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crimson cage 【side:KING】 百舌鳥   作者: 蜜熊
第5章:琴鳥
38/40

最終日⑴ー②

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道は2つに分かれている。そんな気がした。


ここで真実を知ること、そして知らないままでいる事。


どちらが正しいのかは判断がつかない。少なくとも今の段階では、犯人が何故あのような事件を起こしたのか、何故あんな最期を迎えなければいけなかったのか、はっきりしていない。


しかし、事件としてすでに被疑者は死亡で片付いているものを、ここでさらにほじくり返して何の意味があるのか。それもわからない。


だけど自分の足でここにいるということは、少なくとも俺のわからないところでこの事件を知らないといけないという気持ちがあるからなんだろう。


聞くのが怖い、気がする。


真実は1つしかないのに。


俺が次に置く手が思いつかずに考え込んでいるだけではないと相手もわかったのか、ゆったりと背もたれに体を預ける。


「…彼はあの鳥と、今はいない兄を重ねていたんでしょう。会話を交わす日常の中で、一方的に芽生えた親近感。それをあの鳥は利用した」


「!」


一方的とはずいぶんないいぐさだなと呆れるのと同時に、それも仕方ないと考えることも出来る。


俺の今の行動も、おそらくこいつにしたら一方的なものであるのだろうから。


「勘違いしないでください。彼は『QUEEN』の管轄、こちら側とは性質が違います」


「性質…?」


「『QUEEN』が管理している者達と、こちらでは考えや価値観、法を含めた何もかもが違うという事です」


「共通しているのはただ1つ。私達は“進化の向こう側”にいるものだという事です」


だからDOLLがあり得ない力を持つのも、こいつが先読みしているかのように話していることも辻褄つじつまが合うと言いたいのだろうか。


煙に巻くような言葉な気がして目を細めれば、訝しんでいる俺の気持ちをも理解していたかのように「信じるかどうかはあなた次第です」と返される。


「だが、あるものをないと思い込めば、ここでは生きていけない」


「…大げさだ」


「……。一手をどうぞ」


ここで俺が取れるので思い浮かぶのはH1、H7、H8。その内の1つ以外が四つ角になる。


「……」


どこをとっても勝てる気がするが、想像力が乏しいせいか数手先の駒の白黒を完璧に予想することが出来ない。


(微妙…なのか?)


想像の中では白と黒が同じ位ある気がするが、想像の中で1つ1つの数を数えるような大それた想像力は持っていない。


そもそもさっきまで打った手が合っているのかもわからない。

合間に話された言葉はまだ点でしかならず、結論を結びつける大きな流れにはなっていない。


もしこのまま勝てなければ、余計にしこりを残したまま真実は永遠に葬り去られることになる。


(どこだ…どこだ)


考えて想像してみても、最後の肝心なところまではうまく辿り着かない。


ちらつく四隅が気になった仕方ない。だけど駒を置こうとすると、駒が意思をもって嫌がるかのように、手を離すことが何故か出来ない。


ここで間違う訳にはいかない。だけど知らないことが多過ぎる。



『あなたは勝ち(真実)に近い。だけど、四隅を取らなければ負けてしまうと言う既成概念にとらわれ過ぎて、本質を見失っています』



ちらりとそれを言った張本人を見るが、ゆったりと構えたままただ盤上を静かに見つめている。

何を考えているのかもわからず、ただゆらゆらと色彩を変えていく瞳は迷いがない代わりに、こちらの迷いを映しているようにも見える。


「…」


言葉を信じるべきなのか、それとも今までの経験を信じるべきなのか。


「……」


「そこですね」


うなずくことも出来ずに、ただ呆然と置いた駒を見つめる。


自分でひっくり返さなければ相手が打つことも出来ないのに、体に漂う倦怠感がそれを阻止しようとしている。


「彼はずっと昔に兄がいたことを知った」


すっと小さな手が動き、俺の代わりに駒を動かす。白が黒に変わって行くのを見つめながら、心の中にもじわりと黒い感情が広がっていく感触がする。





A B C D E F G H

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死んだ者の兄はずいぶん前に死んだ。


しかも、妾の子がいるとわかった自らの母親が裏で手を回し、強盗と偽装され、母子もろとも社会から葬った。

その事実を何らかの原因で知ってしまったために、ずっと自分を許せないでいた。


「彼が抱えていた積年の痛みは、ゆっくりと彼を殺していった」


少年の口から紡がれるのはにわかには信じられない事だった。


「彼は自分が兄の犠牲の上に生きる存在だと苦悩した。そして同じように社会的に抹消される者達の刑場を守ることで、亡き兄に贖罪したかったのでしょう」


すっと白が次の一手を乗せる。また黒が白く染められていくのに、心の中は晴れてくれない。


「あなたの番です」


『ごめんな…俺のせいで』


(俺が聞こえていたのは…あいつの声だったのか?)


それとも、そいつがずっと謝りたいと願っていた兄の声だったのか。

被害者たちの声だったのか。


声は小さくて俺にははっきりと聞き取ることが出来なかった。


だけど、悲しいと、やめてくれと叫ぶように鳴いていたのだけはわかって、その度やりきれない思いを抱くことになっていたのだけは確かだ。


(……)


後数手でこのゲームは終わる。


勝っているか負けているか、多分微妙なところなんだろう。今さら待ったをかけても無駄だし、最後まで行くしかない。


A1に続いてA7に駒を置き、今度は自分の手で白を黒に染める。動きをじっと見つめながら相手は何も言わない。

角にこだわるのは止めた。その代わり、全体の流れで黒が盤に1つでも多く残ればいい。


「……彼は贄として狙いを定められた。“百舌鳥の速贄”として」


「はやにえ…」


「百舌鳥には捉えた獲物を枝等に刺して飛び去るという習性があります。それがどうしてなのかは未だ解明されていません。動物的本能とも、抗えない衝動とも言われています」


「……」


「百舌鳥は小柄な鳥ですが、狡猾で獰猛でもあります。彼はその習性を真似しきれず、ただの物まね鳥で終わった」


少年が駒を1つ置く。ひっくり返る駒はずいぶん少なくなっていた。


「最初は檻の中だけで行われていた。だから黙認された。しかし、衝動を抑えきれなかったんでしょう」


「衝動…」


「ここにいる者達は抑えきれない…衝動、本能に近いものを抱えている」


さあ、と促され最後の1つを置く。


「…あなたは最後まで打ち切った」


目の前の顔がわずかに微笑むと、G1に打って沈黙が訪れる。


「あなたの2目勝ちです」








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