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暁の姫君と黄昏の守護者  作者: zzz
第一章
59/79

Act.58 番外編[とある日の事] 

 


 それは奇跡の光景だった……。


 慌ただしく部屋を行き来する医者達を眺め、何も出来ない自分を歯痒く思い、ただ無事を祈るしか無かった自分。


 もしも、もし、不確かな未来を、嫌な未来を想像しては血の気が引いた手を握り締める。


 しかし――閉じた扉から微かに聞こえて来た泣き声。


 ここに居るんだと、生きている証明を泣き叫ぶ声に慌てて部屋に飛び込む。


 そして見えた光景――それは無事な姿の愛しい妻と産まれたばかりの赤ん坊……。



 嗚呼!神よ!



 小さな小さな手でしっかりと握り締めてくれた己の指。


 命のある温かさとその強さは奇跡を、神を、信じた瞬間だった――――



 **********************




 ――アウスヴァン公爵家。



 それはイリス大陸の中で三大大国と呼ばれる中の一つ。

 ジゼルヴァン王国の中でも力ある公爵家の一つ。


 ジゼルヴァン王国は女神ルーナからの神託により建国され、歴史は古い。

 代々この世界に訪れる暁の神子を保護し守る国家の一つとして名を轟かせる。


 その国の防衛を担うアウスヴァン公爵家は代々誇り高き騎士として大陸最強の呼び名を頂く。


 歴代の当主たちが受け継いできた力と誇り。名と歴史。


 重く、残酷な真実を受け継ぎ次代へと繋ぐ役目。



 それらを重いと思った事は勿論ある。

 嫌だと投げ出したい気持ちにかられた事もある。


 だが、自分が守る地を、守る民を、想えばそんな気持ちなど紙のように簡単に吹き飛んでいくようなものだった。




 そして束の間の自由にとある国境沿いの紛争に飛び込み、出逢った――己の魂の半身とも言える女を……。



 この世界――アヴァロンに生まれ落ちる、命ある者は何かしらが欠けている。

 それは別に身体の欠損や精神の異常とかでは無く、心の形そのものが、魂の形が欠けているらしい。

 それを補うようにそれぞれの魂の形にぴったりと当てはまる相手が必ずこの世界には同じように生まれる。

 少女的な発想でしいて言えば――“運命の相手”だ。獣人達の言葉を借りるならば“魂の(つがい)”。

 霊人では“魂の片割れ”、亜人では“(いわい)(つれあい)”、妖人では“運命の伴侶”、そして、魔族では“魂の半身”――意味は全て同じだ。


 互いに惹かれ合い、想い合う二人は神から祝福される。

 心を重ね合えば完璧な形の魂が穢れた闇を生む事も寄せ付ける事も無い。


 それは神々が穢れた闇を生み出さない様に作った苦肉の策だったのかもしれない。



 古の昔はその魂の半身を探す事を義務付ける一族もあったらしい。


 今や殆どが歴史に埋もれ語り継がれる事の無い言葉。

 だが、その名は確かに心に、魂の底に刻まれている。


 ぽかりと空いた穴を埋める相手を、欠けた魂を繋ぐ相手を。


 無意識に求める運命の相手。それを俺は戦場で巡り逢った……。




 薄紫色の髪の毛を風に靡かせて戦場で凛として立つ彼女――スーウェを見て、一目で解った。

 心が、魂が、震えるほどの歓喜に溢れ、叫び出したい衝動に駆られる。


 彼女も同じだったのだろう。

 目を見開き驚きを露にした表情。目が合えば魂が囁く「見つけた」と……。



