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暁の姫君と黄昏の守護者  作者: zzz
第二章
69/79

Act.68 [闇の子犬]

 




 ――美しく世界を照らし出す朝焼けの光。



 闇の空を塗り替える束の間の狭間。


 太陽の光と夜の闇の交わる間の色に遠く離れた少女を思い出す……。



 彼女は元気だろうか。

 また怪我などしていないだろうか。


 いつだって胸の中に思い描く大切な少女。


 嗚呼――会いたいな。



 それは胸の中に秘める言葉……。







 ************************



 少し黄昏れながら窓から空を見上げていれば、ざわざわと部屋の外の騒がしい声に外から目を外し扉を見つめます。



 なんだろう?



 部屋の扉の前で何やら押し問答する声に気配を探れば、先程までこちらに向かっていたネロの気配が。

 どうやらネロと扉の前に立っていた護衛が口論しているみたいです。


 一体どうしたというのか。


 ネロは基本的に顔パスで出入りが自由の筈です。

 さっきだって普通に出入りしてたのにそれを阻む程の何かがあったのか。

 天井と窓に居る護衛役の人達も騒ぎに気付きそわそわと落ち着きがない様子。それを見てベッドから降ります。



『っルイシエラ様!』

『我々が見てきますのでお待ち下さいっ』



 私がベッドから抜け出たのを見て声を掛けてくる天井からの声に首を振ります。



「ううん、良いの。貴方達はそこに居て」


『しかしっ』


「いいの、そのまま居てね?」



 にっこり口元は笑って天井を見上げます。


 そこから動くんじゃねぇぞ。と口に出さない言葉を込めて見つめた天井はガタガタっと一際大きな音を立てて止まりました。


 おほほほっゼルダ直伝の目が笑ってない笑みは効果抜群です!



 内心高笑いしながら扉を開けて顔を出せばそこには扉を守る様に立ちはだかる護衛役と焦ったような表情のネロが居ました。



「ネロ?」


「っお嬢様!」


「お下りください!危のう御座います!」



 慌てた様子の護衛を横目にネロの方を覗き込めば……。


「っ!!!か、可愛いっ!!」


 そこにはネロの腕に抱かれた可愛らしい黒い毛玉……じゃなくて小さな子犬がいました。


 ズキューン!とトキメキが胸を撃ち抜く音が聴こえた気がしました。



「もっふもふ!もふもふ!」


「えっ、ちょっ!待てっ待てってば!」



 頭の悪い事を叫びながらネロの胸から子犬をひったくります。


 止めろ!と声を上げるネロなんか無視して奪うように抱き上げた子犬。

 真っ黒な毛並みは想像通りのふかふかのもふもふで尻尾の先は真っ白。

 大きく円な瞳は左右で色違いの赤と金色。



「もふもふー!!!」


「馬鹿っ!離せ!」



 ぎゅっと抱き締めその毛並みを堪能してればネロが怒鳴りますがそんなの無視です無視!


 今まで窮屈でストレスが溜まりに溜まってるんです!

 これで発散してても罰は当たらないでしょう!



「可愛い!可愛いね!どこの子かな?寧ろもううちの子でいいよね!」


「――っ人の話聞けよ!」


「やだ」


「即答かよ!?」



 ぎゃあぎゃあ騒ぐネロの言葉に即答で拒否します。

 おろおろと護衛の人が右往左往してますが丸っと無視。

 寧ろネロがこの子を連れて来たんですから私に会わせる為に連れて来たんでしょ?



「真っ黒だねぇキミ。かっわいいねぇキミ」



 有頂天でぐりぐりと頭を毛並みに擦り付けて狂喜乱舞します。

 しかしあれだけ騒いでたネロと護衛が静まったのに気付きふと顔を上げれば……




「――お嬢様?」


「ひっ!」



 ひたり、と静かに肩に置かれた手。

 背後から聞こえた声に身体全部が震えます。




「――部屋から出てはいけないと……言いませんでしたか?」


「ひっ!」



 ひぃぃぃいい!!!!



 ガタガタガタガタ身体がバイブレーションします。

 私の後ろにはいつの間に居たのか、執事長ゼルダが。



「お約束……しましたよね?」


「はぃぃいいぃ!!!」



 ゆっくり色々と含める言葉に悲鳴を上げます。


 低ーい声に今までの諸々が思い出され私は涙目です!



