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暁の姫君と黄昏の守護者  作者: zzz
第二章
74/79

Act.73 [繋がる縁]

 




 ――女神は自分よりも遥か彼方の天空から己の愛する世界に目を向ける。


 満天の星々の中に揺蕩う銀色の髪の毛。


 月明かりを集めた不思議な瞳はゆらり、楽しげに細められた。



 くすり、と女神は笑う。



 クスクスと微かな笑い声は孤独な世界に静かに響き、消えて行った……。



 ***********************





 世界を震わせるかの様な怒声に耳がキーンとしました。


 エルヴの黄金の毛並みが怒りに逆立ちチクチクする感触に擽ったく思いながら咄嗟に目を閉じた瞼を開ければ……




「わぁお」



 咆哮が向けられた皆がいた場所はちょっとしたクレーターが出来ていました。

 驚きの余りに淡々とした声色が口から溢れます。




『揃いも揃って何たる事を!こんな可愛い子の身体に何たる仕打ち!!』



 怒り狂ってどしんどしんと前脚で大地を踏み締めるエルヴ。

 その背に背負われた状態の私は……ちょっと酔いそうになりうぷっと口から何かが出そうになりました。



「だ、大丈夫か?姫さん」

「痛みますか?」



 感情の行き場が無いのか子供が地団駄を踏むようにドスドスと止まらぬ揺れ。

 ちゃっかりエルヴの咆哮から逃げたヨルムとベルンが私をエルヴの背から下ろそうと手を伸ばしてくれますが、馬の背よりも揺れるエルヴに私を掴もうとした手は空を切ります。



「ぬぅうぅ」


 吐く、絶対吐く、これ



 余りの勢いに私の首がガックンガックンと揺れます。



『このまま痕が残ったらどうしてくれる!?』


「心配するな。俺が嫁に貰う」


「は?何、巫山戯(ふざけ)た事を抜かしてるんですか?」



 一生懸命私を救出しようとしてくれるベルンとヨルムを尻目にエルヴの言葉にディヴァルがあり得ない発言。それにゼルダが心底恐ろしい低い声で怒りの笑顔を浮かべていました、が。それよりも先ず、この揺れを誰か止めてくれぇえ!!!







 *




「大丈夫ですか?お嬢様」


「むり、しぬ、はく」


『す、すまぬ。怒りで我を忘れていた』



 結局はヨルムが咆哮から逃げる時に咄嗟に抱えていたシリウスがひと吠えしてくれて三人、というか二人と一匹はやっと私の状態に気付いてくれて最悪な事態は防げました。


 しかし短い時間でも何回も上下に身体をシェイクされ、気持ち悪さが最高潮です。



 なんか喉まで駄目なやつが込み上げてきてる気がする……。



 やっと踏み締めた大地によたよたとよろければすかさずキャッチして支えられます。


 そのままぐでっとした状態でゼルダに抱えられますが、あんたさっきまで私の事頭になかったよね!?


 私を抱えて得意げな様子のゼルダと悔しげなディヴァルがまた懲りもせずバチバチと目線で火花を散らしていますけど……



「……ふたり、これ以上、けんかするなら、キライ」


「「!!」」



 マジでいい加減にしろよ!!



 心の言葉が若干悪くなりますが、そうなるくらい私に余裕など無いのです。


 これが犬猿の仲というのか、さっきからディヴァルは何かとゼルダを煽る態度ですし、ゼルダはゼルダでいつもの穏やかな様子など皆無で喧嘩腰です。



 もうこの際、二人の仲はどうでもいいので頼むから、頼むからっ!私を巻き込まないでよ!!


 後生だからさァ!!




 そんな思いで吐いた言葉は思った以上に効果があったみたいで二人の口喧嘩はピタリと止まりました。



「ぜる、はなして」


「しかし……」


「はなして」



 余り口を開き過ぎるとやっと引っ込んだ衝動がぶり返しそうです。

 その為言葉少なくぼそぼそと喋りゼルダの手を振り払います。



「!」



 愕然とした表情で初めて拒絶された事に固まるゼルダ。

 そんなゼルダを横目にヨタついた足取りで足を踏み出せば目の前に差し出された手のひら。

 その張本人を見上げ――私はその手を全力ではたき落とします。




「なぜ!?」



 寧ろ何故その手を取るとでも思ったのかこの魔王が!



