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暁の姫君と黄昏の守護者  作者: zzz
第二章
73/79

Act.72 [獣の王]

 


 ――遥か昔から受け継がれてきたお伽噺。


 それはいくつもの過程と結果を子々孫々語り継ぐ。



 悲劇も喜劇も全て、その全てを。



 そして一つの悲劇は魂に新たな奇跡という名の形を与えた………。




 *************************



「っ!」


「やはり……」



 黄金の獅子の名前にヨルムとベルンが愕然としています。


 にやりと口端を上げる獅子――エウザウルヴは私の後ろに控えるヨルムとベルンを見て懐かしそうに目を細めました。



『久しいな大熊と水蛇の末裔よ。こーんな小さき身が大きくなったものだ』



 こーんなと前脚で背の高さを表しているのか頑張って高く前脚を上げる獅子にそんな場合じゃないのにちょっとほっこりします。


 好々爺みたいな穏やかな口調で喋るエウザウルヴにヨルムとベルンは一歩踏み出し、私の隣に並びます。




「何故、貴方様は……」


「死んだ、はずじゃねぇのか……?」



 信じられない、そう顔に書いたような表情の二人に内心疑問符を浮かべます。


 二人はエウザウルヴと知り合いらしいですが……どこで知り合ったのでしょうか?

 と言ってもアウスヴァン公爵家に来る前なのは確実でしょうけど。



 未だに私はどういった経緯で二人がアウスヴァン公爵家に来たのか知りません。

 ただ過去とある事件があり、その縁で二人を引き取った。まではゼルダから聞きました。

 その事件の内容を聞こうにもゼルダは頑なに口を閉ざし、二人に聞こうとしても一度たりとも口に出さない話題なのであまり触れない方がいいのかと尋ねる事はありませんでした。


 しかし、死んだ筈とは余り穏やかな話じゃなさそうですね。



『確かに儂は死んだ。まぁ()()()()()だがな。お陰でこんな猫っころの姿なのはなんとも情けないがなぁ』


 はっはっはっ!と笑うエウザウルヴですが……と言うことは一度は死んでるんですよね?




「えっと……ヨルムとベルンのお知り合い?」



 死んだ話を笑いながら話す豪胆と言うか図太さと言うかそんな闊達なエウザウルヴに置いてけぼりの状態から声を掛けます。


 ベルンとヨルムに至っては呆然として二の句が告げないみたいですし、無言も気まずいので恐る恐る尋ねた言葉はエウザウルヴが答えてくれました。




『その答えには是、だわなぁ。幼き愛し子。儂の事はエルヴと呼んでおくれ』


「えっと、エルヴさん?様?」


『好きに呼んで構わん。勿論呼び捨てでもな?しっかし可愛らしい女の子だ。“あいつ等”が騒ぐのも無理は無いのぅ』



 トテトテと大きな身体に対して軽い足音で私に近付くエウザウルヴ改めエルヴはぬぅと私の顔を覗き込みます。


 迫力満点の獅子の顔にびっくりして及び腰になりますがその金色の瞳はとても優しい色を宿していて……父様の様な温かさと安心感を覚えました。




「エルヴ……」


『なんじゃディヴァル、ヤキモチか?嫉妬深い男は嫌われるぞ?』



 近い、と思えばディヴァルから低く冷たい声が。

 自分に向けられた声では無くてもヒィ!と心の中で悲鳴を叫んだ。



 な、なんでディヴァルが怒ってんの!?



 ゆらり、ディヴァルの周りの空気が揺らいだ気がしてビクビクと怯えに肩が揺れます。



『あぁ、そう怯えんでも大丈夫だ。あれは醜い男の嫉妬というものじゃから』



 最初を間違えたのは己だろうに。そう呟いてディヴァルを振り向くエルヴは呆れた目で彼を見つめます。



『興が乗って悪ふざけに脅したのはお前だろう?自業自得に儂を巻き込むな』


「……脅してなどいない」


『どの口が言うのか。はぁ、すまんのぅ。あの馬鹿はお嬢さんと出会えたことに浮かれてなぁいらぬ事ばかり口にしたもんで今頃後悔してるのじゃ。許してやってくれ』


「へ?」



 エルヴの言葉の意味が理解出来ずぽかんと間抜けに呆けたままディヴァルに目を移します。


 浮かれて?後悔?



 私に見られた事に気付いたディヴァルはふんっとそっぽを向き何やら険しい表情。

 しかしその表情は誰かに……ああ、そういえばこの前会ったレイディルが私の塩対応さに拗ねたのがこんな感じ……拗ねた!?



 え、マジ?あのディヴァルが?魔王様が?


 拗ねた?!




「……何だ」


「い、いえ何でも無いです!!」



 じっと凝視していたのをギロッと睨まれ全力で首を横に振ります。


 そっとエルヴの身体に隠れるように移動すればその眼力は益々強く……なり……怖いよぉ!!



