Act.6 [この世界を知りましょう]
願いは星となり光り輝く。
叶った願いは流星となり世界へと降り注ぎ人へと役目を与える。
それは古からの言い伝え。
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さてさて、前回のお屋敷の冒険から一週間経ちましたがいまだに外出禁止令が言い渡されている ルイシエラ・アウスヴァンです!
いつになったらベッドの住人から脱出出来るのか甚だ疑問ですがまぁ、仕方ないとあきらめましょう。
しかもあの後随分と大騒ぎになり屋敷中上から下へと使用人たちが慌てふためき、両親は慌てて仕事を中断してきてしまいました。部下の皆様にはとても申し訳ないです。特に父の部下の方々は泣きながら父さまを説得しに来ましたし、その時は父さまの顔が見なれた私でさえ怖かったと追記しておきます。
溺愛されているのはもう分かっていますが仕事を放ってきた父さまが悪いのに何で部下の方々が怒られているのですか!?おかしいと思います。そして健康だと言っているのになぜ重病人扱いをされなければならないのですか!?
ちなみに慌てた父さまが思いっきり開けたドアに頭をぶつけたのは不可抗力です。ゼルダに説教をされた父さまにざまぁとか思ってないです。うん。思ってない思ってない。
その所為でベッドの住人になってしまったのもありますが。
しかし、一週間も部屋で過ごしているとやることもなく暇です。まだ一歳である私が出来ることも限られているので出来ることとしたら食べること、寝ることぐらいでたまにメイドの方々が休憩中とかに遊びに来てくれたりするのをお出迎えしたりとか。
本も絵本とかなら読めますが、この世界では本と言ったら学術的な専門書が大半らしく絵本や小説などの娯楽的な本はほとんどありません。
我が公爵家でも絵本は母さまが読んでくれる【暁の神子と闇】ぐらいしかありませんでした。
「うぅーひまで、す」
ベッドの上でごろりと寝返りを打ち独り言を呟きます。
残念ながらまださ行とな行が上手く発音出来ないので一人でいることを良いことに独り言を呟いては練習中です。端から見たら危ない子供確定ですね。
ごろりごろりと転がっていると勢いが付きすぎたのかベッドの端に置いてあったものに思いっきり頭をぶつけてしまいました。
「ふぐっ!う、うぅ!っ!」
馬鹿丸出しだとは思いますが、あまりの痛さにベッドの上でのたうち回ります。
するとそんな私に見かねてかふわりとぶつけた箇所を優しい風が撫でていきました。
『だ、大丈夫かい?子猫ちゃん?』
翡翠さん……取り敢えず一部始終見てたんですね!?
腹痛いってそれは笑いすぎなだけだと思います!
ひぃひぃ言いながら噛み殺せなかった笑いに翡翠さんは涙目でした。
『いやー、子猫ちゃんは相変わらず予想外な事ばかりするねェ』
そんな事言われても嬉しくないんですけど!?
寧ろ誉めてないですよね?貶してますよね!
いまだに肩を震わせ笑っている翡翠さんに流石の私も怒りますよ!
そんな私の思考を読んだ翡翠さんはごめんごめん。と明らかに悪びれない態度で私に向き直ります。……その肩がまだ揺れてるのはなんですかね?え?気にしてはいけないと?分かりましたよ。まったく。
『ちょっと眼を離した隙に皆が慌ててたから何があったのかと思ったよ』
みんな?
『そう皆。――出ておいでよ』
そう翡翠さんが声を掛ければふわりと私の周囲に浮かぶのは色とりどりの光る玉でした。
「ふわぁあ!」
優しく点滅を繰り返す光。
まるで心配するかのように私に擦り寄ってくるそれはどこか懐かしく、温かいものでした。
「翡翠しゃんこれなぁに?」
『これは魔力と呼ばれるものであり、精霊と呼ばれるものだよ』
「う?」
魔力?精霊?どういう事ですか?
初めて聞く単語に疑問符を浮かべます。それに翡翠さんは私を暫し見つめ何やら思案顔。
??
『まぁまだ早い気もするけど丁度いいかな……』
「翡翠しゃん?」
ぽつりと溢した言葉の意味が分からなくて首を傾げます。
しかし翡翠さんはくるりと扉の方を向き直るなりパチンと指を鳴らしました。
それに格好いいと思ってしまったのは内緒です。
でも……あれ?これって?
