Act.59 幕間[新しい光の裏側]
今でも目を閉じれば思い出す――
無邪気に笑う太陽の様な笑顔。風にたなびく真っ黒な髪の毛。
鈴を転がした様な可愛らしい笑い声。自分の名前を呼ぶ愛しい声。
どんな苦境でも立ち向かう凛とした背中。
嗚呼――記憶は色褪せることなく鮮やかに焼き付いている……。
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遥か古の時代。
初めて穢れた闇が生まれたのは戦乱の時代から遡る。
人類が住まうイリス大陸の国々が群雄割拠する時代。
人も獣人も亜人も互いの領土を守る為、そして領土を広げる為、戦いに明け暮れた日々があった。
策略、謀略が渦巻き、闘争に闘争を重ねる日々が……。
血で血を洗い、暗殺、処刑は当たり前。
国が生まれては消え行く時代。
そんな時代は暗黒の時代とさえ言われている。
終わらぬ戦いの日々に嘆き悲しむ人々。仲間を、家族を、殺され怒り、怨みを叫ぶ民。
復讐を、逆襲を、憤怒の感情が。どうして、何故と、慟哭の叫びが世界を覆い尽くす。
そして、やがては穢れた闇が。濁り、悍ましい闇が生まれてしまった。
人も動物も生命あるもの全てを飲み込み狂わせる闇。
人を飲み込めば魔人と化し、動物を飲み込めば魔物と成った。
大地は不毛のものに、水は毒となり、草木は枯れ、風は瘴気となり病を生んだ。
光は力を弱め、本当の闇は迫害されていく――そんな中、神は、世界を創り上げた三柱神は力を合わせ希望を世界に一つ、落とした。
世界を癒やし、浄化する唯一の光を。人々の希望たる化身を世界に一つ、顕現させたのだ。
それが後に暁の神子と呼ばれる少女だった。
――闇を宿す漆黒の髪と瞳。まだ幼いとさえ言える少女は己の役割を知り前へと突き進む。
どんなものにも分け隔てなく与える優しき心。傷ついた世界に涙を零し、どんなものにも立ち向かう勇敢な姿。
まるで夜明けを知らせる暁の、太陽の様に光り輝く彼女。
そんな彼女の傍らには一人の青年がいた。
銀色の髪に灰色の瞳。神の血を引く最後の血族はずっと少女に寄り添い、守り、導いた。
重圧に押し潰されそうな彼女を支え、悲しみの涙を拭い、怒りを宥め、辛く苦しい現実に立ち止まりそうになる彼女の手を引き、その身に立ちはだかる壁にはその剣を持って道を切り開いた――。
互いを慈しみ、心を重ね、愛し愛されていた二人に神は祝福を与える。
そして二人は――――
*
パタン、軽い音を立てて閉じた古い本。
色褪せた表紙。黄ばんだページはそれだけでも長い時間を感じさせた。
「……懐かしい、ですね」
ぽつりと呟かれた言葉は誰もいない部屋に静かに溶け込んでいく。
薄暗い部屋には壁一面に並ぶ本の山。
窓が無いその部屋を照らすのは蝋燭の灯りではなく、魔法によって作られた光球。
本棚がない壁に据え付けられた文机。そしてその壁には三柱神の紋章と今や失われた《世界の紋章》が描かれていた。
キラリ、僅かな光を照り返す片眼鏡。
その奥の灰色の瞳を細め彼は――アウスヴァン公爵家の筆頭執事であるゼルダは壁を見上げため息を吐いた。
優しく撫でるのは今まで読んでいた本の表紙。それを徐に机に置くと彼は女神ルーナの紋章を見つめた。
