Act.50 [三竦みの対立…?]
大変お待たせしました!
それは決して満たされる事の無い感情。
あれが欲しいと思えば、これが欲しいと言う際限の無い欲求は留まる事知らずどんどん次から次へと欲深く望む。
最初は綺麗で純粋だった筈のその思いはいつしか意地汚いほどの執着へと変わり果てた。
その感情を人は綺麗だと言うが、すぎればおぞましいと手の平を返す。
果たして、その感情の名は――
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――――私はどうしてもそれを見て一言言いたかった。
どうしてこうなった!!!?
「お、おじょうさまあっちにいきましょう!きれいな花がありますよ!」
「ルイ、疲れてるんじゃないか?あっちで少し休もう?」
「おい、そんな奴ら放ってこっちに来い」
ぐいっと引かれる両腕プラス襟元。
いやいやいや、首締まってるから!それに私の身体は分裂しないんで左右に引っ張られてもどっちかしか行けないから!
左手を引くのは必死に言い募る可愛らしい獣人の少女。
右手を引くのはこちらを心配そうに伺う騎士服の少年。
襟元を引くのはちょっと照れた様子の貴公子然とした銀髪の少年。
ちなみに上からアビー、リド、レイディルの順である。
それに加えて一歩引いた後ろにはネロが苦笑してこちらを見ていた。
いやいやいや!見てないで助けてよ!ネロ!
クスリと苦く笑うのは何を思ってか、仕方ないなぁと言わんばかりの呆れた表情を見て流石に身体が軋み涙目で助けを求める。
「あー、三人ともそろそろ離さないとお嬢様が辛そうなんですが」
特に襟元が一番苦しいかな!
息が出来ないんだけど!
こうして人の何かを引っ張ったことが無いのか遠慮なく引っ張られ締まる首が一番辛かった。
首は締まるし、転けないように態勢を維持したせいかどこかの筋を痛めるし。
次に痛いのは左手。流石は獣人か!と言っておく。
一番優しく引かれていたのは右手だけどそれでもオーラというか圧力は一番感じましたとも。ええ、ゼルダばりの迫力に足が震えるよ!
ネロの言葉にハッと三人とも私の状態に気付いて離してくれたけどもっと早く助けてほしかったよネロ。
「だ、大丈夫かルイ」
「おじょうさま!?くるしいですか?おみずもってきますか?」
「わ、わるい」
ゴホゴホとやっと吸い込んだ空気に咽る。
「おい、ルイに何するんだ」
「お前達が引っ張るからだろう!?」
「あなたたちのせいです!」
三者三様に互いを責めるけれど、まず私は放置なの?と内心泣くわ
そもそも、そもそもだ。突然のタックル&締め付けによって一瞬気を失った私だがアビーの悲鳴にすぐさま目を覚まし、パニック状態のアビーを落ち着けたと思えばこの現状。
大事な事なのでもう一度言うが――どうしてこうなった!?
ごほごほと止まらぬ咳にそっと差し出された水筒はネロからだった。
「あ、ありが、とう」
「いや、お嬢様も大変だな」
それは何を見て言っているのカナ?
ポンポンと慰めるように背を叩かれる。
というか何で貴方達がいるの?と目で問い掛ければ「あー…」と躊躇う様子を見せるネロに珍しいと目を丸くする。
「なんというか、アビーがお嬢様が森に入ったのを見たようで……」
「……追いかけてきたと?」
「YES」
オーマイゴット!
アビーがそれほどまでに私を気にかけてくれたのは嬉しいけど、嬉しいんだけどね!!
でも素直に喜べないのも事実。それが分かっているからかネロは居心地悪そうにもぞつく。
「まぁ、彼がどんな人か知らないけど……お嬢様には大事な人なんだろ?」
「うっ!」
なんか改めて他人の口から聞くと恥ずかしい!!
前世ではそれなりに良い大人だったらしいネロから随分と微笑ましいものを見る目を向けられるのに恥ずかしくて目を伏せる。
たぶん今の私、顔真っ赤だ。絶対。確実に!