『やっぱり見えるんだね』
それは扉を起点にまるで薄いベールの様なものが広がり部屋を包みます。もちろんそのベールの中には私達がいますし、私達を包み込むように広がる薄緑のベールを翡翠さんに尋ねます。
『今、この部屋の中の音を漏れないようにしただけだよ。つまりは防音の結界ってところさ』
君だって独り言を聞かれるのは嫌だろ?と言われ確かに、と頷きました。どうやら周りの皆は翡翠さんの姿が見えないみたいなので今、この瞬間を人に見られれば私は一人で会話する痛い子で。お医者様行きになるのは確かです。
『さて。これで会話を聞かれることもなくなったし、少し話をしようか』
「おはなし?」
『うん。この世界の理を教えてあげるよ』
今の君なら受け入れられるだろうから。と続けた翡翠さん。
どこか寂しげに微笑む彼はいつもとは違い少し様子が変でした。
『この世界の名前は【アヴァロン】古代の言葉で幸福を意味する言葉だよ。そして魔力と精霊の力に満ちた世界さ』
そう言った翡翠さんは私ではなく、どこか遠くを見つめているように感じられました。
しかしどこかしら頭に引っ掛かるその単語。私は僅かに感じた不安を飲み込むかのように口を噤み翡翠さんの言葉に耳を傾けます。
『この世界は全てが魔力で出来ていると言っても過言ではないよ。生きとし生けるもの全てが魔力によって構築され生きる原動力となっているんだ――』
*
今の私が住まうこの世界【アヴァロン】の始まりはそれこそ神話の時代からだそうです。
神話の時代を【神代時代】と呼び、それから二千年程の空白の時代があり、今の私達人類が初めて歴史を刻む【古代期】、文明が発達し国として戦争が絶えなかった【戦乱期】、神の調停により戦争が終結した【調停期】そして今現在の国として領土などが落ち着きそれぞれが国を発展している【文明期】が世界の歴史なのだと翡翠さんは語りました。
ちなみに私が好きな絵本の【暁の神子と闇】は戦乱期後半から調停期前半の時代にあった事だそうです。実はあれは絵本は絵本でもきちんと歴史に基づいて描かれたものだと告げられました。
そしてこの世界を創造した神様は3人。
一人目は私をこの世界に転生させてくれた女神【ルーナ】
彼女は天空を支配し、時間を司る神で生きとし生けるものの生死をも司るそうです。
彼女は人を見守る神であり死を見つめる神。
だからこそ彼女は私を見つけることが出来たのでしょう。死の縁にいた私を……。
二人目は大地を支配し、力を司る男神【イカリス】
彼は人を守る神であり人に力を与える神。
彼がもたらすのは生きる力であり、人を守る力。
彼は武神と呼ばれ特に騎士や兵隊など戦う者に信仰されているそうです。
三人目は天空と大地の狭間を支配し、魔力を司る神【トワイライラ】
この神さまだけは性別や容姿など全てが不明らしいです。
ただ役割と司る力だけは他の二神をも上回るとか。
かの神が守るのは人ならざるもの。かの神が見つめるのは世界そのもの。
かの神は世界のバランスを保つ役割を持つそうで、特に人以外の他種族や魔術師などに信仰されているそうです。
【暁の神子と闇】の冒頭にもある3人の神。彼らは世界を創造した後、人が住まうこの大陸【イリス大陸】に自らの守護獣として生み出した獣を神獣と名を改め遣わしたそうです。
【神獣】はその名の通り神により創られし獣。
その力は神の片鱗を宿し、このイリス大陸は長い間神獣による守護によって平和な時を過ごしました。
神獣は世界を見守ると同時に人に祝福を授けるそうです。
それは神さまから与えられた祝福。宿命、と呼ばれる事もあるそうですが一般的に祝福を与えられた者は普通の人には無い力を貰うらしく。英雄や勇者など何かしらの偉業を成し遂げる人が持つ特別な能力だそうです。
祝福を受けた者には祝福を授けた神の紋章が身体のどこかに刻まれて現れるらしく。現在確認されている祝福者は3人。その全員がこのジゼルヴァン王国にいるとの事です。
以上が世界の歴史と始まりの三柱神と呼ばれる神様の説明ですが、私としてはもうこの辺で頭がパンクしそうなほどです。しかも聞き覚えのある単語が頭を過る度にずきりと頭痛がします。まるで警告のように。
しかし翡翠さんの講義はまだまだ続くのでした……。
*
『魔力とはさっきも言ったけどこの世界を形作る力そのものを呼ぶんだ。そしてそれがこの子たちさ』
そんな翡翠さんの言葉に反応するかのように光る玉は私達を取り囲みます。
ふわりふわりと浮かび、仄かな点滅を繰り返す玉を見ているとついつい睡魔が私を襲います。……だって単調に繰り返す点滅が眠りの世界に私を引き込むのだもの!
