表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暁の姫君と黄昏の守護者  作者: zzz
第一章
50/79

Act.49 [想い、重ねて]

 


 人の心とは千差万別。


 喜怒哀楽を基本とし人は感情を浮かべては相反する心に苦心する。


 喜びには憂いを抱き、哀しみには安堵を、怒りには我慢を、楽しさには不安を――決して一人では満たされることのない感情を持て余す。


 心配、怒り、焦燥、悲しみ、寂しさ――それは一体誰に向けてだろうか?


 ただ待つことしか出来ぬ身に出来る事は少なく、走り出そうとする心を抑えて、堪える。


 そして我慢した先――見えた姿に掛ける声は……?




 **********************




「今日は絶対、行くんだから!」



 屋敷を取り囲む森から聞こえる鳥の囀りをバックミュージックに拳を握ります。

 朝日に突き出す拳。決意も新たに心に刻むのは今日こそは、絶対リドに会うんだから!と最早我慢できなくなった心です。


 いや、私なりに頑張ったんですよ?


 あの夜――私が祝福の力を使い切ったあの日からもう一ヶ月。

 最初の一週間と半分はベットの住人と化していましたが、その間に屋敷で迎え入れたアビーやネロの処遇を決めたり、まさかの転生者仲間のネロとの対話や今までの勉強の遅れを取り戻すためにも日々勉強漬けの毎日でなんとか時間を空けようと苦慮しても次から次へと舞い込む新しい課題。

 お陰様で今のところ13歳までで学ぶはずの一般教養を詰め込まれましたとも!


 本当ならばこの国では6歳から国営の学校に入学して一般教養や専門課程(騎士を目指す人の課程など)を学び、成人である16歳に卒業します。

 そんな学校で学ぶ学業を三年分既に詰め込まれた私は一体全体どういうことですか!?

 そんな叫びが心を過ぎりますが勿論口にはしません。ええ、しませんとも……ゼルダサンガコワイカラネ!



 そしてやっと、やっと!一ヶ月ぶりに来たお休みの日。

 翡翠さんが居た頃は4日に一回くらいはあったはずなのに……学ぶことを望んだのは私だとしても段々休みの日までの期間が長くなっていったのは違えようもない事実です。

 しかも休みと言っても一日中ではなく、半日です。


 本日は午前中は礼儀作法で午後からはやっと念願のお休みの日でした。なので今日こそは絶対リドに会いにあの丘の湖まで行くんだ!と固く誓います。

 やっと出来た僅かな時間に行こうとしてもアビーの相手をしたりゼルダに捕まったり、父さまに確保され連行されたり、母さまに部屋に引きずり込まれたり……あれ?これ何かしらの意図を感じるような……いやいや気のせい気のせい。うん、考えるな自分!



 ちょっと身体が震えてるとか気のせいだヨ!!キラリと光る片眼鏡を連想してしまったとか無いから!


 ちょっと考えすぎるとろくなことを思い出さないのでここまでにしときます。

 それはともかく多少風は強いみたいですが今日もまた良い天気です。


 礼儀作法の方はお茶会のマナーについてのおさらいとダンスだと聞いてます。動きやすい服装にしてもらおうと考えながらベットから降ります。


 さぁ、今日は人一倍頑張りますよ!






 *




「――では、本日の授業はこれでおしまいです。」


「はい。ありがとうございました。」



 ゼルダの言葉に優雅に腰を折ります。

 そっと摘んだスカート、腰は中腰で、滑らかに頭を下げますが背筋が曲がらないように真っ直ぐを意識します。

 唯のお辞儀一つにあらゆる場所に意識を尖らせ、こなします。



 ゆっくり3秒数えて頭を上げれば満足そうに目を細めるゼルダ。どうやらゼルダにとって満足いくものだったのでしょう。


 黒い笑みではなく微笑ましそうに上がる口端を見てほっと胸を撫で下ろします。



「さて、ではお嬢様本日は――」


「ごめんねゼル!今日はもう予定があるから!」



 キラリと煌めく片眼鏡にいい予感はしなかったので食い気味に言葉を吐きダッシュで部屋を飛び出します!