「さぁ、お部屋に戻りましょうか?」


「は、はぃい!」



 痛く無いけどぎゅっと肩を握られ抵抗など皆無です。

 拒否権など初めからありません!


 いつの間にか私の腕の中に居た子犬はゼルダに取り上げられ、私は連行されるままに部屋に戻りました。



 も、もうちょっと堪能したかった……あ、いや、ちゃんと部屋に戻りますよ!





 *




 そんなこんなありながらも再びベッドに出戻った私。

 ゼルダに首の後ろを持たれて空中にぶらぶらと揺れる子犬の目に私の目もうるうるとします。


 きゅーん、と可愛らしい鳴き声を上げながらこちらを見つめるその目に心が痛くなります。


 うぅ、助けられなくてごめん……。



「お嬢様?」


「ふぁい!」



 じっと子犬を見つめている私にゼルダから呼び掛けられびくんっと身体が飛び上がりました。




「……聞いておりましたか?」



 じろり、とこちらを見る片眼鏡の奥の瞳が怖くて見れませんっ!



「えーとっ……てへっ?」




 言い逃れも出来そうにない瞳にあざとく首を傾げて上目遣いで彼を見上げます。


 はぁと深い溜め息を吐くゼルダに冷や汗を流しながら心臓はばくばくです。

 しかしそこは突っ込むのは止めたのかもう一つ溜め息を吐いたゼルダさん。




「もう一度、お伺いします」


「はい!」


「この者に見覚えは?」


「んんん?」



 この者?


 そう言って目の前に差し出された子犬ちゃん。

 相変わらずのうるうるお目々でじっとこちらを見つめるその目を見て首を傾げます。



「……」


「(うるうる)」


「……」


「(ふるふる)」



 じーっと互いに目を合わせ見つめ合いますが、段々と子犬が震えて来ているのは気のせいでしょうか?


 あ、気のせい?了解です。


 顔だけ見てれば本当に漆黒の毛並み。

 艷やかな照り返しとキューティクルは犬の癖に随分と良い毛をお持ちで……。


 鼻先は長く、大きな耳とふさふさな尻尾。

 この世界の犬種など知らないので何の種類かは分かりませんが手足が大きいのでこの子も大きな身体に成長することでしょう。


 そんな子犬を見つめたまま首を傾げて、傾げて……んん?

 どこか見覚えあるような無いような。




「お嬢様?」


「うーん、無い、かなぁ?」




 どちらなんだ、と尋ねる声に首を傾げたまま答えます。

 すると軽く息を吐いたゼルダが隣に居たネロに子犬を渡しながら膝を付いてベッドに座る私の顔を覗き込んできました。




「ならば、あの夜。部屋を出てからの記憶は御座いますか?」


「あの夜……」




 それは私が失踪した夜の事でしょう。

 目覚めてから詳しく話を聞かれなかったのでそのままスルーされるもんだと思っていたので改めて記憶を思い出しながら視線を上に向けます。



「はい。少しだけですけど……」


「お伺いしても?」


「えっと……最初は、少し気になっただけなんです。ただ庭を眺めてたら……呼ばれたような気がして……」



 そう、あの時何かがいた気がしてテラスから庭に下りた――。

 夜の暗闇に混じる“何か”の気配。でも幾らあたりを見回しても何もなかったから……一回は部屋に戻ろうと思った。


 でも、どうしても、庭の奥。林の先が気になって、気になって、風に乗って何かが聴こえた気がして……私はそのまま一人で歩いて森に入り、神域まで突き進みました。

 誰か……ヨルムでもベルンでも呼べば良かったのにそれすら思い至らない程に何かに急かされる様に進んだ先。

 見つけたのは――あの黒い靄です。



「神域の湖で黒い靄を見つけました。何か分からなかったけど、でも気になって……」



 手を伸ばしたら……。


 そこから先は余り話さない方が良いでしょう。

 口を噤んで首を振れば察してくれたのかゼルダは「そうですか」と納得するように頷きました。



「お嬢様」


「はい」



 音無く立ち上がり私を見下ろす灰色の瞳を見返します。



「この者はただの子犬ではありません」


「へ?」


 この者、と子犬を指すゼルダにぽかんと口が呆けます。



「この者は魔獣――しかも魔獣の中でも強力な闇の魔力を帯びた高位魔獣です」



 は、はぁぁぁあああ!??