しかしそう易々と眠らせてくれないのが翡翠さんです。
『お姫様ちゃんと聞いてるかい?このお話はキミにとっても無関係な事ではないんだよ?』
「うぅー」
そうは言われても子供の身体的欲求を舐めてはダメです。特に睡眠欲は抗える事が難しいのです。
そんな私の葛藤を感じたのか翡翠さんはニヤリと一言。
『仕方無いなァ』
「ふわっ!?」
さも渋々寝ることを認めるような事を吐きつつパチンともう一度指を鳴らすと突如として私の体に纏わり付く光る玉達。そして同時に体を撫でるように吹く優しい風。
これから行われる事を察した私の顔からザァと血の気が引くのを感じました。
「ひっ!翡翠しゃん!?」
『取り敢えず、起きようか?お姫様?』
ひぃぃいい!!!
ちょっ!そこだめ!脇腹は弱いんですっ!!くっははは!くびはっ擽ったいぃい!!!!
止めてェェ!!と声を上げますが翡翠さんにとっては何のその。制止の声は丸っと無視され私は擽り地獄を味わい、終わった瞬間にはぐったりとベッドに横たわっていたのでした。
『さぁ、続けるよ。お姫様』
「ひ、翡翠しゃんのおにー!」
『鬼で結構だよ』
そう言ってニコッと満面の笑みを浮かべた翡翠さんはとても威圧感が半端無かったと追記しておきます。
◇
【魔力】
それはこの世界を形作る力であり、自然を生む根源の力。
草木や動物、人や物などに必ず宿る力であり基本的には不可視のもの。
生命力や精神力すらも魔力に深い関係があるそうです。
ちなみに魔力が集まり凝り固まった物で意思を持ったものを【精霊】
魔力は魔力でも無機物や有機物が長い時を経て意思を持ち実体化したものを【妖精】と呼ぶそうです。
妖精は正直、前世で言う付喪神に似ているなと思いました。
器物百年時を経て変化する。なんて聞きましたし。
ちなみに妖精は術などの行使により視ることは可能だそうですが、精霊や魔力を視るのはとっても稀なものなんだとか。
強さ的には自然そのものの力を凝縮した存在の精霊が格段に強いそうです。特に精霊の頂点である【精霊王】はその気になれば国を簡単に滅ぼせる存在なんだとか。
『ちなみに僕は精霊であり、妖精でもあるんだ。ついでに言えば風の名を冠する王でもあるよ』
「……へ?」
その時の私の顔はとても間抜けだったことでしょう。
王?と言えばつい先程教えられた精霊王が思い浮かびます。それを知ってか翡翠さんは笑みを深めてカミングアウト。
『そう。僕は風の精霊王なんだよ』
凄いでしょ?と胸を張って偉そうな翡翠さん。でもその綺麗な筈の翡翠色の瞳は何かに揺らいでいました。
『僕はこの世界の風の魔力を司る王にして暴風の化身――つまりは風そのものの妖精でもあるんだ』
魔力は基本的に6つの属性に分かれます。
水、火、地、風が世界を創る4つの元素として、そして特殊属性の光と闇を足した6属性が魔力の分類とされています。
余談ですが、以前髪色など前世の日本などでは考えられなかった色が多いと言いましたがこの魔力の属性に基づき瞳の色や髪色は決まるそうです。水は青系の色に、火は赤系の色に、地は茶色系の色に、風は緑系の色に、光は人間ならば誰しも持つものなので白色から黄色系の色と範囲が広いです。そして闇は黒系の色に。
人に宿る魔力の属性は血によって継承され、色として表れます。魔力の強さは血統により受け継がれ、見た目の色の濃さとして。
私の場合、髪が深紅なので火属性の魔力を持つことを表しています。そしてその魔力の強さは公爵家故に強大なものをご先祖さまから受け継ぎました。髪色の濃さがそれを表しています。父さまよりも濃い髪色なのでお分かりでしょう。
そして人は基本的に一属性のみならず、幾つかの属性を持つことが許された種族です。
他種族、例えば獣の一部を身体に持つ獣人や人の形に異形の体を持つ亜人などは属性を持たないままの魔力【無属性】又は一つの属性しか持てないのです。
私は水と光を持っているらしく、それは瞳の色に表れました。薄い赤紫の瞳がそれです。
『お姫様……キミは僕に何を望む?』
そんな言葉にハッと我に返ります。
翡翠さんはいつの間にか定位置のベッドの縁ではなく、私の目と鼻の先に浮かび私を見つめていました。
『破壊を望むかい?死を願うかい?』
絶望を?と続ける翡翠さん。でもその表情はなんの感情も浮かばない無表情……いえ、違います。翡翠さんの瞳がゆらりと揺れました。それは私も身に覚えのある感情です。
何かを堪えて、我慢して口を噤む。そんな翡翠さんの表情に前世の記憶がフラッシュバックします。
《もう我慢しなくていいんだよ……》
《怖がらなくていいんだ》
《怯えなくて……大丈夫だよ》
そう私に言ってくれたのは……?