 それから紆余曲折を経てスーウェと一緒になる事が出来た。


 色々と面倒臭い事はあったがそこは割愛する。


 だが、神がえにしを結び、祝福する魂の半身を分かつ事など誰も出来ないし許されないのだという事だけは身を持って知った。



 そして自分自身もアウスヴァン公爵家を継ぎ、何時しか結婚生活も10年以上経つ。



 スーウェは元々余り身体が強くなかった。

 彼女自身が持つ能力の所為もあるのだろう。今や数少ないその能力は彼女の身体を蝕み負担を強いていた。

 それに加えて生国タナシュト公国で過酷な生活を送っていたらしく、彼女は酷使する身体を強い薬を服用する事で誤魔化していたらしい。


 ジゼルヴァン王国に来てからは薬を止めたが、その反動なのか最初の一年は寝込む日が多かった……。


 それでもいつかはと、子供の事を互いに思いながら日々を過ごしていたが一向に子供を宿す兆しは現れず。


 悩んだ末に領地の優秀な医師に診てもらうと、酷使しすぎた身体では可能性は低いと告げられ諦めるようにも言われた。


 普通ならば強すぎて身体に害がある様な薬を常用していたスーウェ。

 それを飲んでいたからこそ、道半ばで倒れる事無く、命を落とす事無く、魂の半身に互いに出逢えたが……スーウェの身体は予想以上にボロボロだったのだ。



 後悔に、悲嘆に暮れるスーウェ。それに掛けられる言葉は少なかった。


 でも、それでも、と一縷の望みを懸けて神に祈り願った末――奇跡的に宿った命。



 しかし今度は身体が堪えられないかも知れないと宣告された。

 無理に産むのならば子か母かどちらかを失うし、最悪どちらも失うのだと。


 ふざけるな、と神に叫んだ俺は悪くない。絶対に。


 ずっと辛く苦しい現実を耐え、やっと訪れた彼女自身の幸せ。

 しかし女としての幸せを望んだ先に突き付けられた現実。

 だが神は確かに祝福を齎してくれるのだと感謝を抱けば今度はどうしようもない事実に怒りを叫んだって良いだろう。


 医師に告げられた言葉に口を噤む。


 だが――元々宿らないと言われた命。それを奇跡的に宿したのだから……その奇跡を信じて、神を信じてみても良いだろう、と覚悟を決める。

 そして医者に、スーウェに告げる。己はそんな二択の中からではなく、どちらも選びとる方法を望むと。



 そして、信じた先――あるのは世界で一番の幸福者しあわせものだと世界中に宣言できる程の幸福な日々。





 *




「で?それと仕事を投げ出した事に何の関係があるんですか?」


「だからこそ、その幸せな日々を実感する為にもルシィに会いに行くんだ!」


「ふざけんなよこの親バカ将軍」


「ハッ!誉め言葉だな!」



 執務机に所狭しと並ぶ書類の山の隙間からこちらを睨む部下の鋭い視線を鼻で笑う。


 水属性を表す薄青の髪に群青色の瞳。目付きの悪さを隠すように掛けられた眼鏡の奥から呆れた視線を感じたがそれすら何だとガウディは悪びれずに不敵に笑った。

 男の名は【オーヴォ・ウィタス】アウスヴァン公爵家の表向きの仕事関係を一手に引き受ける文官だ。


 彼は会話の片手間に目にも止まらぬ早さで書類を捌いて行くが、いつ文面を確認しているか甚だ疑問である。



 最近はガウディの愛娘、ルイシエラを味方に付け無理矢理書類仕事をさせていたが今日も今日とてオーヴォのほんの一瞬目を離した隙に脱走したガウディをやっとの事で机に縛り付けたのだ。

