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暁の姫君と黄昏の守護者  作者: zzz
第一章
58/79

Act.57 幕間[背を見つめるその瞳]

 


 ――穢れた闇は胎動する。


 もう少し、あと少し、と己の目覚めを感じながら……



 呼び集めた七つの穢れた代償。



 力を集めろ。そう願えば力はどんどん集まってくる。


 しかし、少しばかり削られていく力に穢れた闇は僅かな疑問を浮かべた。


 ――何故?

 ――どうして?



 自分は本当に目覚めを望んでいるのか?

(そうしないといけないから)


 長い眠りを願ったのに?

(そうしなきゃいけなかったから)


 約束をしたのに?

(だれと)


 守らなければならなかったのに?

(それはじぶんがのぞんだことではなかったのに)



 疑問は囁く声が邪魔をする。


 嗚呼、あと少しで――穢れは世界を蹂躙する。




 ********************





『絶対に誰も追い掛けて来ないで!これは命令よ!』



 そう言い残し小さな姿は森の中へと姿を消した。

 森の薄暗い闇に消えていく赤い、赤い髪の毛。


 怒りを宿した小さな姫はただ大切な者を守る為に走り去って行った……。




「っあー、取り敢えず屋敷に戻りませんか?」



 後に残されたのはまだ小さい三つの影。


 ルイに置いてけぼりにされたネロは呆然と立ち尽くす二つの影に恐る恐る声を掛けたのだった。




 声を掛けても動かぬ二人にさて、どうするかと内心頭を抱える。

 ルイが追い掛けて行った少年の事もあるし、事は自分達の手に負えないとこまで来ている。

 自分達がすべき事を考え、ネロは再度二人に声を掛けるが……動かない。




「なんで……オレは……」



 ぽつりと零された言葉。それは銀色の髪の少年から呟かれた。



「オレはただ……」




 自分の手のひらを見つめる少年――レイディルはただ零れ落ちる言葉に自問自答する。



 何故、どうして、と答えが出ない問い掛けに自分の手のひらを見つめる。




 ただ、改めて彼女――ルイと話がしてみたかっただけだった。それだけ思ってここまで来た。


 自分の家であるティリスヴァン公爵家とアウスヴァン公爵家の関係を知っていても尚、これが自分の我が儘だと理解していても尚、ずっと話がしてみたかった。


 話題なんて無い。でもあの時の夜の様に、二人で話してみたかった。



 それを願えばまだ体調が万全ではないからと断られた。ならばそれまで待つと魔力制御の練習をしながら待っても、待っても、アウスヴァン公爵からの答えは否。



 もどかしさに悩めば悩むほど練習は上手くいかず、頭の中の歴代当主達は笑うし。

 揺れ動く不安定な感情に魔力もまた乱れ、彼女に会う道は遠のく始末。


 アウスヴァン公爵の考えが分からず、恨み言さえ呟いた。

 それに答えを返してくれたのは歴代当主達の声。

 まだ魔力制御が出来ない時点で会えるはずがないだろう。と鼻で笑われた。

 また暴走してしまえば?それを抑えるのは誰だと思ってる?と言われれば確かに納得はした。


 また彼女に負担を掛けるのか?と。そこまで思い至らなかった自分自身を恥じた。


 自分よりも他人を優先する彼女。




 ――嗚呼、確かに彼女を害する可能性のある者に会わせることを躊躇うには十分だ。




 でも、それでもと乞い、願い、やっと今日会う許可を得た。



 いつも以上に付けられた魔力制御のアクセサリー。窮屈な感覚を感じながらもこれで彼女に会えるならばと我慢する。


 だけど、だけど、彼女は自分よりも他の祝福者を取った。


 それが何より妬ましくて、羨ましい――。



 灰色の髪に赤みが強い茜色の瞳。

 自分よりも年上の少年はその首元に大地の神イカリスの紋章が刻まれていた。



 ふざけるな。どうして、自分には会えないのに、そいつには会うんだ。

 ふざけるな。自分は会う為に必死に努力したのに、そいつの為には会う為にここまで来てるんだ。




 嫉妬と怒りが心を掻き乱す。



 オレだって、とどうしようもない妬みに魔力が暴発する――。




 ――そしてその結果がこれだ。




 ただ、会いたかっただけなのに。ただ、話がしたかっただけなのに。




 馬鹿か、オレは……。


 幸い大地の神の祝福者が暴走を抑えてくれたが、逃げる様に去って行った彼を追い掛けて目当ての彼女もまた去って行った。


 その後ろ姿を見て拳を握る。

 なんの為にここに来たのか判らない。


 彼女に会う為に来たのに、彼女自身に追い掛けて来ないで、と言われて追い掛ける事も叶わない。



 どうすれば良いのか。

 やらなければならない事は判っている。


 でも、でも――動きたくない。





 初めて抱く感情に足に根が生えたように動けない。



 ……そんなレイディルに近付く影。



 ネロは動かないレイディルの肩を叩いた。



「レイディル様。お気持ちは分かりますが、事は我々の手にはもう負えません。誰かに知らせないと」



 そう言って屋敷への道を促すネロにレイディルは奥歯を噛み締める。



 判っている。解っているのだ。



 頭の中を囁く声も同じ言葉を吐いているのだから。



 だけど――



「あの様子ではお嬢様はただ彼を心配して追い掛けただけではないでしょう。貴方様の暴走に彼がどんな手段を経たのか、我々では判断しきれません。もしかしたらまたお嬢様は――」



