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暁の姫君と黄昏の守護者  作者: zzz
第二章
63/79

Act.62 [闇夜の誘い]

 



 サァ――


 雲が流れ満月の月が姿を現す。


 静謐な空気に支配された空間に“それ”は居た。



「――嗚呼、時は満ちた……」


 それは月を見上げて嘲笑の笑みを浮かべる。



 口端から滴り落ちた赤い赤い血潮。

 その足元に崩れ落ちたのは命を吸われた()()()()()()



 嗤う、嘲笑う、哂う。




 愉悦に身体を震わせ、歓喜にその瞳を輝かせ。


 この世の悪意を練り込んで、混ぜ込んで作り上げられた()()は紛うこと無く“悪”


 滴る命の欠片を無造作に踏み躙り、懇願も救いも、涙も悲鳴も平らげては強欲に吐き出す言の葉。



「――もっと、もっとこの世界に絶望するが良い!」



 嘲笑う、哂う、嗤う。




 穢した祭壇を舞台のように繰り広げられる悲劇の劇場。

 折り重なる命あったものを踏み締め、踏み砕き、蹂躙してはそれは声を上げる。


 朽ちた礼拝堂で血塗られた祭壇に女神ルーナの銅像は涙の様に滴る血痕を流してはその惨劇を見つめていた…………。






 ***********************






 ――冬となった季節は寒く、温かい布団から出るのを躊躇う。


 しかし出たくない。とゴネてはすぐ様体調の不調を叫ばれて騒動になる事は目に見えているのでルイは泣く泣く温かいベッドから抜け出した。




「うぅ、寒い、眠い……寒い」



 冬の朝特有の肌に刺す寒さに震えながら身支度を整える。

 それを横目で見ながら苦笑を浮かべるベルンを見て私はむっと唇を尖らせました。



「なんで笑うのベルン……」


「いえ、お嬢様は冬生まれの筈なのに寒さには弱いんだなぁと」


「冬生まれでも寒いものは寒いんだよ」



 冬生まれが寒さに強いなど迷信だ!と真顔で告げる。


 部屋に備え付けの暖炉がパチリと爆ぜる音を立てますが、日差しが差し込む事を考えて設計されている私の部屋は他の部屋より窓が大きく数が多いのです。

 その所為で外の寒気がダイレクトに伝わってしまう部屋は暖炉を点けても中々暖まらないという悲しい現状。


 吐く息は白く、寒さにかじかむ手を擦りベルンが朝の紅茶を淹れるのを眺めていました。



「そーいうベルンはどの季節に生まれたの?」



 朝の鍛錬を始めてから、起こしてくれるのはルーナさんなどではなくベルンやヨルムにいつの間にか変わっていました。不寝番の後、私を起こし身支度を整えたら休みに入る彼らとゆっくりと話が出来る唯一の時間に他愛の無い話をします。



「……たぶん、春生まれだと思います」


「そう、なんだ」



 温かい湯気が立ち上るカップを手に少し後悔を抱きました。

 ヨルンもベルンも親を知らないと昔聞いたことがあります。

 いつ生まれたのか、どこで生まれたのか、そういったものを知る前にいつの間にか人間に捕まっていたと。


 そんな考え無しの問い掛けにベルンは怒るでも悲しむでもなく淡々と答えてくれたのにほっとしつつも内心は後悔の嵐です。




「なら、春になったらお祝い、しなきゃね?」



 謝罪を込めてそう言えば、ベルンは少しだけ笑ってくれました。



「その前にお嬢様の誕生日パーティーがありますけどね」


「うぐっ」



 飲もうとした紅茶が変な所に入り咳き込みます。

 しかし、ベルンの発言は無視できないものです!



「っごほ、そ、けほっ!れは、けほッ」


「お嬢様……落ち着いて下さい」


「べ、ベルンがっけほ、変な事言うからでしょ!」



 落ち着け、と背中を擦られながら叫びます。



「別に変な事ではありませんが……元々三歳と五歳の時にはお披露目を兼ねてするはずでしたので。当時はお嬢様の体調の事もあり延期や中止で有耶無耶になっておりましたが、流石に今回はしませんと」


「い、嫌だ。絶対嫌だ」 



 断固拒否する!と言ってもベルンは苦笑するだけ。

 それを見て軽く絶望しました。



「え、やっぱりしなきゃいけないの?」


「流石にずっとは避けられませんから。執事長もアウスヴァン公爵家に古くから仕えてくれている家の人間くらいは個別に会う事を考えているようですし」



 そんな、馬鹿な……。



 いえ、言いたい事は分かっているんですよ。

 この家を継ぐ者としては流石に公の場に一度も出ないという事は有り得ませんし。

 でも、でも!!もう少し猶予があっても良いじゃないですか!?