「こ、この子がですか!?」


「ええ」


「え、えぇと魔獣の子供って事ですか?」



 こんな円な瞳の可愛い子犬がまさかの凶暴と名高き魔獣とは思えなくて食い気味にゼルダに尋ねます。

 それにゼルダは無言で首を横に振りました。



「残念ながら魔獣には幼体などはいません。元々動物が穢れを宿し闇落ちした魔物の上位体が魔獣ですが、穢れを宿した時点で動物とはその生態が異なります。ですので魔獣とは種族を表す総称では無く、それぞれ魔物の中でも脅威的な存在を指すものです」



 ……つまり?


「魔獣は子を産む為の生殖活動などしないのです」


 ……えーと、つまりは魔獣にはその子供的な存在は出来るはずもなくそれぞれが一個体のみ、と言うことでしょうか?



「そういう事です。この魔獣も見た目は子犬ですが、元はお嬢様と同じくらいの大きさの狼でした。しかしどうしたものか、つい先程こんな小さな姿になってしまい衰弱していたのです」


 んん?



 ゼルダの発言に戸惑いながらも考えを述べればそんな言葉が返ってきました。


 しかし衰弱?と首を傾げます。

 子犬を見れば元気そのもので、さっきまでゼルダに捕まっていた時は震えていたのにネロの懐で嬉しそうに尻尾をぴこぴこ振っています。


 これが衰弱していると?


 疑う視線に気付いたネロが申し訳なさそうに表情を曇らせました。



「ゼルダ様のお言葉は本当です。先程まで顔を上げれないほどに衰弱をしていたので私は慌ててお嬢様の元に来たのですから」



 私以外の人がいるからか、丁寧なネロの言葉。

 でもそんなネロの言葉にも首を傾げます。


 なぜ私の所に?


 疑問符を大量に浮かべる私にゼルダは少し疲れたように吐息を零しました。



「この者はお嬢様が失踪した時、怪我したお嬢様を背負って屋敷に現れました」


「え」


「多分、推測ですがお嬢様が見つけた黒い靄がこの者なのでしょう」



 えぇぇえええ!!!


 まさかの事実にポカーンと開く口。

 瞠目してゼルダを見れば嘘なんてついてないようですし、ネロに視線を向ければその通り、と言わんばかりに頷かれました。


 な、なるほどあの後一体誰が私を屋敷に連れ帰ったのか不思議に思っていましたが……まさかの魔獣が私を……。




「その時、お嬢様が無意識に浄化を為されたのでしょう……この者はお嬢様に忠誠を誓っている様です」


「へ?」


「浄化をした魔獣を従えるのはアウスヴァン公爵家のお力の一つですので」



 ……もうどこから驚けば良いのか分かりません!


 淑女としては失格な言葉を漏らしながら間抜けな顔をしたままゼルダとネロ、子犬を眺めます。



 ちょ、ちょっと……頭を抱えてもいいですか?!



「残念ですが、既にその繋がりは出来ております」



 ええええ……



「魔獣は浄化をしても決して元の動物の姿に戻る事はありません。あくまで穢れを祓っただけです。穢れを祓えば魔獣は獰猛な破壊衝動から解放され理性を取り戻します。その為、魔獣化した際の知性をそのままに人と同じように考え、理解し、己の心のままに行動します」



 そしてこの者はお嬢様の側に仕えることを選んだようです。



 そう言ってゼルダはネロから子犬を取り上げ私の膝に乗せます。



「魔獣との契約はアウスヴァン公爵家がその者を一人前と認める条件でもあります。ご当主も現在四匹の魔獣を従えております」


 た、確かにネロとアビーを助けたあの時。屋敷で待っていた私の前に父様を乗せて現れた異形の動物を思い出します。


 脚がいくつもあった大きな馬。

 様々な獣の特徴を持った獅子。


 あれもまた魔獣と呼ばれるものなのでしょう。

 人の身の丈程の大きさに驚き、獰猛な顔に怖じ気付いて腰を抜かしそうになった記憶があります。



「……原則、契約をしていない魔獣は討伐対象となります」


「え?」


「どうなさいますか?」



 それはつまり、この子と契約するか否かでしょうか?



