Act.8 [道しるべを決めました]
お待たせしました。
未来を例えるならばそれは道に似ていると思う。
さまざまな分岐と道なりが存在し、坂道もあれば下り坂もあり紆余曲折ある道だ。
だからこそ、その道を変えることを私は覚悟する。それが一番いい道だと信じて。
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全てを思い出した……。
この世界の事を。私が何者なのかを。
「うぅん……」
ふっと記憶の彼方から意識が浮上する。目蓋の上から見えたのは優しい明かり。まるで導くかのようにふわりふわりと明滅を繰り返す。
「うん?」
ぱちりと開けた目に映ったのは一面の星空。
わぁキレー
前世の日本でも滅多にお目にかかれないような満天の星空につい現実逃避をしてしまった。
『信じられない!キミたちはルイも巻き込むつもりか!?』
「うるさいロリコン!人の娘から今すぐ離れろ!!」
「ルシィから離れなさい!」
何やら激おこな両親の声と慌てたような翡翠さんの声。
うん。もう一回寝ても良いかな?
私は関係ない。とばかりに寝返りをうって布団を被ります。
ちなみに公爵家だからこそ許される贅沢に私の布団はふわふわ、ふかふかの超一級品です!
前世の布団では考えられないような保温性と通気性を併せ持ちながらも、丈夫で防水性に吸湿性まで備えてあります。しかも子供でも持てる羽根のような軽さです。夏は涼しく、冬は暖かい。をこの布団一枚で可能にしてます。
家のメイドさん達がいつも綺麗に干してくれるのでお日さまの香りが仄かにする私の大好きな布団ちゃん。
ちなみに原材料は聞いても速攻で忘れたい原材料だったので気にしないで下さい。知らない方が幸せなことってあると思うんですよ……。
『あら?そういうお姫様が起きたようだけど?』
ちょっ、聞き覚えのない女性の声ですが今私を巻き込まないで下さい。切実に。
「ルシィ!大丈夫?」
「ルイシエラ!具合はどうだ?」
何やら派手な破壊音が聞こえましたが気にしては負けだと自分に言い聞かせ恐る恐る布団から顔を出します。
そこには「私」を心配そうに覗き込む両親の姿。……その背後には変わらず夜空が広がります。
取り敢えず、私が言いたい事は――天井どこいった?
「ルシィ?私が分かる?」
「ルイシエラ?大丈夫か?」
色々聞きたいことは山ほどありますが、取り敢えず必死な表情の両親を安心させる方が先かと判断し、その目を天井から二人に移し笑います。
大丈夫ですよー。元気ですよー。
そんな気持ちを込めて浮かべた笑みに両親は見るからにほっとした表情。
むむ?しかし私は一体どうしたのでしょうか?
翡翠さんの講義中に何かあった気がしますが良く思い出せません。
たぶん記憶が蘇ったせいで頭の中がショートしたんだろうなとは思います。激しい頭痛だったので、それで気を失ったのかもしれません。
しかしそのお陰か、今まで朧気にしか思い出せなかったものが今ははっきりと思い浮かべることが出来ます。
ぼぉっとする頭に少しだけ熱っぽい身体。もしかして知恵熱でしょうか?
「ルシィ」
「母さま?」
「ルイシエラ」
「父さま?」
交互に名前を呼ばれ、どうしたの?と首を傾げます。しかし二人は涙を浮かべたまま私を思いっきり抱きしめて来ました。
「う?う?」
何?どうしたの?実は私やばかったとか?
熱を出して生死の境を行ったり来たりしたのは前世では良くあることでした。
今世は健康体な身体に大丈夫だと安心していたのですが、それが甘かったのでしょうか?
『どうやらきちんと巡っているみたいだね』
「翡翠しゃん?」
ぶわりと少し強めな風が部屋に吹き込みます。
まるで空気の入れ換えをするかのように隅々まで吹き抜ける一陣の風。
風に暴れる髪をそのままに声の方に振り向けばそこには何やら美形な青年の姿。
……うん?
『やはりお姫様の器は大きいんだね。僕の力を吸収してもまだ余裕があるみたいだ』
はい?