 今日は絶対捕まりませんからね!


 淑女としては有り得ないですがスカートの端を蹴っ飛ばし足を晒しつつも廊下を駆け抜けます。

 お説経も後で聞くよ!と心で叫びつつ向かうは下働きや騎士達の食堂です。



 *



「っ、りょ、料理長!頼んでたの頂戴!」


 バターン!と盛大な音を立てて調理場のドアを開けます。

 肩で息をしつつ請求するのは今日の為に頼んでいたお弁当です。



「お、おお、(ひぃ)さん頼まれたもんは出来とるで。んでそんな慌ててどないした?」


「ちょ、ちょっとね」



 キョロキョロと周りを警戒します。

 いきなり飛び込んできた私に一旦静まり返った厨房ですが、みんなは私だと分かると再び作業に戻りました。

 ごめんね!邪魔して!



 心の中で謝罪しつつも周りを警戒するのは止めません。


 ――だってここまで来るにも色んな事があったんだもの!

 今日に限ってルーナさんやアビーが部屋で何かしてるし!(いつもならばアビーの教育の為に部屋にいることはないのに!)廊下を走れば曲がり角で父様が待ち伏せを、庭に出ればヴェルデが立ちはだかり、遠回りして小道を抜ければ何故かフォグさんに捕まる始末。

 みんないつもならばしない事をするのでもうなんなんだ!


 しかも皆して引き止めるような事ばかり。



 なんとか躱し、逃げて、やっとここまで辿り着いた私はもう息も絶え絶えです。

 でも!今日は行くって決めたんだから!



「そーいや姫さん今日は――」


「ごめん!料理長!また後で話聞くから!」



 バッ!と差し出されたお弁当をひったくる様に掴み厨房を飛び出します。


 ここでもか!と思わないでもないですが後はもう森に入ってしまえばこっちのものです。

「また後でね!」と叫びつつ森に飛び込みます。




 そんな私が去った厨房で、


「今日は例のガキが来るんにええんか?」



 そう料理長が呟いていた事など知らずに……。




 *



 ――やっと、やっと!着いたぁぁあ!!



 そこはいつもと変わらない、穏やかな陽だまりに包まれた小さな湖。

 優しく吹き抜ける風が木々を揺らし、鳥たちの囀る声が森に響き渡ります。


 約二ヶ月ぶりに来ましたが、それでも変わらぬこの場所に心が安らぐのを感じました。


 そんな穏やかでゆったりとした時間が流れるこの場所に似つかわしく無い忙しない息切れの声。えぇまごうこと無き私の声です。

 途中妖精さんとかに助けてもらいましたがそれでもここまでずっと走ってきたのでどうしても息が整うまで時間が掛かります。


 寧ろここまで全力疾走出来た自分に称賛の言葉を言いたいです。


 よく頑張った自分。本当に。



 数多の障害を乗り越え良くぞここまでっ


 涙無しには語れませんから!



「リドは……いないんだ」


 湖周辺を見回し、いつもの定位置でもある木の根元も見て人影一つ無い事を確認します。


 まぁリドとは約束して会っている訳では無いので仕方ないんですが、それでもちょっとしょんぼりします。


 今日は来てくれるかなぁ




 空を見上げ呟きます。流石に生活リズムだって異なるので結構ここで会うのは偶然に頼っている部分が多いのです。

 後は私の休みの日にリドが予定を会わせてくれたり、そう思えば随分とリドに甘えているんだなぁとしみじみ思いました。


 なんか本人自体に出会ってからそう長い時間は経っていませんがそれでも前世からずっと見てきた彼には素直に甘えていることを自分自身自覚しています。前世もそうでしたが、よく回りには甘えて良いんだ。と耳にタコが出来る程言われます。何故か。

 自分自身結構我が儘を言って、周囲を振り回していると思っているんですが……それは甘えではないと一刀両断されたのもつい最近です。


 そんな私ですが、リドに対しては結構年相応に甘えてしまっている気がするのです。


 前世プラス今世の年齢を考えれば余りにも子供過ぎる我儘をついつい言ったり、やったり。


 遊んでと騒いで湖で水のかけっことか、鬼ごっことか隠れんぼとか、子供の遊びを今更ながら満喫しました。ついでにテンション上がりすぎて湖に落ちたのもいい思い出です。

 前世では部屋の中から窓越しにずっと見ていた遊び。何が楽しいんだろう?とひねくれた思いで見ていましたが今なら分かります。

 たった2人だけだったけどとても楽しかったんですもの!


