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暁の姫君と黄昏の守護者  作者: zzz
第三章
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Act.75 [波乱だらけのパーティー]前編

 



 ――天空は変わらず地上を見下ろす。



 今宵、一つの命が生まれ、成長した事を祝う宴は煌々とした明かりを灯した中、開かれる。



 輝かしい星々に囲まれ天上からそれを見守る女神はその瞳に心配そうな光を宿して眺めていた……。




 どうか、どうか、……何事もありませんように。




 じっと見つめる先にはげんなりと疲れた表情の少女が一人。


 美しいドレスに身を包み、今か今かと登場の時を待っていた……。






 ************************







「……姫さん、顔がやばい事になってるぞ」


「つかれた」


「まだパーティーは始まってませんよ」


「もうやだおうちかえる」


「残念ながら姫さんの家はここだ。……頑張れ」




 公爵家らしく美しい調度品が品良く整えられた待機室でぐったりと力を抜きます。


 朝早くから準備準備準備の嵐!

 風呂で身を清めればこれでもか!と身体を磨き上げられ、髪は香油を塗りたくられ丁寧に梳られて……衣装の最終確認やら化粧やら、なんでこんなにやること多いの!?



 朝から怒涛のメイド達の攻撃になすすべもなく、人形の様に大人しくされるがままで着飾られた私、ルイシエラ・アウスヴァン 現在七歳です。



 そんな私は自分で言うのもなんですが、どこかの高貴なご令嬢の様な見た目でした。




 髪型はメイド達が嬉々として編み込みをした渾身の一作。


 私の紅い髪の毛に映える白と金糸で刺繍を施したサテンのリボンを巻き込み両サイドを小さな三つ編みにしアップに結んだ髪型。


 ドレスは母様とメイドのルーナが気合いを入れて一からデザインした代物です。


 ……えぇ、私の意見など皆無ですとも!


 ドレスは総レースのハイネックとロングスリーブでクラシカルな装いでありながら可愛らしいプリンセスライン。

 背面に大きめなリボンが唯一の年相応な部分となっていました。

 スカート部分は二枚重ねでフレアやギャザーを駆使してシルエットが綺麗な形に仕上げてあります。


 ふわりと柔らかい薄黄色の生地は丈が長めで裾には刺繍を散りばめ、その上に私の髪色に合わせて染色した明るめな紅色の衣装を重ねています。

 上の生地に縫い付けられた鮮やかな赤糸のレースが見事で、そこから内側の裾の刺繍が見える形です。

 刺繍は橙色の糸で風にたなびく炎を模した意匠。

 それはアウスヴァン公爵家の特徴でもある浄化の炎を表した物でした。


 お針子の腕が見事なのか、モチーフが物騒な癖してそれはとても美しく品の良いものに仕上がっていました。


 ここまで華美なドレスは初めてだったので内心似合う筈がない!と内心ドン引きしていましたが、まぁ着た感じ鏡を見ても自分に似合っているのが不思議と悔しい気持ちにさせます。



 顔もいつもはしない化粧をされて、私の釣り目がちな猫目はより眼力が強めにされました。

 日々の訓練で少し日焼けしてた肌は粉をはたかれ真っ白に。唇は赤の口紅をされる所を抵抗したので薄紅色の柔らかい色に。



 ですが……見た目、まんま悪役的な令嬢の姿に少し肩を落としました。


 鏡を見た瞬間『どこの悪役令嬢だよ!』と呟いたのは仕方ないと思うんですよね。


 別に“ルイシエラ”がよく小説にある悪役令嬢とかでは無いのですが……気位の高そうな釣り目と見た目は性格が苛烈そうな印象を抱かせてしまいます。


 これでもっと色の濃いドレスで真っ赤なルージュで高笑いとかしてたら完璧悪役ですね。うん。


 ルイシエラ(わたし)の顔は目鼻立ちがハッキリしてて迫力あるし、髪色も濃いめで派手だから……えぇえぇ悲しくなんてないんですから!






「ダイジョーブだって姫さん、めちゃくちゃ綺麗だぞ?」


「今日は一段とお美しいのでご安心下さい」



 鏡を睨むようにして見てる私が不安がっていると思ったのか、ヨルムとベルンが慰めの様に褒めてくれますが……一つも安心出来る要素が無いから!