口調はいつもお馴染みの翡翠さんです。見た目も、薄緑の髪に翡翠色の瞳。でもそのサイズが違います。
なんと翡翠さんは小人サイズから普通の人間大にご成長あそばれました。
『……この子、大丈夫?』
翡翠さん(仮)のお隣にはこれまた美人な青色を纏った女性が。
ふわりと空中を漂う美女は私を見ては指差してます。
『どうやら混乱しているみたいだね。お姫様具合はどうだい?』
前半は女性に、後半は私に向けて翡翠さん(仮)は言いました。
しかしたぶん今の私の顔は間抜けな事になっているでしょう。
ポカンと閉じることの出来ない口にその目は空中に浮かぶ妖艶な美しさの美女に釘付けです。
『ルイ?寝ぼけているのかい?』
「――お姉しゃんキレー」
翡翠さん(仮)の言葉が聞こえますが知ったことじゃないです。美女なお姉さん――いえ、お姉さまのその瞳に目を奪われ離すことが出来ません。
青い宝石、サファイアの中でも希少とされる星の青玉の様に淡く煌めくその瞳についつい吸い込まれてしまいます。
『あら分かっているじゃないお姫様』
そう言って色気駄々漏れに微笑む美女。私はもうノックアウト寸前です!
『風の王に気に入られるだけはあるわね』
クスクスと上品な笑い声さえ私を魅了する一つです。
是非お名前を!と下手なナンパのような事を口走りそうになりましたが、それよりも一瞬でこの部屋の惨状に度肝を抜かれます。
まるでこの部屋だけを嵐が襲ったかのように天井は吹き飛ばされ、壁はボロボロ。剥がれ落ちた壁紙の向こう側、骨組みさえ剥き出しです。
窓ガラスは粉々で原形を留めておりませんし、床すら所々穴が開いてます。
「ルイっ無事で良かった!」
母さまは涙声で私をきつく抱き締めます。余程心配をかけてしまったみたいです。胸がぎゅっと引き絞られるように痛みます。
「どこか痛い所は無いか?」
ぽんっと頭に乗せられたのは父さまの手です。労る温もりがちょっと涙腺を刺激します。
「あい。だいじょーぶです。」
――嗚呼、両親の優しさが胸に痛いです。
「私」なんてそんな優しくされる資格など無いのに……。
記憶を取り戻したからこそ、記憶の二人を知っているからこそ、二人の優しさが痛い。
涙声なのはどうか見て見ぬふりをしてください。すりすりと二人に甘えれば抱き締めてくる力は益々強まりました。
「ごめんなさい」と呟いた言葉は胸の中に仕舞います。
*
その後、結局翡翠さん(仮)は正真正銘の翡翠さんでした。
何やら私と【契約】というものを交わしたらしく。力を取り戻したお陰で元の身体に戻れたのだと言われました。
青い美女さまは水の精霊王さまで、なんと父さまと契約をしているそうです。美女二人を侍らすとか父さまが羨ましいとか思ってないです。うん。思ってない。思ってない。
ちなみに私は予想通り、命が危なかったそうです。
強い魔力や身に余るほどの大きな魔力を持つ子供に多い病気を患ってしまったようで、その名も【魔封病】と言います。
本来、人間の身体に宿る魔力は2つに分かれ身体の内と外を目に見えない流れで巡っているそうです。その巡る魔力の通り道を【魔穴】と呼び、その魔穴が閉じてしまう病を魔封病と呼びます。
身体に宿る魔力は良く水に例えられ、巡る仕組みは水流に、身体は水を受け止める器として、魔穴は水流を調節する蛇口の様なものです。ちなみにその循環により魔力の質や純度は常に一定を保たれています。
しかし魔封病に掛かると内と外の魔力の循環が止まり、外の魔力は純度が低くなり質が落ちれば穢れと呼ばれ、器=(イコール)身体を腐らせます。
内の魔力は溜まるだけ溜まり、器から水が溢れるようにじわじわと精神が壊れたり最悪空気を入れた風船のように身体が破裂するそうです。
そんな説明を聞いた瞬間、私の顔は真っ白になりました。えぇ、青を通り越しましたよ。
下手したら私、弾けてたかもしれない。と翡翠さんに笑いながら言われましたが笑えません。絶 対 に!寧ろ笑った翡翠さんを睨みましたとも!
そんな翡翠さんは父さまに追いかけられてましたが……。どうやら二人は仲が良いみたいです。
取り敢えず、部屋の惨状に明らかにぶちギレてる執事長のゼルダの登場に私は部屋を移され絶対安静を言い渡されます。父さまと翡翠さんは正座で説教をされてました。うん。翡翠さんざまぁとか思ってないですよ。
……ちなみに精霊の王と恐れられてる存在に説教が出来るゼルダは最強だと思います。
「それではルイシエラ様。絶 対 に 部屋から出ては駄目ですからね」
「あ、あい、わかりました。ぜるしゃん」
分かりましたから笑顔で脅すのだけは止めてください!!お願いですから!
