Act.77 [波乱だらけのパーティー]後編
それは国の象徴となるもの。
それは国の礎となりしもの。
それは国を護り導きしもの。
それは――国の頂きに座する“王”の名を冠するもの。
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深く頭を下げて最上位の礼を維持する。
私の目の前に居るのは薄茶に琥珀色の瞳の老人と白髪に薄茶色の瞳の壮年の男性。
しかし、私はその二人が誰なのかを知っていた。
「お忍びでのご参加だとは分かっていますが、どうかお答えを頂きたく思います。これを不敬だとなされるならばどうぞ罰はこの身だけに。他の方々は一切関係御座いません」
表情こそはにこやかだけどその瞳が何かを見定めるように冷やかなのを感じ許しを得るまで頭を上げることはしない。
「……いつから、かな?」
ぽつりと呟くような声色にこちらも同じく密やかに返す。それだけでも聴こえるくらいには私達の距離は近かった。
「お会いした時からです」
「何故?」
「父が貴方様を必ず視界に入れておりました。それに――私の“瞳”は魔を見抜き、見透かすモノ故に」
「そうか……」
静かな会話。
だけど“この方”も私もここで言えるのは限りがある。
言える事と言えない事、言わない方がいい事と言うべきではない事。似ているようで全く意味が異なるそれを言葉に混ぜ込んで告げる。
「――見事だ。これは聞いていた以上に聡明なお嬢さんだな」
関心したと言わんばかりの声色を聴きながら、私の背筋に伝う一筋の冷や汗。
老人はそう言うなり曲げていた腰を伸ばした。
先程まで立ったままなのも辛そうだった老人がスッと腰を伸ばした事に、何も知らなかった招待客達はルイシエラの言葉が真実だった事を察する。
「エヴァンス、術を解け。あぁ、皆も楽にして構わない。今宵はお忍びで来ているからな。ルイシエラ嬢も頭を上げなさい」
パチンッと老人の隣の男性が指を鳴らせば微かな鱗粉の様な光と魔法陣が二人を照らす。
その光が消えれば現れたのは黄金の髪に金の瞳を持つ男性と見覚えのある姿――ティリスヴァン公爵家の当主、エヴァンス・ティリスヴァン様だった。
エヴァンス様とはレイディルの件で何度か秘密裏にお会いしていたが、初めて見る輝く黄金を纏う男性に知らずの内に生唾を飲み込んだ。
そんな私の緊張を知ってか知らずか、私が“王”と指摘した男性は周囲を見回し朗らかに笑みを浮かべた。
父様とは少し異なる明るい金色の瞳はそれ自体が輝いているかの様に眩く感じる。
ある程度鍛えているのかエヴァンス様よりは少し分厚い肉体。いうなればソフトマッチョで美麗なお顔と相まってまさに王子様って感じである。
いや本当は王様だけどね。
「さてさて、まさか見破られるとは思いもしなかったよ。流石はガウディの娘だな」
「恐縮です」
男の言葉に丁寧に頭を下げる父様はゆっくりと私の隣に移動する。
そっと背中に添えられた心強い掌にいつの間にか下がり始めていた自分の足に気付いた。
「しかし――折角の令嬢の誕生日パーティーだというのに無粋な者達がいるのは些か不愉快だったな」
「申し訳ありません」
ちらりと横目で私が睨んでいた人達を見ながら言われた言葉に父様が軽く頭を下げた。
むぅ、父様は悪くないのにっ!