 呆れと共に何でそうまで脱走するんだ?との問い掛けに返ってきたあんまりな答えに言葉も暴言となっても仕方がないだろう。



「仕事を放り出して会いに行ってもルイシエラ様に呆れられてたら元も子もないですけどね」


 ぼそり、オーヴォが呟く。図星なのかガウディは余裕の態度だった表情を苦虫を何匹も噛み締めたように歪めた。



「それはお前がルシィに余計なことを言ったからだろうが」


「言っておきますが将軍、それは私からではなくルイシエラ様から言われたんですよ」


「何?」


「『お父様が良く仕事を抜け出してくるみたいだけど大丈夫?』と。ルイシエラ様はスーウェ様に似て聡明な方ですからね。色々と察してたんでしょう」


「ぐっ、ルシィがそんな事を……」


「他にも『私が出来ることがあったら何でも言ってね!』と手作りのお菓子と共に言われたので、頼んだ事はありますが基本的に全てルイシエラ様から仰ってくれましたよ」


「てっ手作りだとぉ!!!」



 ガタン!と椅子を後ろに倒すほどの勢いで立ち上がるガウディ。


 気にする所はそこなのか、と内心突っ込むオーヴォだが驚きを露にする上司を冷たく一瞥し視線は手元へと戻っていった。



「とても美味しゅうございました」


「な、な、何でお前が食ってるんだ!」


「私に頂いたので食べましたが?」



 ふざけるな!と拳を握り怒りに震えるガウディ。そんな彼を横目にオーヴォはしれっとガウディの知らない事実を口にする。



「ちなみに俺の他にも執務室の奴等も頂いてます。しかも週四での差し入れです」


「週四ってほぼ俺が脱走する頻度じゃねぇか!」



 つーか既に恒例なのか!?と初めて聞いた事実にガウディは床に崩れ落ちた。


 ……だがその前にその頻度で仕事を抜け出して来ているという事実を後悔して欲しい所である。



「俺だって食べたこと無いのにっ!」


「将軍がきちんと仕事をしないからでしょう。いつも将軍が脱走した後に謝罪を込めて渡されます。少しは反省してください」



 娘にどんな気遣いさせてんですか。と耳に痛い言葉がぐさりとガウディの心を突き刺した。


 本来ならばそんな事を気にしなくていい立場であるのにも関わらずこっそりと執務室を訪れては「父様がごめんなさい」としょげた顔で渡される身にもなれとオーヴォは心の中で呟く。


 アウスヴァン公爵家に生まれた珠玉である一人娘のルイシエラ。

 奇跡とも言える程に難しい出産の末に生まれた彼女は屋敷中の者から愛され愛でられる宝物だ。

 そんな彼女はこちらが目を見張るほど聡明で賢く、頭の回転が早い。

 こんな上司の血を引いているとは思えないほど心優しく、幼いながらも周囲を気遣う彼女に屋敷の者達はデレデレなのである。勿論自分だって、とオーヴォは脳裏に浮かんだ少女に書類に向けていた仏頂面を和らげた。



 生まれた時から右手に刻まれていた祝福の紋章。その古き血を受け継いたが為に持ち得た魔眼のうりょく

 将来、辛く険しい運命に飲み込まれるだろう未来を理解していながらも凛と前を向く彼女には尊敬の念が絶えない。


 しかしそれでも様々な厄介事に巻き込まれる彼女に同情もする。


 望み望まざる関係無しに彼女に降り掛かる苦難と災難。蝶よ花よと愛でられ、守られる箱庭で暮らす事だって出来るにも関わらず彼女はある意味率先してそれ等に立ち向かう。


 そして笑うのだ。


 朗らかに無邪気に、それが当たり前だと言わんばかりに。輝かしく、太陽の様な笑顔でこれで良いんだと……。



 まぁ、将軍が仕事を抜け出してまで会いに行きたいと思う気持ちも、少しは理解出来る。


 前に前にと突き進んで行く彼女が目を離した隙にそのままどこかに行ってしまうのではないかと、そう思える程に、不安を抱いてしまう程に、彼女は前だけを見据えて進んで行くものだから……。