両手に明らかに自分よりも大きい体躯の父さまと触れられない筈の翡翠さんを引き摺り部屋を出ていくゼルダ。
ゼルダ最強説ここに極まる。です。
パタンと閉じた扉。
水の精霊王さまはいつの間にか姿を消し、母さまはあの後力の使いすぎで倒れてしまいました。母さまは元々丈夫な身体ではないので心配です。命に別状は無いと聞きましたがそれでも心配をかけてしまった分、とても心苦しく思います。
今は部屋に「私」一人、ベッドに寝かされています。
「私は……」
ぽつり、溢した言葉はいつもの幼児言葉ではなくきちんと発音されました。
一人になると思い出した記憶が溢れ出します……。
この世界はどうやら私が大好きなゲームの世界。【払暁のファンタジア】の世界のようです。
【払暁のファンタジア】は簡単に言ってしまえば、女性向けの恋愛ゲームです。病院から出られなかった私を不憫に思ってか、友達が勧めてくれたゲームでした。
あらすじとしては、この世界【アヴァロン】では暗闇が世界を包み、崩壊の寸前でした。しかしそんな時、絶望の中に一筋の希望として人々の願いにより異世界から一人の少女が召喚されます。
彼女は伝説の【暁の神子】としてこの世界を救う役割を担うのです。
ちなみに暁の神子は私が大好きな絵本【暁の神子と闇】の中に出てくるあの暁の神子の事を指します。あの絵本はお伽噺ではなくて本当は伝記であり、歴史書だったのです。
そんな【暁の神子】として召喚される少女がヒロインです。世界を救う役割をこなしつつ、保護してくれた国の王子や魔術師、騎士団長、傭兵、吟遊詩人、旅人などと親交を深めつつ世界の謎に迫って行く。っていうのが物語の簡単な流れです。
シナリオにも力を入れていたのか、それぞれ攻略対象者には心に闇がありそれを救う。というのも物語のテーマでした。
攻略対象は全部で6人。それぞれハッピーエンド、友情エンド、バッドエンドの三種類のエンドがあります。そして攻略の仕方により隠しエンドもある仕様でした。
ちなみに私は攻略対象者の中で難易度の高かった騎士団長様が大好きでした。
しかし騎士様の攻略にはまず王子と魔術師を攻略してからの三順目で、しかも主人公のパラメーターや選択肢を一歩間違えれば結局王子か魔術師のルートに入ってしまうという鬼畜仕様。
「お前じゃねえんだよ!」と何回画面に向かってコントローラーを投げつけたかっ!
騎士様のそれぞれのエンディングとスチルと言われる一場面の画像を出すまでどんだけ長かったか!!涙無しには語れません!!
それはともかく、そんなゲームでの私――【ルイシエラ・アウスヴァン】は、はっきり言って過去の人間でした。
騎士様ルートの過去編に登場するお姫様。王族の血を引く唯一の姫君が【ルイシエラ・アウスヴァン】です。でも重要なのは過去の人間として登場したということ。
つまりは、【ルイシエラ・アウスヴァン】は過去に死んだ人間として登場するのです!
なんてこった!ですよ。
そもそも騎士様はジゼルヴァン王国の近衛騎士団長でしたが、過去編では三大公爵家の一つ。武を司るアウスヴァン公爵家の私有騎士団【紅獅子騎士団】の一員でした。
しかもアウスヴァン公爵家の一人娘。ルイシエラ姫とは幼馴染の間柄で小さい頃から共に遊び、共に育ったそうです。
騎士様はそんな幼馴染のお姫様に忠誠を誓います。ひっそりと二人だけで交わした誓い。モノクロで描かれたスチルに当時の私はニヤニヤが止まりませんでした。
しかしある時、ルイシエラ姫は母親と共に騎士様の目の前で殺されてしまうのです。
それが騎士様の心の闇、いまだに忘れられない過去でした。
そんな過去編も無駄に作りこまれていて、正直それを見た時は泣きましたよ。健気で可愛いお姫様は騎士様を庇って死ぬのです。つまりは今の私がそれです。
正直、騎士様を庇うのは一向に構わないのですが。寧ろ喜んで庇いますとも!
……でも死ぬのだけは真っ平ごめんです。
私は生きるために女神に願いました。
どんな事をしても「私」が生きたいのだと。どうしてそんな死ぬことが確定しているルイシエラに「私」を転生させたのか、分かりません。
ゲームの中でのルイシエラは騎士さまルートでは重要な役割を担っていました。
それぞれ攻略対象者には心の闇の原因となる所謂、鍵キャラと主人公のライバルキャラが存在します。騎士さまルートではそのどちらもが私でした。
それに加えて世界を崩壊に至らせる原因の【闇】はそれぞれ攻略対象者によって微妙に異なり、例えば王道の王子ルートでは人の負の感情が闇になっていたり、魔術師ルートでは邪神教が、傭兵では亡国の実験が原因だったりと様々です。
「……私は」
――私は生きたい!