「祝福の紋章は宿命の証……逃れられない運命。血塗られた現実と未来を貴女はどうしたかったのだ……」
伏せた目の奥。感情を隠すようにきつく目を瞑れば鮮明に思い浮かぶ一人の女性。
ゼルダは悔しげに拳を握り口端を噛み締めた。
「また、繰り返すのか……」
あの悲劇を、あの惨劇を。
どうする事も出来ない現実に立ち止まるしか無かった。何も出来ない自分を殺してやりたかった。
そうして離された手の先――空虚な心を持て余し、ゼルダは悔恨にきつく目を瞑った。
だが、どんな事を思おうと既に事態は動き出している。
開いた瞳を壁一面に向けてゼルダは嘆息する。
「もう、時間も無いのでしょうね……」
次々と産まれる祝福者。
前世の記憶を持つ転生者。
ゼルダが知っているだけでも既に転生者は身近な所に二人もいる。
祝福者に至ってはゼルダが知る中では六人だ。
それが表すのは――穢れた闇が再び世界を破滅に導いているのだろう。
祝福者が、そして転生者が産まれるのがその証。
――昔の転生者が齎した物語で世界を破滅に導く魔王と言う存在がいるらしい。
そんな存在が居ればまだ事は簡単だろう。その相手を倒せば良いだけなのだから。
しかし残念ながらそれは物語の中の存在。
この世界アヴァロンには魔王は居てもそれは決して悪なのではなく、ただ魔を司る王というだけ。
人類の敵は霞のように至る所、どこにでもある闇の奥にいるのだから骨が折れる。
どれだけ穢れた闇を浄化しても終わらぬ旅路。
人が感情というものを持つからこそ。
喜怒哀楽の中に怒りと悲しみを抱くからこそのこの現状。
それに巻き込まれる少女を、いつかこの世界に顕現するだろう少女を想い、これからの未来を思いゼルダは目を伏せる。
イタチごっこのような戦い。それをどうにかしようとした者も過去にはいた。しかしその行動はただ世界を徒らに傷付けただけだった。
その結末を知るゼルダは机に置いた本を手に取り俯く。
その心にはどんな感情が渦巻いているのだろうか。
後悔、怒り、絶望、悲しみ。
悲嘆に暮れることにはもう飽きた。
絶望に血の涙を零すことはもう無い。
だが、一縷の希望くらいには縋っても……奇跡を願っても良いだろうか。
赤い、赤い深紅の髪の毛と赤紫の瞳を思い浮かべゼルダは負の感情に捕われる自分を制止した。
前世の記憶を持つ一人の少女。
まるで“彼女”のように強かで真っ直ぐな心を持つ可愛い、可愛い子供。
知らないはずの血の役目を受け入れ、残酷な現実を打ち破ろうと足掻いては未来に突き進む彼女にゼルダは抱く事も諦めた筈の希望を垣間見た。
強さを望み、知識を望み、何かに備える彼女――ルイシエラにゼルダは確かに光を見たのだ。
「全ての鍵は彼女が……」
今までの転生者は過去に囚われ現実を否定するばかり。だが、彼女だけは過去を受け入れ前へと歩み出している。
その影響なのか、彼女が助けた一人の少年もまた過去を受け入れ始めている。現実を見据え、現状を受け止める者は強い。それは今までの経験からも言えた。
だからこそゼルダはルイシエラに期待していた。
このどうする事も出来ない未来を壊し、そして新しい未来を作ってくれるのではないかと……。
その為に神は、女神ルーナは転生者をこの世界に齎すのだから。
そう思ったその時――
「っ!?」
突然輝かしい光が薄暗い部屋を照らしたではないか!
