壱日目⑴-①
少し離れたところに人の形をしたシルエットが見える。
それは俺を歓迎しているようにも、俺にこれ以上近づくなとも言っているようにも見えたが、俺が選べる選択肢は生憎1つしかない。
近づくとそれが男のもので、50歳代位の老人と呼ぶにはいささか抵抗を感じるような人物であることがわかる。
男は俺を視界にいれると、マニュアルの1つであるかのように折り目正しく腰を折る。
「ようこそ、『crimson cage(血塗られた檻)』へ」
そう言いながら眼光だけがやたらと厳しい初老の男性が手を差し出してくる。
態度と口調だけがやたらと丁寧だが、それがあくまで俺に向けてやっていることでないのは丸わかりだ。
「今日はよろしくお願いします」
なるべく緊張を感じさせないようにと一呼吸置いたつもりであったが、握った手には無駄に力が入り、相手の温度を必要以上に感じ取ってしまう。
温かさも冷たさも感じることがない感触はただただ気味が悪くて、こんな場所にいるからかどうしたってそんな偏った感想になってしまう。
すっと持っていたものの1つを差し出せば、それは違うと言わんばかりに首を横に振られる。
「話は伺っています。こちらへどうぞ」
顔は笑っているけど、それが笑っているのではなくただ笑顔を張り付けただけの表情であるのは、勤務歴が少ない俺でもわかる。
(ここが『かっこうの巣』か……)
見上げるようにそびえたつのは、真っ白い球状の建物。ここに来る前に幾度となく見上げた建物だったが、実際にこうやって間近で見るのは初めてだ。
白色を基調とした建物の周りには、それを覆うようにして無機質な色の檻が包み込む。確かに『檻』と『巣』とはよく喩えたもんだ。
空中要塞とも揶揄される刑場、『crimson cage』、その名前を知らないヤツはいない。
刑期が100年以上の凶悪犯罪者を収容する刑場の1つであり、日本の中で最も“自殺率が高い”場所。
その自殺率がこの施設の過酷さのせいなのか、それとも釈放も脱獄も不可能とされている現状を悲観してか、それは公にされていない。
ただ球状の施設から飛び降りて死んでいく様は、さながら托卵によって落とされる卵の如く、そういう意味を込めてここをそう呼ぶヤツは少なくない。
そんな血塗られた檻の中に、今自分の足で入ろうとしている。
「それでは中にどうぞ。私の傍から離れないでください」
『出られなくなってしまいますから』
その言葉に背中にひやりと冷たいものが走る。何故だろう、肉体的なものだけではない、見当もつかない何かに対して言われている。
そう感じながらもその正体がわからず、なるべく表情を変えないままうなずけば、張り付いた笑顔のまま目を細めてくる。
ゆっくりと、巣の中の入り口が開いた。