 それに妖精さんたちに聞いた花畑で花冠作ったり、花占いしたり。会える時間は短い時間でしたがそれでもあんなに全力で遊んだ事は前世と今世合わせて初めてでした。


 そんな遊びをしたいと願い、我儘を言えるのはリドだけで、いくらなんでもベルンやヨルムには言えるわけもありません。屋敷の使用人の皆も然り。


 歳が近いということもありますが、私の立場や環境を考えても本当にリドだけ。そして私がルイシエラ・アウスヴァンとしてではなく唯のルイとしていれる唯一なのです。



「だから……好き、なんだよねぇ」


 サワサワと囁き合う木の葉の音を聞きながら呟きます。


 腰を下ろすのは私達が定位置としている湖の周囲の木々の中でも一際大きい木々の根元。

 丁度いい感じに地面から出ている根に腰を掛けます。


 前世では憧れのように大好きだった人。

 そして今は素の自分を出しても安心していられる人。


 その〝好き〟が前世のように憧れなのか、それとも兄妹のような家族として親愛なのかまだ未熟な私では判断がつきません。


 ただ、ただ好きなのです。



 空を見上げ、その空が変わる茜色の夕焼けを思い出します。


 太陽は輝き、穏やかな風。


 心地よい気温にうとうとと微睡みます。


 会いたいなぁ、と心で呟く想い。



 《――仕方ないねェ》


 そんな私の気持ちに返された微かな声に気付かず私の意識は沈んでいきます。


 ふわり、髪の毛を撫でる風が大丈夫と告げているようで、私は久しぶりのお昼寝に目を閉じます。










 **




 ――さわさわと風が森の木々を揺らす。


 道無き道を登り、向かうは小高い丘の湖。

 静かな森の中を進む度にこちらを見つめる視線を幾つも感じた……。


 姿見えぬ影がこちらを見てはクスクスと笑い声を立てる。

 それを聞きつつも進む一つの影――それはルイが今か今かと待つリドだった。


 額に滲む汗を拭い息を吐く。

 リドが登る道は険しく、動きやすさを重視している筈の騎士服がとても煩わしく感じた。



「はぁー、っやっぱり結構キツイな」



 既に秋に差し掛かる季節。長袖でも僅かに肌寒いと感じる気候だが暑いと感じたのかリドは騎士服の上着を脱ぎ僅かな休憩に腰を下ろした。


 今日は本当ならば仕事に精を出す一日だったが、突然上司である将軍に呼び出され午後からの休みとなった。

「行ってやると良い」そう告げた将軍にリドは着替えること無く、本部を飛び出し今ここにいる。

 早く早くと急かす心を落ち着けるようにリドは深い息を吐いた。想い浮かべるのはこの先にいるであろう人物。深紅の髪に鮮やかな赤紫の瞳を持つ少女。


 会ったら何を言おうか、何を言えば良いのか、迷う心に空を見上げる。



 最後に会ったのは傷だらけで必死に自分達を守ろうとして倒れた姿。痛々しい程に巻かれた包帯。血の気が無い青白い顔をしつつも彼女は笑い倒れていった。

 すぐさま駆け寄りたかったけれど、許される筈のない自分の立場。まざまざと彼女と自分の立場の差を見せ付けられてしまったあの日が最後だった。


 あれからもうひと月。

 出来るだけ休みの日はあの丘の湖に通ったが、彼女が姿を現わすことはなかった。

 時折、将軍がぽつりぽつりと零してくれた話を聞けば怪我自体は治ったらしいが、やはり体調は(かんば)しくなかったらしい。


 でも、今日は……。




 最初は心配を怒りや悔しさに変えて待っていた。しかし何時まで経っても現れぬ姿に心配と寂しさを抱いた。

 そして今日はただ嬉しさと期待が胸を締め付ける。



 本当にいるのか?という疑心と相反する居て欲しいという願望。

 身体は大丈夫なのかという心配と、無理をした彼女への怒り。