『ディヴァル。お前もいい歳した大人なのだから大人げないことはするんじゃない』


 はぁ、と器用に溜め息を吐くエルヴは窘めるように尻尾をひと振り。



『さぁさぁお嬢さん。色々聞きたいことはあるじゃろうて。短い時間だが、少し年寄りの話を聞いてくれるかい?』


「は、はい!」


『そこの二人もじゃ。お前たちも色々聞きたいだろうが、暫し疑問は抑えておきなさい』


「はい」

「ん」



 ゆったりと腰を下ろしたエルヴの側に寄ります。

 ディヴァルは口を出す気は無いのかそのまま沈黙し、湖にはゆっくりとしたエルヴの話し声だけが響き渡りました……。






 *




 ――その昔、それは誰もが忘れ去るほどの遥か昔。


 この世界に確かに生きていた“聖獣”と呼ばれる生き物がいたそうです。


 彼らは総じて獣の姿と人の姿の二つの姿を持ちこの世界に生きていました。

 なぜ彼ら聖獣が二つの姿を持ち得たのか、それは誰も知らない謎だそうです。

 しかし彼らは二つの姿を行き来し、人として又は獣としてこの世界を神獣や精霊達と一緒に長い間守っていました。


 そしてやがて世界に穢れた闇が生まれ、広がってしまったその時、彼らはどちらの姿も混ぜ合った“獣人”という種族に成った。



 それが今の世で“獣人”と呼ばれる種族の起源――。



 エルヴはその始まりの聖獣、聖獣達の王である獅子の血を色濃く受け継いだ先祖返りであり、獣人達にとっても王族に連なる者だそうです。


 そしてヨルムとベルンの命の恩人……親も無く奴隷として生きてた彼らを助け、親代わりとなって彼らを育てた。




『だが、ちょっとヘマをしてのぅ。獣人として生きていた儂は死んでしまった。その時まで儂も己をただの獣人だと思っていたが……まさか生き返るとは思わなんだ』



 強く、想いを、無念を抱いたまま死に逝く筈だったエルヴはいつしか獅子の姿でディヴァルの元に居たそうです。



『お嬢さんは“霊人”と呼ばれる種族を知っているかな?』



 “霊人”とは強い意志を宿していて死んだ者が現世に留まり生きる種族。

 前世での怨霊とか生霊とかを連想させますが、この世界ではまた違う存在です。


 精霊や妖精に似た物で、魂が強い魔力によって身体を形作り生きる存在。



 今やその存在を認められ一種族としてこの世界にいます。



『儂もそれなんじゃよ。先祖返りとしての力が儂を霊人としてこの世界に再び命を宿した。しかし聖獣としての力が強かった分、人型の、獣人としての死を強く記憶している所為で獣の姿しか取れないという中途半端なもんだがな』



 エルヴが言うには霊人とは強く思い描いた姿を取るそうです。

 しかしエルヴは自分自身の死を受け入れてしまい、人型としての獣人の姿は死んだものになり聖獣としての獣型である獅子の姿で生き返った。




 ……そこまで話を聞いて私には一つの疑問が浮かび上がります。



 人と獣の二つの姿を持つ。その姿を行き来する存在――それを私は知っています。


 リドはもしかして……?




「あのっ」


『ん?』


「し、質問があります」


『儂で答えられることならば』


「――人狼という一族をご存知ですか?」



 はいっと教師に向けて挙手するように手を上げて尋ねます。

 それにエルヴは穏やかだった表情をガラリと変えました。



『どこでそれを?』



 知った、と猛獣の顔に凄みをもたせたエルヴにぶわっと鳥肌が立ちました。



 え、な、何で……



 のそりと身体を起こし私を睥睨するエルヴに恐怖に身体が硬直します。



 ガタガタと震える手足。

 血の気が引いて真っ白になった指先が見えました。



『答えろ』


「あ、え……」



 両肩にのし掛かる重圧。

 エルヴが発する威圧感に口から出た声は言葉にならない。


 威嚇するように牙をむき出しにし、こちらを睨むエルヴに――死を覚悟しました。



 だけど、



「やれやれ、大人げないのはどちらだ」



 ふわっと身体が浮き上がる感覚。

 優しい温もりに包まれ、華のような香りが鼻孔を擽る。



『ディヴァル』


「頭を冷やせ、古き友人よ。幼子を怖がらせているのは一体どちらだ?」



 目の前には真っ黒な壁。

 一ミリも動けなかった威圧感から解放され、視線を上げればそこには美しい端正な相貌。



「へ?」


「可哀想に、怖かっただろう?もう大丈夫だ」



 険しい表情から一変。

 こちらを至近距離から見下ろす赤い瞳がたわみ優しく細められます。




「え?」


「こんなに震えて……手も氷のようではないか」



 大きな細長い手に包まれた小さな手は私の手。


 すりっと頬に寄せられた私の手はディヴァルに包まれて……って、えええぇぇぇえええ!!!???