そう思ってもこのやり取りの先を何となく理解しているので表情に浮かばないように気を付ける。
父様に習い母様も私も陛下に謝罪の意を込めて頭を下げる。
そんな陛下の言葉に言い訳するように声が上がった。
「し、しかし陛下、公爵様はまだお若く……」
「そ、そうです!それにご令嬢では公爵家としての役目は余りに重く、可愛そうではありませんか」
「令嬢としての幸せを思うのであればやはり公爵家には男児が必要だと……」
「――黙れ。」
次々に語られる言葉が陛下の一言でピタリと止まる。
まさに鶴の一声。
大声を出した訳でもないのにその声は不思議と会場に響きわたった。
「余がいつ貴様らに発言の許可を与えた?まだ幼いルイシエラ嬢ですら頭を下げ礼儀を通したのにも関わらずいい大人のお前達のなんと礼儀知らずの振る舞い。不快極まりない」
青褪めるのを通り越して真っ白な顔色で黙る人達を睥睨する陛下はまさにこの国の王たる威風堂々とした姿だった。
「それに役目だと?――女神の祝福者としての役目以上に辛く重い役目など有りはしない。それに、公爵家の役目とは何であるかも知らぬ貴様らにその言葉を口にされるのも業腹ものだ。なぁ?ガウディ」
「はっ誠に仰る通りで御座います」
「そ、それは……」
「しかし」
「ならば答えてみよ。アウスヴァン公爵家の役目とは何であるのかを」
既に陛下の口から“不愉快だ”と決定的な言葉を指摘されながらももごもごと口を動かそうとする彼らに呆れる。
これ以上足掻いてもどうせ結果は見えているのに……往生際が悪いにも程がある。
「あ、アウスヴァン公爵家はこの国の守護を担う家です」
「そうです!代々将軍として役目を担う……」
「――もういい」
焦っているのか、口々に上がる言葉はなんとも残念な程にありきたりな言葉だった。
そんな幼子でも分かっている事を国王がわざわざ聞くとでも思っているのだろうか。
止めろ、と軽く手を振る国王は案の定呆れたと言わんばかりの表情を隠しもせず嘆息する。
「そんな誰でも知っているような上辺しか言えぬならば最初から公爵家の役目など口にするものでは無い」
そんな国王の表情と言葉は余程彼らの心に突き刺さったのだろう。
よろめく数名を横目に見て自分に向けられた視線に顔を上げて背筋を伸ばす。
「――では、ルイシエラ嬢は知っているかな?」
幼子に聞くように笑顔で優しく尋ねられた言葉にこっちもにっこりと笑って頷いてやる。
どうやら国王陛下は私を試したい様子。
元は私が表舞台に引き摺り出したので否は無い。
「勿論ですわ国王陛下」
「ならば答えてみよ。この者たちにも解りやすく、な」
「畏まりました」
さぁどこまで噛み砕こうか。
色々と歴史も古い我が家だからこそ、役目と言っても色々なものがある。
表の歴史と裏の歴史。その中に紛れる“真実”の歴史。
今までゼルダから学んだ事と“私”だからこそ知れた事実。
言える事と言えない事を脳内で取捨選択するが――嗚呼でもやっぱり、根底は……
「我がアウスヴァン公爵家の役目は――導く事です。」
ざわり、私の発言に、予想外の言葉に、周囲の人達がざわつく。
驚愕、嘲笑、そうして浮かべられた周囲の感情。
その中で変わらなかったのは目の前の国王と両親とゼルダとエヴァンス様だけ。
確かにアウスヴァン公爵家は国防を担い、将軍の地位を代々受け継いできたからそちらばかりに目を向けがちだが、始まりはそうでは無かった。
「命を在るべき場所へ、未来を往くべき先へ、人を……導き、護る。それがアウスヴァン公爵家の役目です。だからこそ人の、そして国の盾となり将軍の地位を拝命するようになりました」
そして道を阻む者には容赦無い剣を振り翳した。
それが、我らアウスヴァン公爵家が始まる前から脈々と受け継がれて来た“護り手”たる役目。
「我らが守りしは民であり人。人であり、生きとし生けるもの。――これでお答えになりますでしょうか」
その“人”の中には貴賎は無い。種族の隔たりなど無い。
まさに“生きとし生けるもの”それが我らが護るべき“命”
だからこそ私達は護る。
人を、大地を、――“世界”を導く為に。
穢れた闇から、血を血で争う醜い戦争から、いつか在るべき未来に繋げる為に。
「……見事だ」
真摯に見上げた先、国王が満面の笑顔を浮かべて一言呟く。
「ガウディ」
「はっ」
「お前の娘は素晴らしいな」
「私達の自慢の娘です」
“私達”と強調して母様の腰を引き寄せる父様のドヤ顔にちょっと苛立ちと落胆を抱いた。
さっきまでカッコ良かったのに……デレデレし過ぎじゃないかな!?