 守れなかった悔しさとその力を人のために使った彼女への尊敬。



 様々な感情が渦巻く心を抱え、リドは整った息に地面から立ち上がり再び歩き出す。




 目指すのはこの先。

 だが、その時。



 《――そっちじゃないんだよねェ》



 微かに聴こえてきた声にハッと顔を上げる。




 《こっちだよ》



 声は木々のざわめきに掻き消されそうな程小さく、儚い。しかし確かに聴こえた声。


「……」


 するり、髪の毛を撫でる風にリドは導かれるように声が聴こえた方へと歩みを変えた。




 《――そう、こっちからが早いよ》



 ざわり、ざわり、木々はその囁く声を変える。

 森に反芻するかのように聴こえる声はどこからなのか確かな方向は分からなかったがそれでもリドは立ち止まること無く、その方向へと進んでいった。



 不意に足元を見下ろせばそこには先程までなかった獣道が。

 足元に生える草木が踏み倒された道。それはあの丘の湖まで一直線に伸びていた。



 《あの子が待っているよ、早く行ってあげるんだねェ》



 そう背中を押すように風が背後からリドを襲う――





 *



 空は天空に輝く太陽を抱き、鮮やかな青に染まる――



 森の青々しい緑と空を映す湖面。見事なコントラストが疲れすら一時忘れさせる。

 そんな美しい風景の中、見覚えのある深い赤を見た時、呼吸が止まった……。



 湖を囲む木々の中でも一際大きい幹と枝を持つ大樹の根本。

 まるで樹に守られているかのように、木の根の揺りかごで静かに眠るその姿。



「……本当にいた」


 将軍の言葉を疑っていたわけでは無かったがそれでも信じきれなかったのも確かで。

 でも、その姿は夢幻ではなく確かな現実だった。


 正直、いざ会ったらどういう風に接すれば良いのか、どんな声を掛けるべきか悩んでいたのが馬鹿みたいにぐっすり寝入る彼女に肩の力が抜けていくのを感じた。


「というか、なんでこんな薄着で……」


 彼女――ルイは柔らかい色合いのカーディガンこそ羽織っていたが防寒着としてはそれだけで、こんな季節にそんな薄着で風邪を引くだろう、と呆れさえ覚える。



 ゆっくりと足音を殺してルイへと近付く。

 すーっと静かな寝息と共に感じたのは暖かい陽だまりの空気。


 もしかしたこの神域に住まう精霊たちの力か?と確信にも似た考えが浮かんだ。さっきの声をいい、この暖かい空気といい。彼女は特別な人間だと改めて感じた。


 でも、ここでは――。



「おい、ルイ?」


「ぅうーん、」


 そっと優しく肩を揺らして声を掛ける。

 この場所ならば、例え公の場では隣に立つ事は出来ずとも声を掛けられ、触れられる。

 そして特別な名すらも呼べる事に小さな優越感が胸に広がるのを感じた。



 ルイは深く寝ているのか声を掛けて揺すっても起きる気配は無い。


 取り敢えず、汗臭いかもしれないが無いよりマシだと自分に言い聞かせ彼女に騎士服の上着を掛ける。

 すると温もりにむずがる幼子のように自分自身で服を身体に巻き付け寝返りを打つルイ。



 そして、



「――りど」


 どきりと心臓が跳ねた。


 明らかに起きている訳ではないと理解しているが、夢でも見ているのか、己の名を呼んでくれる少女にぎゅうと心が苦しくなる。

 それに加えて不意打ちでふにゃりと幸せそうに笑みを浮かべる彼女に衝動的に叫びたくなった。



「っおまえは、あーもう!ズルいぞ」



 がしがしと頭を掻きその衝動をなんとか抑える。つんと出来心でその柔らかそうな頬を突くと実際、お菓子のマシュマロを触っているかのように柔らかい感触。正直、今の自分は鏡を見ずとも耳まで真っ赤だろう事は分かっていた。