 だが、それとこれとは話が違うか、とオーヴォはまだ机の陰で嘆く上司に追加の書類を提示した。



「将軍、あとこれにもサインして下さい。決裁はこちらでやるので」


「くそ!お前は人でなしだな!?」


「そうさせてるのは貴方です。そしてこれ程まで仕事を溜めていた貴方の自業自得です」



 ドサドサと机に乗るギリギリまで書類を積み重ねていく。

 余りの高さに書類は塔の様に積み重なりゆらゆらと安定に欠いている。それを遠い目で眺めるガウディ。



「……コレ、今日中に終わるのか…?」


「終わらせるんですよ。そうすればルイシエラ様に口利きだけはしてあげますよ」



 頑張っているお父様に手作りのご褒美を。

 そう告げれば、現金なもので無言で椅子に座り直したガウディは先程のオーヴォを彷彿とさせる早さで書類を捌き出したではないか。



 最初からそうすれば良いのに、と出そうになる言葉を飲み込む。



 元々、アウスヴァン公爵家は領地も広大で、役目も多い。

 将軍としての地位。公爵家としての役割。仕事は膨大な量があり、領地の書類だけでもその辺の領地持ちの貴族以上にある。

 特にアウスヴァン公爵家の領地は広い分、それぞれが古くからアウスヴァン公爵家に仕える諸侯達が分担して見てくれている。

 それ等を束ね、尚且つ導く当主が無能である筈がない。



 本気でやればこんなの簡単にすぐ処理出来るのに……オーヴォは溜め息と嘆きを混ぜて肩を落としたのだった。








 ――それはとある日の日常。





 空気の入れ替えで開いた窓の外。


 風に乗って聞こえて来る子供の笑い声。




 ガウディは書類にサインしていた手を止めて窓を見た。




「(嗚呼、ホントに馬鹿だよなぁ……)」



 オーヴォは窓を見る上司であり恩人の表情を見て心の中で嘆息した。


 愛おしげに目を細め微かに聞こえる声に耳を澄ませるガウディ。

 幸せを噛み締めるかのように緩む口元。


 さっきから妻や我が子の事ばかり話していたが、彼だってそう平穏とはかけ離れた生活を送っている。


 大陸にその名を轟かせるアウスヴァン公爵家を担う重圧は計り知れず。火属性の中でも最高位の焔の力を持った彼の過去には絶望と戦いの日々ばかり。


 今でこそ自由自在に扱える力だが、身に余る力は己を焼き尽くすほどだった。

 自分自身を、周囲を傷つけ、灰に化すその強大な力。



 それを扱う為にどれ程の苦難を乗り越えたのだろうか。


 挫ける事を許されず。嘆き悲しむ事を許されず。投げ出す事も、逃げる事も許されなかった。


 ただ、代々受け継がれる力と役目の為にどれ程のものを犠牲にしてきたのだろうか。


 想像する事しか出来ないが、それでもたぶん現実はもっと遥かに厳しかっただろう。



 大事なものを見送るばかりの日々。

 大切なものを手放すばかりの日々。



 その金色の瞳はどれほどの絶望と悲しみを見てきたのか。


 それでも彼は世界を恨まず、人を怨まず、今ここに居る。




 全てを受け止め、全てを受け入れて、守る為だけに力を磨いて――だからこそ彼は王国の守護者と呼ばれるのだ。





「ん?なんだ?」



 じっと見ていたのを気付かれガウディに問い掛けられる。

 それにオーヴォは緩く首を振った。



「何でも無いです。それより手が止まっていますよ。今日中に片付けるんですからキビキビ動いて下さい」


「本当にお前は仕事の鬼だな」



 そういう所は父親に似てるな、と言われて言葉に詰まる。



 思い出すのは真っ黒に塗り潰された日々。


 目の前で落ちる両親の頭。全身を濡らす赤色。

 喉が裂ける程に叫ぶ声は嘲笑でかき消された。



 泥水を啜り、血で血を洗い、闇のもっと深い闇に堕ちた己を救い上げた一人の男。




「……そりゃあ、私はあの父上の子ですからね」



 こうして笑って言える日が来るなんて思いもしなかった過去。


 でも、勿論幸福な思い出だってある。



 仕事の鬼と言われる程に仕事一辺だった厳しい父。それを補うように優しく繊細だった母。


 たまの休みには家族揃ってピクニックに行った。母親の手作りのお弁当を持って、厳しい父が大声で笑い、馬鹿な遊びをやって泥だらけの父と自分の姿を怒りながら笑ってくれる母。


 今はもう無い幸福な記憶。過ぎ去ってしまった光ある日々。



 だけど、今だって、そうだろう……?



 心の中の憎しみに囚われた自分に囁く。



 やり甲斐のある仕事。脱走はするが優秀で尊敬できる上司。仕事環境は申し分無く。

 それに加えて癒やされる程に可愛らしく心優しいお嬢様。


 充実した日々は心を満たし、闇に囚われることなど思い付かないほどに光に満ちている。




「まったく、あいつと同じ様な事を言ってくれる」



 けっとどこか憎々しげに不貞腐れるガウディにオーヴォは目を丸くして、そして笑った。





 ――晴れ渡る空に可愛い少女の笑い声が聞こえる。



 さわさわと木々を撫でる風は部屋にも入り込みカーテンを揺らした。




 ゆらりゆらり、差し込む太陽の光が揺らいでは部屋を照らす。



 ……嗚呼、確かに幸せだ。




 それを実感しながらオーヴォもまた手元の書類に目を戻し、仕事を再開する。



(今日ぐらいは大目に見ようか)



 この後の予定にルイシエラの元へと出向く事を組み込んで仕事を進める。





 ――その後、ルイシエラが手作りの軽食を持って訪れた事に予想以上に狂喜乱舞するガウディがゼルダに叱られ、拳骨まで食らうのはまだ誰も知らない……。










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