 そこまで考え、勿論契約を!と頷こうとした――のですけど何かが引っ掛かり寸での所で止まります。


 ゼルダが言うにはこの子犬はここで契約をしなければ処分されてしまう。

 それは当たり前でしょう。幾ら知性があってもその力と凶暴な本性はあるのですから首輪をしない獣を野放しにするには危険がありすぎます。


 でも……でも、それは本当なのでしょうか?




「お嬢様?」



 ふとした疑問は益々強くなります。


 どうしたんだ?と言わんばかりの声色に伏せていた顔を上げてゼルダと目を合わせます。



「ゼルダ……何か私に隠していませんか?」



 そう、何か引っ掛かる。

 ゼルダの言葉と態度が、何かいつもとは違った様子な気がして……。



「何も隠し事などございませんが?」


「本当に?」


「ええ」



 うーん、なんか疑わしい。

 一度疑い出してしまうと止まりません。



 そもそも、この子犬が気を失った私を運んだ。までは良いんですけど……


 そう、その後が気になります。

 ゼルダは何て言った?ゼルダは……私が『無意識に浄化』して、この子犬が私に『忠誠を誓った』と言いました。

 話の流れ的には普通でしょう。私が黒い靄を見た後の事を口にしていないのですから全て憶測で語らなければなりません。

 でも何故“忠誠”と言ったのでしょうか?

 ただの動物です。人の言葉など発することなど出来きません。でもそれならば“懐いた”と言うのがしっくり来ます。

 忠義を誓う意志や態度を示したのだとしてもそれは“言葉”があってこそだと思います。

 幾ら人並に知性があったとしても、言葉を発せなくても、その態度はただの動物の行動仕草に準じるものだろうに何故その態度などをゼルダは“忠誠”と言えるのでしょうか?


 それに今ここでこの子犬を処分しなければならないとはっきりと口にするゼルダは、何と言うか……らしく無いです。いつもは後々で告げる様な言葉。

 私の選択一つで、この子の命運が決まると言わんばかりの発言。

 それは契約をする事を急かしているような……。



「ゼルダ」


「はい」


「本当に、それだけですか?」


「……」



 疑惑に問い掛けた言葉に口を噤む彼。

 そもそも、契約とはそう簡単なものではありません。双方にメリットとデメリットがあり、お互いを縛る制約があります。そして下手すれば命すら賭けたものです。

 それを安易に勧めるゼルダに疑いの眼差しを向けます。

 こう言っては何ですが、他の人達と同じように過保護な彼にしては余りにも言葉が少ない。


 そう、言葉が少ないんです。

 寧ろ契約をしてから何かがある筈の事を言っていません。

 ただ、契約をするか否か。それだけしか言ってません。私が契約を承諾するように、この子の命を左右する事だけを告げて……。


 それにゼルダはこうも言いました『既に繋がりは出来ている』それは一体何の繋がりを指すのでしょうか?



「ゼルダ?」



 黙ったままの彼をもう一度呼びます。


 何かを言おうとして口を閉じる彼を見つめて――彼がいざ何かを言おうとしたその時。


 部屋の外からの騒がしい声に意識が逸れます。



「――そこまでだ」


「ガウディ様!?」



 バンッと荒々しく扉を開き部屋に飛び込んで来たのは仕事をしている筈の父様でした。驚きにネロがその名を呼びますが、ずかずかと足音荒く父様は私のベッドまで近付くとゼルダを真正面から見据えます。




「ゼルダ、お前にしては早急だな」


「……ご当主」




 低く告げる声に父様が怒っているのを察します。

 罰が悪そうに目を伏せるゼルダを見たまま父様は片手を振りネロに退室を促しました。

 戸惑いに視線をうろつかせたネロですが頑なな態度の父様に一礼して部屋を出て行きます。

 最後に私へ心配そうな目を向けて――無情にも閉じる扉。





 わ、私も出て行きたいなぁ……。





 ピリッと肌を刺す程の緊張感の中でネロを見送りながら思いました……。







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