「……お嬢様、諦めた方が懸命ですよ」


「……」




 往生際が悪い私にベルンからは物凄ーく同情的な目線を頂きました。



 うぅ、嫌だなぁ……。











 *




「――それでは、本日はここまでに致しましょう」


「はい。ありがとう御座いました」



 そんな朝の一幕があっても時間は無情にも流れ、予定は目白押し。

 朝の鍛錬、家族との朝食、午前中の帝王学、マナー講習、そして昼食。現在は午後の領内について歴史や交易の話が終わりゼルダに授業の終了を告げられ礼をします。


 いつもは執事とお嬢様の関係ですが、授業中は先生と生徒です。

 学校の様にチャイムは無いので区切りの良い所で終了します。



「そう言えばお嬢様」


「なーに?」



 うーん、とずっと机に向かって凝った背筋を伸ばしながら首を傾げます。



「今年のお誕生日には今まで延期にしておりました誕生日パーティーを致しますので」


「ぐっ」


「どうぞお覚悟を」



 何ということでしょう!!


 不意打ちで告げられた言葉に伸びをしたまま固まりました。

 しかも今朝ベルンにも言われたばかりのタイムリーな話題に顔の筋肉も引き攣ります。



「あ、体調が悪くなってきたかも〜……なんて」


「……お嬢様?」


「ひっ!」



 あ、熱かな?と額に手を当て白々しく言えばゼルダさんからはにっこり満面の笑みを頂きました!


 その目が一切笑ってないんですけどね!!




「今までは仕方ありませんでしたが義務は果たして頂きますよ?」


「はっはぃぃいい!」



 あるはずの無いブリザードが吹き荒れ怯えに震えます。


 ちょっ、ちょっとした冗談じゃん!!



「お嬢様」


「わ、分かってます……」



 なのでその冷気は引っ込めてくれるかな!?















「……お姫さん往生際が悪いんじゃないか?」


「うぅ、分かってるよ……」



 極寒ブリザードの余韻を残しながら部屋を出て行ったゼルダを見送れば後ろから呆れた言葉を頂きました。


 そんな後ろを振り向けば言葉のまま呆れた表情のヨルム。その隣には苦笑気味のネロ。



「まぁ、お嬢様のお気持ちは分からないでもないんですが……」


「だよね!」



 フォローしてくれるネロに被せ気味に叫びます。



 ここにやっと理解者が!と思えば――



「でも、義務は義務ですから」


「ふぐっ!」


 裏切り者がここにも!!!