「えっ、な、うぇ!?」


「どうした?」



 いやいやいやいや!!

 どうしたって?ってどうしたはこちらのセリフなんですけどぉおお??!



 あれ程まで敵対する雰囲気だったディヴァルの突然のデレに理解が追い付きませんけど!?


 なに?!なんなの!?さっきまであんなにトゲトゲしてたじゃん!殺気まで出して脅してきたじゃん?!


 何でこんなに甘々しい雰囲気醸し出してんの!?




 二重人格って言われても納得な余りのディヴァルの変わり様に混乱して目を白黒させます。



「ん?何だ、恥ずかしいのか?――可愛いなお前」


「んん!?」



 人の手にスリスリ頬を摺り寄せ蜂蜜なんかよりも甘ーい色を宿した目に色んな意味でどきりと心臓が高鳴ります。


 しかも気付けばディヴァルの手は私の手から離れ、その手は今度は私の頬に。


 真っ赤であろう頬を撫で、目尻を撫で、そして親指でゆっくりと下唇を撫でられ咄嗟に閉じた唇。


 ゆっくりとディヴァルの顔が近付くのを呆然と見つめる事しか出来ない私――ですが。





 ――ヒュンっ


「おっと」


「!?」



 あと少し。もう少しで顔と顔が重なる寸前。

 暗闇から飛び出した銀色が私とディヴァルの間を通り抜けます!



 咄嗟に反応し顔を逸らすディヴァル。

 驚き過ぎて何も反応出来ない私ですが、パキリと聞こえた枝を踏み締める音に銀色の何かが放たれた方を向きました。




「……何をやろうとしたか、お聞きしても?」


「ほぉ、お前にしては野暮なことを聞くな?久方振りに会ったと言うのに冷たい事だ」



「――ゼル!」




 ゆっくりと森の暗闇から抜け出す姿。


 その姿に心が歓喜に満ち溢れます。



 ぜ、ゼルダさぁぁああんんんん!!!


 待ってた!超待ってた!!来てくれるって信じてたよおお!!



 ディヴァルの腕の中からSOSを願いながら手を必死で伸ばします。



「そのお方を離していただいても?」


「いやだ」


「がーん!」



 疑問符を付けても離せ、と雄弁に語る目で睨み付けながらこちらに歩み寄るゼルダに無下に拒否するディヴァルにショックの感情がついつい口を突いて出ました。



 もうやだこの二重人格者。お色気大魔神!


 私のHP(ヒットポイント)は0よ!




「……」


「……」



 必死に伸ばした手を取ってくれたゼルダがディヴァルから目を逸らさず私をその腕の中から救出しようと引っ張ってくれますが……ガシッと掴まれた腰。


 え、離せよ。



 離れないディヴァルの手につい視線を向けますが、ディヴァルはゼルダを睨み付けていました。


 ぐいぐいと引っ張られる腕。それでもびくともしない腰の手。



 無言で睨み合う中、互いに譲らず引かれる腕と腰。


 ぶらんと空中に投げ出される私の足。



 え、やだ、怖いんだけど……



 お互いしか目に映さぬ二人に力は益々強まり痛みさえ覚えます。



「……離せ」


「貴方こそ」



 ぐいっと力強く引かれる腕ですが、腰を持ち上げられた私は空中でくの字を描きます。


 いっ、痛いんですけど!?



「離せっ!」


「離すのは貴方でしょう!」



「――い!」



 私の身体は分裂出来ないからぁあ!!




 痛い!と声を上げる瞬間。




『――っいい加減にせぬか!!!この馬鹿共が!』




 地面を揺らす程の怒声と一際強い風がぶわっと私を取り巻き、痛みが少し治まります。



『幼子に対してなんたる仕打ち!恥を知れ!!』



 ぽすんと柔らかい毛並みに包まれ、私はいつの間にかエルヴの体の上にいました。



『大丈夫か?』


「あ、は……っいた」



 心配そうな黄金の瞳を見てほっと安堵の息を吐きます。


 でも身動ぎしてずきんっと痛む腰。

 もしかしたら青痣くらいは付いてそうです。


 腕をまくり上げてみればそこには薄暗い中でもくっきりと付いたゼルダの手の痕。



 ひぃぃぃいいい!!!怖っ!



 怨霊とかに握られたみたいな痕に心の中で絶叫しながら声にならない声で絶句する。



 私が見ていた腕を皆が皆見て息を呑む。

 ゼルダが握っていたのがこんな有様ならディヴァルに掴まれていた腰も……推して知るべし。

 じくじく、まだ掴まれているような感覚で、どんな感じで痕が付いているのか気になるような見るのが怖いような。


 そんな気持ちで自分の腕を見下ろしていれば、同じ様に腕を見たエルヴの毛がぶわっと逆立つのを感じました。





『っこの大馬鹿者共がぁああ!!!!』



 そんなエルヴの怒鳴り声が夜の空に響き渡ります……。








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