 私にはたき落とされた手にショックを受けるディヴァルにペッと内心唾を吐き捨て、ヨタヨタと覚束ない足取りで私はベルンとヨルムの元に向かいます。




「ベルン、だっこ」


「は、はい」



 ゼルダ達の側にいたらいつまで経っても巻き込まれますからね!



 もうすぐ七歳になる私としては子供過ぎる仕草ですが両手を伸ばしてベルンに抱っこをせがみます。


 戸惑いながらも抱えてくれたベルンの胸元でホッと息を吐きゼルダを振り返れば青白い顔で固まったままのゼルダとディヴァルが。


 ふんだ。いい気味です。


 人を振り回した罰だもん!と心の中で舌を出しながらこちらを見つめるエルヴを据わった眼なのを自覚しながら告げます。



「せつめい」


『う、うむ』




 諸々と説明してくれますよね?





 *



『その、先ずはお嬢さんを怖がらせた事を謝罪しよう。本当にすまなかった!』


「うん」


「そうだそうだ。元はといえばお前がいきなり脅すのがいけないのだ」



 ちょ、ディヴァル、お前少し黙ってろ



 説明、と先ずは口火を切ったのはエルヴです。

 しょんぼりと耳も尻尾も伏せて謝罪の言葉を口にする彼に頷きますが、やんややんやと口を挟むディヴァルを睨み付けます。


 お前に話は聞いてねぇ!大人しくしてろよ!とギロリと怒りを込めて見上げれば、察したヨルムがディヴァルの前に立ちはだかりました。


 色々と聞き捨てならない言葉を口にするディヴァルですが、こちらに危害を加える気は無いようなので牽制するヨルムに任せエルヴを促します。



「つづき」


『お、おぅ。それでだな、すまんがもう一度聞くが……何故人狼族を知っている?』




 ――それは、



「それは私からお話致しましょう。お嬢様はまだご気分が優れないようですから」



 再び遮られる私とエルヴの会話。

 私に冷たくされてショックを受けてたのから復活したのか私を抱えるベルンとエルヴの間に一歩踏み出しゼルダが言いました。


 宜しいですか?と尋ねられた目線に頷きます。



 ゼルダもリドの事を知っていますから、エルヴの問いには答えられるでしょうし。




「今はこの地にはおりませんか、人狼族の生き残りの子がいました」


「ほぅ!なんと!」


「“彼”は己の望みの為に王都へ。お嬢様と彼は幼い頃から交友を続け、彼の本当の姿も見ております」




 簡潔に事実だけを口にするゼルダ。

 まぁ確かに事実だけど、少し簡潔やし過ぎないか?と思わないでもないです。

 しかし今更訂正するのも変なのでゼルダの言葉に肯定する様に僅かに頷きました。


 それを見て驚いた様子のエルヴ。



『そうか……の者の姿を……』



 しみじみと噛み締めるように呟くエルヴはどんな感情を浮かべているのでしょう。

 嬉しそうにも悲しそうにも、寂しそうにも安堵したようにも聴こえる声色で呟き俯く彼の顔が見えません。


 しかしそれを問い掛ける前にエルヴは己で納得したのか晴れ晴れとした気配を漂わせ顔を上げました。




『そうか……ならば、それは良き事なのだろうな!かつては我らと袂を分かれた盟友の子孫の祝すべき門出じゃ。心を預けるべき場所を、見つけられた幸運に祝福を』


「へ?」



 そう言って厳かにこうべを垂れるエルヴについ目を丸くします。



『我らの信念故に、遥か古の昔、()は進むべき未来みちを分かれた。……決して交わらぬ茨の道。それがこうも交じり、絡まり、そして新しい未来に繋がったとすれば、それは決して間違ってはいなかった……間違いではなかったのだ。のぅ?小さき獣よ』