息を飲みゼルダは呆然と壁を見つめる。
「な、何故――もう彼女は居ないのに……」
それは神々の紋章が描かれた壁。
その中央の世界の紋章が光を宿しては瞬いているではないか。
ゼルダは魅入られたようにその紋章を見つめる。
壁の紋章は全て今や失われた古の魔術によって刻まれたものだった。
それが光を宿した意味を考え、ゼルダは慌てて部屋を飛び出す――。
ぱたん、と軽い音を立てて閉まる部屋の扉。
それはアウスヴァン公爵家の当主のみが足を踏み入れることの出来る隠し部屋。
扉はゼルダが部屋を出たと同時に壁と同化し消えて行く――
*
ゼルダはいつもの彼らしからぬ形相で屋敷の廊下を足早に駆けていた。
「何が――」
すれ違う使用人達が目を丸くして驚く表情を浮かべていたがそれすら無視してゼルダは進む。
可能性として思い浮かぶのはルイシエラだ。
彼女は神域の湖へと、大地の神イカリスの祝福者に会いに行った筈。
屋敷を飛び出し、森の奥。神域へと向かうゼルダだが――目の前に見えた三人の子供に足を止めた。
「ネロ!」
それはルイシエラと同じく前世の記憶を持つ少年。
彼も慌てているらしく闇が覆いはじめた森を二人の子供を連れて走っていた。
「ゼルダ様!お嬢様が……」
「――大丈夫です。落ち着きなさい」
整わぬ息すら無視して話し出す彼にゼルダは感情を抑え、言葉を掛けた。
動揺に感情が昂ぶっていたがまずは落ち着かなければと反省し自分自身にも同じ言葉を掛ける。
まずは状況を整理しようとゼルダは少し呼吸が落ち着いたネロを見つめる。
「私の質問にだけ答えなさい。ルイシエラ様は丘の湖にいましたか?」
「はいっ」
「そこには少年がいたと思いますが…?」
「居ました。灰色の髪の騎士服の少年です」
「何があったのですか?」
「彼が――レイディル様の魔力が暴走し、彼がそれを抑えました。そして森の奥に去って行ったのをお嬢様が追いかけて行きました」
前世の記憶を持つからだろう。ゼルダの問い掛けに簡潔に答えるネロにそんな場合では無いのに感心を抱く。
必要なものは事実だけ。それ以外は今は必要無い。
それを理解しているのだろう。彼本人だってもっと言いたい事や疑問だってあるだろうに全てを省いて告げられた言葉にゼルダは後ろにいる二人に後を託す。
「ベルン、ヨルム」
「「はっ」」
「三人を屋敷へ。お嬢様達は私が迎えに行きます。貴方達はそのまま屋敷に待機を」
「「畏まりました」」
ずっとルイシエラが戻って来るのを待っていただろう彼女の部下にそう告げる。
言いたい言葉を飲み込み頷く二人に唇だけで告げる。
『レイディルを見張れ』と……。
何故レイディルが魔力暴走を起こしたのかは知らないがそれでもあれ程までルイシエラに固執していたのだ。何があっても対応できるように二人に見張らせる事を決めた。
「ご当主には私が迎えに行った事だけを。他の者には何も言わなくて結構です」
後を頼みますよ。とゼルダは背後の二人に目配せをした。それに頷いて返答を返す彼らを見てゼルダもまた頷く。
「ネロ、よく頑張りましたね。後はもう大丈夫です」
「すみません。よろしくお願いします」
すれ違い様にネロの小さな頭を撫でる。
少しだけ悔しそうに唇を歪める彼に頷く。
彼は後悔、しているのだろう。
今日はアビーのお目付け役を任せたが、彼女の暴走を止めることが出来なかったと。
しかしそれを責める気は毛頭無い。
ゼルダは珍しく顔を綻ばせて彼を褒めた。
「君の判断は間違っていません。胸を張りなさい」
ルイシエラを追い掛けるのではなく、現状を理解し助けを求めたネロは正しい行動をした。
それを誇れとゼルダは言い残し、森の奥へと進んでいく――
ゼルダは夜の帳が下りた森を真っ直ぐと進んでいく。
本来ならば精霊に許可を受けないと入れぬ筈の神域を真っ直ぐと。すると。
「――」
「――?」
風の囁きに紛れ聞こえてきた声。
ゼルダは足を止めた。
それは森の奥の礼拝堂へと続く分れ道。
耳を澄ませば二つの足音が近付いて来るのが聞こえた。
「でさ、ベルンったらどこ行くにも抱えて地面に足が付かないんだよ!」
「それはルイが足を怪我してたからじゃないか?」
「治ってたよ!治ってたのにそれなんだよ?過保護にも程があるっていうか」