カーっと顔に血が集まるのを感じるもん!
「あぅ、ぅ、その、あの」
何かを言おうにも言葉にならない羅列が口から出ていく。そんな動揺にネロは生暖かい目でこちらを見てくる始末。
「まぁ、余計な詮索はしないけど……頑張れ!」
何が!?
ちょっとその辺二人で話し合おうか!!
そう思いネロに手を伸ばすが、その手はネロに届く前に回収された。
「リド?」
手を取った犯人を見て目を丸くする。
しかしリドは徐に私を自分の背に庇うようにしてそれぞれ三人と相対した。
「そもそも、お前らは何故ここにいる?」
冷静に三人に問いかけるリド。
それに今更ながら私もハッと気付く。そう言えばそうだ。ここは精霊達が住まう神域。彼らに認められぬ者は足を踏み入れる事すら出来ない神聖な場所。
本来ならば普通は入れないのである。私の護衛でもあるベルンとヨルムだって翡翠さんから許可を貰った時しか入れなかった。
私たちに関しては、私は元々精霊達が見えるし、何より私はこの神域の番人アウスヴァン公爵家の人間だからこそ入れる。
リドはこの神域の精霊たちに認められているらしく同じくこの神域に足を踏み入れることを許可されている。
でも彼らは?
そう考えて目を伏せた視界の端を横切る影。
はっとそちらを振り返れば、そこは木々の根本の暗がり、影の中に潜む黒い姿を見て納得がいった。
――それは暗がりに中でも分かる異質な程光一つ照り返さぬ真っ黒な姿。
黒髪に黒い瞳。幸い人型を取っている為に輪郭で分かったが、以前の彼はその形すら取れぬ程に弱り果てていた。そんな彼は“闇の精霊”である。
闇とは本来安らかな死と再生、眠りを司る属性でもある。
黒とは一切の光を飲み込み混濁する忌避すべきものと考えられがちだが闇が無ければ光は無く、また逆も然り。闇があるからこそ全てものに等しき終わりがあり、始まりが存在する。
それらは生きとし生けるものにとっては無くてはならないものだった。
しかしいつしか闇は歪められ、歪な生と終焉を齎してしまった。それが“穢れた闇”である。
彼もまた、穢れた闇に侵され精霊として闇堕ちしてしまった。そう彼は“あの日”――私の三歳の誕生日に翡翠さんと私を襲った穢れた闇の正体なのである。
そして彼を侵していた穢れた闇を浄化した後、残った残滓が精霊である彼。
小さくとも妖精とは異なる強大な力を持つ精霊。
しかし反面、妖精よりも穢れた闇に侵されやすいのが難点だった。その為、彼はあの日からずっと礼拝堂を住処とし、自ら再び穢されないように、力を取り戻すために、神聖な力に満ちた礼拝堂に籠っていたが……彼にとってもそしてネロにとっても奇跡ともいえる出会いが二人を繋いだ。
闇を宿しながらも穢れることのない人間、それがネロ。転生者という枷はあるが、それでも闇の精霊たる彼にとってネロはこの世界で唯一仲間とも言える存在だった。
元々人間と寄り添う闇、その闇が意志を持ったのが精霊だ。ずっと人恋しさを抱いていた闇の精霊にとってはネロは希望の光とも言えた。そしてネロにもまた同じことが言える。
ネロに精霊の姿を見ることはできないが、それでもその闇を宿す色、“黒”を纏う彼にとっても闇の精霊からの恩恵は計り知れない。
互いに唯一、穢れる事のない存在は意図せずとも互いに作用しあい精霊はネロに守護を、ネロは精霊に力を取り戻す恩恵を互いに与えていた。
お陰で精霊の彼はただの霞でしかなかった身体を人として形作ることの出来るほど力を取り戻し、ネロ自身は知らない事だが実は彼には精霊の加護が付いている。
そんな加護が作用し三人が神域に入れたのだろう。闇の精霊の彼を見て諸々察した私はついつい溜め息が堪え切れなかった。
闇の精霊に悪気があった訳では無いのは分かる。まさか彼の加護がこの神域に足を踏み入れる許可になるとは私も思わなかったし、彼自身も驚いているのかこちらを見つめてくる瞳に挙動不審な揺らぎを見つけた。
言葉を当てるなら「こ、こんなつもりじゃなかったんだよ!知らなかったんだよ!」と訴えてくるようでもある。
私は深いため息を吐きつつも目の前に立ちはだかるリドの袖を引いた。
「リド」
「どうしたルイ」
「あの、ごめんね」
「なっ!なんでルイが謝る?!お前の所為ではないだろう?」
「でも、私を追いかけてきちゃったみたいで……ちゃんと話して出てくるべきだったと思う」
しゅんと落ち込む。元々、私が逃げるように屋敷を出てきてしまったのが原因でもある。
きちんと話してから出てくればこんなことにはならなかったと、今更ながらの後悔にしょんぼりして顔が下がっていく。それにリドが慌てた様子で慰めてくれるけど……そんな場合じゃないのに胸がきゅんきゅんしてしまうのが止められない私を許してください!