「グルルル」



 エルヴの言葉に反応して唸るシリウス。

 独白のように滔々と語る黄金の獅子は鋭い瞳をゆらりと揺らし弛めて笑みの形にした。


 黄金の瞳はしっかりと私をその目に映し、輝くように仄かに月明かりを照り返す。


 その瞳には一体どんな感情が宿っているのか……深く煌めく黄金は複雑な色を浮かべては移り変わりその色をより濃いものに変える。




『――嗚呼、今宵はなんと良き日か!遥か古の盟友が、その血脈が生きていた。心のままに生きる……その喜びに、我は歓喜の歌を謳おうぞ!――この世界の遥か果てまで!!』


「っ!」



 ――空高く響き渡る遠吠え。


 ビリビリと肌を震わせるその声に鳥肌が立ち息を飲んだ……。







 ――薄い月明かりに照らされ獅子が咆哮する。



 空気が、大地が、水面が揺れる。



 世界へ響き渡れと、世界へ轟けと――



 歓喜の歌を、喝采の遠吠えを。


 心を、魂を、震わせる猛き雄叫び。




 空を見上げ祝福の声を叫ぶ……。





 仄かな月明かりに照らされ輝く鬣。

 金色の毛並みを揺らし、月に向かって吼えるその姿。




 ルイはそのどこか見慣れた光景に心が震えるのを感じた。


 決して折れぬ覚悟を表す姿。

 月に叫ぶ誇り高き王の姿。



 ……それはルイの、アウスヴァン公爵家を表す光景。





 嗚呼……嗚呼!!




 ルイは頬を伝う涙の感触を感じながら打ち震える胸の衝動に両手で顔を覆った。



 祈りを叫ぶその姿は――アウスヴァンが、この国の守護を掲げる己の家が背負うもの。



 ルイは考えるよりも早く心の中で理解する。



 己の家を表す家紋の由縁を。その中に込められた意味を。



 ……その中に込められた願いと祈りを。



 絆と縁。その形を現す家の紋章。


 歴代の当主達が、その始まりの初代がどうしてその姿を形にしたのか。


 誰も知らない。誰も分からないと告げられた家紋の由来が、今ここに――



 ……そして再び繋がれた絆を感じルイは涙の滲んだ目でエルヴを真っ直ぐ見つめていた。




 *




「……お嬢様、そろそろ屋敷に戻りませんと」


「……うん」



 森に、空に、大地に轟いた咆哮は僅かな響きを残して消えて行った――。


 ぐずる鼻を啜り、ルイは小さく頷いた。




『そうか、もう宵も深い。そろそろ幼子には辛かろう』


「なんだ、まだ良いだろう?お前だけ愛し子とばかり……」


「魔王陛下、お嬢様はまだ子供なのです。貴方の都合に振り回さないで頂きたい」



 心配そうにこちらを見つめる黄金にほっと心が解ける感覚を感じればしれっと水を差す言葉。

 ディヴァルの言葉に呆れたように返すゼルダに私は心の中で頷きました。



 流石に夜中も夜中。あと数時間もすれば朝日すら覗き出す時間帯です。


 ここに、神域の湖に辿り着くまで、そして辿り着いてから結構な時間が経っています。


 そろそろ帰らなければ父様だって心配で突撃して来そうな予感しかしません。

 色々騒いでもいますし、ゼルダがここに来ているので、ある程度は事情も察してくれるでしょうが……また部屋に軟禁は御免被りたいなぁ……




「むぅ、人の成長とは遅いものだな」


「貴方がた魔族と一緒にしないで頂きたい」



 唇を尖らせ不満を顕にするディヴァルですが……可愛いなんて思ってないからね!

 美人はどんな顔をしても様になるだなぁと無常さにやさぐれます。



「エルヴ」


『ん?どうした愛し子よ』



 ベルンにお願いして地面に下ろしてもらいます。

 あれ程感じていた気持ち悪さも落ち着き、しっかりと地に足を付けてとことこと歩み寄ればゆっくりと腰を下ろし視線の高さを合わせてくれたエルヴ。


 両手を差し出せば頭を寄せてくれる黄金の獅子に抱き付きます!