 森を登ってきた時よりも遥かに暑いと感じる自分の体温。どうしてくれようと物騒な思いすら浮かぶ。



 でも、その姿は最後に見たあの怪我も無く、痕も残っていないみたいで安堵の息を吐く。

 良かった……。


 あれだけガーゼや包帯が巻かれていた顔も見たところ相変わらず綺麗なもので、正直寝ている様子は精巧な人形のように美しい。

 猫目の為に少しだけ上がる目尻は気が強そうな印象を抱かせるが、その瞳が優しく細められるだけでとても可愛くなること知っている。

 さくらんぼのような赤い色を浮かべる小さな唇は理性的な言葉を発し、耳に心地よい凛とした声はいつまでも聴いていたくなる。

 ころころと変わる表情は飽きること無く、そして何より今は瞼に隠された鮮やかな赤紫の瞳。

 その心の強さを、清らかさを示すように光輝く美しいその瞳は目を逸らすことが難しいほどに心を捕らえて放さない。




「ルイ」


 ルイ、とその名を口の中で転がす度に心がざわめく。

 でもそれは決して不快な思いからではなく、寧ろ反対の感情から。


「ルイ」


 起きて欲しいと強く思う反面、この時間が長く続いて欲しいと、まだもう少し眠っていてくれと相反する心がせめぎ合う。

 この穏やかな時間が続けばと、この優しい時間が少しでも長く――



「ルイ」


 自分がその名を呼ぶように、彼女にも自分の名を呼んで欲しいと身勝手な欲望と願望が入り乱れる。




 そして――、



「うぅーん、ん、ん?っあ!りど!」



 震えた瞼が上がり、やっと彼女の赤紫が姿を表す。

 唸る彼女が、上着に気付きパッとすぐさま開くその目。起きた瞬間、すぐさまその瞳に映る自分の姿に例えようもない歓喜が自分を襲った。


「っ、ルイ」


「りど、あの、って、え?これりどの?」



 起きたばかりで舌ったらずの言葉に馬鹿みたいに可愛いとしか言えない。



「ルイ、そんな薄着でこんなところで寝てたら風邪引くだろ」


「あ!その、寝るつもりは無くて、でもその……ごめんなさい」



 しゅん、としょげるルイに仕方ないなぁと息を吐く。


「この前、あんな大怪我をしてたんだ。気を付けろよ」


 ぽんぽんと軽く頭を撫でてやる。


 それに少しだけ赤みの増す頬を撫で目の前へとしゃがみこんだ。



「――リドはずるい。というか天然?天然なの?撫でぽしちゃうし、怖い、怖いわ」


 ボソボソと呟くルイに首を傾げるが、取り敢えず。


「寒いだろうから、それ羽織っときな」


 上に掛けていた騎士服の上着を改めて着せてやる。するとやはり身長差からか大きな騎士服にすっぽりと包まれるルイ。

 まるで大人の服を子供が着ているようにだぼだぼで袖なんて隠れていて、胸が言いようのない締め付けできゅんとなる。



「あ、ありがとう」


 服に着られてる感満載で恥ずかしいのか、少し赤らんだ頬。はにかみながら言われる言葉につられて照れてどうしても素っ気ない言葉になってしまった。


 それでもルイは嬉しそうに笑うから、こちらもついつい甘い笑みを浮かべてしまう――






 *





 ――ぐはっ!



 胸を撃ち抜いた何かの衝撃に心の中で叫びます。


 目の前にはまるで前世でやったゲームのスチルのように優しい笑みを浮かべるリド。

 勿論スチルではもっと成長した大人のリドの姿でしたが、それでも記憶の中の場面と目の前の光景が重なるのが見えました。


 こ、これはヤバい、ヤバイって!!



 ぐぬぬぬっと口を一文字に固く結びます。じゃないと心のままに叫ぶこと間違い無しなんですもの!!


 ゲームのファンであった自分と今の自分が互いに心の中で叫び合っています。


 お、落ち着け、落ち着くのよルイシエラ!気をしっかり持って!



