばし、それをクロスさせることなく振り下ろす。

クロスさせたままであれば“拒否”、振り下ろされれば“許可”。それは前もって接触していた男から聞かされていた王の意思を示す合図。


「ありがとう。そう伝えてくれ」


『……』


マスクがゆっくりと暗闇に戻っていく。


そして完全に暗闇に溶ける前に男に向けられた言葉は、男がよく知るある男とどことなく雰囲気が近い、母親にしかられたときに言い訳をする子供の口調に近かった。


『オレがしゃべっちゃったり手出したこと、あいつには内緒にしておいてね』


『じゃないとKINGに怒られちゃうし』


辛うじて男がうなずけば、ほんの少しだけ空気が柔らかくなる。風も入り込んでいないはずの部屋にあるテーブルランプが一瞬揺らめいたかと思うと、部屋は再び静寂が訪れた。


「これで…やっと」


男はたっぷりの沈黙の後やっとそれだけを吐き出すと、崩れるように椅子に座り込んだ。


もしかしたら自分はとんでもない相手と取引を使用としているのではないか。


そこに、何も知らない人間を巻き込もうとしているのではないか。


「……さん…」


かつて“彼ら”と繋がっていた相手を思いながら、ゆっくりと肺に空気を吸い込んだ。

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