 それに年齢的にも綺麗よりは可愛いって言って欲しいこの複雑なオトメゴコロ。


 前世合わせて二十○歳ですけど、それはそれ。

 やっぱり七歳ならばまだ可愛いって言われたい……よ。






「くぅん?」



 大丈夫?と言わんばかりに小首を傾げて見上げてくるシリウスに荒んだ心が仄かに回復した気がします。


 子犬ならではの潤んだ瞳。赤色と金色の円な目にキュンっとトキメキの矢がハートに突き刺さりました。




「……癒やしよっ」


「くぅ〜ん!」



 ガシっと掴んで抱き上げた小さな姿に、私の愛は……拒否られました。


 いきなり勢い良く抱き上げた私が悪いんですけどね!



 器用に腕から抜け出し肩だけ蹴って私の抱擁から逃げ出したシリウスに両手は往生際悪く追い掛けます、が。







 コンコンっ




「――失礼致します」



 軽いノックの後、部屋に現れたのはいつも以上にビシッと燕尾服を着こなしたゼルダ。





「お嬢様、そろそろお時間です」




 どうやらタイムリミットの時間みたいです。







 *





 ジゼルヴァン王国を縦断する街道沿いに位置するアウスヴァン公爵家所有の()()


 アウスヴァン公爵家が有する私設騎士団、赤獅子騎士団本部にも程近いその屋敷では今宵、公爵家の姫君が初めてのパーティーに姿を現す。



 パーティー会場でもある屋敷の大広間。

 美しく輝くシャンデリアの光を受け、一段と煌めく絢爛豪華な調度品。


 繊細に奏でられる旋律を聞きながら人々は優雅な会話を交わす。



 ある者は踊り、ある者は見事な料理に舌鼓を打ち、ある者は囁く――



 曰くその姫君は病弱な深窓の令嬢。

 曰くその姫君は女神に愛された愛し子。

 曰くその姫君は傍若無人の我儘令嬢。

 曰くその姫君は汚れた獣を愛でる変わり者。

 曰くその姫君は醜い顔を持つ子供。

 曰くその姫君は美しい顔を持つ少女。



 曰く、曰く、曰く……真実と憶測、想像と妄想に飾られた言葉は幾重にも人々の口で紡がれた。



 その真実を知る者は黙して語らず。



 ただ主役の登場を今か、今かと待ち望む。



 そして――時は来た。





 ざわめきと熱気に包まれた会場に一つの鐘の音が響き渡る。

 音楽は音を止め、人々は正面の二階のテラスから現れた一人の男に注目する。


 燃えているかのような真っ赤な赤い髪。

 輝く黄金の瞳で会場を見渡し堂々と立つ偉丈夫。



 ――アウスヴァン公爵家の現当主、ガウディ・アウスヴァンの登場だった。



「皆様お待たせ致しました。今宵は我が娘の誕生を祝うパーティーにようこそ!娘も無事七歳の誕生日を迎えられとても喜ばしく思います。どうか今宵は皆様に楽しんで頂ければ幸いです」



 しんっと静まり返る会場に力強く響き渡る声。


 注目される視線などなんのその。臆さず怯まず己こそが主役と言わんばかりに威厳ある立ち振る舞いは流石は歴史ある公爵家の当主の姿だった。



「さぁ――紹介致しましょう。私の娘を」



 その言葉を合図にガウディの背後にあった両開きの扉が開く。











 ――ゆっくりと開く扉を眺めて……深呼吸。




「――いってらっしゃいませ」


「どうぞ楽しんできて下さい」


「姫さんの御心のままに」



 背後に控えるゼルダとベルン、ヨルムが見送りの言葉を掛けてくれます。



「うん」



 後ろを振り返る事なく頷き、一歩足を踏み出します。



「さぁ――ルイシエラ。胸を張りなさい」


「はい、母様」



 光り輝く会場。


 隣に寄り添ってくれる母様の手を握り、私は会場に足を踏み入れる。




 ――臆するな、前を向け、笑え



 自分自身に心の中で叱咤する。


 怯える心を表すかのように少し震える指先。

 引き攣る頬を感じながら深く、深く息を吐く。




(……本当は翡翠さんと一緒に迎えたかったな……)