「ありがとう」




 ギュッと万感の想いを込めて、言葉に出来ない複雑なこの感情を届けと言わんばかりに強く、強く抱きつきます。


 ふわふわな毛並みを堪能しつつ、耳に寄せた唇。



「私……“―――――”なの」


『……そうか』



 誰にも聞かれないように小さく囁いた言葉。


 拒絶されるかもしれない。

 嫌悪を抱かれるかもしれない。


 それでも、エルヴにだけは嘘偽り無く伝えたかった言葉。



 震える指先を誤魔化すように握り締め、そっとエルヴから離れます。



『……愛し子、いやルイシエラよ。お前さんが何者であっても儂はお前さんがお前さんである事に感謝するよ』


「……」


『お前さんと共に育ち、この地を離れた同胞の血族もまた同じであろう。……だから、ルイシエラ。お前が望む道を行きなさい』


「エルヴ」



 じわり、落ち着いたはずの涙腺がまた緩みます。


 優しく慈愛に満ちた金の瞳が私の不安を溶かしていきます。



『ルイシエラ。我らの絆の継承者よ。お前の未来にどうか、幸多からん事を……』


「ありがとうっ!」



 拒絶されなかった。嫌悪されなかった。

 その上私を認めてくれたその言葉に頬を涙が零れ落ちる。



「お嬢様……」


「うん、大丈夫っ!」



 そっと優しく触れる肩の温もりにエルヴから一歩下がる。帰るのを促すゼルダに涙を振り払い笑みを浮かべました。



「なんだ、エルヴだけズルいだろう。俺にも……」


「貴方にもお迎えが来ていますよ」



 むつけた表情のディヴァルにしれっと湖の対岸を指し示すゼルダにそちらを振り向けば。



「……くそっ」


「大人しくお帰りになられる事ですね。これ以上は流石にお嬢様もここにはいられませんから」



 対岸の森の端。

 ゆらりと揺れる黒い影。

 ローブを被っているのか顔は確認出来ません、しかしゼルダの言葉を聞けばあれがディヴァルのお迎え、なのでしょう。




「ちっ、おい愛し子」


「な、なんですか」


「俺の名前はディヴァルだ。良いな、この名を忘れるな」


「はい?」



 名前はさっき聞きましたけど?


 悪態を吐きながら念押しするかのように言われ意味不明過ぎて疑問符を浮かべます。



「良いな!絶対、忘れるな」


「はあ」


「じゃあ、()()()



 え?




 くるりと踵を返しお迎えの方に歩き出すディヴァル。



 え、また?またって……また来るってこと!?



 来なくていいんだけど!と心の中で叫んでいれば目の前に現れるエルヴ。



『ルイシエラ、今宵お前さんと出逢えてとても嬉しく思う。何か辛い事や悩みごとがあればすぐ儂を呼ぶんじゃぞ?儂の名を呼んでくれば精霊達が届ける。直ぐに参ろうぞ』


「エルヴ、ありがとう。私も……私も貴方に会えて、とても嬉しかった」


『クククッその言葉はあやつには言わんようにな?』



 くつくつ喉で笑い器用にウィンクするエルヴの視線の先にはディヴァル。



『問答無用で連れ去られてしまうからな』


「え、いやだ」


 速攻で拒否すればエルヴはついに大口を開けて笑いました。



『くっはははっ!顔は良いのになぁ!』


「聞こえてんぞ」


『おお、それはすまんすまん』



 すまんと謝罪の言葉を口にしながら悪びれないエルヴに二人の関係性が分かった気がして私も少し笑ってしまいました。



『あぁ、ルイシエラには笑みが似合うなぁ』



 その笑顔が曇ることの無いように。



 そうベルンとヨルムに目配せするエルヴに二人は力強く頷きます。



『それじゃあ、またのぅ』


「うん――またね、エルヴ」





 そう告げた瞬間―― 一際強い風が神域の湖に吹き抜けます。


 あまりの強さに目を閉じ、そして開けた時には……エルヴもディヴァルの姿もそこにはありませんでした。



「……またね」


「我々も帰りましょうお嬢様」


「うん」




 そして私達も神域の湖を後にします。









 ――それは、遥か古の絆を紡ぎ直した出逢い。


 誰も知らなかった。誰も語らなかった繋がりの証。



 ルイはこれから先、何回も思い出す。



 これが“二つ目”の未来の分岐点だと――









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