 余りの破壊力がありすぎるリドの笑みに流石の理性も崩壊寸前です。




「ルイ?どうしたんだ?」


「うぇっ!い、いや!何でもないよ!?何でもない、そう大丈夫、ワタシハダイジョウブダヨ!」


「ルイ!?本当にどうしたんだ?」



 どれ位意識を飛ばしていたのか、呼び掛けられて気が付けば思った以上に至近距離で私を覗き込むリド。

 それに慌てて距離を置こうと立ち上がる私の言葉と行動は余りに挙動不審で、リドに心配されました。

  本当に落ち着こうか自分!!




「ルイ?」


「だ、大丈夫ちょっとびっくりしちゃって」


「?」


「その、ずっとリドに会いたくて、でも会えなくて……その、嬉しいんだけど、びっくりして、来てくれたんだって……安心して」



 なんて言えば良いのかプチパニックで、でも無言も気まずくて、しどろもどろに思い付く言葉を並べます。

 なんというか、嬉しいのに、ちょっぴり寂しくて。来てくれて安心したのにどこか不安で……。心が定まってくれません。


 感情の揺れ幅が大きくて、あっちこっちに振り切っては戻って、戻っては振り切って。理性が止めるのに、ちょっとした事で動いて。


 でも、初めは。そう――最初は。



「――会いたかったの」


「っ!」


 ぽつり、本心が零れます。


 そうです。ここに来た最初の想いはそれです。

 そして、会ったらリドはどんな態度をするのか怖かった想いもあります。

 アウスヴァン公爵令嬢のルイシエラとして、一度はリドの目の前に立ちました。

 ここで会ったルイとしてではなく、ルイシエラとして。


 仕方が無い事ではありましたが、それでもまだリドに会うのはルイシエラとしてではなく、ルイとして在りたかった。

 でももう、今更なことです。どうせいつかはルイシエラとして会わなければならなかったのですから、それが早まっただけ。


 複雑な想いを抱きつつも本心を吐露すれば、リドは驚いたように目を見張りました。

 しかし次の瞬間にはこれまた破壊力のある笑顔を浮かべ。



「俺も――俺も会いたかった」



 どすり、心に矢どころではなくナイフが刺さった気がします。


 両手を優しく取られ自らの額に合わせるリド。顔を伏せた所為で私からはリドの旋毛しか見えません。



「心配、したんだぞ」


「――ごめんね。でももう、大丈夫!怪我は治ったし、もう痛いところはないから」


 触れた額の温もりが、手のひらが、とても温かくてほっとします。



「ルイは無理をしすぎだ」


「そうかなぁ?」


「そうだ。――お陰で心臓が止まるかと思ったぞ」



 ぐっと少し強く握られたそれに、どれ程心配を掛けてしまったのか察します。


 無理はするなと告げるリドに約束は出来ないなぁと思いつつもその穏やかな優しい触れ合いに、やっと肩の力が抜けた気がしました。



 湖は穏やかに水面を揺らし、木々は秋晴れの空に枝を、葉を緩やかに伸ばします。

 鳥は自由に空を飛び、楽しげな囀りを奏でます。



 やっと、やっといつもの日常に戻った気がして、私はリドに向けて笑顔を浮かべました。

 それにリドも顔を上げて笑顔を返してくれて――でも、次の瞬間には私の内臓は飛び出るほどの衝撃を受けます!



「おじょうさまー!!」


「ぐはっ!!」


「ルイ!?」


「は、はなれてください!ふしんしゃです!あぶないです!」


「あ、あびー?」




 繋いでいた手を強制的に離され、叫ぶ真っ白な兎の少女。

 触るな!と言わんばかりにリドを威嚇するアビーに私の内臓はギリギリと締め付けられます。



「おい!アビー!お嬢様が死にそうだぞ!」


「なんだ、ここは……」



 そうして意識が遠のきそうな私の耳に聞こえる聞き覚えのある声。


 痛みに滲む視界には銀色の髪と黒髪の少年が二人。



 ――なんでいるのぉぉおお!!




 そんな心の叫びを最後に私の意識はブラックアウトしました。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