「いやぁ、ベルンさんの事も分かるな。ルイはすぐさまどっか行くから」
「リドまでそんなこと言うの!?」
「まぁ、今回は自業自得なんだから諦めろ」
「不可抗力なのに!」
「無理をしたっていう自覚があるならそんな事言えないと思うが…?」
「り、りどこわーい」
そんな会話がはっきりと聞こえゼルダは安堵の息を吐いた。どうやら最悪の事態は免れたのだろう。
声からしても元気な様子の二人に緊張で強張っていた体の力を抜く。
「ん?――ルイ止まれ」
「へ?」
ざっと地面が靴と擦れる音が立つ。
イカリスの祝福者は戦いの才能に秀でている。
まだ互いの姿は確認出来ないが、それでも自分達以外の気配を感じたのだろう。
ゼルダは二人の子供がこちらを伺う気配に声を掛けた。
「――お嬢様」
「ふえ!?そ、その声はぜ、ゼルダさん!?」
声だけでも相当な動揺が分かるがそれを無視して彼らに近付く。
「お帰りが遅かったのでお迎えに参りました」
「え、えっと……これには深い訳が……」
月が上る夜の森は真っ暗で何も見えない。
ゼルダは小さな光球を無詠唱の魔法で作り、彼らの前に姿を現した。
暗闇に慣れていた目には眩しいのだろう。
そこまで強い光では無いがそれでも眩しげに目を細める二人の子供。
ルイシエラの服は屋敷を出た時とは異なり、ルイシエラと固く手を繋ぐ少年も聞いていた騎士服とは違う服を着ていた。
取り敢えず、服を着替えないといけないような事があったことは確実だろう。
「理由はネロから聞いております。――君がリカルド君だね?」
「は、はいっ」
緊張に青褪め固まるルイシエラを一瞥して少年を見据える。
その首元には確かに戦いの神であり、大地の神イカリスの紋章。
その相手の名前を呼べばこちらもまさか名前を呼ばれるとは思ってなかったのか緊張に硬い表情を浮かべた。
ゼルダはリカルド――リドと会うのは初めてだった。だがその姿を見て、ゼルダは古い知り合いを思い出す。
「君はもしかして人狼族の、リディルの子、いや孫か?」
「っ!?祖父を知っているんですか!?」
「そうか……君が……」
灰色の髪に赤くさえ見える濃い茜色の瞳。
人狼族の生き残りが祝福者だと言うのは知っていたがそれが友人の孫だとは知らなかった。
神獣の血を引く血族の生き残り。
この世界でただ一人の人狼である彼につい、同情の目を向けてしまう。
「彼と私は古い友人でね。よく共に酒を飲んだ仲だ」
「爺さんと……」
「なる程。ティリスヴァン家の子の暴走を抑えたのが君だね?」
「は、はい」
「よく、堪えたね」
「っ!」
人狼の一族の特徴とも言える能力がある。
それは他者の魔力を食らう事だった。しかし己の魄――つまりは魔力の器に入り切らない魔力は獰猛な狼の本性が強くなってしまうと昔聞いた事をゼルダは思い出した。
彼を見る限り彼自身の魔力は安定している。
予想ではあるがその魔力をどうにか魔法などで発散したのだろう。でなければ彼の心は、精神は、狼の本性に食い尽くされているはず。
しかしそれにリドは動揺に肩を揺らした。
「い、いえ。あの、ルイが――いえ、ルイシエラ様が」
「構いません」
「え?」
「お嬢様が何かしたのであっても、それに耐え、戻ることが出来たのは君自身の力です。それを忘れないように」
ゼルダはリドの言葉を遮り、言い聞かせるように告げる。
その強靭な精神力が彼の強みなのだろう。
例え、事実ルイシエラが彼の為に力を奮ったのだとしてもその精神が耐えられなかったら彼は戻る事など出来なかったはずだ。
「ほらぁ、私が言った通りだったじゃん!」
「だ、だがな」
「私は導いただけ。あとはリドの力だよ」
「で、でも」
納得出来無いのか、それでもと否定の声を上げる彼に待ったを掛ける。
「ここで話すのも良いですが、まずは帰りましょう。皆が心配して待っています」
「あ、じゃあ俺は、じゃなくて私はここで」
ゼルダに促されリドは迎えが来たならば、と別れることを言うがそれにゼルダは首を横に振った。
「君も一緒にです。大丈夫です。ご当主には私から言っておきますので、それと言葉遣いもお嬢様といつも話す言葉で構いません。きちんと公私が付けられるのならば……お嬢様はここでは“ルイシエラ”では無いのでしょう?」