 しれっと言ったネロを恨みがましく睨みます。




「諦めることですね」


「……分かってますよーだ」



 ぶすっとふくれっ面でテーブルに突っ伏します。

 それを見て苦笑いの二人はその後むくれて動かぬ私に飲み物を出しては部屋から出て行きました。




「……分かってるよ」



 ぽつりと一人になった部屋で呟きます。

 時刻は夕方。一日の授業も先ほど終わり、残すは夕食と寝支度だけ。



 食堂が整うまでの束の間の休息に嘆息して天井を見上げます。




 無意識に触れるのは何もない胸元。


 無くなってから数年は経っていてもつい翡翠さんの封印石があった場所を触れてはため息を吐きます。



 パチリと爆ぜる暖炉の火花。

 赤々と燃える薪と揺らぐ炎を見つめ、在りし日の約束を思い出します。




「一緒に、お祝いしたかったのに、ね……」



 翡翠さん。と呟く名前は心の中で。




 あの日、あの時、交わした約束。

 二人だけでやろうと囁き合った三歳の誕生日。



 喜びと祝いに満ちる筈だった日は、喪失と覚悟を私にもたらしました。





 窓を見れば満天の星空。

 冬の空は空気が澄んでいて星の煌めきを大きく見せてくれます。


 もうすぐこの世界に生まれてから七年です。


 やっとと言うべきか、もうなのかと思うべきか。



 翡翠さんが、眠りについてからは四年。

 手放してからは三年。


 ――リドが、いなくなってから約一ヶ月。




 テーブルから離れ宝物を仕舞っている箱から取り出した髪飾り。




「元気、かなぁ」



 トコトコとベランダに向かい外へと一歩踏み出します。





 怪我をしていないだろうか、風邪を引いていないだろうか。




 夜空を見上げ、冬の空に立ち上る白い息を見つめては想う姿。



「パーティーかぁ」



 本当ならば三歳と五歳の誕生日と共に経験しているそれを改めて考えれば憂鬱にため息が止まりません。


 穏やかだった日々が丸っきり変わってしまったあの日――。

 夜は二人だけのお祝いを。そう交した約束は果たされる事が叶いませんでした。



 今も鮮明に思い浮かぶのは翡翠さんのあの笑顔。

 交した約束は再会を願うものに変わり、彼は深い眠りにつきました。





「会いたいなぁ……」



 寂しいよ。




 翡翠さんが目覚めるまで、あとどれ位の時間が掛かるのか分かりません。


 翡翠さんの封印石は手元に無くともお互いが交した契約により彼との繋がりを確かに感じます。


 この身体に流れる血液が、契約を交した魂が、翡翠さんの存在を教えてくれます。

 でも、それは静かな沈黙と深い眠りしか感じられませんでした。




「あと一年、かぁ」



 テラスの欄干に寄りかかり眼下の中庭に目を移せばそこは薄暗い光に照らされた花々が。




 呟いた言葉は私の――()()()()()の命のタイムリミットです。


 ゲームでのルイシエラが死ぬのは八歳の時。

 王都へと向かう道中に襲われた末の悲劇。



 何故あの時、王都へと向かっていたのか、それは作中では描かれてはいませんでした。

 今の所分かっているのはルイシエラと母様が何かの用事で王都へと向かう道すがら襲撃に遭う事だけ。

 その護衛には赤獅子騎士団のメンバーと王都の近衛騎士団数名。その中にはリドの姿もありました。


 天候は雨。

 降りしきる雨の中、視界が悪い中で襲撃犯との戦闘の末ルイシエラはリドの目の前で殺され、母様もその時に命を落とします――。




 タイムリミットが刻々と近付く日々。

 思い出せる分だけ思い出してその日を特定しようと頑張りました。 

 王都へと向かう用事としては作中ではその時居なかった父様に会いに行く為か。

 はたまた何かの呼び出しで向かう途中だったのか。



 八歳という年齢に対しての慣習や歴史などの文献を漁りましたがこれといったものはありませんでした。



 ゲームのルイシエラは今の私よりもっと箱入りだった筈です。

 お茶会などの参加は無いと思いますし、それにしては同行する護衛は物々し過ぎます。

 領地から王都へと召還されたのだとしても父様がいてもおかしくなかった筈。




 考えても考えてもどれもがただの予想でしか無く、今現在だってこの屋敷から出る用事などありません。




 ならばこれからの一年間。

 八歳になるまでの間に何かがあった事は確かなはず。









「でも、分かんないんだよなぁー」




 あーもう!



 ここ最近ずっと頭を悩ませる問題に叫ぶ。


 今分かっているだけでもゲームの内容と現実いまは大きく異なる部分があります。

 周囲の環境は勿論、ベルンやヨルムとの関わり、レイディルやリドとの関係。自分自身の力。

 けれどもやはりと言うかシナリオ通りに進んでしまった事もあり、全てがシナリオとは異なるとも言えない状態です。




 こんな時、翡翠さんが居れば……そう思っても仕方が無いことを思ってしまいます。




 いつも何かしらの情報を教えてくれた翡翠さん。

 その情報に助けられた事は多々あります。




 思い悩めば助言を、辛く挫けそうな時は慰めを、郷愁の寂しさを抱けば何も言わず寄り添ってくれた彼をここ最近よく思い出します。



 翡翠さんの封印石が手元にあればまだ慰めにもなりますが、今や石はレイディルの元。



「はぁーあ」



 寂しさと遣る瀬無さに深いため息を吐いた――その時。




「うん?」



 中庭の奥。

 雑木林の暗がりに何かを見た気がして首を傾げます。




「なに……?」



 ざわざわと揺らぐ枝葉。

 夕焼けが沈み、夜の闇に包まれ始めた木々の間。




「――何か、いる?」



 暗がりに何かが動いた様な気がして――私は導かれる様に中庭へと降ります。









 それがまさか、()()()になるとは知らずに――――
















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