ずきりっと警告のように頭が痛みました。
*
「翡翠しゃん!」
『っ!』
ガシッと翡翠さんを鷲掴みにし声を上げました。
ガンガンと頭の中で鐘が鳴っている気がします。痛みに私は泣いてることでしょう。頬を何かが濡らす感触がします。でもそんなの知ったこっちゃねぇんです!
「翡翠しゃんはこわいでしゅか?わたしが?じぶんが?――わたしは翡翠しゃんがだいしゅきです!だいっだいっだいしゅきです!そんな翡翠しゃんにはかいをのぞむ?しをのぞむ?ふじゃけないでくだしゃい!!わたしは翡翠しゃんとともにいることをのじょみます!そのちからがおそろしいものだとかかんけいないんでしゅ!わたしが!わたしが翡翠しゃんとともにいたのはそんなことのためじゃないんでしゅ!!」
ゼーハーゼーハーと息を切らしながらも言いました。言ってやりましたよ。興奮しすぎて言葉が言葉になっていない気もしますがそんなのは関係無いです。翡翠さんには悪いですがそんなみみっちいこと私は考えません。
私が破壊を望む?なんでそんな面倒臭い事を望むんですか。
私が死を願う?ハッ!片腹痛いです。死ぬのが嫌だったから私は死に際に後悔を叫んだんじゃないですか。だからこそ女神に見つけられてこの世界に転生させて貰ったんです。
そんなの翡翠さんは知らないでしょうけど、言っときますが私の生に対する執着は半端無いと断言できます。何がなんでも生きてみせますから。
そんな私の思考を読んだのか、ふるふると震える翡翠さんの肩。
『っく、ハハハハッ!』
そして大爆笑。え?ここ一応、感動的な場面だよね?間違ってる?あれ?
『くっは!なんだよそれ!オレ馬鹿みてぇ~!!』
ゲラゲラと腹を抱えて笑う翡翠さん。というか口調変わってません?え?気のせい?あ、はい。気にしたら負けですね。了解です。
『なんだよ気にしてたオレ馬鹿じゃん!これが“ヴァンの血”だからか!?いや、これは……』
腹を抱えたままぶつぶつと呟き出した翡翠さん。あの、大丈夫ですか?色々……キャラ崩壊してますよ?
『なぁお姫様』
「は、はいィィイ!?」
ビクーッと過剰反応してしまったのは不可抗力です。だって穏やかな性格だった人(人ではないが)がいきなり360°がらりと性格も口調も変われば動揺しない人なんていませんから!声だって裏返ってしまったのは仕方ありません!
そこ笑わないでください!!
『お姫さん、お前の名は何だ?』
「え?ルイシエラでしゅけど……」
それが何か?と首を傾げますが翡翠さんは不満顔。
『違うっつーの。お前の“本当の名”を教えてくれ』
「ほんとうのな?」
どういうこと?と首を傾げますが、ハッと気付いたのは頭に思い浮かぶ一つの名前。
それは前世から持ち越してきたたった一つの宝物。
私が「私」たる証。
ずきん、ずきん、と頭痛が酷くなっていきます。心臓の鼓動に合わせて痛むそれは前世でもよく覚えがあります。
泣くほど痛いのに、口を開けるのすら辛いのに、その時の私は何かに導かれるように無意識に言葉を紡ぎ、翡翠さんに告げました。
そう、それは私の前世の名前であり魂に刻まれてしまった名前。
涙を表す【るい】の名を―――
『ルイ。それがお前の名か』
こくり、頭が上下します。私が頷いたようでした。まるで客観的な視点でいる私がいます。自分じゃない誰かが身体を動かしたように。ずきん、ずきん、と頭に響く鐘は最高潮に達し目の前が真っ赤に染まりました。
『ならば契約を交わそう【女神の愛し子】よ』
『汝の名と我が【翡翠】の名に懸けて。汝が望む救いを、汝が願う祈りを、我が力と命に懸けて――ルイの涙に懸けて』
ふわり、頬を擽る柔らかい風。
若草の爽やかな香りが鼻を掠めます。
『我が力はルイの剣。我が力はルイの盾。』
『共に居ることをオレも――僕も望む。』
「っ!」
その瞬間、光が目の前に瞬き閃光となりました。
私は余りの痛さに頭を抱えて蹲ります。
嗚呼――翡翠さんに触れていた右の掌が熱い。
ちらりと最後に見えたその手は、何かの紋章が刻まれていました。
その記憶を最後に私の意識は闇に沈みます……。
「――ルイっ――!」
嗚呼、私の名を呼ぶのは誰?