ルイと呼ばれていた名前。そして敬語ではない言葉は彼女が望んでいたのだろう。
幼いながらもルイシエラ自身きちんと公私の区別は付けている。その上で彼女がただの“ルイ”と望んでいたのならばそれを脅かすつもりは無い。
本当ならば駄目だろうが……それでも彼女の心の拠り所が彼ならば目を瞑ろう。
いつかは別れる未来しか無いが、それでもここでの記憶が彼女を支えるだろう。
ゼルダは昔を反芻し、それを振り払うように僅かに首を振った。
「良いの!?」
まさかの言葉に前のめりになるルイシエラに苦笑する。
それ程までに彼に敬語を、公爵令嬢として扱われるのが嫌なのか。
嘆息にゼルダは肩を竦めた。
「ここであった事に私は何も言わないと決めておりますので」
「やった!リド、その言葉遣い止めてね!」
「いやいやいや、出来るはずないだろ!?」
「でも、敬語苦手なんでしょ?」
「いや、苦手とかじゃなくて素だとどうしても……っじゃない!」
動揺に声を荒げるリドとルイシエラを見てゼルダの記憶が再び瞬く。
嗚呼――似ている。と記憶の景色と今の光景が重なり、ゼルダの胸が締め付けられた。
少しだけ去来する感情に俯く。
だが、彼等から目を離せば感じた強い闇の気配。
それはリドが手に持つ剣から発せられていた。
「それは……」
「あ!えっと……」
森の闇と同化するほどに真っ黒な剣。
ゼルダは何かに導かれる様にその剣へと手を伸ばした。
「見させて頂いても?」
「は、はい!」
ゼルダの言葉に慌ててリドが柄の部分を向けて渡す。
ゼルダは感謝の言葉を口にしながらも剣を手にその鞘を抜いた。
しゃりん、と美しい鞘走りの音が鳴る。
光球に照らされ輝くのは刀身に一筋引かれた夕陽の輝き。
真っ黒な、闇を凝縮したような深い色を宿す剣。そしてその剣に白い線で描かれているのは――忠誠の儀式を受けた者だけに与えられる特別な紋章。
「……君は儀式をしたのか……?」
「はい。どんな罰も受ける覚悟です。見届け人はルイにお願いしました」
「そうですか……」
真っ直ぐこちらを見つめるリドにゼルダはそれ以上言葉を発することは無かった。
叱責を覚悟していただけにリドは何も言われない事に僅かに首を傾げた。
片眼鏡の奥。灰色の瞳を細め剣を検分するゼルダ。
それを見てルイはおずおずとその手に握っていた物をゼルダへと差し出す。
「あの、ゼルダ、これ――」
「それは、礼拝堂に安置していた指輪ですか?」
「うん、リドの儀式が終わった後に光ったの、それで」
薄暗い視界でも輝く赤紫の宝玉。
子供の手にも小さく見えるその指輪は以前見たものとは様相が変わっていた。
「――何故これが…!」
ゼルダはその指輪の宝玉に刻まれた紋章を見て息を飲む。
それはルイシエラがリドの忠誠の儀式を見届けた後、それぞれ三柱神の紋章が浮かび、刻まれていたものだった。
しかし今やその紋章はまた違う形を描き刻まれている。
「どうして……」
それはあの隠し部屋に描かれていた世界の紋章だった。
伝承も語り継ぐことも無い、知る者も世界中で数人しかいないその形。
途方に暮れたように呟かれる言葉。
それにルイとリドは互いに顔を見合わせ首を傾げた。
「ゼルダは知っているの?」
この紋章を。そう言うルイシエラにゼルダは言葉に詰まる。
何か答えなければと、思うがそれでも言葉は喉奥に引っ掛かり出ることは無い。
まさか、まさかと心が動揺と――そして歓喜に震える。
それはこの世界の希望。
そしてこの紋章が表すのは――光の訪れ。
「お嬢様はこの紋章の意味を知っておりますか?」
「へ?ううん、どこかで見た事あるような気はするんだけど……」
転生者として女神からどれ程の知識を貰ったのかは不明だか、それでも教えていない筈のこの世界の何かを知るルイシエラにゼルダは問い掛ける。
しかしルイシエラは知らないと首を振る。
それを見てゼルダは頷く。
「ならばお話しましょう。しかしここでは無く屋敷に戻ってからです」
ついに、ついにやってきた希望の証。
それにゼルダも覚悟を決めた。
二人の子供を促し屋敷への道へと踵を返す。
横目で見つめた二人の姿を胸に刻み、ゼルダは前を向いた。
新しい未来の訪れを感じながら――――