 ふと脳裏に過る過去の記憶。

 パーティーが嫌だと駄々を捏ねた今より幼い頃に交した約束は今も胸の中で燻る。



(――“ずっと傍にいるよ”か、そうであれば良かったのに)



 今より小さく、まだ弱く、己のすべき未来の行動を決めておきながら確固たる覚悟も出来てなかった自分。

 前世も含め社交に、外の社会に出る事が怖かった。


 でも、翡翠さんはそんな自分を励まし支えてくれた。



 “パーティーが終わったら一緒に二人だけの誕生日会をしよう”


 そうして心の逃げ道を作ってくれた。


 でも、彼はもういない。

 パーティーを行う前の儀式で彼は穢れた闇に侵食され命を懸けた封印により深い眠りについた。


 彼が眠った揺り籠たる封印石は、私の手を離れ今は別の者の手にある。

 それを後悔する事は無いが……この胸元に揺れる石が無い事がどうしようもない不安を駆り立てる。




「ふぅ」



 ――でも、だからといって私は一人じゃない。




 背中に感じる温かい視線。その温もりに励まされる。

 自分の配下となったベルンとヨルム。その二人には誇れるような主でいたい。



 息を吸い、吐く。

 その動作をゆっくりと意識して繰り返す。




 一歩、一歩、確かに足を踏み出して前に進む。




 広間から見える位置まで進めば自分に向けられる無数の瞳。

 視線が肌を焦がすかの様に自分の身体に集まるのを感じた。


 シャンデリアの眩い光に目を細め、未だかつてないほど豪華に整えられた広間に内心感心しながら目は目の前でこちらに手を伸ばす偉丈夫に向けたまま。



 ……父様。



 ――そうだ私は、ルイシエラ・アウスヴァン。


 アウスヴァン公爵のひとり娘。

 国を守護する――【紅蓮の獅子】の子だ。



 ぐっと顎を引き前を、ただ父様を見つめて前に進む。




 ――優雅に、優美に、手の先足先頭の先まで神経を尖らせ振る舞う。




 母様やルーナ達が仕上げてくれた戦闘服たるドレス。そのふわりと広がるスカートを翻し、一拍遅れて足に纏わり付く裾を捌きその場に立ち止まる。




 ――不安も緊張も飲み込め。恐怖など噛み砕け。



 ここは――私の初陣の場だ。






 *




「お集まり下さりました皆々様方。お初にお目に掛かります。ご紹介預かりました(わたくし)はアウスヴァン公爵家が娘ルイシエラ・アウスヴァンと申します。今宵は私の誕生日パーティーにようこそ」




 ――その声は不思議と広間に明朗と響き渡った。


 父親である公爵がエスコートする小さな姫君。

 赤よりも遥かに濃い紅の髪を美しく結い上げ、髪色と合わせた同系色のドレス。流行遅れと言われても可笑しくない、その年齢にしてはあまりにもクラシカルで大人しめな装いだったが……不思議と目が惹かれて仕方が無い。


 可愛らしいよりは美しいと賛美されるされるだろうその少女は完璧な微笑みと立ち振る舞いで招待客達の前に姿を現した。



「不運な事に今まで社交の場とはご縁が無く、これが初めての社交となります。至らぬ事が多々あるかと思いますがどうかご指導ご鞭撻の程よろしくお願い致します」



 年齢とはそぐわぬ洗練された所作。

 ゆっくりと行われたカーテシーは大人でもそこまで美しく出来るかと思える程、優雅だった。



 緊張に震えるかと思えば、不安に表情を強張らせるかと思えば、そんなもの無いと言わんばかりに堂々と胸を張る少女に腹に一物も二物も抱える老獪な者は警戒心を抱いた。



「さて、挨拶はここまでで構わないでしょう。どうぞ皆様今宵は楽しんで行かれてください」



 そっと娘に寄り添っていた公爵が挨拶の終わりを告げ用意されていた楽団が再び旋律を奏で始める。



 それを合図に真っ先に主役に挨拶をと早足に公爵家一家に向かう者、順番待ちに仲間内で囁き始める者、食事に舌鼓を打ち始める者と各々が動き始める。



 ヒソヒソと交わされる囁き。

 その話題はやはり初めて社交の場に現れたルイシエラの事だった。




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