「それにルイがみんなに心配されているのは知っているしそもそもあの将軍が外に出そうとしないだろ!?そ、それにだな、ほらルイの周囲には過保護な人たちが多いし、仕方ないんだ」
リドにも知られてるのか……父様や皆の私への過保護っぷりは。
慰める為か、励ます為か、リドが言い募ってくれるけど私はどんどん肩身が狭くなります。
「な、なんでおじょうさまがあやまるんですか……」
「アビー?」
ぶわり、毛を逆立て怒りの表情を浮かべるのはアビー。
どうしたの?とアビーの名を呼べばアビーは泣きそうに顔を歪めてこちらを見ていた。
「アビー?」
どうしたの?辛いことがあったの?と問いかけようと開いた口。だがその前にアビーの顔を隠すように、その顔を覆う小さな手のひら。
「ネロ?」
「アビー、ちょっとこっち来ような」
まるで置いてけぼりにされた幼子が泣き叫ぶ直前のようなアビーにネロがストップを掛けて私たちから離すように連れていく。それについ追いかけようと一歩足を踏み出してしまうけれど来るな。と言わんばかりに首を振るネロに足は止まる。
元々、私に依存傾向のあるアビーではあるけど、あの様子は流石に心配になる。しかしネロが大丈夫と目で言ってくるので任せた方が良いのだろう。手を差し出しすぎるのもいけないとこの前ゼルダに言われたばかりだし。
アビーの事はネロに任せ、視線を戻せばそこには私たちを、いやどちらかと言えばリドを睨み付けるレイディルの姿が。一難去ってまた一難。そんな言葉が思い浮かぶ。
そもそもどうしてここにレイディルがいるのか……?
疑問に首を傾げる。レイディルは現在、アウスヴァン公爵家預かりとして表側の本宅で寝起きしてもらっている。
私が寝込んでしまってからは一切会っていなかったが、そんな彼がいきなりこの場所に来るとは内心驚いた。
接点もなく、彼もこちらを気にしていないと思っていたから尚更。
しかし彼の非難するような瞳を見ていると実は何かしてしまっていたんじゃないかと心持ちひやりとする。
そんな険しい表情の彼がゆっくり口を開く――
「何故、オレには会わないくせにそいつには会うんだ……?」
「へ?」
「同じ祝福者ならば、どうして?何でオレには会わなくて、そいつには会うためにこんな所まで来てるくせに」
レイディルの文句に目を丸くする。
というか、会いたかったなんて初耳なんですけど?
そんな事を思いつつも、ぶつぶつと呟くようなレイディルの様子にあれ?これヤバイやつ?と焦る。
その様子はどこか彼が闇に染まっていた時を彷彿させるような……。
「ルイ?彼は――」
「っざけんなよ!なんだよ!オレだってそいつと同じ祝福者なのに――っ!」
流石にリドも様子がおかしいと思ったのか私への問い掛けの言葉を遮るレイディルの叫び。
その瞬間、パキンッと甲高い何かが砕ける音が聴こえた――。
「っ!?」
「ルイ!」
ぶわり、突如襲いかかる突風。
余りの強さに目が開けてられなくて、咄嗟に顔を庇って目を瞑る。
「っ、くそ!」
ぐいっと強く引かれた手は力強く、気が付けば私はリドの懐に庇われていた。そして悪態を吐くレイディルの足元には砕けた何かの破片がキラキラと光を反射して落ちていく。
あれは確か……レイディルの魔力を抑えていた制御装置!