 無茶をするかもしれない。そう言い含めた言葉に拳を握る。


 自分の所為で大地の神イカリスの祝福者は無理をした。

 それは理解出来る。他人の余剰分の暴走した魔力を取り込み、それを魔法として発散した。


 普通ならば出来ぬ技だ。

 余程相性が良くなければ、レイディルとルイシエラの様な繋がりが無ければ、普通魔力自体が反発し合い肉体を傷付ける筈なのだから。


 しかしイカリスの祝福者はそれを為した。


 それが祝福の能力なのか、はたまた彼自身の能力なのかは知らない。

 だが、確かに彼は他人の魔力を吸い取り、やってのけたのだ。


 身体が傷付く事もなく、魔法自体もきちんと発動した。


 それが如何に凄い事かはレイディル自身が理解している。


 魔力の申し子。と呼ばれる位には魔法や魔術に精通していると自負しているのだから。



 だが、彼は苦しげな様子で去って行った。



 彼の負担を知り、怒りを宿して走り去ったルイシエラを見つめ情けなさと僅かな寂しさを感じ俯く。



 羨望と嫉妬。寂寥(せきりょう)悋気(りんき)


 嗚呼、感情が複雑に絡み合い動けなくなる。



 だが、それを止める声。

 それもまた少しの怒りを宿していた。



「……いい加減になさって下さい。早くこの事を知らせなければならないんです。貴方様の境遇には同情しますが……お嬢様を潰すのが貴方様のお望みですか?」



 ネロはレイディルの瞳に宿った虚ろを見て声を荒げる。



 ネロにも見覚えのある虚ろな光。

 それは前世で見た事のある闇だった。



 レイディルの境遇には心底同情する。

 母親の命を奪いながら産まれ、祝福者としての期待と、化物と恐れられ畏怖の感情が満ちる周囲の中を過ごしたその日々を。


 だがルイシエラに救われた彼は彼女に依存と執着心を抱いていた。

 それがただの対等に立つ相手へ向ける敬愛と信頼に満ちていたならば良かった。


 相手も同じで吊り合いが取れているならまだ、良かった。しかしその天秤が傾いた先――あるのは不幸と悲劇だ。


 仄暗い執着は周りを巻き込み不幸にする。

 過度な依存は時として相手を食い潰す。


 それを目撃した事のあるネロは怒りすら滲ませて告げる。


 その心が衝動として、怒りすら纏えば簡単に相手を殺す事だって有り得るのだから……。



「悲劇の主人公振るのは止めて頂けますか?お嬢様は貴方様の為に居るのでは無いのです。――彼女の自由を縛るのだけは許さない。」



 ネロは相手が公爵子息だろうがなんだろうが、構わず言葉を吐いた。


 これが公の場ならネロは簡単に打ち首だってあり得るだろう。たかが一介の平民が、ただの使用人風情が、吐くには余りにも目に余る言葉。

 だが、それでも良いとネロはレイディルを睨む。



「なんで?どうして?と人を羨み、人を妬んで、自分を可哀想と思って満足か?自分だけを見ろと――ふざけんな。お嬢様はお嬢様だ。あの方の自由を邪魔するならばアンタは敵だレイディル・ティリスヴァン」


 堂々と宣言するネロ。

 そしてその目はレイディルの後ろに居たアビーにも向けられた。



「お前もだアビー」


「な、なんでワタシっ」


「お嬢様の甘さにつけ込み振る舞うのは散々注意を受けている筈だ」



 アビーの振る舞いはアウスヴァン公爵家の使用人達が幾度と無く注意をしていた。

 ルイシエラがアビーを気に入っていた為に余り表沙汰にはしていなかったがルイシエラの都合を無視した言動と行動は目に余った。


 悲劇が起きた村の生き残りで獣人であるが故の境遇は同情出来る。

 しかし、だからといってルイシエラに甘え我儘を繰り返すアビーに流石のネロも呆れていた。



「お嬢様にはお嬢様の心がある。お前の為だけにお嬢様が居る訳ではないんだよ」



 自分に不都合な事があればルイシエラに泣き付き慰めて貰って、自分を見てくれと甘えるアビー。


 その度に手を止め、甘えさせるルイシエラもルイシエラだが……その所為でルイシエラの勉強などが滞ってしまえば元も子もない。


 最近こそはゼルダの苦言にアビーと距離を置きはじめたルイシエラだが、彼女の目的の邪魔しかしないならば、アビーを他の屋敷に移動させる話すら出て来ているのだ。



「わ、ワタシは……」


「いい加減、分かれ。お嬢様はアウスヴァン公爵家の令嬢であり次期当主だ。本当ならばオレ達がおいそれと会う事なんて出来ない雲の上の人だ。それが側に居る事を許されただけでも幸運だと思うんだ」



 だからこそ、それ以上を望むな。とネロは告げる。


 こんな丘の上まで追い掛けて来た自分達に呆れと僅かな怒りを抱いていた彼女を見た時にネロは覚悟を決めた。


 いつも優しげな表情で笑っていた彼女が唯一越えてほしくなかった一線。


 それがここに来ることであり、あの彼と会うのを邪魔した事なのだろう。


 だからこそ、それ以外はルイシエラは笑って全てを許していた。



 アビーを止める為と言いながら付いて来てしまった自分も自分だが……彼女の自由がここにあるのならば、自分がするべき事を考え、二人を無理矢理にでも連れ帰ると決意する。



「分かったなら行きますよ。ここでは我々が出来る事など無い」



 ネロの言葉に強張った表情の二人を無視して手を引いて進む。



 ふと空を見上げ夜が近づく空模様にネロは心の中で呟いた――。



 どうか、無事に帰って来い。と……。



 前世を合わせても年下の少女を案じて願う。



 そしてネロと二人は屋敷へ、丘を降りて歩いて行った――。





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