私の事を褒められたのが嬉しいのか、鼻の下が伸びきっている父様に呆れる。
「ここまで見事にアウスヴァンの役目を理解している令嬢が資格が無いとは言えるはずもない。ましてやその覚悟も然り。」
会場には国王の声だけが響く。
それだけ固唾を呑んで皆が国王の一挙一動に集中していた。
「――ルイシエラ・アウスヴァン」
「はい」
厳かに呼ばれた名前に一歩、国王の前に出て深く腰を下げる。
私が下げた頭に手のひらを掲げる国王の言葉を待つ。
「――その忠誠を君は誰に捧げる?」
ハッと目を見開きその言葉に息を飲んだ。
それは忠誠の儀の問言の一節。
簡略した忠誠の儀のそれに考えるよりも早く、言葉が口から零れ落ちた。
「私の夕闇の光に捧げます。……大地に沈み行く太陽に、月夜を守る事を。夜空に君臨する月に再び新しき陽を灯す事を。私の名は【ルイシエラ・ロトイロ・ヴァイス・アウスヴァン】この世界を支えし大地と見守りし月に。そして狭間の夕陽を守り、導く事を――受け継ぎし名、魂をもって覚悟を――我が王へ……」
そう言って私は垂れていた頭を上げて祝福の紋章が刻まれた右手を騎士の如く胸に当てる。
私の感情に反応して紋章は優しい光を宿した。
「私の剣は闇を祓う為に、私の力は未来を守る為に。その御身を支えし柱となりましょう」
指先を揃えて胸に当てていた右手をぐっと握れば光は雫のように手の甲から地面に零れ落ち――床に軌跡を描いてある紋章を形作る。
それは花咲く蕾に照らす月と太陽の紋章。
狭間の神、契約を司りしトワイライラの印はリドの忠誠の儀の時とは異なり優しい光を纏っていた。
「――その覚悟、確かに見届けた!我が名は【アーシェル・ヴァル・ディスト・ジゼルヴァン】
忠誠を誓いし者よ。その魂の誓いを違える事なかれ。その行い、その心、信念を違える事なかれ。我が剣と盾となりて、国を支えし一柱となる事を、今宵我が名の元認めよう!」
「っ!」
キィィィンと甲高い音が鳴り響く。
床に描かれたトワイライラの紋章が光を凝縮して私と国王を包み込む。
「どうか君の未来に幸多からん事を」
「光栄です」
パァァンと私達を包んでいた光が弾ける。
光が消え去る中で小さな声で国王は囁いた。
手の平に何かの感触を感じて開けばそこには小さな石。
これは……?
「――ジゼルヴァン国王の名の元、ルイシエラ・アウスヴァンの次期当主継承権を認める。来る日、名実共に君がその名を受け継ぐ時を楽しみにしているよ」
「感謝申し上げます」
突然ではあったが忠誠の儀も無事に終わった事が解った。簡略化した儀式は初めてだったけど無事に終わった事にホッと安堵の息を吐く。
リドの時みたいに身体のどこにも忠誠の紋章が刻まれた感じはしないけど、手の中にある石をチラリと見下ろして国王を見上げる。
「君とは一度、ちゃんと話をしてみたいよ」
そう言って目を細める王にちょっと逡巡しながらも無言で頷く。
王の囁かな声は誰にも聞こえなかったのだろう。
まぁ……こんな状態なら仕方ないかもしれないけどね。
周りを見渡せばわぁわぁと大歓声が響き渡る会場内。
皆が皆、私の当主継承権が認められた事を祝う歓声だった。しかも国王直々に忠誠の儀も行われ、その証人にもなれたとあれば歓喜に沸くのも仕方が……無いのかもしれないけれど正直、耳が痛い。
キーンと耳鳴りが鳴る程に大音量の声にちょっと頬が引き攣っていると隣に感じた気配。
「ルイシエラ」
「父様」
「良かったのか……?」
何を、なんて野暮かしら?
いっつも私の心配ばかりの父様に申し訳なくもあるけれど、うん。私はもう覚悟は決めてる。
「じゃあ聞くけど、父様は私以外の子をつくる気なの?」
「いや!それは……」
「それとも私じゃ駄目?」
意地悪かもしれないけれど上目遣いで父様を伺う。
私が産まれたのだって奇跡以外の何物でもなかった。
女神ルーナがその力を分けてくれなかったら私も母様も死んでいた。それが分かっているから母様が次の子を産むのは無理を通り越して直結に=死だ。
そんな母様に無理ならば、さっきみたいに愛人なり第二夫人を迎えなければならない。
そんなの父様には無理だし、私も嫌だ。
ぐっと言葉に詰まる父様についつい笑ってしまう。
「私は一人じゃないもん。そうでしょ?」
確かに今の私はまだ幼いし、公爵家を継げる程の力もない。だけど私にはまだこれからがある。
それに父様だって。
「色々教えてね」
「勿論だ」
おねだりする様に甘えた事を口にすれば父様は破顔した。
つい差し出された両手に反射的に身を任せれば抱き上げられる身体。
もう抱っこされるには私の身体も多少は大きくなったけれど父様にとってはいつだって私は小さな子供なのだろう。
そのまま肩に乗せられて父様は片手を上げて周囲の招待客の歓声に応えた。
“アウスヴァン公爵家万歳!”