まさか!魔力暴走!?
ごうごうと風は丘の頂上を吹き荒れる。
レイディルには魔力を抑える為に翡翠さんの封印石を渡しています。
しかしそれはあくまで過剰魔力を吸収するだけのもの。
感情の発露によって急激に膨らみ暴発する魔力を抑えるまではいきません。
それを抑える役割はレイディルが身に付けている魔力制御の装飾品です。
レイディルが成長し、魔力をきちんと扱えるようになれば将来外せるものですが……そう言えばゼルダや母様との練習では上手くいってないと聞いたことが……。
――しかも今、確実に何個か壊れたよね!?
「くっ!」
「レイディル!」
私の前に立ち、庇ってくれるリドが風に巻き上げられた石礫を受けて苦しげな声を漏らす。
レイディルに抑えて!と声を掛けるが上手くいかない。
豪風はやがてうねり、土を、草を巻き込み大きく肥大し――竜巻となっていく。
このままじゃ!と顔を青ざめるけど、それよりも一歩、目の前の少年の動きの方が早かった。
「ルイ、危ないから離れてろよ?」
「リド?」
顔だけ振り返りレイディルを見ていたリドが私に話し掛ける。何をするの?と名前を呼ぶが、その前にリドは私を離しレイディルへと走った!
「悪いが少し痛いぞっ!」
「ぐぅっ!」
竜巻と化す風を避け、レイディルへと肉薄したリドがその腕を掴んだと思えばいつの間にか地面に引き倒しその背に片膝を乗せていた。
「リド!?」
「ルイはそこを動くな!――頼むからもってくれよ」
動揺と焦燥に一歩、リドの方に足を踏み出せば動くなと叫ばれる。
リドが一体何をするのか分からないけど、私の足はリドを信じて止まった。
「――はぁ」
深く、息を吐くリド。そしてリドの片手がレイディルの頭を抑える――そう見えた瞬間、風は止んだ。
「え?」
あんなに荒々しく吹き荒んでいた風が止み、木々が一歩遅れてその囁きを止める。
レイディルも、離れた場所にいたネロやアビーも目を点にしているのが見えた。
「リド?」
恐る恐るリドに声を掛ける。
そんな私の目に映るのは――レイディルから溢れていた魔力がリドの身体へと吸い込まれるように消えていく光景。
リドは一瞬、苦しげな表情をしてもう片方の手を空へと向けた。
「凍てつく氷の花――今咲き誇れ……」
リドがそう言うのと同時に一陣の風が皆の間を駆け抜ける。
そして空へと転じた視線の先、そこには青い空から落ちる一片の結晶――
まだ今の季節には早い雪が丘の上に優しく降り注ぐ――
「これは……」
音もなく降り積もる雪に目を奪われ息を飲む。
だが、
「くそっ――悪いルイ、後をっ頼む…」
「え?」
舌打ちを打ちそうなほど顔を歪めたリド。
俯くその顔に目を向けるが、リドは一度も振り返ること無く一目散に森の中へと飛び込んでいった。
「リド!」
「お嬢様!?」
静止の声も聞かずに走り去るリドに、考えるよりも早く身体が動く。
ネロの驚いた声が聞こえたけれど、それよりもまず優先するのは――
「絶対誰も追いかけて来ないで!これは命令よ!」
去り際に追い掛けてこようとするアビーを見て宣言する。
今度は許さない。と絶対的な意思を目を向けて――
昼間なのにも関わらず薄暗い森の奥へと飛び込む。
その脳裏には辛そうな表情のリドの姿が浮かんでいた……。