天井を見上げてぽつりと呟きます。すると前世での最期の最期、叫んだ言葉が反芻されます。
女神ルーナは言いました。「この世界を助けて」と。
ゲームのシナリオ通りに進むなら今から数年後、世界は崩壊の危機に瀕し暁の神子たる少女がこの【アヴァロン】へと召喚されます。なのにも関わらず、今、この時代に私がいる意味は……?
幾ら考えても辿り着く答えはありません。
両親の優しさが心に痛いのも変わらずです。両親が「私」を愛してくれるのは分かります。でも記憶を思い出した私にとってルイシエラは「ルイシエラ」私は「私」と別に考えてしまう自分がいます。両親の優しさも、愛情も本来ならば「ルイシエラ」が貰う筈だったものを私が奪ってしまっている気がして……。
罪悪感に少し顔を歪めます。
その目は天井を見上げ、今は見えなくとも頭の中には先程の満天の星空が思い浮かび、天空に想いを馳せます。
……そもそもゲームでの「ルイシエラ」は闇に対抗できる唯一の存在でした。この世界の神々、三柱神よりもたらされる祝福を持ち、癒しや浄化の魔法に長けたお姫様。しかし彼女は闇に操られた人間の手によりその小さな命を散らします。享年八歳です。
その為、益々世界は闇に包まれ暁の神子が召喚される事態に陥ってしまいます。
そこまで考え、ふと思いました。
――つまり女神はそのような事態に陥らないようにして欲しいのでしょうか?
世界を救う。と言うことは闇を退けること。それが出来た筈のルイシエラ姫は亡くなりお陰で闇は力を強めます。
ゲームでは争いのために人の怒りや憎しみ等の感情が闇に力を与えていました。
ある組織は故意に争いを引き起こし、自然に溢れる魔力を穢す行いを繰り返します。
とある場所では闇が濃く瘴気と呼ばれるものが発生し、魔物の温床となってました。
それら全てが【闇】そのものなのであり、闇によって引き起こされる事態だと設定されていました。
どんどん記憶を掘り下げ思い付く限りの考えを頭の中に並べます。
そう考えると別々だったエンディングが全て点と線になり、繋ぐことが出来るではありませんか!
でもそれには鍵が必要です。
全てを繋げるための鍵が。
新しい未来を切り開くための鍵が。
それは――それは「ルイシエラ」じゃないと出来ないことです。
神子を保護する国で、立場も権力もあり、ついでに祝福を持っています。
その立場は軍部に進言できます。その権力は他国に介入できる程です。祝福は闇を浄化し退けることが出来ます!
つまりはルイシエラ(私)を死なせなければいいのです!
もし、もしルイシエラが死ななければ、その未来はどうなっていたんでしょう。世界は変わらず闇に包まれていたのでしょうか。それとも闇は消えていたのでしょうか。
考えても仕方ありません。考えるならばまず行動を!そう言っていたのは誰でしょうか。
――私はもうあのような暗闇に怯える事だけはしたくないのです。
死ぬ間際に感じた恐怖を、後悔をしたくはない!
仮令、もし死ぬことが確定していようとも私は前世の様に生きることを諦めたくない!!最後の最後まで抗って、粘って、人生を全うしたいのです!
女神は言いました、「生きたいと思う強い気持ちに惹かれた」と。ならば生きて見せましょう。強く思って、願って、得た第二の人生を。
「わっ」
ぐっと握りこんだ拳。
するとそんな強い気持ちに反応してか、右手が光を帯び、一つの紋章を浮かび上がらせます。
「これ」
それは三日月に涙の雫を垂らすシルエット。満ち欠ける三日月は世界を、雫は女神の涙を、それらを取り囲む月桂樹の葉は繋がりを示します。女神ルーナの紋章です。
まるで生きると決めた覚悟に呼応するかのように光る紋章。
まるで女神ルーナがそれを応援してくれてるみたいです。
死亡フラグなど折ってみせましょう。
今度こそ私は人生を生きて見せます!
言ってやろうではないですか!
「我が生涯に一片の悔い無し!」と!
ならばまずはこの世界の事を知らなければ。
無知とは恐ろしいものです。知らない方が良いこともありますが、知らなければ出来ることも出来なくなります。
学びましょう。この世界を。
考えましょう。これからの未来を。
覚悟は今、決めました。
未来を変える選択肢を私は選びます!
だって私は生きたい!