“ジゼルヴァン王国万歳!”
いつしか歓声は合唱となり叫ぶ。
その歓声をガウディと共に受け止めながらルイはその視界の端に過ぎった闇の陰に口角を上げた。
“嗚呼――やっと、見つけた”
ずっと探していた。ずっと探っていた苛立ちの原因
わざわざ目立つ事をしてまで見つけたその微かな陰に獲物が掛かった手応えを感じてついつい口元が弧を描く。
……皆が一生懸命作り上げたこの会場を、このパーティーを台無しにされるつもりも、させるつもりも無い。
仄かに高揚する気分のまま、ルイは漂う穢れた闇の残り香にこの会場に広がる己の力を強めてより拡散させる。
誰にも知られないように、悟られないように。
密かに行われた守護の力はルイの身体を蝕む諸刃の剣。まだまだ十全には扱えない不安定な力はルイの身体には多大な負担が掛かる。
だけどルイに後悔は無かった。祝われる当人ではあるが、この祝福すべき日は、誕生を祝う日は、皆に感謝を伝える日でもあるのだから。
産んでくれた母に、守ってくれる父に、教え導いてくれる皆に。
ありがとう。と、そしてこれからも宜しくね。と。
ルイは己が見抜いた闇が散り散りになっていくのを感じて内心安堵の息を吐く。
……これでもう、大丈夫。
自分の力がきちんと作用したのが分かったルイは張り詰めた気配を緩ませガウディに抱き着き、スーウェに笑顔を向けた。
優しい微笑みを浮かべて夫に寄り添う妻と、愛する妻を笑顔で抱き寄せる夫。そんな両親を慕う愛娘。
愛し、愛されている事が分かる仲睦まじい家族の姿に国王と親友は少し離れた場所で嬉しそうに見守っていた……。
――無事に結ばれた忠誠の誓い。
それは少女の覚悟が確かなものだという、れっきとした証拠となった。
国王が認めた少女に異を唱えられる者はおらず。また彼女を認めぬ者も、最早居なかった。
*
「――へぇ、あれが“女神の祝福者”か……」
大歓声の中に紛れポツリと溢れた言葉。
「嗚呼――楽しみだよ」
弧を描く唇をちろりと湿らせて“それ”は嗤う。
「審判の時はもうすぐだ――愉しませてくれよ?」
真っ黒な瞳を弛ませて嘲笑う。
“それ”はルイシエラを、アウスヴァン公爵家を祝福する歓声を背にその場を後にする。
いつか邂逅するその日を思い描いては胸を弾ませて……。
*
そして――ルイシエラは無事にアウスヴァン公爵家の後継者として表舞台に足を踏み入れる。
その道は決して容易なモノではない。
茨も茨、平坦の道など無く……絶望と悲劇に彩られた血の道だ。
しかしルイシエラは、否。
ルイはただ目の前を見据えた。
その道が正解など誰も解らない。
その道が正しいかなど誰も知らない。
ただ、それが彼女の進むべき道なのだと信じて突き進む。
その過程でどれだけの涙を流そうが、血反吐を吐こうが、絶望を、世界を恨もうとも……彼女は決してその選択を後悔したりはしない。
*
――女神はその全てを天空から見下ろし目を伏せた。
陰る瞳、震える指先。
己の愛し子が選択した一つの道を見通し、胸を痛めて抱いた哀しみを堪える。
嗚呼だが……彼女ならば。
悲劇すら喜劇に、絶望すらも大円団にしてくれる筈。
女神は伏せていた瞳を上げて毅然と前を向く。
愛している娘を、信じている娘を守る為に。
未来は三つ目の分岐点に至ったのだから――――




